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幻想という呪縛

第1話 幼馴染みと物語

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 こいつには、多分。男がいる。
 今は横に居ても、僕にはそれが許せなかった。
 不安と焦燥。
 いつ、居なくなるかもと心配になり、失うことへの恐怖。
 そして……

 並木和也なみき かずや俺と、生方紫苑うぶかた しおんは幼馴染み。
 隣の家だが、距離は一〇〇メートルくらいは、離れていた。

 大学生となった今。実家の光景を思いだして、家が近すぎるから問題が出るのだと思っている。

 うちの田舎では、児童公園の周囲は家がない。
 半径百メートルくらい。

 田んぼの近くには、その土地を持っている家のみ。

 山と川。そして、谷底にひっそりと立つ集落。
 そうその集落で、距離が百メートルなんだよ。
 何処が集落だと言いたくなる。
 コンビニなど、未だにない。

 そんな所で、俺達は育った。
 紫苑のおじいちゃんは、昔学校の先生だったらしく、色んなこの地方に伝わる話を遊びに行くたびに語ってくれ、それが僕も紫苑も大好きだった。

 でも時は残酷で、ある日亡くなってしまった。

 あれは、学校に入ったばかりだったと思う。

 小学校までには三キロほど距離があり、村の奥の人が途中で拾いながら学校まで送ってくれた。
 むろん大人同士で、話し合いはあったのだろう。

 そしておじいちゃんの話が聞けなくなった後、本を読み始めた。
 おかげで、国語は得意だった。

 そんな中で、元々少ない子供向けの本は尽き、繰り返し同じ本を読む中で、紫苑が話を書き始める。
 そう、僕にとっての紫苑大先生デビューとなる。

 童話をベースの二次創作。だったと思う。
 桃太郎が、竜宮城へ行ってみたり、鬼退治に竜にまたがって行ったり。
 そんな所から、すべては始まった。

 紫苑もそれが面白いのだろう。僕が喜んで読むたびに新作が登場して、資料集めのために敬遠をしていた難しい本も辞書を片手に読み始める。

 そんな本の中にあった、地方の艶話。

 田舎に残る、ノクターンな話だ。
 じいさんからの話は、原案はここから来て表現や状況を妖怪などに変化させたものだった。
 むろん、他にも民話から来たものもある。

 村人の女人が襲われる話は、大蛇に変わっていたし。
 そう大蛇に襲われて、正気を失いなんやかや。

 最後大蛇の子供を身ごもり、それがご神体として祭られたとか?
 同じような話は、大勢の狐や狸、カッパまで。

 カッパの話は、村で嫌われていた家の娘と、村長の息子が隠れて川で会っていた話がカッパに替わっていた。
 それも夜な夜な相撲を取ると、勝ったときに宝物をもらえる。

 いや元の話は、逢瀬の果てに身ごもって、娘が村を出て行く悲しい話が、宝物を貰ってハッピーエンドになっていたし。

 紫苑の才能は、じいさん譲りだったのかも知れない。

 そんな僕らも、中学生になる。

 今度は自転車通学。
 学校は、近い奴の家からで五キロ程度。
 平野じゃないんだ、チェーンが三ヶ月で切れるんだよ。
 男も女も、パンク修理セットと、携帯型のハンドポンプは持っていた。
 ああ、スポークレンチとチェーンカッターも。
 スポークレンチは、転けたときとかにリムが振れるときがある。
 それを、スポークの張りを調整して、振れをなくすための物。
 
 一人の場合は、メインスタンドを立てて、タイヤを回転させて、マジックの先を近づけるすると、出っ張っているところに線が書かれる。
 そこを緩め、反対側を幾箇所か絞める。

 あんまり絞めると、中でチューブにスポークの頭があたらないように入っている、ゴムの板。正式名称は知らないが、ふんどしと呼んでいた。
 それが傷んで、チューブに穴が開く。

 まあ中学校に三年通うと、みんなが、自転車屋さんを開けるくらい詳しくなる。

 そんな所で、帰り道にある、紫苑の家に毎日寄る。
 中学の、異性を意識して恥ずかしくなる頃。
 それでも共通の趣味? 紫苑が書いて、僕が読む。
 おかしな所を指摘して、推敲をする。時に改稿まで。

 そんなある日。
 彼女の話は始まる。

「ねえ、和也は誰か好きな子できた?」
「えっ、そんなものいねーし」
「そうなんだ」
 そう言って、紫苑は少し嬉しそうに笑う。

「まあ、いたら、こんな時間から家に来ては居ないかぁ」
 そんなことを言って。

 だから、当然のように聞き返す。
「そういう、お前はどうなんだよ」
「えっ私? うーん。好きな人は居るのよ。うん。ずっと」
 そう言って、照れたように、へへっと笑う。

「誰だよ聞かせろよ」
 そう言うと、少し驚いた顔になり、いたずらっぽく話し始める。

「そうねえ。身長も普通。運動も普通。そんな取り柄のない人で……」
 そこで止まってしまう。

「何だよ、そんな奴」
 そう言うと、紫苑なぜか赤くなり、ボソっと言った。

「んじゃあ、日記風に少しずつ書くから。読んで。話すのは不得意だし、言葉に出すのも少し恥ずかしいし」

 紫苑は、帰っていく和也を見送りながら、ため息を付く。
「なに、あの鈍感。せっかく人が告白したって言うのに、褒めるところがないのは和也のせいでしょう」
 思いだしていて、呆れてしまった。
 指折り数えても、特筆すべき所がない。
 さっき困ってしまった。

「――でも、好きなのよ」
 自転車に乗り、道路に沿って枝尾根の向こうに回り込み、西日の中消えていく背中を見つめる。


 
 『※ 枝尾根または支尾根。副稜線とも言う。山の稜線から伸びる枝の部分。間には、谷ができている。稜線とは山の頂上から頂上へ繋がる、高い部分。要するに山肌が水により浸食されて、高いところと低いところができている。低い方が谷、高い方が枝尾根だそうです』
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