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第五話 東京には開かないお店があるんですか?
03
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「朱莉さん、おはよう」
「おはよう、優弥さん。これから体育?」
「そう、バスケ。苦手なんだよね」
「そうなの? 優弥さん、身長高いから得意そうなのに」
「と思われて、皆からマークされるからなにもできないのさ。モテて困るよ」
「あら、……自慢じゃないの」
「そりゃもちろん。俺は隙あらば自慢する男だよ」
「おかしな人!」
廊下でそんな立ち話をしただけなのに次の休み時間には「桜川さんには年上の彼氏がいる」と噂になってしまっていた。後藤さんに「違うのよ。単なる知り合いなの」と説明しても、彼女は困ったように笑って「恋愛は高校生にとって一番盛り上がるコンテンツだからね」と冷たく返した。
「誤解されていないのはいいけれど助けにもならないのね……」
「そんな目で見られてもなにもしてあげられないもの。人の噂は時間の問題よ」
「もう!」
しかし時間が経つ前に、放課後、優弥さんが私の教室にやってきてしまった。そしたらもう黄色い悲鳴がうるさくて大変なことになった。普段は話しかけもしない男の子達があれやこれやと好き勝手言い出して、なんというか、すごく不愉快だった。
「……優弥さん、なんで来たの?」
「一緒に帰ろうよ」
「いいけど、……どうして?」
「あなたと帰ったら絶海さんがコーヒーを淹れてくれそうだからね」
「そんなに絶海さんのコーヒーが好きなの?」
優弥さんはにんまりと笑って「それは口実。あなたと一緒にいたいのさ」とテキトーなことを言った。おかげで噂が過ぎ去ることなく固定されてしまった。
私は優弥さんの腕をつかんで馬鹿みたいにうるさい教室を抜け出し、足早に校舎を出て、駅への道を歩いた。
「足が長いね、朱莉さん。追いつけなくなりそう」
「ふざけすぎよ」
私が眉をつり上げてそう言っても彼は笑った。
「クラスに好きな人でもいた? なら、誤解だって言わないとね」
「いないわ、そんなの。でもひどいわ、優弥さん」
私が「メッ」と叱ると優弥さんは眉を下げて「……ごめん」と謝ってくれた。だから「いいわ」と許してあげた。
「でも恋愛って面白いコンテンツなんかじゃないでしょう? もっと真剣なものだと思うわ」
「真剣かもよ、俺?」
「……そうね、だったらごめんなさい」
私が笑うと彼は肩を竦めた。
「俺は恋をしたことないんだ。この先もない気がする。みんな同じぐらい好きだし、同じぐらい嫌いだよ。そんなもんじゃないのかな……」
「……私もわからない。恋ってどんなものかしら」
優弥さんはちょんと私の頬をつついた。
「なあに?」
「俺と噂になるのはいや? ……その方が面倒少なくない? どうせ男女が一緒にいるだけで噂にはなるんだ。ただ話したいってだけでもうだうだ言われる。……だったら付き合ってることにした方が楽じゃない?」
「……嘘じゃない、そんなの」
「そうだよ。でも誰かの面白い話にされるなら嘘の方がいい。本当のことをからかわれるのよりずっとましだ。……俺は、他の子とうだうだ言われるより朱莉さんがいいよ」
私は少し考えてから「前になにかあったの?」と聞いた。彼は少し黙ってから「うん」と頷いた。テキトーなことを言っているようには思えなかった。だから「絶海さんにちゃんとお話ししたらいいよ」と、そういうことになった。
しかし家に帰ってそのことを告げると絶海さんは「騙されている」と言い切った。
「そんなこと言って二人きりになろうという魂胆じゃないか。今日もまんまと二人きりで帰ってきて、なんという男だ。悪い。実に悪い」
「そんな風に全て悪くとらえないで、絶海さん。優弥さんはいい人だわ」
彼は渋い顔でしばらく黙ったが、最終的には「朱莉がそう言うなら……」と頷いてくれた。しかし絶海さんは優弥さんの肩をつかんだ。
「朱莉の信頼に対する裏切りには死で償ってもらう」
「ア、ハイ。肝に銘じます……」
「私もきみを信じてるからな。裏切るなよ。私としてもきみを痛め付けたくはないんだ」
絶海さんはわしゃわしゃと優弥さんの頭を撫でると、優弥さんは目を丸くして、心底驚いたという顔をした。その顔がおかしくって私と絶海さんは笑ってしまった。
「なんでそんなに笑うのさ。意地の悪い人たち!」
優弥さんは頬を染めて拗ねた。それもとてもおかしくて、私たちはケラケラ笑った。そうして、私たちはまた少し仲良くなった。
