上 下
5 / 58
第1章 終わりとはじまり

第5話 暗闇の中で

しおりを挟む
 彼女があいつの娘だったとして、どうするつもりだよ。
 一瞬、頭に浮かんだ事実を否定する。

 まだ高校生。
 状況から考えて、親は帰って来ていないのだろう。

 はあっ。一息ため息をつき。
 布団を入れた袋を抱えて、久しぶりに彼女側の部屋へと入ろうとするが、カギがかかってやがる。
 馬鹿野郎ここの家主は俺なんだ。自分の部屋へと戻り、合いかぎを持ってくる。
 鍵を開けて、部屋の中へと袋を放り込む。

「お待たせ」
 俺の顔は引きつってはいないか気になるが、まあ暗いから大丈夫か? そうだ名前を聞くくらいなら大丈夫。確認だけだから。

 彼女も彼女で、悩んでいるようだ。今日あったばかりの男の部屋。そりゃ悩むよなあ。ココアでも入れてあげよう。



 私は、美濃まこと。この2日間一人で過ごした。
 3日前の朝、先に両親を見送って、ご飯を食べる。
 そう言ってもパン食だけど、咥えて走り出すことなく、きちんと鍵をかけて学校へ行った。
 中間考査の真っ最中で、お昼過ぎには家へと帰って来た。
 3年生1学期の、この中間と学期末の成績が評定に大きく影響があると、先生からも言われている。友達も、やっぱり3年生だし、テストの点が重要よねと気合が入っている。
 そんな理由で、遊びにも行かずにまっすぐに帰って来た。

 最近気になりだした脇腹についたお肉の為に、昼はヨーグルトとサラダを食べて早々に勉強を始めた。何時だっただろう? わずかに感じる振動と共に、電気が切れた。遠くでゴンゴンガラガラガラという、雷? いえ何かが崩れるような音が響く。
 そしてそんなに時間を置かず、同じく遠くで人の声が聞こえ始めて、何かを叫んでいる。

 私は部屋から出て、リビングからベランダへと移動。景色を見て驚いた。
 家のマンションの先には、道路を挟んで同じようなビルがいくつも立ち並び、あんな向こうまで見る事は出来なかった。
 遠くに見える小高い丘の上では、手前の石垣? 壁は無事のようだが、石が小高く積みあがっており、大勢が何かを叫びながら石を動かそうとしている。

 その手前には、びっしりと小さな家が立ち並んでいる。

 そして、また壁。町の外側だろう、右の奥の方へと続いている。

 一体何が起こったの?
 部屋へと戻り、ノートパソコンを立ち上げて検索するが、ネットワークが接続されていない。スマホを取り出したが、やっぱり通じない。
「お父さん、お母さん」
 そうつぶやきながら、座り込んだ。

 時計の音だけが聞こえる。

 やがて、どのくらいそうしていたのか、日が暮れ始めているのに気が付き、家の外へと出てみるが、玄関の扉を開けた先には昼までは無かった、広大な森ができていた。
 私は、ふたたび家へと戻り、真っ暗い中、両親が帰って来るのを待ち続けたが、帰ってこなかった。

 明るくなってきた部屋に、気が付きのろのろと、台所へと向かう。
 冷蔵庫に入っていたジュースを飲み、パンにハムと野菜を適当に挟み食べた。

 そのままぼーっと玄関先を眺める。学校。テストだけど、どうしよう。でも私は動き出せず、いつまでも玄関を眺める……。いつものように、ドアが開き「ただいま」の声が聞こえるのを期待しながら。
 でもそれは、いつまで待っても聞こえることは無かった。

 場所はいつもの自分の家。でも、一人でこんな長い時間いるのは初めてかもしれない。時計の音だけが、響く。普段は気にもならない時計の音。
 普段は、そうだ。道を行きかう車の騒音が全然しない。

 静かで…… 本当に静か。こんなに静かなのが、怖い事だとは知らなかった。
 ソファーの上で、自分の膝を抱えてじっと玄関を見つめる。

 いつの間にか、眠っていたのか気が付けば、真っ暗。
 そして、響く時計の音。でもその音が心にやさしい。

 スマホを一度起動して、つながらないことを確認。
 そして一度、保存されていた家族との写真を眺める。
 次に友人たち。ほんの少し前の日付。
 バッテリー残量が少ないため、すぐに電源を切る。
 友達が自慢していた、ソーラーパネルタイプの充電器を、私も買っておけばよかった。そうすれば、写真を見ながら、好きな音楽を聴くこともできたのに。

