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第三話 世界はお前を選ばなかった
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彼と俺は奇跡的にその星で半年生き残った。
何度も殺されかけて、何度も自殺しかけたけど、俺と彼はその星での任務を続けられていた。それは一重に彼の身体能力の高さと、俺の運の良さと、俺たちの相性の良さが要因だった。彼は俺を信じてなんだってしたし、俺も彼に背中を預けてなんだってした。捨て鉢の俺と恐怖を感じない彼は、――世界最強だった。
戦場の中で、俺は彼のことを知った。
例えば服を脱いで一緒に寝れば子どもができると思っていたこと。例えば痛みは感じないし苦しみもないけれど感情がないわけではないこと。例えばあいつに話しかけてきた人間は俺しかいなかったこと。例えば、あいつは……本当に俺が好きなこと。
一つ一つ、俺は彼のことを知った。
「ガジ、幸せになろう」
あいつは本気でそう思っていた。
俺は……わからなくなった。
いつ死ぬかわからない場所で、白痴の男と二人きりで過ごす時間が楽しいような気がしてきた。敵を殺しながら笑うあいつの隣が落ち着くようになった。敵の血にまみれた軍服を洗っている、裸で俺の腹を撫でたりする馬鹿の顔が可愛くなってきた。彼が血まみれの俺を抱きしめて「あったかいねえ、セックスって」って言うところが馬鹿で可愛いと思った。あいつも馬鹿だけど、俺もそこそこ馬鹿だった。
今思えば、ちゃんとセックスってやつを教えてやって、思う存分やっておけばよかったのだ。そのぐらいのこと、いくらでもやってやればよかった。
「ガジはとっても綺麗だよ」
「こんな火傷まみれで?」
「うん」
「……そうか。いいな、そういうの」
星に下ろされて九カ月、俺たちはついに敵の星を破壊した。とても運がよかったことに、たまたま破壊した施設がその星の根幹にかかわるものだった。まあ、その施設にたどり着くまでに俺たちは百の施設を破壊していたのだから、運が良かったのか悪かったのかはよく分からない。
とにかく俺たちの戦争は終わった。これで帰れる、そう思った。俺ですらそう思った。
でも最後の最後の脱出の時にシャンルは死んだ。あいつは俺をかばって半身ふっとばされた。
あいつはそんなときでも、笑っていた。
「愛しているよ、ガジ! 絶対に幸せにする! 絶対! 絶対に会いに行くから、……生きていて!」
そうして俺一人、地球という地獄に生きることになった。
地球では俺の家の人間が数人生きていて、今更俺を歓迎などしようとした。だからエイリアンにしたように彼らの頸をねじ切った。そのとき、俺にはもう何の感情もわかなかった。どうでもよかった。なにもかもがどうでもよかった。あの時が一番死にたかった。けれどシャンルが『生きていて』と言ったから死ねなかった。あいつがいない地球について、俺はようやく『シャンルが好きだった』という自分の中の感情を認めざるを得なくなった。
戦場での気の迷いじゃない。
俺はあいつの間抜けな笑顔が好きだった。背中を預けられる強さが好きだった。あいつの純粋すぎる好意が好きだった。俺だって、……本当の意味で話しかけてくれた奴はあいつが初めてで最後だった。
「……生きて、……いれば……会いに来るんだよな……」
俺はそのありえない約束がどうしてもありえないと思いたくなかった。
だって、あいつは……頑張ったじゃないか。生きて帰るためにあんなに頑張ったじゃないか。なのに、地球ではあいつの記録は何も残っていない。そういう兵器であるあいつの記録はこの星にはなにもない。この星のために、この星で幸せになるために、あいつはあんなに頑張ったのに、この星にあいつがいない。そんなの嫌だった。
だから俺は、――シャンルのことを話した。
俺がメディアに出るときはそのことだけを話した。俺の話からシャンルが作られた。いつの間にかあいつが警察官だったとなったときは面白くて泣くほど笑った。その後、吐くほど泣いた。
嘘まみれのシャンルでもいないよりましだった。あいつの銅像だってちっともあいつと似ていないゴリラみたいなやつだったけど、ないよりはましだった。あいつがいなかったことにされるよりずっとましだった。でもそうやって架空のあいつが、地球の英雄になっていく様がおかしくて、悲しくて、嬉しくて、……あいつがいないことが悔しくて、悲しくて、苦しかった。
それでもあいつが言ったから、なんとかこの戦後を生き抜いた。
「ガジ、綺麗なガジ、大好きなガジ、……僕と一緒に生きて」
