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第三章「ペンは剱より強し」
第六話「あやしげな剱さん」
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下校のチャイムと共にタイムリミットが来てしまった。
あんなに楽しみにしていたキャンプが、まさか準備が終わらないという理由で中止になってしまうなんて……。
とても受け入れがたい現実を前に、私たちは悲しみに暮れていた。
そんな落胆のさなかに部室の扉が勢いよく開かれ、あまちゃん先生が飛び込んできた。
「はぁ~い。準備は終わったかしら~?」
「あぅ……。あまちゃん先生……」
暗い顔で先生を迎える私たちの周りにはたくさんの荷物と、中途半端にしか物が入っていないザックが床に並べられている。
入ってきたばかりの先生もすぐに状況を察したようで、笑顔のまま凍り付いてしまっていた。
「終わっては……ないみたいねぇ」
「あぅぅ~……。先生……キャンプ、できなくなっちゃいました……」
泣きそうな気持ちを我慢して先生に報告すると、あまちゃん先生は深く深くため息をついた。
「こんなことかなって思ってたのよぉ……。でも、安心していいわ。こんなこともあろうかと、先生は居残りの申請をしておいたのです~」
「先生、いいんですか? 顧問の先生は部活の終わりまで待機する決まりでは……」
ほたか先輩が申し訳なさそうにつぶやくと、先生は「ふふふ」と笑ってくれた。
「もちろんいいわよぉ。……それに、そもそもキャンプは先生も楽しみにしてるのよぅ」
「あ。もしかして先生も来るんすか?」
「あらあら。部活動の一環なんだから、顧問は当然のごとく同行するのよ? それにキャンプ場までの移動は先生の車を使うのよぉ」
確かにそれは盲点だった。
てっきり、ここにいる四人だけでキャンプするのだと思い込んでいたけれど、あまちゃん先生が言うのは至極当然のことだった。
思いがけない延長戦を許されて、ようやく気分が盛り返してくる。
ほたか先輩もみんなを奮い立たせようとしてくれているのか、腕を振り上げて「やるよーっ」っと掛け声を上げた。
すると、あまちゃん先生がおもむろに剱さんの肩を叩いた。
「剱さんはもう帰る時間なのよね。これ以上の居残りは大変でしょう?」
「え、ええ。……まあ」
「剱さんがいない分は先生が手伝うから、大丈夫よぉ」
剱さんは少し思案した様子を見せた後、先生に会釈する。
「じゃあ、お言葉に甘えて帰らせてもらいます」
そして、なぜか突然、スカートを脱いでしまった。
腰から外されたスカートが空気をはらみながら落下していく。
そして、あらわになった下着姿。
その引き締まったお尻からは、スラっと長い脚が伸びている。
剱さんの下着姿はエッチというよりも、かっこよさが際立っていた。
「え、なに? どうしたの?」
予想外の行動に私は動揺してしまったが、剱さんは事も無げに言う。
「ジャージに着替えるんだよ。アタシはいつも、ジャージで帰るって決めてるんだ」
そう言われて思い返すと、今週からトレーニングに合流した剱さんは、トレーニング後もジャージ姿のまま帰っていた気がする。
「……トレーニングの日は元々着替えてたから、そのまま帰ってるだけだと思ってたよ。……なんでわざわざ制服から着替えるの?」
「このほうが都合がいいからだよ。……って、急いでるんだから、話かけんな」
剱さんが相変わらずのぶっきらぼうな口調で話を切るものだから、私はそれ以上は何も聞けなくなった。
剱さんはバッグの中からジャージを引っ張り出しつつ、制服のボタンをはずしていく。
しかし、上着を脱ごうとして、はたと止まってしまった。
「あ……、そうか。これを着ちゃってたか……」
小さな声で独り言のようにつぶやくと、部室のすみっこに行ってしまった。
