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第三話 東京はショッピングモールですか?

03

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 帰ると、家の前にトラックが止まっていた。

「あら、なにかしら」
「なんだろうな」

 そして、何人かの男性が家から荷物を運び出した。何事だろうと思っていると、家からヒロさんが出てきた。彼は何故かあの海亀の剥製を抱えていた。

「若、朱莉ちゃん、おかえりなさい! 今業者に荷物だしてもらってます。全部売っちゃいますけどいいですね?」
「ああ。……いや、待て、朱莉。海亀叩いておくか?」

 突然のフリにどう対応すべきだったのかわからず、とりあえず絶海さんに言われた通り、ヒロさんの抱えていた亀を叩く。ペン、と鳴った。ちょっと楽しかった。
 絶海さんはそんな私の顔を覗きこんで「楽しいか? 亀はとっておくか?」と言い出した。

「いらないわ。邪魔でしょ」
「そうか……ヒロ、全部処分してくれ」

 何故か絶海さんは少し落ち込み、ヒロさんはケラケラと笑った。

「今日中に上は空けられそうです。でもベッド入れるのは明後日ぐらいですね。……すいませんね、朱莉ちゃん。俺がちゃんと事前に準備しておけばよかったんだけど、聞いたのが一昨日だったもんで……」

 ヒロさんが申し訳なさそうに頭を下げるので慌てて「大丈夫だよ」と止める。こっちは置いてもらえるだけでありがたいし、そもそも悪いのはお母さんだ。私の言葉にヒロさんは頭を下げるのをやめると、不審そうに目を細めた。

「つーか若はなんで朱莉ちゃんと手を繋いでいるんですか? パッと見援交ですよ」
「私が朱莉の手をとることに理由がいらない。父親だからな」
「若がそれで楽しいなら俺はそれでいいですけど……とにかく、おかえりなさい。家入りましょう」

 私たちは荷物を運び出してくれている人たちの脇を通って家に入った。
 キッチンで買ってきたものを机に出しているとヒロさんは「参考書ばっかりこんな買ったんですか!」と驚いたように声をあげた。

「もっと女の子みたいなもん買ってあげたらよかったのに!」
「女の子みたいなもんってなんだ?」
「そりゃ少女漫画とかメイク道具とか! あ、でもワンピースは可愛いっすね。お嬢さんみたいで……待ってください、若、これ、値段……ゼロの数おかしくないすか……」

 震えているヒロさんを無視して、絶海さんは私の頬をムニムニとつまむ。

「朱莉はメイクするのか?」
「したことない。した方がいい?」

 絶海さんは「世界で一番可愛いからしなくてもいいと思うが、したいならしたらいい」と真顔で言った。思わずその手を引きはがしてしまった。

「朱莉?」
「気色悪い……」
「気色悪い⁉ 今、私のことを気色悪いと言ったか⁉」
「朱莉ちゃんは絶対メイクした方がいいですよ! 元が美人さんだからさらにあか抜けちゃいますよ! 高校生なんだから色々やってみてくださいよー」
「あはは、ありがとう。ヒロさんはお上手ね……」
「朱莉!」

 絶海さんが咎めるように私を睨んできたので、その目を睨み返すと「なんでヒロは気色悪くなくて私は気色悪くなるんだ?」と彼は悲しげに眉を下げた。

「……温度が……」
「温度?」
「マジっぽくてマジでキモい」

 絶海さんはダイニングチェアに腰かけると顔を伏せてしまった。どうしようこれと思いながらヒロさんを見ると、彼は両手で口をおさえて必死に笑いをこらえている様子だった。

「ヒロさん、なんでこの人すぐ拗ねるの?」
「ヒッ……やめてください! 笑っちまう! フハッ……」
「……絶海さん」

 笑い転げるヒロさんを無視して絶海さんに声をかけると、彼は少しだけ顔を上げてちらりと私を見上げた。そんなあざとい仕草が似合うのはこの人がイケメンだからだなと思いつつ、その目を見返す。

「そんなに可愛がらないで。私はもう十五歳なの」
「その年齢になんの意味がある?」
「もう子どもじゃないのよ」
「まだ子どもだ。それに今までずっと可愛がりたかったんだ。……やっとその機会がきたんだから、好きなだけ甘やかしてなにが悪いんだ?」
「じゃあ……なんで今までそうしなかったの?」

 私が首をかしげると絶海さんが顔を上げて苦笑した。

「私はヤクザだったからね。危ないだろう、そんなの……」
「ヤクザよく知らないからわからないわ。ヤクザって具体的になにしてるの?」

 絶海さんはぴたりと動くのをやめた。ヒロさんもぴたりと笑うのをやめた。

「……え、ふたりともなにをしていたの?」

 ふたりともたっぷり黙ったあと「『』していたな」「そうですね、『』です」と言い出した。

「『』ってなんなの? 危ないの?」
「『』と危ない」
「違法なこと?」
「前科はない」
「捕まってないってだけ?」
「これ以上は弁護士を通してもらおう」
「誰なのよ、弁護士!」
「あ。顧問弁護士は俺です」
「ヒロさんなの⁉」

 コントのような流れについキャラキャラ笑うと、ヒロさんもケラケラと笑った。絶海さんだけは気まずそうに襟を正した。

「とにかく今はもう……私には遠慮する理由がない。好きなだけきみを可愛がられる。だからきみは好きなだけ私にたかればいい」
「たからないよ! なに言ってるのよ、もう……」

 私が笑うと絶海さんは眩しそうに目を細めた。

「変な人ね、絶海さん」
「……マア、気色悪いよりマシだな……」

 絶海さんは眉を下げて苦笑した。 
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