かあさん、東京は怖いところです。

木村

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第六話 東京には映画館が多すぎませんか?

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 五言時は昔からヤクザをやっている家だ。
 世襲制せしゅうせいというわけでもなかったのだが本家に近しい人間がかしらを継ぐことが多くてね……だから私は生まれたときからいずれ頭になることが求められていた。私もそれが嫌ではなかった。むしろ誇らしかった。五言時の看板を背負えることが嬉しくて仕方なかった。
 ……ウン、確かに怖い家だったよ。
 でも私は……この家しか知らなかったからかもしれないが、私はこの家が大好きでこの家のために生きたかったんだ。なにがあろうとこの家の看板は俺が守ってみせるとさえ思っていた。ただ私の父……先代の組長は子どもを遅くに作ったんだ。私は長男なんだが私が産まれたときには彼はもう還暦かんれきを越えていて……父は私の後に弟も作ったが、そのときは七十を越えていた……とにかくそのせいで父が死んだとき私はまだ二十八だった。だから組長には早いと言われたんだ。
 ……政治と一緒さ。経験が長いやつが上に立ちやすい……子どもなんかに従いたくないという意地もある。……マア、実力で言えば私以外あり得なかったんだがな。なかなかうまくいかなくて……喧嘩が起きてしまった。今考えるとあの時、私は頭になるべきではなかったんだろう……すぐに辞退をするべきだった。しかるべき時を待てばよかった……でも私は二十八で若かったし、この組は私のものだと思っていた。
 ……その内に忠誠を誓ってくれていたはずの家族が敵に回った。彼らは私の弟を代表に立てた。……アァ、きみのお父さんのことだよ。……私と弟はよく似ているよ。暴力以外知らないんだ。……フフ、ありがとう、朱莉。そうだね、今の私は人に優しくする方法がわかる……私にそれを教えてくれたのは父ではないさ。
 ……少し話を進めよう。
 弟は私のことが嫌いなんだ。生まれたときからそうだったし今もそうだろう。だから彼は最後まで退いてはくれなかった。跡目を決めるだけで『』と、……『』あった……『』と『』だよ。これ以上詳しく説明する気はない。
 ……とにかくその大喧嘩のおしまいに私のもとには十九人しか残らなかった。
 残ったのは私の高校の友人たちだった。みんな馬鹿なんだ。ヤクザになんかならなくてよかったのに、私がヤクザになるからって付き合ってくれた奴らで、……そうして最後まで私についてきてくれたんだ。だから血に裏切られたあの喧嘩も最後は勝てたんだ。だから残った連中が私の宝だ。彼らだけが背中を預けられる男たちだよ。
 ……ウン? ああ、東京にも何人かいるが今は世界中に散らばっている。いつか朱莉にちゃんと紹介したい。みんな小さいときのきみが大好きだったから、今のきみも大好きになるよ。
 ……そう、みんなできみを育てたんだ。……きみのお母さんは乳すらまともに飲めないきみを置いていったからな……マア、それはいずれお母さんから聞くといい。生まれたばかりのきみは、小さくて、弱くて、……目一杯優しくしないと死んでしまう命だった。……だから私たちは人を大事にする方法を全部きみから教わったんだ。
 ……五言時組はもうどこにもない。それでも私の自慢は彼らだ。彼らだけが私の宝なんだ。こんなことを言う男は気持ち悪いか? ……フ、そうか。ならよかった。
 ヒロ? いや、……ヒロは高校の知り合いじゃない。あいつは若頭になった後の私についてくれたんだ。私に前科がないのは全部ヒロのお陰だ。……ヒロが優しい? どうかな、あいつは優しいというより、……マア……頭も切れるし腕も立つ男だよ。あいつに寝首をかかれていたら私はとうに死んでいる。あいつが女だったら、私はほかのやつに殺されていただろう。
 は? ……ヒロが魔王の右腕みたい? ということは私が魔王か? ……フハッ、それはいいな。ウン、私は悪の大魔王だ。そうして魔王の宝は馬鹿な悪魔たちと可愛い姪っ子だけだよ。……だからなんで気持ち悪がるんだ、そこで……。
 ……映画みたい?
 いや、私の人生なんかより映画の方が面白いさ。だから土曜は楽しんでおいで。



「ネエ、絶海さん、……でも、なんで今そんな話したの?」
「帰りが遅くなれば私と私の宝が地の果てまで迎えに行くからそのつもりでいなさい」
「……アッハイ」

 
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