そして服の前面を私たちに隠すように制服の上着を脱ぐと、慌ててジャージに着替えていく。
もしかすると、制服の下に変なデザインの服でも着てたのかもしれない。
「じゃあ、スイマセン。アタシはこれでっ!」
ジャージを着こんだ剱さんは制服をスクールバッグに詰め込むと、走って部室を出ていった。
気を取り直して荷物の準備を再開した時、ほたか先輩が壁際に何かを見つけた。
「あれ、これはうちの部のものじゃなかった気がするけど……。心当たりはある?」
それは小さな水色のポーチで、隅についている金具には青い棒状の金属が付いている。
「……このホイッスル、美嶺さんが買ったもの」
千景さんの話を聞いてから棒状の何かを見てみると、確かに筒状になっている。
思い起こせば先日の土曜日、確かに剱さんはクマよけのホイッスルを買っていた。
「剱さんの忘れもの……かな?」
さっき慌てて帰り支度をしていたから、その時落としたのかもしれない。
そう思いながらポーチを手に取ったとき、私には中身がわかってしまった。
柔らかい袋の中に硬い板状のものが入っている。
大きさ、形、そして重さ……。
これはスマホに違いがなかった。
「あぅぅ……。剱さん、勝手に開けちゃって、ごめんっ!」
ここにいない剱さんに謝りつつポーチを開けると、やはりと言うか、中には青いケースに包まれたスマホがひとつ、入っていた。
「どうしよう。……明日は休みだから学校に取りに来れないし、剱さんもさすがに困りますよね?」
先輩たちにスマホを見せると、あまちゃん先生が言った。
「ふむ。じゃあ空木さん。そのまま帰っていいから、剱さんを追いかけて届けてくれるかしら? 準備は先生たちで責任もって終わらせるので、心配しなくてもいいですよぉ~」
「あ……。はい。でもまだ献立決めが……」
「大丈夫だよ、ましろちゃん。さっき決めたメニューで問題ないなら、お姉さんたちが買い物するから!」
「え……でも、悪いです」
「じゃあね、あとで先生からご自宅の電話番号を聞くから、帰ったら打ち合わせしよっ?」
そう言えば、入部届と一緒に先生に渡した書類に、緊急連絡先として自宅の電話番号を書いていた。
「あ……はい。じゃあ、お願いします……」
その時、千景さんは魅惑のプリンを二つほど保冷用のケースから取り出すと、容器が割れないようにタオルに包んで渡してくれた。
「プリン。一つは美嶺さんに、渡して」
「あ、ありがとうございます! じゃあ、あとはお願いします!」
私は急いで鞄にプリンをしまうと、剱さんの忘れ物をつかんで部室を飛び出した。
部室を出た私は、昇降口に向かう。
下校するなら靴に履き替えるだろうし、そこで捕まえれば終わる話だ。
……しかし昇降口に着いた時には剱さんの姿はなく、靴箱には上履きしか残っていなかった。
とっさに外に出てあたりを見回すと、裏門の方向に走っていく剱さんの後ろ姿が見える。
「おーい、剱さーん!」
大声をはりあげて呼んだが、まるで気が付いていないように走り去っていってしまった。
裏門と言えば、学校の裏山に続く出口だったはずだ。
裏山は課外授業で行ったことがあるけど、うっそうと茂った雑木林が続いており、街へ抜ける道なんてなかった気がする。
不思議に思いながらも、私も靴を履き替えて裏門に向かった。
▽ ▽ ▽
「え……? おうちに帰るんじゃないの……?」
裏門にたどり着いた私が見たのは、山の雑木林を分け入っていく剱さんの後ろ姿だった。
林は木々が密集していることもあり、あっという間に剱さんの姿が見えなくなってしまう。
本当なら今すぐ剱さんに電話して呼び止めたいところだけど、肝心の剱さんのスマホは私の手の中だ。
林の奥は薄暗く感じられ、恐ろしい空気が満ちているように感じられた。
(……む、無理して追いかけないほうがいいのかな?)
