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感染と拡大

第1話 世界は変化する

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 5年前。
 地球と月との、わずか半分程度。
 20万キロの距離をかすめて、直径数キロと予測された彗星。氷のコアから何かを振りまき去っていった。

 公転周期は、数万年だろうと予測された。

 発見の遅れと、その距離の近さ。それのおかげで、大騒ぎとなったが、その後……。
 予測もしなかった事態が、静かに起こり始める。


 地球の生態系に、変化が起こる。
 虫は積極的に動物を襲い。
 動物は、その形を短期間で変化をさせ、さらに大型化をして人々の脅威となっていく。
 当然。海中も同じ。
 
 そんな混乱が始まったとき、人間の変異も始まっていく。


 そんなことが起こる。さらに二年前。
 僕は、総。
 当時。小学校5年生。

 今。女の子に踏まれて、足の下。
 それも、幼馴染みの不破一美の足の下。
 ああ当然。靴下なんてぬるくなく。
 上履きも履いている。

 彼女は、昔っから空手をやっており。
 僕がいじめられると、いつも助けてくれる。
 そして、僕のことを心配し。
 いじめっ子を蹴散らした後。

 容赦なく。いじめられた罰を、僕にくれる。
 反省しなさいと。強くなりなさいと。

 彼女は、肩までの黒髪をなびかせ、親からの希望。
 精一杯の女の子らしさを体現するため。いつもワンピース。
 そんな格好で、僕を踏んでいるから。
 裾から中身を、いつも僕に見せながら、踏んづけていた。
 そのため僕は、必死に仰向けになり、罰を受ける。
 そんな彼女は、初恋の相手。
 それは甘酸っぱい記憶。


 そして、現在。
「あーだるい。夏休みだって言うのに。俺たちはどうして学校に来ているんだ?」
「明智君。それはだね。僕は自身のポカだが、君はテストと言われる。小規模な発行物の内容に対して、それを些末なものと考え、理解を示さなかった。それでだね。……」
 そこまで言ったら、割り込んで来やがった。
 
「江戸川乱歩じゃ無く、金田一耕助の方がいいよ俺。あれだろ。じっちゃんの名にかけて……」
「言うと思ったけど、それ違う。そうだな。あれは教師の単なるこけおどしであったのだろうか。そうは思わぬ。あそこにああして逆さまに、我らの名前をつるしていったということに、なにかしら、深い意味があるのではあるまいか。という感じだが。示されている名は、補講者リスト。リストと言いながら、どうして俺と、おまえだけなんだ?」

「なんだそりゃ。『犬神家の一族』の一説か? まあ、俺は実力。おまえは、季節ハズレな感染症にかかって、オールで試験をすっ飛ばしたからだろ。追試はなんだったっけ?」
「感染症は、季節など関係ない。追試の時も、復活できなかったんだよ。前は予備日があったのに」

 暑い教室で、うだうだ言っている相手は、明智継義(あけちつぎよし)。間違いなく、明智君なのだが、本人は歴史もミステリーも嫌いらしい。そして、俺は斉藤総(さとし)。明智と斉藤がいるのに。残念ながら、うちのクラスには織田とかがいない。
 有名そうな名字。
 だが、こう見えて俺たちは、高校2年生としては、中肉中背で没個性あふれた、立派なモブキャラだ。

 あーでも。明智君は、光るものがある。
 街角で、躊躇無く好みの子に声を掛け、よしんば上手くいっても。
 確実に3日で振られるという特技がある。
 普通のモブには絶対無理だ。

 その点俺は、完璧だ。
 小学校から片思いで、中学受験で別の学校へ行ったから、疎遠になった幼馴染みがいる。
 皆からは、そういうのは、単なる顔見知りと言うんだと、指摘される。
 だが、良いだろ別に。

 まあそれを。何もせず。
 高校2年まで、引きずっているのは、単にきもい奴らしい。


「ああ。よし。できた。先生もだるいからって、小テスト置いて帰るって、どうなんだ」
「馬鹿だな。出席の確認と、学校で時間を使って勉強しましたという。実績が作れる」
 そう言いながら、教室の窓を閉め。戸締まりをする。

「違いない。あと2日か」
「窓を閉めたから、暑い。早く帰ろうぜ」
 教室から出て、鍵も閉める。

 そして、職員室。
「ちわーす。明智と斉藤です。終わりました」
「おう出来たか。見るから、まだ帰るな。うん。斉藤は良い。明智直せ。なんで、熱を発生しながら進む反応。どうして感染症なんだよ。生物じゃ無い。化学だ。直せ」

