100 / 221
幻想という呪縛
第1話 幼馴染みと物語
しおりを挟む
こいつには、多分。男がいる。
今は横に居ても、僕にはそれが許せなかった。
不安と焦燥。
いつ、居なくなるかもと心配になり、失うことへの恐怖。
そして……
並木和也俺と、生方紫苑は幼馴染み。
隣の家だが、距離は一〇〇メートルくらいは、離れていた。
大学生となった今。実家の光景を思いだして、家が近すぎるから問題が出るのだと思っている。
うちの田舎では、児童公園の周囲は家がない。
半径百メートルくらい。
田んぼの近くには、その土地を持っている家のみ。
山と川。そして、谷底にひっそりと立つ集落。
そうその集落で、距離が百メートルなんだよ。
何処が集落だと言いたくなる。
コンビニなど、未だにない。
そんな所で、俺達は育った。
紫苑のおじいちゃんは、昔学校の先生だったらしく、色んなこの地方に伝わる話を遊びに行くたびに語ってくれ、それが僕も紫苑も大好きだった。
でも時は残酷で、ある日亡くなってしまった。
あれは、学校に入ったばかりだったと思う。
小学校までには三キロほど距離があり、村の奥の人が途中で拾いながら学校まで送ってくれた。
むろん大人同士で、話し合いはあったのだろう。
そしておじいちゃんの話が聞けなくなった後、本を読み始めた。
おかげで、国語は得意だった。
そんな中で、元々少ない子供向けの本は尽き、繰り返し同じ本を読む中で、紫苑が話を書き始める。
そう、僕にとっての紫苑大先生デビューとなる。
童話をベースの二次創作。だったと思う。
桃太郎が、竜宮城へ行ってみたり、鬼退治に竜にまたがって行ったり。
そんな所から、すべては始まった。
紫苑もそれが面白いのだろう。僕が喜んで読むたびに新作が登場して、資料集めのために敬遠をしていた難しい本も辞書を片手に読み始める。
そんな本の中にあった、地方の艶話。
田舎に残る、ノクターンな話だ。
じいさんからの話は、原案はここから来て表現や状況を妖怪などに変化させたものだった。
むろん、他にも民話から来たものもある。
村人の女人が襲われる話は、大蛇に変わっていたし。
そう大蛇に襲われて、正気を失いなんやかや。
最後大蛇の子供を身ごもり、それがご神体として祭られたとか?
同じような話は、大勢の狐や狸、カッパまで。
カッパの話は、村で嫌われていた家の娘と、村長の息子が隠れて川で会っていた話がカッパに替わっていた。
それも夜な夜な相撲を取ると、勝ったときに宝物をもらえる。
いや元の話は、逢瀬の果てに身ごもって、娘が村を出て行く悲しい話が、宝物を貰ってハッピーエンドになっていたし。
紫苑の才能は、じいさん譲りだったのかも知れない。
そんな僕らも、中学生になる。
今度は自転車通学。
学校は、近い奴の家からで五キロ程度。
平野じゃないんだ、チェーンが三ヶ月で切れるんだよ。
男も女も、パンク修理セットと、携帯型のハンドポンプは持っていた。
ああ、スポークレンチとチェーンカッターも。
スポークレンチは、転けたときとかにリムが振れるときがある。
それを、スポークの張りを調整して、振れをなくすための物。
一人の場合は、メインスタンドを立てて、タイヤを回転させて、マジックの先を近づけるすると、出っ張っているところに線が書かれる。
そこを緩め、反対側を幾箇所か絞める。
あんまり絞めると、中でチューブにスポークの頭があたらないように入っている、ゴムの板。正式名称は知らないが、ふんどしと呼んでいた。
それが傷んで、チューブに穴が開く。
まあ中学校に三年通うと、みんなが、自転車屋さんを開けるくらい詳しくなる。
そんな所で、帰り道にある、紫苑の家に毎日寄る。
中学の、異性を意識して恥ずかしくなる頃。
それでも共通の趣味? 紫苑が書いて、僕が読む。
おかしな所を指摘して、推敲をする。時に改稿まで。
そんなある日。
彼女の話は始まる。
「ねえ、和也は誰か好きな子できた?」
「えっ、そんなものいねーし」
「そうなんだ」
そう言って、紫苑は少し嬉しそうに笑う。
「まあ、いたら、こんな時間から家に来ては居ないかぁ」
そんなことを言って。
だから、当然のように聞き返す。
「そういう、お前はどうなんだよ」
「えっ私? うーん。好きな人は居るのよ。うん。ずっと」
そう言って、照れたように、へへっと笑う。
「誰だよ聞かせろよ」
そう言うと、少し驚いた顔になり、いたずらっぽく話し始める。
「そうねえ。身長も普通。運動も普通。そんな取り柄のない人で……」
そこで止まってしまう。
「何だよ、そんな奴」
そう言うと、紫苑なぜか赤くなり、ボソっと言った。
「んじゃあ、日記風に少しずつ書くから。読んで。話すのは不得意だし、言葉に出すのも少し恥ずかしいし」
紫苑は、帰っていく和也を見送りながら、ため息を付く。
「なに、あの鈍感。せっかく人が告白したって言うのに、褒めるところがないのは和也のせいでしょう」
思いだしていて、呆れてしまった。
指折り数えても、特筆すべき所がない。
さっき困ってしまった。
「――でも、好きなのよ」
自転車に乗り、道路に沿って枝尾根の向こうに回り込み、西日の中消えていく背中を見つめる。
『※ 枝尾根または支尾根。副稜線とも言う。山の稜線から伸びる枝の部分。間には、谷ができている。稜線とは山の頂上から頂上へ繋がる、高い部分。要するに山肌が水により浸食されて、高いところと低いところができている。低い方が谷、高い方が枝尾根だそうです』
