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第六話 東京には映画館が多すぎませんか?
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土曜日はすっきりと梅雨が明けて久しぶりに雲ひとつない青い空が見えている。迎えにきてくれた優弥さんと人形町を歩いていると遠くに蝉の声が聞こえた。街は雨上がりの匂いがした。もうすぐ夏が来る。
そして夏には、初めての校外学習があるのだ。今日、優弥さんを誘ったのは実はそれも一つの要因だった。
「来週、校外学習なの。どんな雰囲気だったか覚えてる? 他のクラスの人たちと班になって公園にいくやつ……」
「あったな、そんなの……。楽しめばいいとおもうけど、楽しむよりも心配そうだね?」
「うん。……私、他のクラスに友達なんていないもの。というか、友達一人しかいないから……だれかと仲良くできると思う?」
「スーパー内部と混ぜられると思うから、仲良くなれるんじゃないかな。あいつらコミュ力カンストしているから」
「スーパー内部? なあにそれ?」
「あれ? そんな話してない? ほら、あの高校って小学校から大学まであるだろ? 完全一貫って訳じゃないけどさ……」
私と彼が通っている国立高校は小学校から大学まであり、小学校、中学校、高校、大学それぞれで受験がある。とはいえ、小学校から入ってしまえば六割ぐらいはそのまま高校までは進むらしい。私のように高校受験で入学してくるのは、あの高校では少数派だ。優弥さんは中学受験からの入学らしい。だから、私よりもあの高校にとても詳しい。
そんな彼に「その、スーパー内部ってどういう意味?」と聞くと「まあ、それはどっちでもいいよ。あんまりいい呼び方でもないし」と笑った。
「とにかく楽しめばいいんだよ。楽しめば友達できるよ。……朱莉さん高嶺の花だし、笑っててくれないと他のやつら、なかなか話しかけられないでしょ?」
「あら、お上手ね」
「冗談じゃないんだけど、これは……」
優弥さんは不意に思い出したように「そういや、俺の親の店。家はここの上」と刃もの屋さんを指差した。
「……私、刃物禁止なの」
「なんで?」
絶海さんの右手を思い出しながら「過去の過ち……」と言うと優弥さんは「そりゃ悔い改めないとね」と笑った。
「この上におうちがあるの?」
「うん。土地だけが高いんだよな……マア、絶海さんと喧嘩でもしたら来て?」
「アハハ、ありがとう。でも喧嘩なんてしないわよ」
そんな話をしていたら後ろから「すいませーん」とカメラを持っている人たちに声をかけられた。なんだろうと首をかしげるとその人たちは私たちに名刺を渡してきた。
「私たち、ストリートファッションのウェブ雑誌を作っているものなんですけど……」
「お二人とても素敵なカップルさんで、もしよかったら撮影させてもらえないかなって。お礼は二万円なんですけど!」
私が優弥さんを見ると、優弥さんも私を見ていた。
「映画の時間まで時間あるものね」
「そうだね。一枚ならいいですよ」
私たちは『カップルらしい写真を撮りたい』という彼らの要望に合わせ、指切りみたいに小指で手を繋いで、目を合わせて笑っている写真を一枚撮ってもらった。二人でその写真を確認して「変な顔してなくてよかったわ」「変なところにばらまかないでくださいね」と彼らに約束してもらって、お金をもらって彼らと別れた。
「東京ってすごいのね。写真なんて初めて撮ってもらったわ」
「俺は東京にずっと住んでるけど、あんなのに声かけられたことないよ……というかノリで撮ってもらっちゃったけど、よかったの? なんとなく絶海さんが怒りそうだけど……」
「バレなきゃ怒られないわ。それに二万円あったら、もしものとき佐渡に帰れるもの」
「ヘエ。帰れると思ってんだ? 豪胆だなあ……」
「帰れるわよ。私は新幹線も一人で乗れるんだからね」
「そういうことじゃないんだけど、……マアいいか」
ポップコーンを買って並んで映画を観た結果、泣き腫らして出てくることになった。映画館の外でお互いの顔を指差して「あらまあ、美人も泣いたらブスだな」「本当ね、優弥さんもブスよ」と言い合ってケラケラ笑った。そのあと優弥さんは私を家まで送ってくれた。絶海さんは私たちを出迎えると「あがっていきなさい」と私たちにコーヒーとカフェラテを作ってくれた。
絶海さんのコーヒーを飲みながら優弥さんは満足そうにため息をついた。
「朱莉さんと映画観て、写真撮って、絶海さんのコーヒーが飲めるなんて贅沢な一日だ」
「ウン? 写真? なんのことだ?」
「「ア」」
私のジャケットのポケットから出てきた名刺からすぐに全部バレて、一時間近く説教されることになった。とても怖かったのだけど、優弥さんが帰り際に「ごめんね、バレちゃった」と笑って、私もその笑顔を見たらつられて笑ってしまった。
「いい人ね、優弥さんは」
「なにそれ。恥ずかしいこと言わないでよ」
