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最終章 幕開け
エピローグ
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「信じらんねえ! まんまと元鞘してんじゃねえよ、バカども!」
開口一番罵られた。
三年経っても相変わらずこのおっさんは無礼なままのようだ。私は彼は無視して、紫貴の腕を引っ張る。
「ここが紫貴のお家なの?」
紫貴も百々目さんを無視することにしたのか、ニコリと私に微笑む。
「実家だね。初代が建てた城。維持費が馬鹿みたいに高いけど、これを売ったらさすがに祟られる」
「マフィアの祟りはいやね……」
紫貴の家はイタリア南部にあった。広大な土地を有しているらしく、広く整えられた庭を車で通り抜けて、先にあるのは城だった。ゴシック様式の城は観光名所にもなりそうなほど美しいが、個人所有のため外部の人間は入れないそうだ。
ヴェネツィア共和国時代にタイムスリップしたような錯覚を覚えるほど、この城には『生活感』がある。だから、紫貴にとって家がここだというのは嬉しかった。
玄関前の階段を登り、「ここ、仕事部屋」と開けられたところは食堂らしく、中央に大きな長机と無数の椅子が置かれていた。その一つの椅子に座って電話をかけていた百々目さんは無視して、部屋を見渡す。天井はシャンデリアで壁はフラスコ画。部屋の隅には暖炉があり、その前にはソファーが置かれている。そのソファー一つとっても私の年収以上だろう。
居住空間に美術が当たり前にある環境だ。
「写真撮ってもいい?」
「何故?」
「教養に。紫貴が育ったところを知りたいから」
「ふうん? 好きにしていいよ」
スマホを取り出したところで、目の前に百々目さんが立っていた。彼は私をちらりと見たあと、紫貴を見た。
「ここ一ヶ月の修羅場を全部無駄にした件について」
「欲しいものは最短で手に入った」
「このあとやらなくてもいいイベント主催する件について」
「稼いでこい」
「お前まじで目を合わさないな。おい、こら、やらかした自覚はあるだろ」
詰め寄られても、紫貴はスルスルと視線を交わし、私を連れて逃げようとする。が、私も気になることがあったので、彼の腕を引く。
「イベントってなあに、紫貴」
「ゲ」
「ゲじゃないのよ。私とも目を合わさないつもりなの?」
「……せっかく付き合えたのにまた逃げられたらどうするんだよ」
「あなた、隠すから誤解を生んで逃げられるのよ、素直に白状しなさい。何をしたの」
彼は私から目をそらすと百々目さんを見て、そして百々目さんにも『話せ』とうながされると、渋々私に視線を戻した。
「先に言うけどみどりが悪いからね」
「先に言うけど冤罪だわ」
「いいから話せ、バカ」
紫貴がため息をついてから、今回、私がイタリアに来ることになったことが、すべて彼の計らいであったことを白状した。
「……つまり、私を呼ぶためだけに世界中のショコラティエを集めるイベントを開催したの!? この時期に!? この規模を!? 一ヶ月で!? すごいわね、優秀すぎない!? 頑張ったわね、紫貴!」
「ちげえよ! 俺! 死ぬほど頑張ったのは、この、俺だ!」
「えー、じゃあ、コネクション横流しにしてもらえない? ホワイトデーに向けて修羅場できる? 来年はこのイベント、日本でやることは可能?」
「当たり前みたいに次の修羅場を要求してくるな! 日比谷! お前の女、頭おかしいんじゃねえの!?」
紫貴は目を丸くして、私達を見ていた。そして、クスクスと笑い始める。
「みどり……引かないの?」
「引くとしたらイベント主催したことよりも、それをぶち壊して私にナンパしてきたことかしら」
「アレは百々目が悪い」
振り返ると百々目さんは額をおさえていた。
「俺は無線でからかっただけだ。たまたまあんたが広場の階段に座ってて、こいつが階段上の近くにいたからさ、『お前の好きな子、男にナンパされてキスされそうだけど?』って言ったら、こいつが飛んだんだよ」
「飛んだの!?」
「そうだよ、こいつが上から飛んだの。俺はそれを見て思ったね。『あァ、俺の一ヶ月無駄になったな……』ってよ」
「……あのとき、車にいた?」
百々目さんが頷くので、私は頭を抱えた。
「だから再会早々浮かれポンチになってるところはバッチリ見た。こいつら、全然別れた自覚ねえなっていう……マァ、いいさ。俺等も落ち着いてきたし、あんたがいると俺も楽しいからな、少しぐらいの番狂わせは許してやる」
彼はサングラスを少しずらして、私と目を合わせる。