今は横に居ても、僕にはそれが許せなかった。
不安と焦燥。
いつ、居なくなるかもと心配になり、失うことへの恐怖。
そして……
並木和也俺と、生方紫苑は幼馴染み。
隣の家だが、距離は一〇〇メートルくらいは、離れていた。
大学生となった今。実家の光景を思いだして、家が近すぎるから問題が出るのだと思っている。
うちの田舎では、児童公園の周囲は家がない。
半径百メートルくらい。
田んぼの近くには、その土地を持っている家のみ。
山と川。そして、谷底にひっそりと立つ集落。
そうその集落で、距離が百メートルなんだよ。
何処が集落だと言いたくなる。
コンビニなど、未だにない。
そんな所で、俺達は育った。
紫苑のおじいちゃんは、昔学校の先生だったらしく、色んなこの地方に伝わる話を遊びに行くたびに語ってくれ、それが僕も紫苑も大好きだった。
でも時は残酷で、ある日亡くなってしまった。
あれは、学校に入ったばかりだったと思う。
小学校までには三キロほど距離があり、村の奥の人が途中で拾いながら学校まで送ってくれた。
むろん大人同士で、話し合いはあったのだろう。
そしておじいちゃんの話が聞けなくなった後、本を読み始めた。
おかげで、国語は得意だった。
そんな中で、元々少ない子供向けの本は尽き、繰り返し同じ本を読む中で、紫苑が話を書き始める。
そう、僕にとっての紫苑大先生デビューとなる。
童話をベースの二次創作。だったと思う。
桃太郎が、竜宮城へ行ってみたり、鬼退治に竜にまたがって行ったり。
そんな所から、すべては始まった。
紫苑もそれが面白いのだろう。僕が喜んで読むたびに新作が登場して、資料集めのために敬遠をしていた難しい本も辞書を片手に読み始める。
そんな本の中にあった、地方の艶話。
田舎に残る、ノクターンな話だ。
じいさんからの話は、原案はここから来て表現や状況を妖怪などに変化させたものだった。
むろん、他にも民話から来たものもある。
村人の女人が襲われる話は、大蛇に変わっていたし。
そう大蛇に襲われて、正気を失いなんやかや。
最後大蛇の子供を身ごもり、それがご神体として祭られたとか?
同じような話は、大勢の狐や狸、カッパまで。
カッパの話は、村で嫌われていた家の娘と、村長の息子が隠れて川で会っていた話がカッパに替わっていた。
それも夜な夜な相撲を取ると、勝ったときに宝物をもらえる。
いや元の話は、逢瀬の果てに身ごもって、娘が村を出て行く悲しい話が、宝物を貰ってハッピーエンドになっていたし。
紫苑の才能は、じいさん譲りだったのかも知れない。
そんな僕らも、中学生になる。
今度は自転車通学。
学校は、近い奴の家からで五キロ程度。
平野じゃないんだ、チェーンが三ヶ月で切れるんだよ。
男も女も、パンク修理セットと、携帯型のハンドポンプは持っていた。
ああ、スポークレンチとチェーンカッターも。
スポークレンチは、転けたときとかにリムが振れるときがある。
それを、スポークの張りを調整して、振れをなくすための物。
一人の場合は、メインスタンドを立てて、タイヤを回転させて、マジックの先を近づけるすると、出っ張っているところに線が書かれる。
そこを緩め、反対側を幾箇所か絞める。
あんまり絞めると、中でチューブにスポークの頭があたらないように入っている、ゴムの板。正式名称は知らないが、ふんどしと呼んでいた。
それが傷んで、チューブに穴が開く。
まあ中学校に三年通うと、みんなが、自転車屋さんを開けるくらい詳しくなる。
そんな所で、帰り道にある、紫苑の家に毎日寄る。
中学の、異性を意識して恥ずかしくなる頃。
それでも共通の趣味? 紫苑が書いて、僕が読む。
おかしな所を指摘して、推敲をする。時に改稿まで。
そんなある日。
彼女の話は始まる。
「ねえ、和也は誰か好きな子できた?」
「えっ、そんなものいねーし」
「そうなんだ」
そう言って、紫苑は少し嬉しそうに笑う。
「まあ、いたら、こんな時間から家に来ては居ないかぁ」
そんなことを言って。
だから、当然のように聞き返す。
「そういう、お前はどうなんだよ」
「えっ私? うーん。好きな人は居るのよ。うん。ずっと」
そう言って、照れたように、へへっと笑う。
「誰だよ聞かせろよ」
そう言うと、少し驚いた顔になり、いたずらっぽく話し始める。
「そうねえ。身長も普通。運動も普通。そんな取り柄のない人で……」
そこで止まってしまう。
「何だよ、そんな奴」
そう言うと、紫苑なぜか赤くなり、ボソっと言った。
「んじゃあ、日記風に少しずつ書くから。読んで。話すのは不得意だし、言葉に出すのも少し恥ずかしいし」
紫苑は、帰っていく和也を見送りながら、ため息を付く。
「なに、あの鈍感。せっかく人が告白したって言うのに、褒めるところがないのは和也のせいでしょう」
思いだしていて、呆れてしまった。
指折り数えても、特筆すべき所がない。
さっき困ってしまった。
「――でも、好きなのよ」
自転車に乗り、道路に沿って枝尾根の向こうに回り込み、西日の中消えていく背中を見つめる。
『※ 枝尾根または支尾根。副稜線とも言う。山の稜線から伸びる枝の部分。間には、谷ができている。稜線とは山の頂上から頂上へ繋がる、高い部分。要するに山肌が水により浸食されて、高いところと低いところができている。低い方が谷、高い方が枝尾根だそうです』
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる