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長すぎる二年の時間。そして人は……

第3話 ある決断

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 お母さんは、体調が悪いのに本開さんに会いに行った様だ。
 病院から電話が掛かって来て、私は探し回った。

 でも夕方、本人から電話が掛かって来た。
「悪かったわね。でも、ご迷惑をおかけしたら、その御礼も言わないと駄目じゃない」
 そんな感じで…… あっけらかんとした様子で。
 悪びれた様子もなく、私がした心配など、何も思っていないのだろう。

「それはそうだけど、病院から電話が掛かって来たの。切羽詰まった様子で。だから私は、昼から仕事を休んで、探し回ったんだからね」
「あーうん。ごめんて言ってるじゃない…… じゃあ切るよ」
 そう言って、ブチッと切られた。
 私が同じ事をすれば、きっと火が付いたように叱るだろう。
 何だろう、この理不尽さ……

 
 その数日後。
 また病院から電話。

 今度は、胃潰瘍で血を吐いたようだ。
 何がお母さんを、追い込んでいるのか。
 ただ、体調だけが悪くなっていく……

 お父さんを失って……
 そういえば、仲のよかった夫婦ほど、連れ合いが死ぬとガクッとくる。
 そんな事を聞いたことがある。
 でもお父さんとお母さん。そんなに、おしどり夫婦というわけでもなかったと思う。

 どちらかと言えば、今時には珍しい亭主関白で、お母さんはいつも叱られていた。
 まあそれでも、『今時は、外では偉そうに言えないから。家の中で位。お父さんを持ち上げてあげないと』そう言って喜んでいた。
 うーん。基本的に、仲はよかったんだよね。


 様子を見に行くと、そんな母さんが、ぽつりと言った。
「あんた、大成。本開さんと結婚をする気があるかい?」
「えっ」
「―― 嫌だよね。あんなおじさんと。それに颯太君も…… お母さんきちんと断ってくるから」
 少し土気色の顔で、少し焦ったように、そんなことを言い出すお母さん。

 でも私は……
「ちょっと考える」
 そう答える。

 まだ、春のお別れ。あれから一年足らず。
 でも、生活は確実に変わり……
 颯太は、まだ三年間は学生生活が続く。
 それから就職をして、彼だけに仕事をさせる気は無いけれど。
 彼と一緒になって…… 

 ―― 一緒になれるのかしら?
 きっと、彼はよくても、彼の家族は反対をするだろう。
 家は、彼の家とは違い、代々貧乏。

 そうね…… きっとその時。私は結構疲れていたの。
 本開さん。彼との事を受ければ……
 きっと、この話。お金のことが絡んでいる。
 だから、お母さんは胃潰瘍に?

 でも、私がそう言うと、また複雑そうな、悲しそうな顔。そして、なぜか少し睨まれた気がした。

「そう。じゃあ。あんたの人生だし。後悔をしないようにね」
 そう言って、ベッドへ潜り込み、寝てしまった。


 沙羅に忠告をして、ベッドへ潜り込み、横になる。
 すると、思いが流れ出す。
 そうあれは、子どもの頃。
 ―― 遠いむかしの記憶。

 大成は子供の頃から横にいて、『麗子お姉ちゃんをお嫁さんに貰うから。僕、お金持ちになる。何でも買えるように頑張る』
 そう言って、私につき回っていた。
 そう彼の家とは違い、家は、貧乏だった。

 中学の時も変わらず。
 彼は、私の後を追いかける。
 でも、彼は少しずつオスになり、自分とは違う体になってきた。
 それは、一緒にいて少しだけ、異性というモノを彼に対して意識する。そう、私は少しだけ、それが気になる様になった。

 小さな頃からの、まるで家族の延長みたいな、大成との関係。それとは違い、異性としての意識。だけど、それは確かに嬉しいけれど何かが違う。

 『おねえちゃん。おねえちゃん』とやって来て、彼に褒められるのは、頼られるのは心地良い。
 私のことを、他に褒めてくれる人は居ない。
 多少容姿について、美人になったとか、かわいいねとか言われるが、ピンとこない。そういう人は、大体目がいやらしい。

 そんな時、道ばたでバイクに轢かれそうになった。
 通学路の狭い道。向こうから来た車。
 その後ろから来たバイクが、スピードも落とさずに車の左側、つまり、道路の右端を歩いていた私の目の前へと飛び出してきた。
 