「歓迎するぜ、みどりちゃん。ようこそ、アンダーグラウンドへ」
バチンとウインクをした色男は、優しく私の頭を撫でる。懐かしくて笑ってしまった。
「あなたは帽子屋かしらね」
「アリス読んだか?」
「ウン」
突然、頭の上の手が払い除けられる。紫貴が百々目さんの手を掴み、私を見下ろしていた。それは彼女に向けていい視線ではない。
「他の男に触られないって言った……」
「……え、いや、百々目さんよ?」
紫貴はジトーとした目で百々目さんを見た。百々目さんはシレーっとした態度で首を擦る。
「百々目はこういう手口ですぐ女を寝取る。何度ファミリー内で揉め事を起こしてきたか……」
「DV野郎からは寝取るが信条なんでな」
「今のうちに殺しておくべきか……?」
「彼女をまた囲うつもりじゃねえだろうな?」
「それは……、……」
「やめてね、紫貴」
口を挟むと、紫貴は厶と顔をしかめて、私を抱き寄せた。
「そもそも全部、君が悪い」
「何の話よ」
「俺はちゃんとヨーロッパおさえてから君を迎えに行くつもりだった。君の安全を担保するはずだったんだ。なのに、君があんなやらしい写真送ってくるから……」
「語弊!」
「男日照りが続くと女は馬鹿なことするよな」
「うるさい! 黙れ、おっさん!」
紫貴は私をぎゅうぎゅう抱きしめる。お気に入りのおもちゃを抱きしめる子どものようにも思えて、彼がふざけているのはわかった。息を吐いて笑うと、彼は「笑うなよ」とふざける。彼の腰に手を回して、ぎゅうと抱きしめる。
「紫貴が私に会いたいって思ってくれたなら、送った甲斐はあったわ」
「……ずるいよ、君は。あんなの、勝てっこない。だから、今度は絶対逃さないようにこの屋敷でイベントやろうと思ったの。ここ、拷問部屋もあるしね」
「さらっと嫌なことを言う」
「しないよ、寝取られるから」
「取られないわよ、失礼ね。なんでおっさん相手に私が靡くと思うのよ」
「靡かなくても抱かれることはあるんだよ……やはり殺しておくべきか?」
「ともかく!」
百々目さんがそこで手を打った。
「来たなら手伝え。コネクションもほしいんだろ。バイヤーとしてどれだけ仕事できるのか見せてもらおう」
「人件費ケチろうとしてる?」
「このイベントは仮にもボスの家でやるんだぜ? イベントの切り盛りは女主人のすべきことだよなあ?」
わかりやすい挑発だ。けれど、それは、私としても助かる仕事の申し出だった。
「……いいわよ、やってあげようじゃないの」
「は? みどり、仕事する気?」
「当たり前でしょ。私は仕事をしに来たのよ。休みじゃないの」
「俺の家に彼女いるのにいちゃつけないってこと? は? 百々目、てめぇ……」
紫貴が百々目さんに詰め寄ろうとしたが、その前に百々目さんが私にタブレットを差し出した。画面に表示されているのはイベント主催側のタイムスケジュールとメンバー一覧だ。
「何語できるようになった?」
「英語とフランス語なら大丈夫よ」
「なら、こいつに電話してくれ。いつ電話しても何言ってんのかよくわからん」
「わかった」
渡されたスマホを使って電話をかける。呼び出し音を聞いていたら、後ろから紫貴が私を抱き上げ、そのままソファーに腰掛けた。
「せめて、ここで仕事して」
可愛い私の彼氏の要望だ。私は彼の膝の上で仕事を始めた。
□
イベントが終わるまで修羅場になった。
だから紫貴のベッドで寝られたのは、結局、帰国前夜になってしまった。彼のベッドはキングサイズで、木枠は古いものらしいけれどマットレスは一級品。新旧がうまく合わさった素敵なものだった。
そこに彼と二人で横になって天井を見上げる。この部屋の天井のフラスコ画は天使と悪魔が描かれていた。
「ありがとう、紫貴。今年からうちの百貨店のチョコレートはさらに最高になる……」
「みどりが頑張ったからだよ」
「紫貴が、普通ボスはこんなことしないってことまでしてくれたからでしょ?」
「肩書は彼女のために使うものだからね」
くたくたの私を紫貴はいじめるつもりはないらしく、優しいキスをくれた。
「近々みどりのご両親に『日本文化』しに行くね。……墓参りもあるから……桃子の話も、そのときさせて」
「ウン」
コロンと彼の方に転がって、彼の胸に耳をつける。彼の鼓動を聞きながら目を閉じていると「あのね」と彼が気まずそうに話しだした。
目を開けると、彼がスーッと目を逸らした。
「また隠し事?」
「隠し事というか……このイベントの招待状持ってきてる?」
「ええ、あるわ。ちょっと待って」
立ち上がり、荷物をあけて、会社で渡された招待状を取り出す。結局主催側になったから使わなかったのだ。招待状を持って、もう一度ベッドに腰掛ける。