スマホがないと不便だろうけど、どうせキャンプで会えるのだから、無理して追いかける必要はないかもしれない。
しかし、なんだか嫌な予感が私の胸に渦巻いているのも事実だった。
剱さんは本当に家に帰ろうとしているのだろうか。
なんで夕方のこの時間に、山に入っていくのだろうか。
今すぐ追いかけないと、まずい気がする。
「……すぐ追いつけるかもしれないし、行こうかな」
私は剱さんのスマホをなくさないように鞄にしまい込むと、裏山に足を踏み入れた。
あんなに楽しみにしていたキャンプが、まさか準備が終わらないという理由で中止になってしまうなんて……。
とても受け入れがたい現実を前に、私たちは悲しみに暮れていた。
そんな落胆のさなかに部室の扉が勢いよく開かれ、あまちゃん先生が飛び込んできた。
「はぁ~い。準備は終わったかしら~?」
「あぅ……。あまちゃん先生……」
暗い顔で先生を迎える私たちの周りにはたくさんの荷物と、中途半端にしか物が入っていないザックが床に並べられている。
入ってきたばかりの先生もすぐに状況を察したようで、笑顔のまま凍り付いてしまっていた。
「終わっては……ないみたいねぇ」
「あぅぅ~……。先生……キャンプ、できなくなっちゃいました……」
泣きそうな気持ちを我慢して先生に報告すると、あまちゃん先生は深く深くため息をついた。
「こんなことかなって思ってたのよぉ……。でも、安心していいわ。こんなこともあろうかと、先生は居残りの申請をしておいたのです~」
「先生、いいんですか? 顧問の先生は部活の終わりまで待機する決まりでは……」
ほたか先輩が申し訳なさそうにつぶやくと、先生は「ふふふ」と笑ってくれた。
「もちろんいいわよぉ。……それに、そもそもキャンプは先生も楽しみにしてるのよぅ」
「あ。もしかして先生も来るんすか?」
「あらあら。部活動の一環なんだから、顧問は当然のごとく同行するのよ? それにキャンプ場までの移動は先生の車を使うのよぉ」
確かにそれは盲点だった。
てっきり、ここにいる四人だけでキャンプするのだと思い込んでいたけれど、あまちゃん先生が言うのは至極当然のことだった。
思いがけない延長戦を許されて、ようやく気分が盛り返してくる。
ほたか先輩もみんなを奮い立たせようとしてくれているのか、腕を振り上げて「やるよーっ」っと掛け声を上げた。
すると、あまちゃん先生がおもむろに剱さんの肩を叩いた。
「剱さんはもう帰る時間なのよね。これ以上の居残りは大変でしょう?」
「え、ええ。……まあ」
「剱さんがいない分は先生が手伝うから、大丈夫よぉ」
剱さんは少し思案した様子を見せた後、先生に会釈する。
「じゃあ、お言葉に甘えて帰らせてもらいます」
そして、なぜか突然、スカートを脱いでしまった。
腰から外されたスカートが空気をはらみながら落下していく。
そして、あらわになった下着姿。
その引き締まったお尻からは、スラっと長い脚が伸びている。
剱さんの下着姿はエッチというよりも、かっこよさが際立っていた。
「え、なに? どうしたの?」
予想外の行動に私は動揺してしまったが、剱さんは事も無げに言う。
「ジャージに着替えるんだよ。アタシはいつも、ジャージで帰るって決めてるんだ」
そう言われて思い返すと、今週からトレーニングに合流した剱さんは、トレーニング後もジャージ姿のまま帰っていた気がする。
「……トレーニングの日は元々着替えてたから、そのまま帰ってるだけだと思ってたよ。……なんでわざわざ制服から着替えるの?」
「このほうが都合がいいからだよ。……って、急いでるんだから、話かけんな」
剱さんが相変わらずのぶっきらぼうな口調で話を切るものだから、私はそれ以上は何も聞けなくなった。
剱さんはバッグの中からジャージを引っ張り出しつつ、制服のボタンをはずしていく。
しかし、上着を脱ごうとして、はたと止まってしまった。
「あ……、そうか。これを着ちゃってたか……」
小さな声で独り言のようにつぶやくと、部室のすみっこに行ってしまった。
そして服の前面を私たちに隠すように制服の上着を脱ぐと、慌ててジャージに着替えていく。
もしかすると、制服の下に変なデザインの服でも着てたのかもしれない。
「じゃあ、スイマセン。アタシはこれでっ!」