今でもはっきりとその声を聞く。
このまま死ぬまで俺はあいつに呪われるのだと、そう――思っていた。
何度も殺されかけて、何度も自殺しかけたけど、俺と彼はその星での任務を続けられていた。それは一重に彼の身体能力の高さと、俺の運の良さと、俺たちの相性の良さが要因だった。彼は俺を信じてなんだってしたし、俺も彼に背中を預けてなんだってした。捨て鉢の俺と恐怖を感じない彼は、――世界最強だった。
戦場の中で、俺は彼のことを知った。
例えば服を脱いで一緒に寝れば子どもができると思っていたこと。例えば痛みは感じないし苦しみもないけれど感情がないわけではないこと。例えばあいつに話しかけてきた人間は俺しかいなかったこと。例えば、あいつは……本当に俺が好きなこと。
一つ一つ、俺は彼のことを知った。
「ガジ、幸せになろう」
あいつは本気でそう思っていた。
俺は……わからなくなった。
いつ死ぬかわからない場所で、白痴の男と二人きりで過ごす時間が楽しいような気がしてきた。敵を殺しながら笑うあいつの隣が落ち着くようになった。敵の血にまみれた軍服を洗っている、裸で俺の腹を撫でたりする馬鹿の顔が可愛くなってきた。彼が血まみれの俺を抱きしめて「あったかいねえ、セックスって」って言うところが馬鹿で可愛いと思った。あいつも馬鹿だけど、俺もそこそこ馬鹿だった。
今思えば、ちゃんとセックスってやつを教えてやって、思う存分やっておけばよかったのだ。そのぐらいのこと、いくらでもやってやればよかった。
「ガジはとっても綺麗だよ」
「こんな火傷まみれで?」
「うん」
「……そうか。いいな、そういうの」
星に下ろされて九カ月、俺たちはついに敵の星を破壊した。とても運がよかったことに、たまたま破壊した施設がその星の根幹にかかわるものだった。まあ、その施設にたどり着くまでに俺たちは百の施設を破壊していたのだから、運が良かったのか悪かったのかはよく分からない。
とにかく俺たちの戦争は終わった。これで帰れる、そう思った。俺ですらそう思った。
でも最後の最後の脱出の時にシャンルは死んだ。あいつは俺をかばって半身ふっとばされた。
あいつはそんなときでも、笑っていた。
「愛しているよ、ガジ! 絶対に幸せにする! 絶対! 絶対に会いに行くから、……生きていて!」
そうして俺一人、地球という地獄に生きることになった。
地球では俺の家の人間が数人生きていて、今更俺を歓迎などしようとした。だからエイリアンにしたように彼らの頸をねじ切った。そのとき、俺にはもう何の感情もわかなかった。どうでもよかった。なにもかもがどうでもよかった。あの時が一番死にたかった。けれどシャンルが『生きていて』と言ったから死ねなかった。あいつがいない地球について、俺はようやく『シャンルが好きだった』という自分の中の感情を認めざるを得なくなった。
戦場での気の迷いじゃない。
俺はあいつの間抜けな笑顔が好きだった。背中を預けられる強さが好きだった。あいつの純粋すぎる好意が好きだった。俺だって、……本当の意味で話しかけてくれた奴はあいつが初めてで最後だった。
「……生きて、……いれば……会いに来るんだよな……」
俺はそのありえない約束がどうしてもありえないと思いたくなかった。
だって、あいつは……頑張ったじゃないか。生きて帰るためにあんなに頑張ったじゃないか。なのに、地球ではあいつの記録は何も残っていない。そういう兵器であるあいつの記録はこの星にはなにもない。この星のために、この星で幸せになるために、あいつはあんなに頑張ったのに、この星にあいつがいない。そんなの嫌だった。
だから俺は、――シャンルのことを話した。
俺がメディアに出るときはそのことだけを話した。俺の話からシャンルが作られた。いつの間にかあいつが警察官だったとなったときは面白くて泣くほど笑った。その後、吐くほど泣いた。
嘘まみれのシャンルでもいないよりましだった。あいつの銅像だってちっともあいつと似ていないゴリラみたいなやつだったけど、ないよりはましだった。あいつがいなかったことにされるよりずっとましだった。でもそうやって架空のあいつが、地球の英雄になっていく様がおかしくて、悲しくて、嬉しくて、……あいつがいないことが悔しくて、悲しくて、苦しかった。
それでもあいつが言ったから、なんとかこの戦後を生き抜いた。
「ガジ、綺麗なガジ、大好きなガジ、……僕と一緒に生きて」
今でもはっきりとその声を聞く。
このまま死ぬまで俺はあいつに呪われるのだと、そう――思っていた。
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