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第八話 東京だとアイドルになれるんですか?
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家に帰り階段を駆け上がりキッチンに駆け込むと、コーヒーを飲んでいた絶海さんの腕をつかむ。逃げられないようにするためだ。ぜえ、ぜえと肩で息をしながら絶海さんにしがみつくと、彼は不思議そうに首をかしげた。
「おかえり、朱莉。そんな急いで帰ってきてどうした?」
「あ、……アノネ……」
「ウン」
私は息を整えてから絶海さんの肩をつかんだ。絶海さんはキョトンとした顔で私を見ている。その顔は今日もとても整っていた。
これなら大丈夫に違いない。
「絶海さん……」
「ウン?」
「絶海さん、アイドルになろう!」
「……なんだって?」
芽ちゃんの作戦はこうだ。
『内輪ネタなのよ、要するに。元々開催しないこともあるぐらいなの、それが今年こんなに早くやるって言い出したのはあなたたちがバズってるから。だったらね、ほかにもっとバズってることがあればこんなことしないのよ。つ、ま、り、……他のネタを提供してあげれば、そんなことしなくていいってわけ』
『ほ、他のネタ……例えば……?』
『アイドルよ! 朱莉ちゃんがアイドルになるのよ! 単純に私が見たい!』
だからもう、私に他に道はないのだ。
「もう私にはアイドルになるか腹を切るしかないのよ!」
「……その二択なら私は腹を切る方が楽なんだが……」
「そんなの駄目よ! だから一緒にアイドルになって!」
絶海さんはため息をついた。
「無理に決まってるだろう。なにを言っているんだ?」
「なんで⁉ なんでやる前から諦めるの⁉ やればできるよ!」
「諦めるもなにも目指してもいないものをやる理由がない。私は四十越えているんだぞ」
「絶海さんならいけるから! 絶海さん、イケメンだし!」
「そういうことではなく、……そもそもなにがどうなってそんなことに……」
絶海さんにしがみつこうとしたら「こら、誤魔化さない」と逃げられた。ひどい。
「……ひどいわ。相談しろって言ったじゃない……なんでも相談しろって! なのに今になって私のことを放り出すの!」
「……それはたしかに言ったけども……アイドルやりたいなら一人でやるなり、芽ちゃんとやるなりしたらいいじゃないか」
「芽ちゃんには断られたもの! だから、絶海さんしか頼れないんだもん……!」
「……だったら間宮くんはどう……」
「今その名前聞きたくない! 絶海さんは私がステージで辱しめを受けてもいいの⁉」
「ハ? 辱しめってどういうことだ?」
「文化祭のベストカップル決定戦はステージでキスするのよ! それが一番熱烈だったカップルが優勝なの! アイドルしなきゃそれをやらされるのよ‼ 優弥さんと!」
ピタリと絶海さんの動きが止まった。これ幸いと私は彼にしがみつき「無理よ、そんなの! 助けてよ、絶海さん! 一緒にアイドルになってバズろう!」と叫ぶと、彼はギギギと錆び付いたロボットみたいな動きでスマホに手を伸ばした。
「聞いてるの、絶海さん!?」
しかし絶海さんはどこかに電話しているようだ。私は声量を押さえて、彼の背中にしがみついた。
「ねえ、誰に電話しているの?」
「……間宮くん、私だ」
「なんてことするの‼」
「ン? ……朱莉は無視してくれていい。そんなことよりどういうことだ? 私はきみに交際を認めた覚えはないぞ。なにがベストカップルだ?」
「やめて! 優弥さんだって巻き込まれたの! 誰かが勝手に……」
「きみが主催だろ、どうせ」
「なんですって⁉」
思わず絶海さんの手からスマホを奪い取ると、優弥さんがおっとりと『だって朱莉さんとキスしたかったんですもん』と言った。
「ハレンチ‼」
『え、あれ? 朱莉さん?』
「そんなこと駄目よ‼ しないわ‼ そんな決定戦しないわ‼ 私と絶海さんがアイドルになるんだから‼ ステージはそれで一杯よ‼」
『なにそれ面白そう』
「優弥さんの馬鹿‼ すけべ‼」
電話を叩き切り、スマホを放り投げて絶海さんの胸に飛び込む。
「男の子ってすけべ‼」
「ウン、……殺すか?」
「駄目よ‼ 馬鹿なこと言わないで‼」
「……なあ、朱莉」
絶海さんは私の背中を撫でながら「きみは間宮くんが好きなのか?」と言うので、唸りながらその胸を殴った。
実は優弥さんとはあの夜から話せていない。話そうと思うのだけど顔を見ると頭がバンとなってしまってつい逃げてしまう。そのくせメッセージが来ると嬉しくて、すぐ返信してしまう。そんな状態なのに、ステージ上であれやこれやと言われながら、キスなんて!
