183 / 220
長すぎる二年の時間。そして人は……
第1話 彼女の事情と、自身の無力
しおりを挟む
「来て……」
彼女に誘われるまま、外灯もほとんど無い暗い夜道を、手を引かれて、ただ俺は付いて行く。
手は繋がれているが、月が照らす薄明かりの中。
彼女が着ている、薄いグリーンに白い大きな花をあしらった浴衣が闇に溶け、彼女が消えてしまいそうに感じる。
白い花は、月下美人だろうか? 特徴的な萼片が花の後ろに描かれている。花言葉は何だったか……
導かれて、たどり着いた場所。
そこは、彼女の実家。
今では、そこに住むものは誰もおらず、電気すら来ていない。
少し湿った空気と、カビの匂い。
住む人がおらず、死んでしまった家。
手に持った懐中電灯だけが、部屋の中を照らす。
「来て……」
そこは、数年前。高校時代に愛し合った部屋。
その時とは違い、少しパーマの掛かった緩いウェーブのショートボブカット。
化粧の加減もあるのか、大人っぽい雰囲気が感じられる。
だけど、少し目に掛かる髪の毛が表情を隠す。
彼女がカーテンを開くと、月の明かりが差し込んでくる。
記憶に残るベッドに机。
そして本立てと、小さめのタンス。
六畳ほどの広さ。
だが、明らかに前とは違う。
こちらに向き直り、ストンと落ちる浴衣……
その下には、何もつけていなかった、かの女……
何かが違う違和感。それでも、導かれるままに、彼女と抱き合い求め合う。
その行為は記憶にある、あのたどたどしい行為とはまるで違った……
「随分……」
俺は、言いかけて口を噤む。
でも彼女は、理解をしたのだろう。
それは俺を諭すように、現実を教えるように語ってくれる。
力も何もなく、自身の無力さを知り、変わってしまった生活。
あの電話の後、急に降りかかってきたリアルな生活のために、自身で決断をして、一足飛びに大人になった彼女。
あの時、電話の向こうで。
ただ、子どもの頃にした約束を盾に取り、ガキの様な夢を語るしかない俺に、その現実を教えてくれた。
そうあの時、結婚の報告を聞いたとき。口を突いた言葉は、彼女を責め立てるしか出来なくて、きっとそれは彼女を傷つけただろう。
だけど、久しぶりに会った彼女は、俺に対してお別れの儀式をしてくれた。
きっとこれは、最後に見せてくれた優しさ。
これから後。
二人の歩みは離れ、再び交わることはないだろう。
彼女は教えてくれる。
「あの人は、大人だからね。私は知らなかったけれど、色々と経験もあったみたいね。ふ…… 夫婦はお互いに愛し合うモノだと言って、色々と教えられたから。少しは上手になったでしょ。私も色々と感じるところも増えて…… どう? よかった?」
夏の夜。
山の中といえ暑い。
お互いに汗だくで、混ざり合った汗…… それと、とめども無く流れ出る、色々。
薄暗い部屋で、裸で向かい合い。
淡々と語る彼女は笑っているのか、泣いているのか。
逆光で、よく見えない。
だけど…… 俺の知っている彼女は、もう何処にも居ないのだろう……
彼女と懐かしく体を重ねたのに、変わってしまったことを実感する。彼女の心も、体もまるで知っているモノとは違っていた。それを理解して、心の中からごっそりと何かが抜け落ち、現実と情報が、頭の片隅から広がり、心を薄黒く染めていく。
俺はもう、ここへは帰ってこないだろう。
そう、今日は、二人の別れ。
その決別の儀式……
山の方では、まだ、かがり火が焚かれ、先祖を祭る念仏踊りが続いている。
―― ここは山の中。
女の子が一人で生きるには、不便なところ……
彼女が結婚を決意した半年前。
俺が就職をするまでの、いや、大学入学からの…… どちらも二年間という月日は、長すぎたようだ……
そういえば彼女。昔は散々求めてきたキスを一度も……
高校卒業の少し前。
お互いに努力をして、大学には合格をした。
だが、世の中には、感染症が流行っていた。
「じゃあ、大学には行かないのか?」
「うん。お母さん一人じゃ心配だし」
親父さんが、流行病で入院した。
「お母さんは、保険があるから大丈夫とか、不吉なことを言っているし、家のことは、私がしないと」
お母さん。親父さんが死ぬ前提なのか?