 どこからどう考えても、バイクが悪い。
 避けようとして転がった私は、相手を睨む。だけど、相手が悪かった。
 どう見ても、不良のような感じ。

 だけど、彼は私を気遣う感じで声をかけてきた。
「大丈夫か? その制服。中坊か?」
 私は、威圧でも無く、そんな感じで声をかけられても、怖かった。
「おおっ。よく見りゃ、かわいいじゃないか? 膝小僧すりむいているし。絆創膏を貼ってやる。来いよ」
 そう言って、強引に手を引かれ、立ち上がると汗臭いヘルメットをかぶせられ、私は強引に彼の部屋へと連れて行かれて、成り行きというか、別の場所を怪我することになる。

 でも、慣れた感じの無い、欲望だけの少し強引なその行為は、なぜか胸の奥に染み込んだ。
 膝の治療だったはずが、なぜか彼に抱かれ、初めて突き上げられる痛みの奥。
 私の中で、なにかが花開く。

 そうそれが、旦那となった健司との出逢い。
 考えれば最悪だったはずなのに、彼の乱暴な言葉遣い。ぶっきらぼうな物言いと、雑な扱い。なぜかそんな所に、私は惹かれた。

 そして、当然だけれど、その事を知った大成は怒った。
 そう、いつもお姉ちゃんと私を慕い、いつもかわいく。いつも優しかった彼。

 ―― 私の家は狭かったし何もなかったから、私は何でも揃っている彼の部屋へといつも上がり込んでいた。
 子供の頃から、彼に勉強を教える代わり。
 少なくとも、私はそう思っていた。
 貧乏な私の家では食べられないお菓子、そして環境。
 私は、それを彼に与えて貰っていた。

 その部屋で…… 彼は怒り、私を襲った。
 中学生でも、男子。
 一つ下の彼でも、力はそこそこ強かった。
 無論、逆らうことは出来た。
 あの時はまだ、私の方が体も大きかった。

 だけど……
 いつもと違う、彼に襲われたとき…… 私は、嬉しかった。
 まるで、物の様に扱われ、強引に……
 それが、心の奥。引っかかっていた何かを融かし、満たしていく。
 いつもこんなだったら、私は彼に好きと言ったかもしれない。
 だけど彼は…… いつも優しく、甘えん坊だった。

「なんで喜んでいるんだよ。麗子姉ちゃんは変態だったのかぁ?」
 私を責めながら、小さな彼は強引に行為を行う。
 だけど、彼の体は、まだ大人にはなっていない。
 彼の物とは違う。
 甘美な刺激までは与えてくれない。
 
 私は答える。
「そうね。いつもと違って強引な大成。大人になったのね…… お姉ちゃんビックリしちゃった。でも、もう…… ここには来ないから」

 ―― そう言って、本当にこなくなったお姉ちゃん。
 だけど、狭い町。
 田舎だし、その行動は聞こえてくる。

 それを聞き、母親がわざわざ俺に言う。
「麗子さん。間違いが起こる前に、来なくなって安心をしたわ。でもまあ、やっぱり似たもの同士の家でくっ付くのね。あの年ですでに男女の仲みたい。家が悪いと、やっぱり血かしらねえ。だいちゃん。お勉強を教える話もお断りをしたから、あの女が来ても、もう上げちゃあ駄目よ。―― 誰の子かも判らない子供を、押しつけてくるかもしれないからね」

 中学二年生の息子に言うのが、正解かどうかも分からない事を約束させられる。
 そう、田舎はそういうことが普通。

 あの家は、どうしたこうした。
 普通に差別というか、区別をする。
 良い家柄。普通の家柄。悪い家。そして、禁忌される家。

 麗子姉ちゃんのお母さんは、結婚をしていない。
 俺は知らないが、誰かのお妾さんだったようだ。
 その誰かを、うちの親。いや、町の人間は知っているようで、何か利益でもあったのか、姉ちゃんを家へ上がらせていたようだ。

 そうして、相手の男。水多家も貧乏百姓。
 明治時代。
 農地改革で、安い金で土地を持ち。
 彼の先祖は、小銭が出来た瞬間に飲み倒し、田畑すべて。せっかく手に入れた土地を手放した家。
 当然だが、その後も貧乏が続いていた。

 だが、健司という奴は少し違い、家族の為なのか目的は知らない。
 高校時代から、大工さんと土建屋さんの所へアルバイトに行き、金を稼いでいた。
 あの家に住んでいる者にしては、まともだそうだ。

 まあ、そんな事はどうでも良い。
 高校の三年間。いや、妊娠をした彼女を見て愕然としたから、二年と少し。

 お姉ちゃんは来なくなったが、俺はやはり気になった。
 見られる範囲で、彼女を追いかけ、やることを見て、俺は理解をした。

 そして、俺は結論を出す。
 彼女は……
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