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第一話 東京駅に車で迎えにいけますか?
03
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「東京、終点です」
アナウンスを聞いてから文庫本を閉じてコートのポケットにしまう。ボストンバックを肩にかけてトランクケースを引きずって、私は東京に降り立った。
私と同じように新幹線から下りた人々はまるで砂時計の砂のようにホームの階段に吸い込まれていく。考えなしにその流れに乗るのが嫌でホームの柱に凭れて人が減るのを待つことにした。
しかしいくら待っても人の流れは一向に減りそうにない。
ひっきりなしに人が現れては流れていく。とめどなく、とめどなく、まるで蟻の行進のように続いていく。
――気持ち悪い街。
駅員に日本橋口改札への行き方を聞き、人にぶつからないように気を遣いながらそちらを目指した。ズルズルとトランクケースを引きずり、ボストンバックを何度もかけ直し、一歩一歩慎重に進んだ。
やっとその出口にたどり着いたときにはもうすっかり疲れていた。
「……日本橋口……ここね……」
『おじさん』は人形町で喫茶店を営んでいる四十四歳の男性らしい。名前も顔も住所も知らないけれど電話番号だけは覚えさせられた。
ここに着いたら彼に電話をかけることになっていたからだ。
「090……」
スマホを取り出してその番号に電話をかけた。しかし……十コール過ぎても、かけ直してみても、相手が電話に出ることはなかった。
トランクケースに腰かけて息を吐く。
日本橋口改札はバスロータリーの近くにあるようだ。たくさんの人が慌ただしく、しかし列を乱すことなく歩いている。佐渡汽船の千倍は人がいそうだ。しかもみんな速足。なにをそんなに生き急ぐのか。
ビルは高すぎるし、道路も広いし、車は多いし、空は狭いし、人が多いし、とにかくごちゃごちゃしてて目が回る。
――これが東京。今日から住む街か。
「……ひとまず今日の宿をどうにかしないと……」
手持ちの金は二万しかないから無駄遣いはできない。
スマホを開き新しくSNSアカウントを作成する。『♯東京 ♯宿募集 ♯女子中学生』と入力して『こんなんで宿を見つけられるんだろうか』『東京は変態多いって言うけど本当かな』『というかこんなんで来られても困る……』と考えていたら手元に影が落ちた。
なんだろうかと視線をあげると、いつの間にか見知らぬ三人の男性に囲まれていた。目がギラギラしていて、妙に近い。
「……なんでしょう?」
「どこ行くの? 案内してあげるよ。困ってんでしょ?」
「大丈夫よ。一人でなんでもできるから……」
そう言いつつ『そうだろうか』と不安になる。『……私は大丈夫だろうか……一人で上京なんて、本当に、大丈夫だったのだろうか……』と、そんな思いが頭に浮かんできてしまう。
「……やっぱり少し困ってるわ」
「ふうん、可愛いね」
「え? ……なに?」
突然、一人の男性が私のボストンバックを引っ張った。
「持ってやるよ」
「離して。一人で持てるから」
「いいからよこせよ」
「乱暴にしないで! 痛いわ!」
声をあげるとその人はボストンバックから手を離してくれたが、何故か代わりに私の肩を掴んだ。彼らは私のスマホの画面を覗きこんで、にんまりと笑う。
「なあ、今日泊まるところないの?」
あれ、もしかして『これヤバイのかしら……』じわりと背中で汗をかく。まわりを見ても、皆、目を逸らして足早に通り過ぎていく。私の肩を掴む手の平がするりと二の腕に下りてきた。気持ち悪い。咄嗟に自分の体を抱き締めたとき「朱莉」と誰かが私を呼んだ。
「目を閉じていなさい」
彼らの背後から、その低く落ち着いた声がした。
咄嗟に、私は言われた通りに目を閉じた。その途端、前と右手にいた男性の気配が消え、一瞬遅れて残りの一人の気配も消えた。