五月の連休前、私はようやく、ほんの少しだけ東京に馴染んできたようだった。
「おはよう、優弥さん。これから体育?」
「そう、バスケ。苦手なんだよね」
「そうなの? 優弥さん、身長高いから得意そうなのに」
「と思われて、皆からマークされるからなにもできないのさ。モテて困るよ」
「あら、……自慢じゃないの」
「そりゃもちろん。俺は隙あらば自慢する男だよ」
「おかしな人!」
廊下でそんな立ち話をしただけなのに次の休み時間には「桜川さんには年上の彼氏がいる」と噂になってしまっていた。後藤さんに「違うのよ。単なる知り合いなの」と説明しても、彼女は困ったように笑って「恋愛は高校生にとって一番盛り上がるコンテンツだからね」と冷たく返した。
「誤解されていないのはいいけれど助けにもならないのね……」
「そんな目で見られてもなにもしてあげられないもの。人の噂は時間の問題よ」
「もう!」
しかし時間が経つ前に、放課後、優弥さんが私の教室にやってきてしまった。そしたらもう黄色い悲鳴がうるさくて大変なことになった。普段は話しかけもしない男の子達があれやこれやと好き勝手言い出して、なんというか、すごく不愉快だった。
「……優弥さん、なんで来たの?」
「一緒に帰ろうよ」
「いいけど、……どうして?」
「あなたと帰ったら絶海さんがコーヒーを淹れてくれそうだからね」
「そんなに絶海さんのコーヒーが好きなの?」
優弥さんはにんまりと笑って「それは口実。あなたと一緒にいたいのさ」とテキトーなことを言った。おかげで噂が過ぎ去ることなく固定されてしまった。
私は優弥さんの腕をつかんで馬鹿みたいにうるさい教室を抜け出し、足早に校舎を出て、駅への道を歩いた。
「足が長いね、朱莉さん。追いつけなくなりそう」
「ふざけすぎよ」
私が眉をつり上げてそう言っても彼は笑った。
「クラスに好きな人でもいた? なら、誤解だって言わないとね」
「いないわ、そんなの。でもひどいわ、優弥さん」
私が「メッ」と叱ると優弥さんは眉を下げて「……ごめん」と謝ってくれた。だから「いいわ」と許してあげた。
「でも恋愛って面白いコンテンツなんかじゃないでしょう? もっと真剣なものだと思うわ」
「真剣かもよ、俺?」
「……そうね、だったらごめんなさい」
私が笑うと彼は肩を竦めた。
「俺は恋をしたことないんだ。この先もない気がする。みんな同じぐらい好きだし、同じぐらい嫌いだよ。そんなもんじゃないのかな……」
「……私もわからない。恋ってどんなものかしら」
優弥さんはちょんと私の頬をつついた。
「なあに?」
「俺と噂になるのはいや? ……その方が面倒少なくない? どうせ男女が一緒にいるだけで噂にはなるんだ。ただ話したいってだけでもうだうだ言われる。……だったら付き合ってることにした方が楽じゃない?」
「……嘘じゃない、そんなの」
「そうだよ。でも誰かの面白い話にされるなら嘘の方がいい。本当のことをからかわれるのよりずっとましだ。……俺は、他の子とうだうだ言われるより朱莉さんがいいよ」
私は少し考えてから「前になにかあったの?」と聞いた。彼は少し黙ってから「うん」と頷いた。テキトーなことを言っているようには思えなかった。だから「絶海さんにちゃんとお話ししたらいいよ」と、そういうことになった。
しかし家に帰ってそのことを告げると絶海さんは「騙されている」と言い切った。
「そんなこと言って二人きりになろうという魂胆じゃないか。今日もまんまと二人きりで帰ってきて、なんという男だ。悪い。実に悪い」
「そんな風に全て悪くとらえないで、絶海さん。優弥さんはいい人だわ」
彼は渋い顔でしばらく黙ったが、最終的には「朱莉がそう言うなら……」と頷いてくれた。しかし絶海さんは優弥さんの肩をつかんだ。
「朱莉の信頼に対する裏切りには死で償ってもらう」
「ア、ハイ。肝に銘じます……」
「私もきみを信じてるからな。裏切るなよ。私としてもきみを痛め付けたくはないんだ」
絶海さんはわしゃわしゃと優弥さんの頭を撫でると、優弥さんは目を丸くして、心底驚いたという顔をした。その顔がおかしくって私と絶海さんは笑ってしまった。
「なんでそんなに笑うのさ。意地の悪い人たち!」
優弥さんは頬を染めて拗ねた。それもとてもおかしくて、私たちはケラケラ笑った。そうして、私たちはまた少し仲良くなった。
五月の連休前、私はようやく、ほんの少しだけ東京に馴染んできたようだった。
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