上 下
19 / 55
第二章 異物混入

第19話 雫の憂鬱

しおりを挟む
 陸斗は変わっていない。
 でもアイツは良いのよ。

 問題は、朱莉と颯司ね。
 あの二人、黙って付き合ってる、なんてことは無いわよね。


 今日は写生会を兼ねた遠足。
 寝ることができない地獄の行事。

 一年生は、全員近くのお城まで歩く。

 途中で他校のヤンキーどもが因縁をつけようとやって来て、途中で盛大に転ぶ。

 なぜかこの時期に、道路が凍っていたようだ。

「よーしここから自由行動。だけど、お城の範囲から出るな。せめて下書きは終わらせること」
 先生はすでにお疲れのようだ。
 学校から、ここまで六キロ程度。
「ふん。ふぬけめ」
 陸斗が自分より下を見つけて喜ぶ。

「さて何を描くか、それが問題だ」
 ベレー帽をかぶって、陸斗画伯が、ぶつぶつ言い始める。

 土魔法は、何よりも空間把握と処理が重要なのだそうだ。
 まあ、一瞬で彫像を作るような技だしね。

 昔から、絵とかは異常に上手だった。

「はっ、二人がいない」
 お馬鹿を気にしていたら、二人を自由にしてしまった。
 ああ馬鹿なわたくし。
 悲劇のヒロインごっこをして、さらに無駄な時間を使ってしまった。

 探すと、朱莉は銅像を描いていた。
「銅像?」
「ああうん。建築物だと線が増えるし、面倒じゃ無い。ここなら背景は木だし、楽そうだと思わない?」

 そういう朱莉は、すでに色を塗っていた。

 なんだろう、燃える木、その間の銅像は苦悶を浮かべた何か。
 あーそうね、大炎熱だいえんねつ地獄とかだとこんな感じなんでしょうね。
 八大地獄の話、私たちは、必ず子どもの頃に習うものね。

 でも一緒にいなくてよかったけれど、颯司はどこ?

 探し回る私。

 颯司は安易に、お城に来たのだからお城を描かなけりゃいけないと上へと上がってきていた。

「此処かな?」
 公園になっているそこには、植木とお城。
 背後には町中、景色的には良いカットだけど、描くには大変そう。

 その背後を追う女。
 雫では無い。
 雫はまだ、追手門がある一段目を走り回っていた。

 そう例の一件で、颯司に惹かれ興味を持った、人見 杏実ひとみ きょうみ

 彼女はあれ以来、彼に抱かれ、触れられた感覚を、今も毎晩反芻をしている。
 教室では声をかけられず、困っていたが今日は別。
 流石に、颯司も寝ておらず、真面目にを描いている。

「となり良い?」
「うんいいよ」
 颯司が座っている花壇横のベンチ。

 空を見上げれば、初夏の前に見せる青い空。
 太陽の光が肌に刺さる。

 準備をしながら、颯司のスケッチブックを覗き込むと、それは風に揺れる水面に映る景色のよう。

 思わず、お城の方を見てしまう。

 ただお城はそこに存在し、どう見ても颯司の描いた絵のようにはなっていない。

 ただ本人は、常時意識の五パーセントくらいを、風の流れに意識を向けている。

 その風の流れの中で捉える景色は、今描いているものと同じなのかもしれない。
 だけど常人はそんな事は分からない。
 その不思議な絵は、ひどく寂しさを感じさせる。

 青みのある揺らめく世界。
 何かあれば消えていきそうな。

 今でも、風は周囲を探り、走り回る雫も捉えていた。
 そう仲間をいつも見ている。
 何かに絡まれたりすれば、刃の風がそいつを滅するだろう。
 今、颯司にはその位の余裕がある。

 力が解放され、単純な強さだけでは無く、できることも一気に増えた。

「あの風祭くんてさ、部活とかしていないでしょう?」
「ウンしていない」
「お家へまっすぐ帰るの?」
「そうだね」
 スケッチブックから目を離さず描き続ける颯司。
 そう風で見て、目で見ず描いていた。

「あの、火祭さんとか、水祭さんて親戚?」
「あーうん。そう」
 そう聞いて、杏実は少し安心する。
 だけど、あれ? 従姉妹って結婚できるんだったっけ?

 『従姉妹、結婚、調べる』そんな事をメモをする。

 実際、雫や朱莉と結婚することは問題ない。
 親族というのも間違いは無いが、そんなに近くも無い。

 そして彼女は描き始め、ここからのアングルが意外と面倒なことに気が付く。

 植木の枝を正面へと大胆に食い込ませて、細かなものを減らす。
 右側にも、大胆に木が創造される。

 そんな中、ようやっと三の丸へと上がってきた雫。

「見つけたー…… てあれ誰?」
 クラスの違う雫は、人見の事を知らない。

 だが、雫。躊躇はしない。
「颯司、こんな所にいたの。探したわよ」
 だが、
「えっなに? 用事?」
 とまあ、ぼけた返事。

「あんたねえ」
 とはいえ約束したわけでは無く、雫が一緒にいたかっただけ。
 言葉にできず、金魚のようにパクパクと。
 はむっと言葉を飲み込む。

「どんなのを描いたの?」
「お前は終わったのか?」
「そりゃまあ、大体」
「早いな」
「水性だし、水だからね」
「そうか」
 そう言ったものの、真っ白。
 走り回っていた雫を知っているのに、颯司は何も言わない。

 ついでだから、お弁当を食べようとしていると、朱莉達もやってくる。
 颯司と陸斗は気を利かせて、花壇側に座り直す。
 向かい合うが、花壇の段が高く、目覚めた朱莉は丁度目の前に来る颯司の股間が妙に気になる事になる。

 そして後日、なぜか四人の絵がコンテストに出されることになった。
 点描による、写実的な陸斗の絵。
 妙に目を引く、幻想的な颯司の絵。
 燃えさかる炎のような、迫力満点の朱莉の絵。

 そして、無数の玉石が転がる広場にできた水たまり、その真ん中で寄り添うような二枚の落ち葉と、少し離れたもう一枚が波紋を乱し、さらに外側の一枚は静かに存在をする。
 それは雫の心象風景のような絵だった。
 ただ、波紋の起こすそのイメージは、人の心に何かを訴える。

 だが、その砂利達の中に、色分けられた一つ異彩を放つ砂利が一つ存在していた。
 それはまだ小さいが、どう変化をするのか?
 描いた雫でさえ、気が付いていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...