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第四章 中等部

第56話 男爵領の異変

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「もうだめだ。逃げよう」
 農民達は、夜中に集まり相談をする。

 集落からの脱走は重罪だ。
 だが、ブーリッジ男爵領では、穀物はすべて税。
 狩猟により捕らえたもの。角兎より大きな獲物はすべて供出。

 そのため、人々は貴族が嫌がる地下茎を持つ植物を育てていた。
 だがその土地が、無駄だと言い出した。
 そんなものを育てる土地と、時間があるなら麦を植えろと。

 そう、そんな事をすれば、当然村人の食い物がなくなる。
 川へ行って魚をとれば良いが、時間はかかるし安定はしない。

 そして困った末、逃げることを決意する。
 幸い古い考えを持つ貴族は、人を単なる労働力としか見ていない。
 そう、正確な住人を把握していない。

 気が付けば、幾つもの村が無くなった。
 それに気が付き、あわてて村々に兵を置くことになる。

 だが必要な員数は膨大となり、二十四時間つめていることは出来ない。
 そのため街道を封じたが、何処でも移動は出来る。
 そして人は居なくなり、兵は責任逃れからだろう。また領内から姿を消す事になる。

 麦が育つ頃、徴税に向かうと、嬉しそうに猪たちが麦を食べていた。
 その時期になり、男爵もようやく事態に気が付いたようだ。

「領内に人が居ません」
「なに?」
 男爵領は、伯爵より土地と自治を任せられた所。
 つまり、彼は代官でしかない。

 何か手柄を立てた場合は、国から直接土地を貰ったりするが、ここは違う。
 つまり…… 非常にまずい。

「何とかしろぉー」
 男爵がそう叫ぶと、周りの部下達は叫ぶ。
「何とかぁ」
 そして、騒いだ結果。皆がいなくなった。


「どうしてこうなった……」
 今更、頭を抱える男爵。

 なんとか残った兵を集めて、麦を刈り取っている。
 気が付けば、兵も数がいなくなっていた。
「税金としての、穀物。その無理な徴収のため、民が食えなくなったようです。我が領ではなく隣の領で噂になっていました」
「農民が? 食い物など何でもあるだろう」
 何を言っている、とでも言うように男爵は答える。

 だが家宰の返事は、冷たくキツいものだった。
「何がでしょう? 麦はすべて徴収。狩猟をしても獲物は徴収。すべて税金で取っていましたからね。道の往来まで税金。その割に、農地が小さいはずの、男爵領。お隣ですが、そこよりもこの数年は、税収が少なかったようです」
「なぜだ」
「農民たちは腹が空き、畑の手入れより、食べられるものを探していたようですな」
 なぜそんな事を許したと言いそうになったが、畑の収量を増やすために、端っこで作っていた食用の根菜を禁止した記憶はある。

「我が領土。わしの立場はどうなる?」
「さあ? 伯爵様はすぐにでも代官を送ってこられるでしょう。あの方はやり手ですから。親戚だからとやり過ぎましたかな」
 そう言って家宰が部屋を出た後、男爵は嘆願書を残し首をくくったようだ。
 家族には罪がない。私が無力だっただけであると。
 さすが武の系譜。潔いと言える。

 シュワード伯爵家ではこれを機に、改革が行われた。
 農民は奴隷ではない。
 荘園においても、その扱いを改善せよ。
 不足分は、犯罪奴隷を持って当て、労働環境の改善を図るべし。

 そして、領を富ますため強兵化と派遣を今以上に強化をしていく。
 シンが教えた知識、それを土台に、強力な軍団が作られていく。


 そしてそれは、モニかの実家でも。
「御父様。今まで内緒でしたが…… スキルは万能ではありません」
 どどーんと、娘のモニカが発表をする。

「なっ何だとぉ。そんな恐ろしいこと口にして」
 そう、武を売りにする以上、そんな事は知っている。

 訓練を続ければ、スキルよりも普通に技を使った方が自由度が高い。
 ただ、発動をすれば、ミスが一切出ないスキルは、それはそれで重宝をするが。

 そして出てくる、王家の書状。
「わたくし正式に、闇の組織に配属をされました。高等部へと進みます」
「そんなぁ。モニカ。花嫁修業はどうする」
「必要ありません。戦って勝ち取ります」
 そんな謎の宣言が出された。

 そして……
「闇の組織ねえ」
 マッテイス達と話をしていて、組織の話が出ることがある。
 だが表立っては極秘のため、通称が必要だとなった。

 あれとか、例のとか言っていたが、闇でとか闇のとかが以外と使いやすく定着をしてきた。
 本人達は、違和感を持っていないようだが…… 周りで聞く者達は、会話の中で『闇で何とかしよう』などと聞こえれば、無視をするしかない。

 そう、全く以て普通では無い状態だが、本人達は気にしてないようだ。
 そうして、闇の組織が定着をした。

 怪しい集団は、本格的に怪しくなっていく。
 だが、それに関わると、王家の紋章が提示され跪くことになる。

 それは闇の組織の、闇加減を深めていく。

「俺は見たんだ。あそこの領でたまたま氾濫があって、王国軍が派遣されてきていただろう。その時さ…… 王国の兵団長様が、あの掃除夫に頭を下げていたんだ」
「俺も聞いたぞ、あの掃除夫、スキルも無いのに伯爵様らしいぞ」
 そう言われて、生徒の一人が驚いてしまう。

「えっ。この前汚れを見つけて、掃除をしとけって言っちゃった」
 そう言ってその生徒が青くなる。

「それは良いんじゃ無いのか? どうであれ、学園では掃除夫なんだから……」
 だが貴族の上下関係は厳しいものである。
「本当か? 家に帰ったら家が潰されているとか嫌だぞ」
 そう、上級貴族の機嫌を損ねて、家が潰されるなどよくある話。
 特に、領主が任命権を持つ騎士や準男爵などは、気分次第で取り消される。

「大丈夫だろ…… 多分……」
「おいいぃ」

 そんな、ささやかな騒動が……
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