上 下
68 / 232
青い鳥はやっぱり(巧巳と 幸笑 )

第2話 自由が欲しい

しおりを挟む
 借りた本の内容は、どれも凄かった。
 でもその中で、異色の物があった。

「これって、ハウツー本じゃないの?」
 ストーリーのある物も在るが、一冊、とんでもない資料集があった。

 『部位による、刺激の強弱と反応について』
 最初は、自身でのお試しが、ずっと書かれていた。
 でも途中から、T君の手が入る。
 指を絡めるところから、首筋、耳たぶ、襟元や、顎、唇。
 ありとあらゆる所。
 感想が書かれていて、自分とは比較にならない。意識をしていないと、声や、体の反応を悟られる。
 そんな内容。

「文芸の資料よね」
 読み進めると、相手のT君への物も在る。
 彼も、自分とは違うと言ってくれる。
 驚異本位でキスをする。
 さっき触られて、我慢ができない。

 色々試すが、本番だけはさせてくれない。
 Sという子が好きで、裏切りたくはないと。
 言わなければ、ばれないじゃない。そう言うが、駄目なようだ。
 じゃあ、代わりにと言うことで、彼に触れて貰う。大事な所。初めて。
 この感覚は、癖になる。
「これって、あの人の日記? それも、えっちな」

 日を追って、色々させて喜ぶ感情が書かれていた。
 でも彼に対する描写で、ふと頭に、巧巳が浮かぶ。
「そうそう。優柔不断なの、でも自分のこだわりの最後だけは絶対引かない。なのに、じゃあという感じでお願いすると、いやと言っていても、そのギリギリまではしてくれる」

 楽しかった、小学校時代を思い出す。
 巧巳の書く、絵や文章。楽しかったしおもしろかった。
 有名な漫画家になれるんじゃないと言ったら、それは思っている物と違うとか。

 でも現実。無理じゃない。
 そんな物で暮らしていけるなんて、ほんの一握り。
「お母さんの、言うとおりなのよ。ばかじゃない。私と喧嘩までして何年もまともに口をきかないなんて」
 そこに気がついて読むと、腹が立つことに、これ。相手は、巧巳なの?

「何をさせているの? 巧巳も何をしているの。最後までしなくても浮気よ。私のことが好きなくせに。あんたと喧嘩をしてからずっと、何かが無くなったような気がするの、楽しくないのよ。それなのにあんたは、こんな事」

 そして私は、最悪なことに書いていることを想像する。
 彼が触れた、他人の感想。

 一晩寝られなかった。
 ぼーっとする、頭で学校へ行く。

 昼休みに、巣へ行くと、また後ろから抱きつかれて、耳に息を吹きかけながらしゃべり始める。
「どうだった? おもしろかったでしょ」
「これは何ですか?」
「あらごめんなさい。これは単なる資料集。気にしないで」
 そう言ってニコニコしているが、故意に読ませて、私の反応を楽しんでいる。
 絶対。

「彼は嫌がっているけれど、どうにかして、もっと先までお願いするの」
 そう言って嬉しそうに笑う。

「どうして、資料のためにそこまで。好きでも無いくせに」
「お馬鹿さんね、好きに決まっているじゃ無い。資料の方がまあついでかしら。理由付けね。これだから仕方が無い。そういう理由を構えないと彼、手も握ってくれないのよ。一途ね、私の方こそどうして? よ。彼が好きなことをする。応援こそすれ否定なんて、試して失敗してからで良いじゃ無い」
「それはそうだけど、いつまでよ。そうよ、いつまで待てば良いのよ」
「駄目ね。あなたは自分だけが大事なのね。彼が諦めるまでずっとに決まっているじゃ無い」
 彼女は言い切った。

 さらに、こんな事も、彼女は言った。
「彼を支えるためなら、私がお金を稼げば良い。そうでしょ。それをしないで彼に依存することばかり。夢を諦めて、私を扶養しなさい? おかしいでしょ」
 そう言われて、反論ができなかった。

 そうだ、お母さんは文句を言っているが、ちょっとしたお手伝いくらいしかできない。しているのは、文句を言うことばかり。それを言われたときの、お父さんの辛そうな顔も知っている。
 そう今の私は、お母さんと一緒。何もしていない。文句ばかり。

