かあさん、東京は怖いところです。

木村

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第六話 東京には映画館が多すぎませんか?

01

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「またね、朱莉あかりちゃん」
「ウン、またね、めいちゃん」

 放課後に教室を抜け出してペタペタと廊下を歩く。
 私のクラスは二階の一番隅っこにある。
 一年生の他のクラスは一階にあるのにこの六組だけは何故か二階にあって二年生たちと同じ階だ。クラスの数と校舎の広さの問題で仕方ないらしいけど六組だけ孤立している感じは否めない。とはいえ、二年生のクラスに行きやすいので私は助かっている。
 廊下の窓の隙間からじわりと夏の気配を孕んだ風が入ってきた。来週には梅雨も終わりジィジィと蝉が鳴き始めそうだ。東京での初めての夏は楽しみでもあり、ちょっと怖くもあった。東京の夏はめちゃくちゃ嫌な暑さという噂は聞いていたから。でもやっぱり楽しみだった。
 そんなことを考えながら二年三組のクラスを覗く。
 いつもの通り窓枠に腰かけて友人たちと話している彼の姿があった。ドアを少し開けて小さく手を振ると彼はすぐに気がついてくれた。

「朱莉さんだ」
「ごめんなさい、優弥ゆうやさん。ちょっと来てくれる?」
「もちろん」

 先輩のクラスに行くのはやっぱり緊張するけれどこのクラスだけはこわくない。むしろ彼と話せるならちょっとした緊張は気にならない。そのくらい彼のふわふわと跳ねる茶髪だとか、彼の頬に散らばるそばかすだとかに私はすっかり心を許しているらしい。多分絶海ぜっかいさんに話したら、すぐ騙される、と顔をしかめられるだろうけど。

「ごめんなさいね、お話し中だったのに」
「いいよ。彼女のが大事でしょ?」
「彼女? ……フフ、そうね」

 私たちは『付き合っている』という嘘の共犯だ。この関係にもすっかり慣れた。優弥さんの言う通り悪いことのない嘘。彼と目を合わせてクスクス笑うのは単純に楽しい。

「それでどうしたの、朱莉さん」
「アノネ、……土曜日はお暇かしら? 観たい映画があるの」
「……土曜?」
「ウン、実は絶海さんから日本橋の映画館で使えるチケットを二枚もらったの。絶海さんは一階の雑貨屋さんのマスターからもらったらしいんだけど、絶海さんは猫が死ぬ映画は観たくないんだって……」
「ア、今話題のやつか。俺も泣く気がするなあ。あの女の子の友達は誘ったの?」
「芽ちゃんはおうちが少し遠いのよ。土曜に日本橋まで出てきてもらうのは申し訳ないわ」
「そう。……そっか。だったらご近所さんの俺がご同伴願おうかな?」
「フフ。ありがとう、付き合ってくれて」
「もちろんいつでも付き合うよ。俺はあなたともっとたくさん話したいからね」
「あら、嬉しい」

 私たちの『交際』は意外とそんな感じでうまくいっている。なんだかんだでもう一ヶ月だ。

 
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