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第四章 脅威は広がっていた

第51話 憂鬱

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「陸斗君ありがとう」
 そう言って、仕事が片付いたと、嬉しそうに走って行く女の子。

 たいした事はない。
 職員室から、配布用の資料を持って来ていた女の子を手伝っただけ。
 だが、陸斗の鼻の穴は広がり、喜びを噛み締める。

 中学校の時は、たとえ近くに俺しかいなくとも、彼女ではないが女の子達は歯を食いしばり荷物を運んだ。そう何があろうとも、たのんでくることはなかった。

 だが、痩せたのが幸いしたのか、最近は声をかけられる。
 内容的には、ちょっとした手伝いや、小銭がないから貸して。
 パンを買いに行くなら、これを買ってきて……

 うん? 良いのかこれ? 近寄りがたい相手から、ぱしり?
 まあいい、少しはましになったと思える。

 高校生なんだ。
 多少青春のいちぺいじに残る何かを……

 
 ―― おかしい。
 雫と颯司の距離が近い。

「朱莉ちゃんどうしたの? 君の番だよ」
 朱莉は男に囲まれ、休み時間に花札をしていた。
 誰にでも適当にあわせ、人当たりの良い彼女は人気がある。

 雫は、凜とした佇まいで気後れをするらしい。
 颯司も同じタイプだが、女の子達はそんな壁を乗り越える。

 だが、高校に入ってから、雫が必ず側にいる。
 まあ部室水没事件もあったし、危険もある。
 颯司が居れば安全。
 だけどぉ。むぅー。

「ほい、月見で一杯」
「なんの猪鹿蝶」
「あー。俺の一人負け?」
「点差、一二〇点。和喜君の払い、千二百円ね」
「だああぁ」
 どうも一〇倍レートで掛けているようだ。
 最大点差でも二六四点。だが、高校生には辛い。

 そもそも、和喜と葛野が朱莉を負けさせて、デートに誘うつもりだったが、花札と言われて負け続け、小遣いを毟られる状況になっていた。

 それは先生に、花札を没収されるまで続くことになる。

 端から見るとそれは楽しそうで、殺伐とした本人達と違い周りはほのぼのした感じで見ていた。

「朱莉は男子に人気があるな」
「何? 焼き餅?」
「いや、そういう訳じゃない」
「そう?」
 颯司達は、その光景をほのぼのしていると見ているグループだ。


 そんな光景を見つめている、大部分のグループ。
 主役になれないクラスのモブ達は、なんとかして切っ掛けを掴み仲良くなりたいと願うが、なかなか歩み寄れない。

 特に、雫は指定されている、組織の娘だと噂が流れている。
 彼女の周りで騒ぎがあり、そうそうに幾人もの人間が学校からいなくなった。
 きっとバラバラにされ、海に撒かれたとか言われている。

 颯司に声をかけ、雫の逆鱗に触れると消されてしまう。
 そんな話が、まことしやかに……


 そんな中、一人の女の子は困っていた。
 この春くらいから、お父さんとお母さんの雰囲気が変わった。
 元々、仲はあまり良くなかったのだが、お父さんの様子が変わりお母さんが激怒していた。
 それからは、口をきかない日々が続く。

 そして、日常生活の中で、たまにお父さんが固まる。
 その様子が気持ち悪い。
 姿形はお父さんなのだが、本当に人間だろうか?

 一人の女から広がった感染。
 元々浮気をする人間は、貞操の垣根が低い。
 感染は簡単に広がっていったようだ。

 その数は、まだ少ないが彼の希望である国家の掌握。
 そのために動き始める。
 先ずは経済的な独占。

 株などを公開している以上、危険性はある。
 繋がりのない個人投資家の株がある日集まる。
 それは企業にとっての恐怖でしかない。

 そして、武。
 人数こそがすべて。
 ニコニコ顔の警察官が、いきなり武力ほう起。
 そんな望みが、今静かに広がる。

 そして、個人レベルでは広がりが弱いため、そういうサービスの所に幾人かが通い始める。

 その嬢は売り上げが悪く、せっかく来客を離したくなかった。
 それに、いま目の前にぶら下がった三万円。
 それを受け取り、本番をしてしまう。

 そして、感染をする。
 そして避妊具無しならば、口からもうつる。

 そう、町を越えて、急激に広がり始めた。
 それは前回の鬼そうどうとは違い、目に見える被害者がおらず発見が遅れる。

 いきなり企業が乗っ取られ始めるまで、気がつかない。

 数ヶ月後、鬼谷 祐一おにたに ゆういちという三五歳の男が動き始める。
 

 颯司のクラスメイト、井戸口 愛美いとぐち めぐみは家で父親と話していてそのおかしさに気がつく。
「ねえお父さん。お母さんと別れるの?」
「うん? 何でそう思うんだい」
 無表情で彼は振り返る。

 この数年夫婦仲が悪く、お父さんは思い詰めて表情が乏しくなっていた。
 だけどこれは、おかしい。

「―― お父さん。私の名前…… 分かる?」
「おかしな子だな、当然さ……」
 その時、丁度リンクを通じて、祐一が情報を拾ってしまった。
 そう、感染者に時折起こるフリーズ。
 それはわずかな時間だが、タイミングが悪かった。

「愛美、どうしたんだ一体?」
 言葉を紡ぐまでの一瞬。
 それがひどく奇妙に思えた。

 その事を切っ掛けに、彼女は翌日颯司に声をかける。
 どっちが主かは分からない。

「ねえ、風祭くん。助けてほしいの」
 雫と二人がこちらを向く。
 うっ美男美女の迫力。

 だがそれに負けず、ひょっとすると、颯司の守備範囲に私もはいるかも。
 彼女は今日声をかけるため、お肌のケアと眉毛を整え、十分に睡眠を取って準備をしてきた。
 朝から普段は浴びないシャワーまで浴びて。

「うちのお父さんが、おかしいの」
「へぇ??」
 突然そんなことを言われても、困惑をするしかない。

「井戸口さんの御父様、関西の人なの?」
 雫もそう思ったようだ。
 お父さん、おもしろい人なんだぁ……

 彼女はその反応で気がつく。
「多分二人が思ったのは違う……」
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