 実際成績も、好きなことをしている彼の方が良い。

「彼のことは、あげない」
 そう言い放ち、その場を後にする。
「あらあら、できるかしら。早く失敗して彼を失意の底に落としてね、Sさん。早く夕方にならないかしら」


 私は失敗をした。
 彼女から、彼を引き離そうとして、言ってはいけない言葉を、短絡的に言い放ってしまった。きっとこうなるのは、彼女の予定通り。

 放課後になって、巧巳を捕まえる。
「美術準備室へ行かないで」
 そう言うと、巧巳は嫌そうな顔をする。

「またそんな。僕は絵も好きだし、小説も好きなんだ、どうして何もしないうちから否定するのさ。確かに自信も何も無い。判断するのは他人側だからね。でも、まだ何もしていないんだ」
「わっ、私は、あんたのことを心配して」
「それは分かっているけれど、頭ごなしに何もできないはずと、決めつけるのはやめてくれないか」
「決めつけてなんか」
「本当に?」
 そう聞かれて、答えられなかった。

「じゃあ急ぐから」
「だめよ」
「頼むから、放っておいてくれ」
 言われてしまった、いや言わせてしまった。
 彼からの拒絶。

 これからあいつと、また書かれていたような、イチャイチャが始まる。

 悩んだ末に追いかけて準備室に行くと、イーゼルに乗せたキャンバスに向かって何かをしている。
 あの女と一緒に。
 久しぶりに絵を見たけど、綺麗だけどうまいと思えない、こぢんまりとした絵。あまり上達していないじゃない。
 彼女の顔を見たとき、笑みが、私をあざ笑っている顔。
 ほらやっぱり。そんな笑顔。

 私は、キャンバスを掴み、床にたたきつける。
「こんなの駄目よ」
「「「あっ」」」
 その声で、準備室の奥に他の生徒がいることに気がつく。
 彼とくそ女は、一年生の作品に対し、指導中だった様だ。
 一人立ち上がって、こちらを見る生徒の目が、悲しそうだった。

「幸笑。彼に謝って、出ていけ」
 初めて見る。怖い顔。
「わたしは、ただ……」

 謝ることもできず、逃げ出した。
 背後で、私を呼ぶ声がする。

 その後、謝ろうとしたけれど、彼は目も合わせてくれなくなった。
 昔、私が彼の絵を破ったときと同じ。
 きっとすぐには、許してくれない。
 でも、時が来れば。

「あらっ、久しぶりね」
 げっ、いやな奴に会った。
「この前はすみませんでした。立ち上がって、悲しそうな顔をしていた人にも、謝りたいのですが」
「良いのよ、あんな絵」
 意外とバッサリだった。

 そして、嬉しそうに見せてくる一冊のノート。
「今私は、大事な情報が更新できて嬉しいの。些末なことなど問題なしよ」
 そう言って、それ以上絡むこと無く、彼女は行ってしまった。
 後ろ手に、あのノートを持ち、軽やかな足取りで。

 その後、彼は何かの大きな大会で賞を取ったとか、幾度も校長先生とともに集会の時に呼ばれるようになった。
 大学に行きながら、仕事をするようだ。

 そして、彼の隣には、あいつがいる。
 まるで似合わない、はにかんだ笑顔で。
「私は、彼を支えるだけです」
 そう言いながら。


「あの子、子どもの頃から上手いと思ったけれど、偉い人になっちゃったね」
 お母さんがぼやく。
「せっかく仲良かったのに、付き合うとか無かったの?」
 何それ?
「お母さんが、芸術家なんか駄目って言ったじゃ無い」
 考えるだけで辛いのに、やっとそう言うと、返ってきた答えは唖然とする物だった。
「才能がある人は別よ。あんた、見る目がないのね」

 私は……。


---------------------------------------------------------------------------------------------
 お読みくださり、ありがとうございます。
 秋の夜長は、寝るのに失敗すると寝られなくなる。
 最近、気がつけば外が明るくなって、散発的にしか寝られない。
 と言うことで、誰が悪いか分からない話でした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...