かあさん、東京は怖いところです。

木村

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第三話 東京はショッピングモールですか?

01

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「机と椅子と……あとなにが必要なんだい?」
「机も椅子もリビングで勉強させてくれればいらないわ」
「それなら……ウーン……なにか……必要な物ってなんだ……? 犬でも飼うか?」

 絶海ぜっかいさんは生活力がなさすぎてどうやらなにが必要なのかわからないらしい。私が「あとで窓のサイズ計ったら新しいカーテンを買ってもいい? アノネ、私、アメリみたいな部屋に住んでみたいの、落ち着かないかもしれないけど……」と聞くと「ウン、いいよ。朱莉あかりは赤が好きか?」と彼は嬉しそうに微笑んだ。どうやら絶海さんはほしいものを言えば買ってくれるし、私がほしいものを言ってくれる方が助かるらしい。『じゃあなにをねだっちゃおうかしら、なーんて』と考えていると、絶海さんがなにかを思い出したように「あ」と言った。

「六階にもトイレとシャワールームがついている。私もヒロも使わないようにするから好きに使いなさい」

 私は目を伏せて「はぁ」と返す。なんとなく気恥ずかしかったからだ。絶海さんはそんな私を見ながら「昨日きみを案内しなかったのは、前に入り込んできた女性のものが残っていたからだ」と苦笑した。

「……え? 入り込んできたってなあに?」
「私は昔からストーカーに遭いやすくてな、勝手に荷物を持ち込まれるというか、寝てる間に同居人が増えているというか……気がついたら世話されてるというか……」
「怖すぎるんだけど、えっ、怖すぎるんだけど⁉」
「だから戸籍が勝手に移されても、マアそんなこともあるかというか……」
「それは本当にうちの母がごめんなさい」
「マア、きみがいる間は同居人が増えないように努める」
「努めてなんとかなるものなの?」

 絶海さんは目を伏せて少し黙った後、「ヒロがなんとかするだろう」と全部ヒロさんに押し付けた。だから私は絶対にヒロさんと連絡先を交換しようと決めた。私を保護してくれるとしたら恐らくこの人ではなくヒロさんだ。しかし絶海さんはそんな私の決意に気が付く様子なく穏やかに微笑む。

「それで朱莉、ほしいものはあるかい?」
「……参考書と文房具がほしいわ」
「わかった。じゃあ本屋に行こう。大きい書店の方がいいだろうか?」
「大きい書店ってなあに?」
「……佐渡島に書店はあるのかな?」
「あるよ! 佐渡を馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿にしたつもりはないんだが……マァ、歩くか。おいで、朱莉」

 絶海さんが私の肩に腕を置いて私を引き寄せた。
 彼は全身黒づくめのフォーマル、私は中学で買ったダッフルコート。はたから見たら私たちはどんな風に見えるのだろう。……ヤクザに襲われている中学生だろうか。それは否定ができない場面である。

「絶海さん、私一人で歩けるわ」
「私が歩けない」

 サラっとそんなことを言われては肩に置かれた腕を振り払いにくい。私が顔を歪めると、彼は楽しそうにクククと笑った。

「そんなに私に触られるのは嫌か?」
「絶海さんだから嫌というわけではないの。ただ、……適切な距離があると思う」
「介護だと思って我慢してくれ。私は道中どうちゅう寝ない自信がない」
「なにかの病気?」
「……出不精でぶしょうなんだ」
「病気じゃないわ、それ」

 そんなことを話しながら人形町を歩く。
 個人商店や喫茶店やアンテナショップを横目に絶海さんはどうやら東京駅の方に歩いているようだ。いくつか書店はあったのだが絶海さんは足を止めない。

「どこに向かっているの?」
「東京駅の前に八重洲ブックセンターという大きな書店があるんだ。あそこに置いてない本だったら神保町だな」
「そんな大きい本屋さんがあるの? ありがとう、すごく楽しみ」
「ウン、……あのあたりまで歩けるようになればなんでも揃うよ……きみは春休みの間にこの街を散歩したらいい。面白いものはたくさんある。あとでカードを渡すから好きに使え……私でも、ヒロでも、付き合わせて、……いいし……」

 言葉が途切れ途切れになっている。絶海さんを見上げるとその目が眠たそうに細くなっている。「えい」とその腹に肘鉄ひじてつをいれると「グフッ」と彼は呻いた。とがめるようにこちらを見られたので「起きた?」とシレっと聞くと、絶海さんは「きみはひどいやつだ」と言い出した。

「もう少し優しくしてくれ。さすがに痛い。きみの肘は私の鳩尾だぞ」
「優しくしたら寝そうじゃない。私、ここで絶海さんに寝られたら困ります。引きずって歩けって言うの?」
「それは……でも、肘鉄じゃなくても……」
「そもそもヤクザに優しくする一般市民っているかしら?」

 私の物言いに絶海さんは拗ねるように唇を尖らせた。

「元だ。私に前科はない。カードだって持てる一般市民なんだよ?」
「一般市民は背中を水槽すいそうにしません」

 絶海さんは目を丸くした。なにか驚くようなことだったろうか。私が首をかしげると絶海さんは首の後ろを擦った。

「……綺麗じゃなかったか? 私はあの鯉を手に入れられるなら、死んだっていいと思ったんだ」

 私は少し考えてから「怖いわ」と正直に答えた。絶海さんは「そうか……」と寂しそうに言った。その声が本当に寂しそうだったので「でも色がとっても鮮やかで、綺麗だった」と付け足すと、「ウン」と彼は笑った。
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