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第四話 東京は約束だらけですか?

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朱莉あかりー、どこに隠れてんだ? おやつの時間だ、ぞ……なんで匕首あいくち持ってんだよ……』
『おやつー?』
『待て。頼む。動くな。指落ちるから……待て! 頼む! 待て! チッ……ヒロ! 救急箱きゅうきゅうばこ取ってこい!』
『おやつー!』
『危ない! ……よしよし、離したな、いい子だ、いい子だ、朱莉。おやつにしような』
『おやつー!』
『はい、若ー、救急箱っすよー……ってどういう状況ですか⁉ 襲撃しゅうげき⁉』
『とにかくまず朱莉のおやつ時間だ。ほーら、お座りしなさい』
『いやあんたの手に刺さってる匕首ドスの方が先でしょ⁉』
『ひろちゃん、おやつじゃないの?』
『はーい、朱莉ちゃんおやつですよー! 若! あんたは病院行ってください!』
『俺のいやしの時間を奪うつもりか⁉』
『馬鹿ですか⁉ あんた急に馬鹿になりましたね⁉』

 私は心温まるホームビデオを見せてもらっていたはずなのに、何故こんなにも画面が血まみれなのか。

「……」
「……」
「……」

 絶海ぜっかいさんはビデオを止めると、右手の掌を私に見せてくれた。傷跡があった。次に手の甲を見せてくれた。貫通していた。

「……アノ、それは……家に匕首あんなものがある方が悪いと思う……」
「二度ときみに刃物はもたせない。料理は全てヒロがやる」
「二歳の罪を未だに許されていないのはおかしいと思う!」
「傷害罪の訴えって二十年はできますからね」
「ヒロさん、今その情報要る⁉」
「とにかくルールはち『朱莉は刃物禁止』」
「えー‼」

 引っ越し三日後にやっと私の部屋が整った。そこでそこに荷物をうつしていたら「同居にあたってルールを決めよう」と絶海さんが言い出した。「それは必要よね」と話し合いを始めたのだが、大体が私への禁止事項だった。
 絶海さんに課せられた禁止事項など『酒とタバコと女と薬物を持ち込まない』ぐらいだ。私がこれを提案したとき彼は「そんなことを疑わせてしまうのか、私は……」と凹んだが、すぐに「きみが不安ならそうしよう」とルールにしてくれた。絶海さんほどの顔で女連れ込み禁止はかわいそうな気もするが、自宅がただれるのは嫌なのでそれはありがたかった。ということで、それはいい。
 今の問題は、私への禁止事項の多さだ。

「ねえ、門限ならわかるけど……六時になったら絶海さんが迎えにくるってどういうこと?」
「そのままの意味だ。私がきみを迎えに行く。きみがどこにいようともな」
「怖すぎるんだけど……」
「きみはまだ十五歳だし、妙なことをネットで呟こうとした前科持ちだぞ。当然の扱いだ」
「……本気じゃないよ、あんなの」
「朱莉」 

 絶海さんは眉をつりあげて「メッ」と私を叱った。私は渋々「ごめんなさい」と謝る。

「じゃあ、絶海さんは私の部屋に入るの禁止」
「……部屋にずっと一人でいるつもりか? 中で飴玉つまらせてたらどうする? 中で泣いていたら……どうしよう、朱莉が死んだら……私が部屋に入れないばっかりに……」
「勝手に想像して勝手に病まないで! じゃあ勝手に入るのは禁止! ノックして!」
「わかった。私の部屋にはいつでも来てから構わない」

 そんな調子で決められたルールは二十に渡った。
 キッチンのダイニングデスクの上におかれたルーズリーフに書かれた文字を見ながら「破ったらどうなるの?」と聞いたら「どうにもならん。強いて言えば私の胃が心労で破れる」と淡々と返された。破れるのか、大変だなと思いつつ「そしたら入院してね」と答えておいた。絶海さんは悲しそうな子犬顔をしたが目は合わせなかった。

「ところで朱莉、来週から学校だが準備は大丈夫か?」
「うん、教科書も揃ってるし、入学式には絶海さんが買ってくれたワンピース着ていけばいいから、準備は万全よ」
「ウン、……友達たくさんできると良いな」
「うん!」

 絶海さんは楽しそうに笑ってくれた。
 そう、――ようやく高校生活が始まるのだ。
 今度こそたくさんの友達を、そしてキラキラのハイスクールライフを! と考えているとヒロさんが「彼氏は禁止しなくて良いんですかい、若」と言い出した。
 その途端、絶海さんの微笑みがスンと消えた。

「……彼氏だと……?」
「共学ですよね? 朱莉ちゃん、モテると思いますよ?」
「そりゃそうだ。そりゃモテるだろう。朱莉は世界一可愛いからな……しかし交際……朱莉、どうしたい?」

 私は少し考えてから「初恋はしてみたい」と答えると、絶海さんは「きみの初恋は私だぞ。何度告白されたと思ってるんだ」とさらりと爆弾を落としてきた。

「私の記憶にない初恋はノーカン!」
「私の記憶にははっきりとあるぞ。そうだよな、ヒロ?」
「たしかに朱莉ちゃんは『大きくなったら若と結婚する』と毎日言ってましたし、毎日ちゅっちゅっしてましたが、……あんた大人気なさすぎますよ、相手二歳ですよ?」
「ちゅっ⁉ そんなことしてたの⁉」
「ああ、若が出かけるときにちゅうしていかないと鬼のように怒ってたんですよ。あれ可愛かったなー……どっかにビデオありますよ。後で探しておきますね」
「今も可愛いだろ、朱莉は。毎秒可愛い」