 あーさっきの会話の時。そんなところをやっていたのか。

 明智の修正が終るまで、職員室の窓から外をぼーっと眺める。
 夏服は良いなあ。汗をかき。うっすらと透過したシャツ。後ろ姿が神々しい。
 ベージュと、黒か。

 見ていると、1年生かな。ヤンキーぽい奴ら3人が、ベージュ。いや、女の子2人の後ろを、こそこそと追いかけている。
「おい。明智君。まだか?」

「お待たせ、酸化反応で良いのですよね」
「おう。寄り道せずに帰れよ」

「はーい。お先に失礼します」


 学校を出て、帰り道とは違う。河原の方へ向かう。
「どうしたんだ」
「さっき、1年かな。女の子2人の後ろを、男3人が追いかけて行ったんだよ」
「そりゃ。どっちがいいかな」
「悩むな! 女の子を助けて、仲良くなる。当然、食われる前に」

「おまえ。熱が出てから、過激になったな」
「まあ。斉藤だからな。斎藤道三の血が、1万分の1くらいは、入っているかもしれない」

 しばらく追いかけたが。追いつけない。
 女の子には、不幸だが。諦めるか。

 だいたい、そう考えると。
「うーん。近くで、悲鳴が少々。どっちだ?」
 最近。空き家が多いからな。
 俺は、こそっと意識を広げる。

「明智君。多分この中だ。踏み込んで、バシバシに写真を撮って。ひるんだ隙に、女の子を助ける。女の子中心じゃ無く。男の顔を中心に撮れよ」

「セットアップ」
 そう言いながら、PM2.5対応マスクを装着。
 明智君と視線を交わし、準備の確認と思ったら。何を勘違いをしたのか。いきなり奴は走って行き。躊躇無く、家に突っ込んでいく。
 なんという。呼吸が合わない奴。

 スマホで、カメラを構えながら、逃げ出そうとする女の子をフォローする。
 後ろ手で、ガムテかよ。
 追いかけてきた、男達の足を軽く引っかけ、転がす。

 女の子一人目を、逃がしつつ二人目。
 高2の健康男子には目に毒な、素敵な巾着ができあがりそうだったが、拘束を外す。泣いて驚いている子に、逃げるように促す。

 明智に、彼女たちの荷物を持たせて、先に行かせる。

 一人が、また懲りずに、追いかけようとする。
 しつこいそいつを、とりあえず転がす。
 あわてて、追いかけようとしているせいか、足を掛けるだけで簡単に転がる。
「いい加減にしろや。ゴラァ」
 何か叫んでいるが、意識を広げ、明智君達が逃げたことを確認。

 そう。補講の原因となった、この前の熱。
 前日に、ぽてぽてと歩いていた僕の前へ。ビルから人が降ってくると言う。おかしな現象が起こった。
 その時。天から掲示というか、殺人ポイントみたいなものが、なぜか僕に入った。

 それから、二週間。
 僕の体は作り替えられて、強化された。
 精神的にも。

 何かを殺すと、実際はポイントでは無く。よく分からないエネルギーが、体へと取り込まれる。
 自分と同等か、上位のものを殺せば。きっとボーナスでも入るのだろう。一気に力が入る。

 軽くぶん殴る。
 
 さっき怒鳴った奴の首が、あっち向いてほいをする。
 そのまま他の奴らも、殴り。そして、蹴るたびに、ヤンキー達は、パキパキと音を立てながら。壊れていく。実に簡単に。

 彼らが用意した道具を見つける。
 ガムテープに、ロープ。はさみ。カッター。釘?。まあ良い。
 
 おっといけない。

 広げた意識の端に、人が入ってくる。
「早いな。警察官かな?」

 現場にあったスマホは、てきとうに全部置いて。僕は台詞を吐く。
「まあ、かんべんしたまえ。ぼくは少し。きみ達ををいじめすぎたかもしれないね」
 次の瞬間。彼らは黒い影に飲まれ、完全に消滅した。

「さて、逃げよう」
 カッコを付けている間にすぐ近くまで人が近付いてきている。
 僕は窓から、隣の屋根に乗り、逃亡する。

 くるっと回り込み、明智君の横へとたどり着く。

「君は?」
 やはり警官。そして、いつの間にか増えた僕に、警官が聞いてくる。
「女の子が逃げた後。あいつらが、追いかけだしたので、そいつらを追いかけていました」
「そうか、それでどっちへ」
「あっちです。ただ、悲しいことに。僕の足が壊滅的に遅いので、すぐ振り切られました」
「分かった」

 説明していると、上からもう一人降りてきた。
 手には、スマホやロープ等。
「スマホを忘れていくとは、なかなか良い奴らだ。被害者と話しもしよう。君。おや? 増えたな。君達も少し話を聞きたい」
「「はい」」
 そして、僕たちは連行された。
 いやこの後、大変だったのだよ。なあ明智君。
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