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勘違い(梨乃と優悟)

第1話 優しさと勘違い

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 夏の焼けるような日差しと熱い風が吹き込む部屋の中で、私は見知らぬ彼の上で痛みをこらえて腰を振る。
 痛い、気持ち悪い、触れられる皮膚の感触、汗、吐息、紡がれる言葉。
 すべてが気持ち悪く不快。

 でもカーテンを開け、窓を開けて、音を行為を彼の部屋に届ける。
 向かい側は、彼。私の大事な幼馴染みのお兄ちゃんの部屋。


 お兄ちゃんと呼んで慕うのは、隣に住む優悟お兄ちゃん。
 幼馴染みで、三歳年上。

 子どもの頃から何でも知っていて、何でも出来るスーパーマン。
 元々、親も仲良く遊んでいたが、小学校三年生だっただろうか? あの頃私は、急に男子達の目を意識し始めて、学校でトイレに行けなくなり。家に帰り着く前に漏らしてしまった。

 両親は、仕事で私が帰る時にはいなくて、泣きながら家に帰る。
 そこで、何故か早く帰ってきていた、お兄ちゃんに会ってしまった。
「なんだ、漏らしたのか。さっさと家に入って、お風呂場へ行け。着替えは、部屋か?」
 そう言って、何も言わずお世話をしてくれた。
 その時の私は、ものすごく恥ずかしかった。
 でも、何も言わず。後始末をしてくれるお兄ちゃんが、特別な人になった。

「我慢をしたら体に悪い。男だろうが女だろうが食べるものは食べるし、出るものは出る。何も恥ずかしいことじゃない。梨乃は引っ込み思案だから、先生にも言えなかったのか?」
「うん。恥ずかしくて。他の子が、トイレに行くって言ったとき、男子達が騒いだし」
 そう説明すると、教えてくれる。

「聞いたことがあるけれど、子どものうちは男の方が発育が遅くて、子どもぽい事をするんだってさ。何か言われてもガキだなあって思っとけば良い」
 そう言って、頭をなでてくれた。
 
 それ以降、私の中で、お兄ちゃんがお兄ちゃんになった。

 元々、両親が遅く一人で寂しくすごしていた私は、お兄ちゃんの家に寄って宿題をするようになっていった。
 お兄ちゃんのところのお母さんは、パートとか言うお仕事で少し帰りが早い。

 私が、お邪魔しても。
「良いわよ」
 そう言って、家のお母さんにお話をしてくれたみたい。

 私は、それから頑張った。むろん、一緒にする勉強と雰囲気、その時間が嬉しくて。

 そして何故か、中学校になった頃。私は、美人で賢いと有名になっていた。
 髪型とかは、お兄ちゃんが持っていた本の好みから決めただけ。
 たまたま、輪郭が逆三角形に近く、キャラとかぶっていた。
 学校の決まりギリギリのウルフカットのセミロング。

 色々な行事や買い物にも、お兄ちゃんは嫌な顔もせず付き合ってくれる。

 そして私は、好きという気持ちに気がつく。
 色々調べて、心の中のモヤモヤがそういう感情なのだと。

 それに気がついてからは、すべてがキラキラして楽しかった。
 普通に繋いでいた手も、何かの折に彼が見せる仕草も、むろん褒められることと頭をなでられることも。

 並んでゲームをしていても、ふとしたときにドキドキが始まる。
 こうなってくるとなかなか収まらない。
「どうした? 顔が赤いし大丈夫か?」
 熱があると思ったのか、手の平が額に触れる。
「うん?」
 そう言ったと思ったら、顔が近付く。
 ぴとっと、額同士が触れ、思わず息をのむ。
 一気に体温が上がり、体中から汗が噴き出す。

「ちょっと、離れてよ」
「ああ悪い。やっぱり熱がありそうだから、帰って寝るか?」
 そんな言葉が、投げかけられる。

「んー。大丈夫」
「遊びにムキになるな」
「大丈夫って言っているでしょ。私の方が勝っているからって、逃げるつもり?」
「そんなつもりは、無いさ」
 年上な彼は、挑発しても、私は軽くいなされる。

 この一年くらい、そんな感じ。

 クラスでも、異性との付き合いが話題になり盛り上がる。
 だが、あの子がキスしたって。とか、初体験がなどと言う話が出始め、私はそんな場から逃げる。
 フン。子どもねと、言わんばかりの虚勢を張って。

 周りの子達は、私の相手がお兄ちゃんであることを知っている。
 体育祭の時などは、父兄としてきて貰ったし。

 そして、高校へ。
 中学校の時からそうだけど、私が入学するとお兄ちゃんは卒業している。
 でも、いた事の残滓は残っている。
 先輩達の話や、職員室の写真。

 そんな空気を感じながら高校生活を送る。
 楽しかった文化祭。
 来て貰って一緒に回って貰った。
 普段偉そうな先輩が、こちらに頭を下げる。

 この前、図々しくも私に告白をしてきた男子も、苦々しそうにこっちを見ている。
 ちょっと楽しいわ。

 そして、高校二年。
 梅雨が明け、馬鹿みたいに熱くなったある日、家へ帰る途中で見てしまった。
 泣いている女の子とお兄ちゃん。

 優しくキスをして離れる。
 歩き出すが、彼女が何かを言って手を繋ぐ。
 彼女の速度に合わせて手を引き、駅の方へと歩いて行く。

 私は、放心状態で家に帰り、そのまま寝てしまった。

「梨乃。生きているか?」
 お兄ちゃんの声が聞こえる。
「暑っ。なんだこの部屋」
 エアコンのスイッチが入る音がして、電気が点く。

 私は、制服のままベッドで寝転がっていたが、まぶしくて顔をしかめてしまう。
「なんだ、起きていたのか」
 優しい声。

 ついいつもの調子で返す。
「まぶしいわよ」
「もう八時だし、おまえ制服のままじゃないか。こんな温度の中寝ていると、熱中症になるぞ」
 その優しさにムキになる。彼女と何をしていたのよ。

 私はいつまで経っても、キスすらしてもらえない。
 好きかと聞いたら、優しく好きだと返してくれたのは、妹としてなのよね。きっと。
「ほっといて」
「梨乃」
「ほっといて。帰って」
「分かった、水分を取って、頭痛があるなら痛み止めも」
「分かったから、帰って」
 そう言って追い出した。

 少しして、カーテンの隙間から覗くと、部屋に電気が点いている。
 私は、三十分。いえ、一時間かしら。気がつけば楽しかった思い出を思い出しながら、いつの間にか泣いていた。

 その数日後、彼の部屋から女の声が聞こえる。
 男の人もいるようだけど、楽しそうな声。
 でも、耳に付いた女の声が耳から離れない。

 しばらくして、出ていく連中をぼーっと眺める。
 大学での、課題か何かで集まったのか、模造紙を抱えた男女の中にあの女がいた。凄く大人の人。バッチリ化粧をして。

 なれなれしい態度で、お兄ちゃんに触れる。
 吐き気がする。
 私だって、化粧すれば。
 負けてなんていない。

 誰かが言っていた、男なんてやきもちを焼かせば戻ってくるわ。
 カリギュラ効果と呼ばれるもの。
 心理的リアクタンスと言う現象。
 人は、『見てはいけない』『してはいけない』など禁止や制限されると、逆に興味をもち、それに手を出してしまう心理が多分に働く。好奇心を刺激する方法だが程度がある。

 それを実践した。人の機微に疎い私は、限度を超えた方法で。
 
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