かあさん、東京は怖いところです。

木村

文字の大きさ
上 下
26 / 44
第八話 東京だとアイドルになれるんですか?

02

しおりを挟む
 家に帰り階段を駆け上がりキッチンに駆け込むと、コーヒーを飲んでいた絶海ぜっかいさんの腕をつかむ。逃げられないようにするためだ。ぜえ、ぜえと肩で息をしながら絶海さんにしがみつくと、彼は不思議そうに首をかしげた。

「おかえり、朱莉あかり。そんな急いで帰ってきてどうした?」
「あ、……アノネ……」
「ウン」

 私は息を整えてから絶海さんの肩をつかんだ。絶海さんはキョトンとした顔で私を見ている。その顔は今日もとても整っていた。
 これなら大丈夫に違いない。

「絶海さん……」
「ウン?」
「絶海さん、アイドルになろう!」
「……なんだって?」

 芽ちゃんの作戦はこうだ。

『内輪ネタなのよ、要するに。元々開催しないこともあるぐらいなの、それが今年こんなに早くやるって言い出したのはあなたたちがバズってるから。だったらね、ほかにもっとバズってることがあればこんなことしないのよ。つ、ま、り、……他のネタを提供してあげれば、そんなことしなくていいってわけ』
『ほ、他のネタ……例えば……?』
『アイドルよ! 朱莉ちゃんがアイドルになるのよ! 単純に私が見たい!』

 だからもう、私に他に道はないのだ。

「もう私にはアイドルになるか腹を切るしかないのよ!」
「……その二択なら私は腹を切る方が楽なんだが……」
「そんなの駄目よ! だから一緒にアイドルになって!」

 絶海さんはため息をついた。

「無理に決まってるだろう。なにを言っているんだ?」
「なんで⁉ なんでやる前から諦めるの⁉ やればできるよ!」
「諦めるもなにも目指してもいないものをやる理由がない。私は四十しじゅう越えているんだぞ」
「絶海さんならいけるから! 絶海さん、イケメンだし!」
「そういうことではなく、……そもそもなにがどうなってそんなことに……」

 絶海さんにしがみつこうとしたら「こら、誤魔化さない」と逃げられた。ひどい。

「……ひどいわ。相談しろって言ったじゃない……なんでも相談しろって! なのに今になって私のことを放り出すの!」
「……それはたしかに言ったけども……アイドルやりたいなら一人でやるなり、芽ちゃんとやるなりしたらいいじゃないか」
「芽ちゃんには断られたもの! だから、絶海さんしか頼れないんだもん……!」
「……だったら間宮くんはどう……」
「今その名前聞きたくない! 絶海さんは私がステージで辱しめを受けてもいいの⁉」
「ハ? 辱しめってどういうことだ?」
「文化祭のベストカップル決定戦はステージでキスするのよ! それが一番熱烈だったカップルが優勝なの! アイドルしなきゃそれをやらされるのよ‼ 優弥さんと!」

 ピタリと絶海さんの動きが止まった。これ幸いと私は彼にしがみつき「無理よ、そんなの! 助けてよ、絶海さん! 一緒にアイドルになってバズろう!」と叫ぶと、彼はギギギと錆び付いたロボットみたいな動きでスマホに手を伸ばした。

「聞いてるの、絶海さん!?」

 しかし絶海さんはどこかに電話しているようだ。私は声量を押さえて、彼の背中にしがみついた。

「ねえ、誰に電話しているの?」
「……間宮くん、私だ」
「なんてことするの‼」
「ン? ……朱莉は無視してくれていい。そんなことよりどういうことだ? 私はきみに交際を認めた覚えはないぞ。なにがベストカップルだ?」
「やめて! 優弥さんだって巻き込まれたの! 誰かが勝手に……」
「きみが主催だろ、どうせ」
「なんですって⁉」

 思わず絶海さんの手からスマホを奪い取ると、優弥さんがおっとりと『だって朱莉さんとキスしたかったんですもん』と言った。

「ハレンチ‼」
『え、あれ? 朱莉さん?』
「そんなこと駄目よ‼ しないわ‼ そんな決定戦しないわ‼ 私と絶海さんがアイドルになるんだから‼ ステージはそれで一杯よ‼」
『なにそれ面白そう』
「優弥さんの馬鹿‼ すけべ‼」

 電話を叩き切り、スマホを放り投げて絶海さんの胸に飛び込む。

「男の子ってすけべ‼」
「ウン、……殺すか?」
「駄目よ‼ 馬鹿なこと言わないで‼」
「……なあ、朱莉」

 絶海さんは私の背中を撫でながら「きみは間宮くんが好きなのか?」と言うので、唸りながらその胸を殴った。
 実は優弥さんとはあの夜から話せていない。話そうと思うのだけど顔を見ると頭がバンとなってしまってつい逃げてしまう。そのくせメッセージが来ると嬉しくて、すぐ返信してしまう。そんな状態なのに、ステージ上であれやこれやと言われながら、キスなんて!
 想像だけで死んでしまう。現実になったら絶対に死んでしまう。

「そうか……朱莉は間宮くんに恋をしたんだな」

 絶海さんは私が落ち着くまで、おとなしく殴られてくれた。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

何でもない日の、謎な日常

伊東 丘多
ライト文芸
高校のミステリー研究会の日常の話です。 どちらかと言うと日常の、たわいのない話をミステリーっぽく雑談してます。 のほほんとした塾講師を中心に、様々な出来事がおこっていく、さわやか青春ストーリーだと、思います。(弱気) ホラー要素や、ミステリー要素は無いので、ジャンルを変えてみました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

処理中です...