想像だけで死んでしまう。現実になったら絶対に死んでしまう。
「そうか……朱莉は間宮くんに恋をしたんだな」
絶海さんは私が落ち着くまで、おとなしく殴られてくれた。
「おかえり、朱莉。そんな急いで帰ってきてどうした?」
「あ、……アノネ……」
「ウン」
私は息を整えてから絶海さんの肩をつかんだ。絶海さんはキョトンとした顔で私を見ている。その顔は今日もとても整っていた。
これなら大丈夫に違いない。
「絶海さん……」
「ウン?」
「絶海さん、アイドルになろう!」
「……なんだって?」
芽ちゃんの作戦はこうだ。
『内輪ネタなのよ、要するに。元々開催しないこともあるぐらいなの、それが今年こんなに早くやるって言い出したのはあなたたちがバズってるから。だったらね、ほかにもっとバズってることがあればこんなことしないのよ。つ、ま、り、……他のネタを提供してあげれば、そんなことしなくていいってわけ』
『ほ、他のネタ……例えば……?』
『アイドルよ! 朱莉ちゃんがアイドルになるのよ! 単純に私が見たい!』
だからもう、私に他に道はないのだ。
「もう私にはアイドルになるか腹を切るしかないのよ!」
「……その二択なら私は腹を切る方が楽なんだが……」
「そんなの駄目よ! だから一緒にアイドルになって!」
絶海さんはため息をついた。
「無理に決まってるだろう。なにを言っているんだ?」
「なんで⁉ なんでやる前から諦めるの⁉ やればできるよ!」
「諦めるもなにも目指してもいないものをやる理由がない。私は四十越えているんだぞ」
「絶海さんならいけるから! 絶海さん、イケメンだし!」
「そういうことではなく、……そもそもなにがどうなってそんなことに……」
絶海さんにしがみつこうとしたら「こら、誤魔化さない」と逃げられた。ひどい。
「……ひどいわ。相談しろって言ったじゃない……なんでも相談しろって! なのに今になって私のことを放り出すの!」
「……それはたしかに言ったけども……アイドルやりたいなら一人でやるなり、芽ちゃんとやるなりしたらいいじゃないか」
「芽ちゃんには断られたもの! だから、絶海さんしか頼れないんだもん……!」
「……だったら間宮くんはどう……」
「今その名前聞きたくない! 絶海さんは私がステージで辱しめを受けてもいいの⁉」
「ハ? 辱しめってどういうことだ?」
「文化祭のベストカップル決定戦はステージでキスするのよ! それが一番熱烈だったカップルが優勝なの! アイドルしなきゃそれをやらされるのよ‼ 優弥さんと!」
ピタリと絶海さんの動きが止まった。これ幸いと私は彼にしがみつき「無理よ、そんなの! 助けてよ、絶海さん! 一緒にアイドルになってバズろう!」と叫ぶと、彼はギギギと錆び付いたロボットみたいな動きでスマホに手を伸ばした。
「聞いてるの、絶海さん!?」
しかし絶海さんはどこかに電話しているようだ。私は声量を押さえて、彼の背中にしがみついた。
「ねえ、誰に電話しているの?」
「……間宮くん、私だ」
「なんてことするの‼」
「ン? ……朱莉は無視してくれていい。そんなことよりどういうことだ? 私はきみに交際を認めた覚えはないぞ。なにがベストカップルだ?」
「やめて! 優弥さんだって巻き込まれたの! 誰かが勝手に……」
「きみが主催だろ、どうせ」
「なんですって⁉」
思わず絶海さんの手からスマホを奪い取ると、優弥さんがおっとりと『だって朱莉さんとキスしたかったんですもん』と言った。
「ハレンチ‼」
『え、あれ? 朱莉さん?』
「そんなこと駄目よ‼ しないわ‼ そんな決定戦しないわ‼ 私と絶海さんがアイドルになるんだから‼ ステージはそれで一杯よ‼」
『なにそれ面白そう』
「優弥さんの馬鹿‼ すけべ‼」
電話を叩き切り、スマホを放り投げて絶海さんの胸に飛び込む。
「男の子ってすけべ‼」
「ウン、……殺すか?」
「駄目よ‼ 馬鹿なこと言わないで‼」
「……なあ、朱莉」
絶海さんは私の背中を撫でながら「きみは間宮くんが好きなのか?」と言うので、唸りながらその胸を殴った。
実は優弥さんとはあの夜から話せていない。話そうと思うのだけど顔を見ると頭がバンとなってしまってつい逃げてしまう。そのくせメッセージが来ると嬉しくて、すぐ返信してしまう。そんな状態なのに、ステージ上であれやこれやと言われながら、キスなんて!
想像だけで死んでしまう。現実になったら絶対に死んでしまう。
「そうか……朱莉は間宮くんに恋をしたんだな」
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