ジャージを着こんだ剱さんは制服をスクールバッグに詰め込むと、走って部室を出ていった。
気を取り直して荷物の準備を再開した時、ほたか先輩が壁際に何かを見つけた。
「あれ、これはうちの部のものじゃなかった気がするけど……。心当たりはある?」
それは小さな水色のポーチで、隅についている金具には青い棒状の金属が付いている。
「……このホイッスル、美嶺さんが買ったもの」
千景さんの話を聞いてから棒状の何かを見てみると、確かに筒状になっている。
思い起こせば先日の土曜日、確かに剱さんはクマよけのホイッスルを買っていた。
「剱さんの忘れもの……かな?」
さっき慌てて帰り支度をしていたから、その時落としたのかもしれない。
そう思いながらポーチを手に取ったとき、私には中身がわかってしまった。
柔らかい袋の中に硬い板状のものが入っている。
大きさ、形、そして重さ……。
これはスマホに違いがなかった。
「あぅぅ……。剱さん、勝手に開けちゃって、ごめんっ!」
ここにいない剱さんに謝りつつポーチを開けると、やはりと言うか、中には青いケースに包まれたスマホがひとつ、入っていた。
「どうしよう。……明日は休みだから学校に取りに来れないし、剱さんもさすがに困りますよね?」
先輩たちにスマホを見せると、あまちゃん先生が言った。
「ふむ。じゃあ空木さん。そのまま帰っていいから、剱さんを追いかけて届けてくれるかしら? 準備は先生たちで責任もって終わらせるので、心配しなくてもいいですよぉ~」
「あ……。はい。でもまだ献立決めが……」
「大丈夫だよ、ましろちゃん。さっき決めたメニューで問題ないなら、お姉さんたちが買い物するから!」
「え……でも、悪いです」
「じゃあね、あとで先生からご自宅の電話番号を聞くから、帰ったら打ち合わせしよっ?」
そう言えば、入部届と一緒に先生に渡した書類に、緊急連絡先として自宅の電話番号を書いていた。
「あ……はい。じゃあ、お願いします……」
その時、千景さんは魅惑のプリンを二つほど保冷用のケースから取り出すと、容器が割れないようにタオルに包んで渡してくれた。
「プリン。一つは美嶺さんに、渡して」
「あ、ありがとうございます! じゃあ、あとはお願いします!」
私は急いで鞄にプリンをしまうと、剱さんの忘れ物をつかんで部室を飛び出した。
部室を出た私は、昇降口に向かう。
下校するなら靴に履き替えるだろうし、そこで捕まえれば終わる話だ。
……しかし昇降口に着いた時には剱さんの姿はなく、靴箱には上履きしか残っていなかった。
とっさに外に出てあたりを見回すと、裏門の方向に走っていく剱さんの後ろ姿が見える。
「おーい、剱さーん!」
大声をはりあげて呼んだが、まるで気が付いていないように走り去っていってしまった。
裏門と言えば、学校の裏山に続く出口だったはずだ。
裏山は課外授業で行ったことがあるけど、うっそうと茂った雑木林が続いており、街へ抜ける道なんてなかった気がする。
不思議に思いながらも、私も靴を履き替えて裏門に向かった。
▽ ▽ ▽
「え……? おうちに帰るんじゃないの……?」
裏門にたどり着いた私が見たのは、山の雑木林を分け入っていく剱さんの後ろ姿だった。
林は木々が密集していることもあり、あっという間に剱さんの姿が見えなくなってしまう。
本当なら今すぐ剱さんに電話して呼び止めたいところだけど、肝心の剱さんのスマホは私の手の中だ。
林の奥は薄暗く感じられ、恐ろしい空気が満ちているように感じられた。
(……む、無理して追いかけないほうがいいのかな?)
スマホがないと不便だろうけど、どうせキャンプで会えるのだから、無理して追いかける必要はないかもしれない。
しかし、なんだか嫌な予感が私の胸に渦巻いているのも事実だった。
剱さんは本当に家に帰ろうとしているのだろうか。
なんで夕方のこの時間に、山に入っていくのだろうか。
今すぐ追いかけないと、まずい気がする。
「……すぐ追いつけるかもしれないし、行こうかな」
私は剱さんのスマホをなくさないように鞄にしまい込むと、裏山に足を踏み入れた。
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