それからまた声の通りに目を開けて――今に至る。
アナウンスを聞いてから文庫本を閉じてコートのポケットにしまう。ボストンバックを肩にかけてトランクケースを引きずって、私は東京に降り立った。
私と同じように新幹線から下りた人々はまるで砂時計の砂のようにホームの階段に吸い込まれていく。考えなしにその流れに乗るのが嫌でホームの柱に凭れて人が減るのを待つことにした。
しかしいくら待っても人の流れは一向に減りそうにない。
ひっきりなしに人が現れては流れていく。とめどなく、とめどなく、まるで蟻の行進のように続いていく。
――気持ち悪い街。
駅員に日本橋口改札への行き方を聞き、人にぶつからないように気を遣いながらそちらを目指した。ズルズルとトランクケースを引きずり、ボストンバックを何度もかけ直し、一歩一歩慎重に進んだ。
やっとその出口にたどり着いたときにはもうすっかり疲れていた。
「……日本橋口……ここね……」
『おじさん』は人形町で喫茶店を営んでいる四十四歳の男性らしい。名前も顔も住所も知らないけれど電話番号だけは覚えさせられた。
ここに着いたら彼に電話をかけることになっていたからだ。
「090……」
スマホを取り出してその番号に電話をかけた。しかし……十コール過ぎても、かけ直してみても、相手が電話に出ることはなかった。
トランクケースに腰かけて息を吐く。
日本橋口改札はバスロータリーの近くにあるようだ。たくさんの人が慌ただしく、しかし列を乱すことなく歩いている。佐渡汽船の千倍は人がいそうだ。しかもみんな速足。なにをそんなに生き急ぐのか。
ビルは高すぎるし、道路も広いし、車は多いし、空は狭いし、人が多いし、とにかくごちゃごちゃしてて目が回る。
――これが東京。今日から住む街か。
「……ひとまず今日の宿をどうにかしないと……」
手持ちの金は二万しかないから無駄遣いはできない。
スマホを開き新しくSNSアカウントを作成する。『♯東京 ♯宿募集 ♯女子中学生』と入力して『こんなんで宿を見つけられるんだろうか』『東京は変態多いって言うけど本当かな』『というかこんなんで来られても困る……』と考えていたら手元に影が落ちた。
なんだろうかと視線をあげると、いつの間にか見知らぬ三人の男性に囲まれていた。目がギラギラしていて、妙に近い。
「……なんでしょう?」
「どこ行くの? 案内してあげるよ。困ってんでしょ?」
「大丈夫よ。一人でなんでもできるから……」
そう言いつつ『そうだろうか』と不安になる。『……私は大丈夫だろうか……一人で上京なんて、本当に、大丈夫だったのだろうか……』と、そんな思いが頭に浮かんできてしまう。
「……やっぱり少し困ってるわ」
「ふうん、可愛いね」
「え? ……なに?」
突然、一人の男性が私のボストンバックを引っ張った。
「持ってやるよ」
「離して。一人で持てるから」
「いいからよこせよ」
「乱暴にしないで! 痛いわ!」
声をあげるとその人はボストンバックから手を離してくれたが、何故か代わりに私の肩を掴んだ。彼らは私のスマホの画面を覗きこんで、にんまりと笑う。
「なあ、今日泊まるところないの?」
あれ、もしかして『これヤバイのかしら……』じわりと背中で汗をかく。まわりを見ても、皆、目を逸らして足早に通り過ぎていく。私の肩を掴む手の平がするりと二の腕に下りてきた。気持ち悪い。咄嗟に自分の体を抱き締めたとき「朱莉」と誰かが私を呼んだ。
「目を閉じていなさい」
彼らの背後から、その低く落ち着いた声がした。
咄嗟に、私は言われた通りに目を閉じた。その途端、前と右手にいた男性の気配が消え、一瞬遅れて残りの一人の気配も消えた。
それからまた声の通りに目を開けて――今に至る。
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