「そうか」
ガキの頃から一緒に遊び、色気づく高校の時に彼氏彼女の関係になった。
田舎で、人数も少ない若者達。
俺達のような関係は普通だ。そして遊び場もない山の中。
そのかわり、人目が届かない場所は沢山ある。
大自然の中で服を脱ぐと、たまにとんでもないところを蚊に刺され、地獄の苦しみを味わう事を知った。
そう、男特有の袋。あそこに虫刺されの液体は、以外と熱いし痛い……
いやまあ、楽しい青春だった。
だが、世界中を襲った流行病が来て、色々と狂ってしまった。
それは、こんな田舎までやって来た。
田舎でも、町との関わりは当然あるし、人の行き交いもある。
外で、仕事をしていた親父さんは、病気を拾ってしまった。
持病もあり、今一体調がよくないらしく、彼女のお母さんも病院での世話と仕事を掛け持ちをしている。
お母さんは、気にしないで。
何とかなるから、大学に行きなと言ってくれたようだが、先の見えない生活でお気楽なことは出来ないと、彼女は生活を優先をした。
そんな彼女の不安は、よくない方向で当たり、親父さんは、入院の末亡くなった。
まだ蔓延をしているときで、俺は電話のみで励まし、帰ることはなかった。
そしてその後すぐ、彼女のお母さんも体調を崩して、入院をしてしまった。
流行病ではない。
看病からの心労だろう。多分親父さんが亡くなったことが大きかったのだと思う。
それと、現実問題として、親父さんが亡くなって、途絶えた収入。
親父さんの保険が、どのくらいあったのかなど知らない。
本当にあったのかどうかも。
彼女は、使わなかった入学金で、何とか車の免許を取り、パートに通い始めた。
かかってくる電話では、話の通じない先輩が鬱陶しいとか、少し愚痴が出ていた。
優しい彼女にしては、珍しいこと。
そう、色々なことが降り積もり、彼女はギリギリだった。
そんな大事な事を、電話で聞くうわべだけの言葉を信じて、俺は気にしていなかった。
長引く入院。
その心労は、彼女を追い込んでいく。
彼女は聞いてくる。
通えなかった。行くはずだった大学の生活。
「大学はたのしい?」
「まあ、単位を取らないといけないから、大変は大変だよ。でも最近アルバイトも初めて、何とかやっているよ」
「そう。頑張っているわね」
俺は、彼女の変化に気が付かなかった。
彼女は、最初の頃。これから、どうなるんだろうとか、会いたいとか、淋しい。
そんな繰り返していた言葉を、最近は俺に対して言わなくなっていた。
ただ、大学の生活などを淡々と聞く。
愚痴が無くなり、それに安心をして、不覚にも気が付かなかった。
言わなくなった、辛いと言う言葉。
それは、何処へと行ったのだろうか?
彼女に誘われるまま、外灯もほとんど無い暗い夜道を、手を引かれて、ただ俺は付いて行く。
手は繋がれているが、月が照らす薄明かりの中。
彼女が着ている、薄いグリーンに白い大きな花をあしらった浴衣が闇に溶け、彼女が消えてしまいそうに感じる。
白い花は、月下美人だろうか? 特徴的な萼片が花の後ろに描かれている。花言葉は何だったか……
導かれて、たどり着いた場所。
そこは、彼女の実家。
今では、そこに住むものは誰もおらず、電気すら来ていない。
少し湿った空気と、カビの匂い。
住む人がおらず、死んでしまった家。
手に持った懐中電灯だけが、部屋の中を照らす。
「来て……」
そこは、数年前。高校時代に愛し合った部屋。
その時とは違い、少しパーマの掛かった緩いウェーブのショートボブカット。
化粧の加減もあるのか、大人っぽい雰囲気が感じられる。
だけど、少し目に掛かる髪の毛が表情を隠す。
彼女がカーテンを開くと、月の明かりが差し込んでくる。
記憶に残るベッドに机。
そして本立てと、小さめのタンス。
六畳ほどの広さ。
だが、明らかに前とは違う。
こちらに向き直り、ストンと落ちる浴衣……
その下には、何もつけていなかった、かの女……
何かが違う違和感。それでも、導かれるままに、彼女と抱き合い求め合う。
その行為は記憶にある、あのたどたどしい行為とはまるで違った……
「随分……」
俺は、言いかけて口を噤む。
でも彼女は、理解をしたのだろう。
それは俺を諭すように、現実を教えるように語ってくれる。
力も何もなく、自身の無力さを知り、変わってしまった生活。
あの電話の後、急に降りかかってきたリアルな生活のために、自身で決断をして、一足飛びに大人になった彼女。
あの時、電話の向こうで。
ただ、子どもの頃にした約束を盾に取り、ガキの様な夢を語るしかない俺に、その現実を教えてくれた。
そうあの時、結婚の報告を聞いたとき。口を突いた言葉は、彼女を責め立てるしか出来なくて、きっとそれは彼女を傷つけただろう。
だけど、久しぶりに会った彼女は、俺に対してお別れの儀式をしてくれた。