 おっさんたちの会話を聞きたくなくて私が耳を塞ぐとおっさんたちはカラカラと笑った。むかつく。わたしがイーっと顔をしかめると「可愛いな」と絶海さんは私の頭を撫でた。

「マア、それはおいといてだな……彼氏を禁止するつもりはない。でも高校生の内はペッティングまでにしておきなさい」
「……ペッティングってなに?」

 絶海さんがヒロさんを見るのでヒロさんを見ると、ヒロさんは呆れた顔で「要は✕✕✕✕突っ込まれるなってことっすよ」と言い出した。ヒエッと喉が鳴った。

「……年頃の女の子にそういうことはっきり言うの?」
「年頃の女の子だからはっきり言うんです。高校生の内に妊娠したら困るでしょう? コンドームが絶対と言うことはないし、高校生のガキがちゃんとゴムつけられるかわかんないっすよ。つーか朱莉ちゃん、コンドーム使ったことある?」
「保健体育で配られたから見たことはあるけど……使うみたいな場面になったことはないからわかんない……ダメな付け方ってあるの?」
「そんな風になんも知らないでいると知らん間に妊娠していてもおかしくないんだよ」
「……誰も教えてくれないんだから、そんなの誰もわかんないでしょ……でもみんな妊娠しているわけじゃないじゃん……そんなの運って言うか、私だけうだうだ言われることじゃ……ていうかそんなことするつもりないというか……」

 ちらりとヒロさんを見ると、ヒロさんは真剣な顔をしていた。ちらりと絶海さんを見ると、絶海さんは眉を下げて笑っていた。私が目を伏せると、絶海さんがため息をついた。

「ヒロ、やりすぎだ」
「……俺は心配なだけです」
「そうだな……朱莉」
「……ナニ?」
「拗ねるな……私たちはきみがとても好きなんだ。だから、……男に相談するのは気恥ずかしいかもしれないが、好きな人ができたら相談してくれ」

 私が口をとがらせて「おっさんに……恋愛相談しろと?」と聞くと絶海さんはゆっくり瞬きをした。

「ああ。同年代に相談するより確実なことが言えるぞ。……きみに好きな人ができたとき、私たちからきみに性について話をする。そのときは真剣に聞いてほしい。大事なことなんだよ」

 絶海さんは真剣な顔をしていた。それで本当にこの人は私のことを心配しているんだな、とわかった。かなり気恥ずかしいけれど、それだけはわかった。

「……わかった」
「いい子だ。約束だよ。……ヒロ、それでいいな?」

 しかしヒロさんは口を尖らせていた。

「彼氏禁止にした方がいいと思いますよ。ルールなんか、……彼氏ができたら俺たちの話なんか聞いてくれなくなるんですよ、どーせ! そんで傷つけられて帰ってくるんだ! そうなったら泣くのは若でしょう! だったら始めから禁止の方がいい」
「ヒロ……お前な……」
「……若は甘すぎる」

 絶海さんは疲れたようにため息をつくと私を見た。

「朱莉、もうひとつルールだ。高校の間で彼氏を作るなら私たちより優しい人にしなさい」
「そんな人いないでしょ。じゃあ高校で彼氏作れないのかー……まあ、いいけど……なに?」

 何故か絶海さんとヒロさんはポカンと口を開けてこちらを見ていた。

「なに? どしたの?」
「……若、俺、朱莉ちゃんを娘にしたい」
「奇遇だな、私もだ。そして私の娘だ。お前にはやらん」
「こんな素直でいい子……絶対悪い男に、俺みたいな男に騙されるんですよぉ! だからいやなんだ、東京!」
「自覚があるなら少しは控えろ。そろそろ刺されるぞ、お前……」

 絶海さんが私に手を伸ばしてきたので頭を下げると、思った通りわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。絶海さんのこの撫で方は好きだ。とても大事にされている感じがするから。

「朱莉、色々言ったが恋をしたらそれは大切にしなさい。ただきみにとって良い経験になるように……高校性の内は性行為を控えてほしい」
「……私はお世話になってる人たちを悲しませるようなことしないよ。勉強するために上京したんだから。おじさんたちみたいな不良と一緒にしないでね」

 私が睨むと彼らは苦笑して「全くだ」「朱莉ちゃんはいい子です」と言った。
 この人たちは悪い人だったから、多分私のような世間知らずの女の子が騙されてひどい目に遭うところをたくさん見てきたのだろう。もしくは彼らがそういう女の子をひどい目に遭わせてきたのかもしれない。だからこそ今更私がそういう目に遭うことを怖がって、怯えて、私にかせをつけようとする。
 男の子ってそういう矛盾むじゅんばっかり。馬鹿な人たち。
 私は絶海さんの手をはらってから、逆に絶海さんの頬をつねった。彼は目を丸くして私を見た。

「約束するから安心して、絶海さん。私、あなたを泣かせないから」
「……ウン、……」
「……いや、泣かせないって言っているのに、なんで泣きそうになっているの?」
「……正直なことを言うと、朱莉が彼氏などつれてきたら私はそいつを殺す自信がある」
「急に物わかりの悪い親父になるのやめてくれる?」

 そうしてから決まったルールはキッチンの壁に貼られることになった。本当に家族みたいだと、ぼんやり思った。

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