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第六章「そして山百合は咲きこぼれる」

第十八話「ご飯の後はなんにする?」

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「やっぱ、キャンプと言ったら肉っすね~」

 美嶺みれいの期待を裏切らない食べっぷりは、本当に微笑ましくなってくる。
 大好物のハンバーグを口いっぱいに詰め込み、とろけるような笑みを浮かべていた。

「まぁまぁ、落ち着いて。美嶺はみんなの二倍は用意してあるよ~」
「このっ……口いっぱいにっ……ほおばる感じがっ……ひあわへなんらよ~」

 しゃべりながら食べてるので、最後のほうは言葉になってない。
 だけど、夕焼けの赤い陽の光に包まれ、美嶺は本当に幸せそうな笑顔を浮かべている。
 私たちのテントは笑いが絶えなかった。


「それにしても審査員の先生たち、隠れるのがうますぎるねっ」

 ひとしきり食べ終わった後、ほたかさんが今日の登山を振り返り始めた。
 今の話題は、山道のあちこちに隠れていた審査員のお話だ。

「うん。全然見つからない」
「そういや審査員のこと、忘れてたっす」

 千景さんも美嶺も、ほたかさんの言葉に大きくうなづく。
 その様子を見て、私は少し不思議だった。

「あぅ? 審査員の人、バレバレでしたよ?」
「ましろちゃん、気づいたの?」
「ええ。隠れてるっていうほどでもなかったような……」

 審査員の人は木の裏や茂みの中にいた。あまちゃん先生に声をかけたときなんて、「しーっ」と言われたぐらいだ。
 すると、千景さんは「すごい……」と驚いたような顔で私を見つめてきた。

「そ、そうでしょうか? ……なんでかな。絵を描くので、よく観察する癖があるからかも?」
「すごいな。じゃあ、明日は審査員の居場所をましろに教えてもらおうかな。その時だけ歩き方を注意すれば大丈夫だろうし!」
「いやいや、うちのチームのすぐ後ろにも役員の先生が歩いてるから、常に気を付ける必要があるんじゃない?」

 私が言うと、美嶺も「そういえばそうか」と納得した。
 審査員がいようといるまいと気を付けて歩く必要があるんだし、私の力も大して役に立たないだろう。

 すると、千景さんが何かを思い出したようにつぶやいた。

「明日は違う……。チームごとに、別々に歩く」
「どういうことっすか?」
「えっとね……。今日はすべてのチームと役員の先生が一列に並んで歩いたけど、明日は時間差で出発して、チームごとに離れて歩くの……」

 つまり、四人だけで歩くということだ。

「今日は前の隊と距離があきすぎたら減点だったっすよね? 明日はどうなんすか?」
「チェックポイントごとに……制限時間が、ある。間に合わないと、減点」
「も……もしかしてスピードの競争ですか?」

 制限時間という言葉を聞いて、私の胸がざわついた。
 登山はマイペースでできると安心してたけど、競技色が強くなってくると、みんなの足を引っ張りかねないので心配になってくる。
 そんな私の不安を察してくれたのか、千景さんはそっと手を握ってくれた。

「早くても、関係ない。それに、普通に歩けば、十分に間に合う。……歩くペースは、ボクに任せて」

 千景さんは静かにうなづいてくれる。
 その言葉を聞き、私の気分が軽くなるのを実感した。

「そうですか~。あくまでも、安全が第一……ってことですよね!」
「うん」
「安心したぁ~」

 私はほっと胸をなでおろした。


 不安がなくなると、周りが見えてくる。
 そういえば、ほたかさんはさっきから静かな気がする。
 美嶺も私の視線に気が付いたのか、ほたかさんのほうを向いた。

「あれ、梓川あずさがわさん、どうしたんすか? 表情が暗いっすよ」
「ご、ごめんねっ」

 ほたかさんはハッとしたようにこちらを向くと、苦笑いを浮かべながら肩を落とした。

「明日は四人だけで行動するんだなぁって思うと……ちゃんと判断できるか不安で……」

 そう言いながら、深いため息を漏らしている。
 このままだと、今日も眠れずに寝不足になりかねない。

「ほたかさん。抱え込もうとしちゃ、ダメですよぉ~」
「でも、わたしはリーダーだし……」
「みんなで背負いあおうって、言ったじゃないですかぁ~。この四人なら、大丈夫です!」
「そうだね。そうだよねぇ……」

 ほたかさんは口ではそう言っているけど、表情は暗いままだ。
 千景さんもそれを心配してか、「しっかり寝て」とクギを刺す。

「そっすね。そもそも寝不足はきついっすよ。寝る時間と起きる時間って何時でしたっけ?」
「寝るのは九時。起きるのは朝、四時」
「四時っ? そ、そんなに早いんですか?」
「……うん。それに明日は今日の二倍。全部で八時間半も歩くんだよぉ……」

 私はあわてて計画書を確認する。
 すると、確かに言われた通りの時間が書いてあった。
 午前四時の起床なんて、未知の領域だ。
 あと少しで午後七時だから、二時間以内に眠らないと、明日に響いてしまう。

「せめて風呂に入れればいいんすけどねぇ。そうすれば緊張感も抜けるし、眠りやすいんすけど……」

 美嶺がしみじみとつぶやく。

(お風呂!)

 その言葉を聞いたとたん、私の頭の中には湯気いっぱいの大浴場の景色が広がった。
 大浴場といえば温泉。
 この四人で温泉に行くっていうのは、それはそれは素敵なことだと思う。

「確かに、たっぷりのお湯につかりたいですねぇ~。温泉とか~」

 私もため息交じりにつぶやくと、千景さんが思い出したように言った。

「近くに、温泉……ある」
「温泉っ? あるんですかっ! 行きたいなぁ~」
「大会が終わったら、天城あまぎ先生に『行きたい』って頼んでみよっか」
「いいっすねぇ~」

 みんなは声を弾ませて盛り上がっている。
 私の頭の中はというと、すでに湯煙パラダイスに包まれていた。

「あぅぅ、露天風呂……。屋外で、湯気の向こうでバスタオル一枚のみんな……。はぁ……はぁ……」
「……ま、ましろちゃん。その手は……なんなのかなっ?」

 ほたかさんがうろたえたように、私を見ている。
 私は両手をにぎにぎと動かし、みんなの体をめ回すように視線を動かした。

「ふへへ……。みんなの体を揉みしだきたいっ」
「ましろちゃん! いくら温泉の話題が出たからって、今から興奮しちゃ、ダメだよぉ」
「いいえ。この手は止まりませんよぉ~。みんなの柔らかなお肌に触りたがってるんです~」

 もう辛抱たまらないっ。
 口からは熱い吐息が勝手に漏れ出していく。

「ましろ……。さすがに大会中は我慢しろ! お……終わったらアタシがなんでも言うこと聞いてやるから」
「じゃあ、美嶺からやっちゃおうかな~」

 私は美嶺に飛びつく。
 そして、指先に渾身こんしんの力を込めた。

「や……やめ、あっ……ああぁ……っ」

 陽が落ちて藍色に染まった空に、美嶺の声が響く。
 私の指は止まらない。
 ほたかさんも千景さんも、もはや止めることをあきらめたようだった。

「ましろちゃん……。まさかやろうとしてたことが……」
「マッサージ、だったとは……」

 美嶺の腰を揉みほぐす手を休めないまま、私は二人に笑顔を送る。

「全員、テントの中で横になってくださ~い。徹底的にマッサージしちゃいますよ~!」
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