きっとこれは、最後に見せてくれた優しさ。
これから後。
二人の歩みは離れ、再び交わることはないだろう。
彼女は教えてくれる。
「あの人は、大人だからね。私は知らなかったけれど、色々と経験もあったみたいね。ふ…… 夫婦はお互いに愛し合うモノだと言って、色々と教えられたから。少しは上手になったでしょ。私も色々と感じるところも増えて…… どう? よかった?」
夏の夜。
山の中といえ暑い。
お互いに汗だくで、混ざり合った汗…… それと、とめども無く流れ出る、色々。
薄暗い部屋で、裸で向かい合い。
淡々と語る彼女は笑っているのか、泣いているのか。
逆光で、よく見えない。
だけど…… 俺の知っている彼女は、もう何処にも居ないのだろう……
彼女と懐かしく体を重ねたのに、変わってしまったことを実感する。彼女の心も、体もまるで知っているモノとは違っていた。それを理解して、心の中からごっそりと何かが抜け落ち、現実と情報が、頭の片隅から広がり、心を薄黒く染めていく。
俺はもう、ここへは帰ってこないだろう。
そう、今日は、二人の別れ。
その決別の儀式……
山の方では、まだ、かがり火が焚かれ、先祖を祭る念仏踊りが続いている。
―― ここは山の中。
女の子が一人で生きるには、不便なところ……
彼女が結婚を決意した半年前。
俺が就職をするまでの、いや、大学入学からの…… どちらも二年間という月日は、長すぎたようだ……
そういえば彼女。昔は散々求めてきたキスを一度も……
高校卒業の少し前。
お互いに努力をして、大学には合格をした。
だが、世の中には、感染症が流行っていた。
「じゃあ、大学には行かないのか?」
「うん。お母さん一人じゃ心配だし」
親父さんが、流行病で入院した。
「お母さんは、保険があるから大丈夫とか、不吉なことを言っているし、家のことは、私がしないと」
お母さん。親父さんが死ぬ前提なのか?
「そうか」
ガキの頃から一緒に遊び、色気づく高校の時に彼氏彼女の関係になった。
田舎で、人数も少ない若者達。
俺達のような関係は普通だ。そして遊び場もない山の中。
そのかわり、人目が届かない場所は沢山ある。
大自然の中で服を脱ぐと、たまにとんでもないところを蚊に刺され、地獄の苦しみを味わう事を知った。
そう、男特有の袋。あそこに虫刺されの液体は、以外と熱いし痛い……
いやまあ、楽しい青春だった。
だが、世界中を襲った流行病が来て、色々と狂ってしまった。
それは、こんな田舎までやって来た。
田舎でも、町との関わりは当然あるし、人の行き交いもある。
外で、仕事をしていた親父さんは、病気を拾ってしまった。
持病もあり、今一体調がよくないらしく、彼女のお母さんも病院での世話と仕事を掛け持ちをしている。
お母さんは、気にしないで。
何とかなるから、大学に行きなと言ってくれたようだが、先の見えない生活でお気楽なことは出来ないと、彼女は生活を優先をした。
そんな彼女の不安は、よくない方向で当たり、親父さんは、入院の末亡くなった。
まだ蔓延をしているときで、俺は電話のみで励まし、帰ることはなかった。
そしてその後すぐ、彼女のお母さんも体調を崩して、入院をしてしまった。
流行病ではない。
看病からの心労だろう。多分親父さんが亡くなったことが大きかったのだと思う。
それと、現実問題として、親父さんが亡くなって、途絶えた収入。
親父さんの保険が、どのくらいあったのかなど知らない。
本当にあったのかどうかも。
彼女は、使わなかった入学金で、何とか車の免許を取り、パートに通い始めた。
かかってくる電話では、話の通じない先輩が鬱陶しいとか、少し愚痴が出ていた。
優しい彼女にしては、珍しいこと。
そう、色々なことが降り積もり、彼女はギリギリだった。
そんな大事な事を、電話で聞くうわべだけの言葉を信じて、俺は気にしていなかった。
長引く入院。
その心労は、彼女を追い込んでいく。
彼女は聞いてくる。
通えなかった。行くはずだった大学の生活。
「大学はたのしい?」
「まあ、単位を取らないといけないから、大変は大変だよ。でも最近アルバイトも初めて、何とかやっているよ」
「そう。頑張っているわね」
俺は、彼女の変化に気が付かなかった。
彼女は、最初の頃。これから、どうなるんだろうとか、会いたいとか、淋しい。
そんな繰り返していた言葉を、最近は俺に対して言わなくなっていた。
ただ、大学の生活などを淡々と聞く。
愚痴が無くなり、それに安心をして、不覚にも気が付かなかった。
言わなくなった、辛いと言う言葉。
それは、何処へと行ったのだろうか?
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる