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第十話 東京はノリが悪いって本当ですか?
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ウエスト・サイド物語の楽曲『アメリカ』を選んだのには、いくつかの理由がある。
一つ目は既存のアイドルを調べたら男女混合アイドルユニットがあまりなかったこと。二つ目は私たちは二人してアイドルに詳しくなかったこと。三つ目は私たちは洋画が好きだったこと。
そうして一番の理由は私が『この曲のベルナルドが好きなの。映画でしかないんだけどね』と言ったからだ。『なら、それをやろう』と絶海さんは笑ってくれた。そうして今も、このステージの上でも彼は私だけを見てニコニコ笑ってくれる。
「……ほら、朱莉。うまくいったろ?」
「ありがとう、絶海さん。あなたのおかげ」
絶海さんは私を抱き上げてその場でクルクル回ってくれた。
クルンと下ろしてもらってから、手を繋いで二人でお辞儀をすると「アンコール!」という、まさかの声があがった。
しかもその声はどんどん大きくなっていく。逃げようにも司会の人が『なんかやれ』という顔をしていた。困って見上げた先で、絶海さんは無の顔をしていた。
「……なにも用意ないよ、絶海さん」
「ないな……」
ふと絶海さんが空を見上げる。
追って、私の頭にも小さな雨粒が当たった。霧雨のような雨が降ってきたようだ。私が絶海さんの手を取ると、絶海さんがこちらを見てくれた。
「『雨に歌えば』?」
「歌えるのか、朱莉?」
「私は歌えないわ。でも手は握っていてあげる」
「……きみは、……本当に可愛いな」
そうして――ステージは大成功に終わった。
ヒロさんが撮影してくれた映像がSNS上で想定通り盛大にバズり、私は内輪ネタをすべてかっさらうことができた。だから文化祭では私たちが舞台を独占することができた。めでたしめでたし、……と話は進まないし、終わらない。
――このコンサートの夜から絶海さんが起きなくなってしまったのだ。それも、寝坊などのレベルではない。食べることも飲むこともなく、ひたすらに眠り続けてしまう。そんな異常事態なのに、ヒロさんはとても落ち着いていた。
「朱莉ちゃんが気にすることじゃないんすよ。これでも前よりましですから」
「まし? どういうこと? 前もこうだったの?」
「朱莉ちゃんが来る前はね……起きてたくなかったんでしょう。ちょっと我が儘なだけですよ」
理由はわからないけれど、もしそうなら、絶海さんは今起きたくないぐらい現実がイヤなのだろう。
「……絶海さん、イヤだったんだよね、やっぱり」
「そりゃ好き好んでアイドルなんてやってないでしょう」
ヒロさんは笑った。
「でも若は二歳の朱莉ちゃんに『だいすき』って言われたとき、はにかんだんですよ。そりゃもう本当に嬉しそうに『俺もだ』って。……若にあんだけ苦労かけられるのも朱莉ちゃんだけだし、若をあんだけ喜ばせられるのも朱莉ちゃんだけですよ」
ふと、絶海さんがうっすらと目を開いた。
「……朱莉、……」
「絶海さん、起きられる? ご飯食べて、お洋服かえて、あと……」
「……無理するなよ……」
なんのことかと聞きたかったけれど、その前に絶海さんの目は閉じていた。スウスウと眠っている。ぎゅうと手を握っても起きてくれない。
「……無理してるのは絶海さんじゃないの……」
アイドルやろうなんて言ったのは彼に怒られたかったからなのかもしれない。でも彼は怒らないのだ。少なくとも私にだけは絶対に怒ってくれない。
「……ごめんなさい」
絶海さんの頬をつつく。その日はもう、起きてくれなかった。
一つ目は既存のアイドルを調べたら男女混合アイドルユニットがあまりなかったこと。二つ目は私たちは二人してアイドルに詳しくなかったこと。三つ目は私たちは洋画が好きだったこと。
そうして一番の理由は私が『この曲のベルナルドが好きなの。映画でしかないんだけどね』と言ったからだ。『なら、それをやろう』と絶海さんは笑ってくれた。そうして今も、このステージの上でも彼は私だけを見てニコニコ笑ってくれる。
「……ほら、朱莉。うまくいったろ?」
「ありがとう、絶海さん。あなたのおかげ」
絶海さんは私を抱き上げてその場でクルクル回ってくれた。
クルンと下ろしてもらってから、手を繋いで二人でお辞儀をすると「アンコール!」という、まさかの声があがった。
しかもその声はどんどん大きくなっていく。逃げようにも司会の人が『なんかやれ』という顔をしていた。困って見上げた先で、絶海さんは無の顔をしていた。
「……なにも用意ないよ、絶海さん」
「ないな……」
ふと絶海さんが空を見上げる。
追って、私の頭にも小さな雨粒が当たった。霧雨のような雨が降ってきたようだ。私が絶海さんの手を取ると、絶海さんがこちらを見てくれた。
「『雨に歌えば』?」
「歌えるのか、朱莉?」
「私は歌えないわ。でも手は握っていてあげる」
「……きみは、……本当に可愛いな」
そうして――ステージは大成功に終わった。
ヒロさんが撮影してくれた映像がSNS上で想定通り盛大にバズり、私は内輪ネタをすべてかっさらうことができた。だから文化祭では私たちが舞台を独占することができた。めでたしめでたし、……と話は進まないし、終わらない。
――このコンサートの夜から絶海さんが起きなくなってしまったのだ。それも、寝坊などのレベルではない。食べることも飲むこともなく、ひたすらに眠り続けてしまう。そんな異常事態なのに、ヒロさんはとても落ち着いていた。
「朱莉ちゃんが気にすることじゃないんすよ。これでも前よりましですから」
「まし? どういうこと? 前もこうだったの?」
「朱莉ちゃんが来る前はね……起きてたくなかったんでしょう。ちょっと我が儘なだけですよ」
理由はわからないけれど、もしそうなら、絶海さんは今起きたくないぐらい現実がイヤなのだろう。
「……絶海さん、イヤだったんだよね、やっぱり」
「そりゃ好き好んでアイドルなんてやってないでしょう」
ヒロさんは笑った。
「でも若は二歳の朱莉ちゃんに『だいすき』って言われたとき、はにかんだんですよ。そりゃもう本当に嬉しそうに『俺もだ』って。……若にあんだけ苦労かけられるのも朱莉ちゃんだけだし、若をあんだけ喜ばせられるのも朱莉ちゃんだけですよ」
ふと、絶海さんがうっすらと目を開いた。
「……朱莉、……」
「絶海さん、起きられる? ご飯食べて、お洋服かえて、あと……」
「……無理するなよ……」
なんのことかと聞きたかったけれど、その前に絶海さんの目は閉じていた。スウスウと眠っている。ぎゅうと手を握っても起きてくれない。
「……無理してるのは絶海さんじゃないの……」
アイドルやろうなんて言ったのは彼に怒られたかったからなのかもしれない。でも彼は怒らないのだ。少なくとも私にだけは絶対に怒ってくれない。
「……ごめんなさい」
絶海さんの頬をつつく。その日はもう、起きてくれなかった。
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