「照れてる?」
「照れてないってば。先輩をからかわないの」
「彼氏でしょ?」
私が首をかしげると優弥さんは耳まで赤くして「そうだけどさ」と笑った。
そして夏には、初めての校外学習があるのだ。今日、優弥さんを誘ったのは実はそれも一つの要因だった。
「来週、校外学習なの。どんな雰囲気だったか覚えてる? 他のクラスの人たちと班になって公園にいくやつ……」
「あったな、そんなの……。楽しめばいいとおもうけど、楽しむよりも心配そうだね?」
「うん。……私、他のクラスに友達なんていないもの。というか、友達一人しかいないから……だれかと仲良くできると思う?」
「スーパー内部と混ぜられると思うから、仲良くなれるんじゃないかな。あいつらコミュ力カンストしているから」
「スーパー内部? なあにそれ?」
「あれ? そんな話してない? ほら、あの高校って小学校から大学まであるだろ? 完全一貫って訳じゃないけどさ……」
私と彼が通っている国立高校は小学校から大学まであり、小学校、中学校、高校、大学それぞれで受験がある。とはいえ、小学校から入ってしまえば六割ぐらいはそのまま高校までは進むらしい。私のように高校受験で入学してくるのは、あの高校では少数派だ。優弥さんは中学受験からの入学らしい。だから、私よりもあの高校にとても詳しい。
そんな彼に「その、スーパー内部ってどういう意味?」と聞くと「まあ、それはどっちでもいいよ。あんまりいい呼び方でもないし」と笑った。
「とにかく楽しめばいいんだよ。楽しめば友達できるよ。……朱莉さん高嶺の花だし、笑っててくれないと他のやつら、なかなか話しかけられないでしょ?」
「あら、お上手ね」
「冗談じゃないんだけど、これは……」
優弥さんは不意に思い出したように「そういや、俺の親の店。家はここの上」と刃もの屋さんを指差した。
「……私、刃物禁止なの」
「なんで?」
絶海さんの右手を思い出しながら「過去の過ち……」と言うと優弥さんは「そりゃ悔い改めないとね」と笑った。
「この上におうちがあるの?」
「うん。土地だけが高いんだよな……マア、絶海さんと喧嘩でもしたら来て?」
「アハハ、ありがとう。でも喧嘩なんてしないわよ」
そんな話をしていたら後ろから「すいませーん」とカメラを持っている人たちに声をかけられた。なんだろうと首をかしげるとその人たちは私たちに名刺を渡してきた。
「私たち、ストリートファッションのウェブ雑誌を作っているものなんですけど……」
「お二人とても素敵なカップルさんで、もしよかったら撮影させてもらえないかなって。お礼は二万円なんですけど!」
私が優弥さんを見ると、優弥さんも私を見ていた。
「映画の時間まで時間あるものね」
「そうだね。一枚ならいいですよ」
私たちは『カップルらしい写真を撮りたい』という彼らの要望に合わせ、指切りみたいに小指で手を繋いで、目を合わせて笑っている写真を一枚撮ってもらった。二人でその写真を確認して「変な顔してなくてよかったわ」「変なところにばらまかないでくださいね」と彼らに約束してもらって、お金をもらって彼らと別れた。
「東京ってすごいのね。写真なんて初めて撮ってもらったわ」
「俺は東京にずっと住んでるけど、あんなのに声かけられたことないよ……というかノリで撮ってもらっちゃったけど、よかったの? なんとなく絶海さんが怒りそうだけど……」
「バレなきゃ怒られないわ。それに二万円あったら、もしものとき佐渡に帰れるもの」
「ヘエ。帰れると思ってんだ? 豪胆だなあ……」
「帰れるわよ。私は新幹線も一人で乗れるんだからね」
「そういうことじゃないんだけど、……マアいいか」
ポップコーンを買って並んで映画を観た結果、泣き腫らして出てくることになった。映画館の外でお互いの顔を指差して「あらまあ、美人も泣いたらブスだな」「本当ね、優弥さんもブスよ」と言い合ってケラケラ笑った。そのあと優弥さんは私を家まで送ってくれた。絶海さんは私たちを出迎えると「あがっていきなさい」と私たちにコーヒーとカフェラテを作ってくれた。
絶海さんのコーヒーを飲みながら優弥さんは満足そうにため息をついた。
「朱莉さんと映画観て、写真撮って、絶海さんのコーヒーが飲めるなんて贅沢な一日だ」
「ウン? 写真? なんのことだ?」
「「ア」」
私のジャケットのポケットから出てきた名刺からすぐに全部バレて、一時間近く説教されることになった。とても怖かったのだけど、優弥さんが帰り際に「ごめんね、バレちゃった」と笑って、私もその笑顔を見たらつられて笑ってしまった。
「いい人ね、優弥さんは」
「なにそれ。恥ずかしいこと言わないでよ」
「照れてる?」
「照れてないってば。先輩をからかわないの」
「彼氏でしょ?」
私が首をかしげると優弥さんは耳まで赤くして「そうだけどさ」と笑った。
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