 そうして、いつしか私は、反省大会を心の中でしていた。
 もっと、親の言うことを、聞けばよかった……。
 お母さんの言う通り、料理も覚えればよかった……。
「あなたが、家のことを手伝ってくれると楽ね」
 幾度か、そう言ってもらったことがある。
 お母さんも、仕事をしているから、普段はお惣菜とかばかりなのに……。
 でも週末に作ってくれる、手料理はおいしかった。うん。おいしかったの。
 帰ってきたら作り方を習おう。
 そして平日には、お手伝いをしよう。
 心の中で芽生える。私……ダメな子だ。そんな思い。

 そういえば、最近は…… あれ? 最後に行ったのは中学校の2年生の時か。それから行っていないけれど、キャンプに行って食べた、炙っただけのソーセージもおいしかったな。久美たちも元気だろうか? ほんの数日前に「明日もテストガンバロー」と言って別れたのに、さぼっちゃった。

 そんなことを考えていたらお腹がすき、手探りで冷蔵庫にあったレタスをちぎり洗って、残っていたハムと合わせて、軽く塩を振り食べた。

 お風呂にも入りたいけれど、お湯が出ない。
 コンロが使えれば、ラーメンだってあるのに。

 結局、またソファーの上で夜を明かし、明るくなったので冷蔵庫を見る。

 レタスと、キャベツ。ニンジンやジャガイモなどいろいろある。
 冷凍にも、いろいろあるけれど、レンジが使えない。

 キャベツをちぎって洗い、マヨネーズをつけてかじる。
 ジュースを飲みながら、ぼーっと考える。
 このまま、電気が来なければどうなるんだろう。
 本当に、料理さえ習っていれば。うん? そういえば、授業で簡単なものは習ったけれど覚えていない。思い出しても、覚えているのは、切るときはにゃんこの手というフレーズのみ。
 それを思い出して、私は泣いたような笑ったような、きっと変な顔をしていただろう。
 私……ダメな子だ。
 そしてまた、一人反省会をする。

 スマホを起動して優しく笑う両親に、ごめんなさいとつぶやき、また電源を落とす。

 そんなことをしていると、外からなにか声が聞こえる。
 ふらふらとベランダに出て行き、下を覗くと、パトカーが「外は危険です。安全が確認できるまで外出禁止を徹底してください」そんなアナウンスを流しながら走っていた。
 ああ私だけじゃないんだ。ほかにも人がいる。そう思い、ほかの階からも、パトカーを見ているかもしれない。そう思って、ほかの階を見る。
 いた。3つほど上の階、2つ横から顔を出している人と目が合った。
 思わず、お辞儀をしたら、ごちんとベランダの手すりに頭をぶつけちゃった。
 恥ずかしくなって、部屋に飛び込む。

 私ったら、ダメな子だ。
「でもちょっと年上そうだけど、優しそうな人だな。『大丈夫ですか?』って心配してくれたし。冷やした方がいいなんて…… 言ってくれたし」
 初めて見た人だけど、あったかそうな人。

 その後、私は時計の音が響く部屋の中で考える。
 きっとあの人なら、ひどいことはされないだろう。
 ちょっと位ならされても…… 一人でいるのはもう嫌。ご飯を食べていないと言えば優しい人なら受け入れてくれる。きっと。多分。

 きっと私は、この時少し壊れかけていたのかもしれない。
 不安。寂しさ。静けさ。暗さ。
 もう一人はいや。その思いだけが、どんどん大きくなる。
 ちょっと位何かされても、私を求めて、寂しい夜に一緒に居てくれるなら、それでいい。
 そう考えると、私は立ち上がる。靴を履き、部屋に鍵をかけると、3つ上の階。家から2つ横の部屋に向かって走り出した。もうすぐ、闇がやって来る。あの寂しく暗い夜がもうそこまで……。
 
 そして私は、ドアをノックした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい

ねこたまりん
ファンタジー
【第一章 完結】 普通に、無難に、心静かに暮らしたい。 孤独で過酷な生い立ちを持つ少女、ヴィヴィアン・ウィステリアの願いは、それに尽きる。 大好きな街の人々や友人たちを助けるために、希少な固有魔法や魔術を駆使して奔走し、素晴らしい「もの」を生み出し続けているのに… なぜか「災禍の令嬢」「惑乱の黒魔女」などと呼ばれ、忌み嫌われることの多いヴィヴィアン。 そんなヴィヴィアンと彼女の友人たちの、だいぶ騒がしい日常のお話です。 …… 姉妹編「惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい」の連載も始めました。こちらのヴィヴィアンが、ちょくちょく顔を出します。 「小説家になろう」でも投稿を始めてみました。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...