「これ?」
「ウン」
紫貴は私を後ろから抱きしめて、招待状を封筒から取り出した。
「これがどうかしたの?」
「……みどりのチケットは特別性なんだよ」
彼はチケットの最後を指さした。そこにはこのイベントの主催者の名前が刻まれている。彼はその名前を指先で擦ってから、笑った。
「これが、生まれたときに親父がつけてくれた名前。今は使ってない。……でも、俺の名前だ」
彼が私の手を握る。
「みどりはこの名前を知っていて。でも、紫貴と呼んで」
彼の手を握り返し、「紫貴」と世界で一番大好きな人を呼ぶ。彼は嬉しそうに微笑んだ。
「みどり、これからまた会えない日が続くけど……」
「『浮気しないでね』?」
私が笑うと、彼も息を吐いて笑う。
「それもあるけど、電話していい?」
「紫貴から!?」
私の驚きに彼は苦笑した。
「したことないから加減できる気がしないんだよ。十二時間ぐらいつないでていいの?」
私が思わずふきだすと、紫貴は眉間に皺を寄せて、拗ねた。
(これは大変かもしれないわよ……市村みどり)
いつか思ったことをまた思いながら、私は可愛い彼氏にキスをした。
開口一番罵られた。
三年経っても相変わらずこのおっさんは無礼なままのようだ。私は彼は無視して、紫貴の腕を引っ張る。
「ここが紫貴のお家なの?」
紫貴も百々目さんを無視することにしたのか、ニコリと私に微笑む。
「実家だね。初代が建てた城。維持費が馬鹿みたいに高いけど、これを売ったらさすがに祟られる」
「マフィアの祟りはいやね……」
紫貴の家はイタリア南部にあった。広大な土地を有しているらしく、広く整えられた庭を車で通り抜けて、先にあるのは城だった。ゴシック様式の城は観光名所にもなりそうなほど美しいが、個人所有のため外部の人間は入れないそうだ。
ヴェネツィア共和国時代にタイムスリップしたような錯覚を覚えるほど、この城には『生活感』がある。だから、紫貴にとって家がここだというのは嬉しかった。
玄関前の階段を登り、「ここ、仕事部屋」と開けられたところは食堂らしく、中央に大きな長机と無数の椅子が置かれていた。その一つの椅子に座って電話をかけていた百々目さんは無視して、部屋を見渡す。天井はシャンデリアで壁はフラスコ画。部屋の隅には暖炉があり、その前にはソファーが置かれている。そのソファー一つとっても私の年収以上だろう。
居住空間に美術が当たり前にある環境だ。
「写真撮ってもいい?」
「何故?」
「教養に。紫貴が育ったところを知りたいから」
「ふうん? 好きにしていいよ」
スマホを取り出したところで、目の前に百々目さんが立っていた。彼は私をちらりと見たあと、紫貴を見た。
「ここ一ヶ月の修羅場を全部無駄にした件について」
「欲しいものは最短で手に入った」
「このあとやらなくてもいいイベント主催する件について」
「稼いでこい」
「お前まじで目を合わさないな。おい、こら、やらかした自覚はあるだろ」
詰め寄られても、紫貴はスルスルと視線を交わし、私を連れて逃げようとする。が、私も気になることがあったので、彼の腕を引く。
「イベントってなあに、紫貴」
「ゲ」
「ゲじゃないのよ。私とも目を合わさないつもりなの?」
「……せっかく付き合えたのにまた逃げられたらどうするんだよ」
「あなた、隠すから誤解を生んで逃げられるのよ、素直に白状しなさい。何をしたの」
彼は私から目をそらすと百々目さんを見て、そして百々目さんにも『話せ』とうながされると、渋々私に視線を戻した。
「先に言うけどみどりが悪いからね」
「先に言うけど冤罪だわ」
「いいから話せ、バカ」
紫貴がため息をついてから、今回、私がイタリアに来ることになったことが、すべて彼の計らいであったことを白状した。
「……つまり、私を呼ぶためだけに世界中のショコラティエを集めるイベントを開催したの!? この時期に!? この規模を!? 一ヶ月で!? すごいわね、優秀すぎない!? 頑張ったわね、紫貴!」
「ちげえよ! 俺! 死ぬほど頑張ったのは、この、俺だ!」
「えー、じゃあ、コネクション横流しにしてもらえない? ホワイトデーに向けて修羅場できる? 来年はこのイベント、日本でやることは可能?」
「当たり前みたいに次の修羅場を要求してくるな! 日比谷! お前の女、頭おかしいんじゃねえの!?」
紫貴は目を丸くして、私達を見ていた。そして、クスクスと笑い始める。
「みどり……引かないの?」
「引くとしたらイベント主催したことよりも、それをぶち壊して私にナンパしてきたことかしら」
「アレは百々目が悪い」
振り返ると百々目さんは額をおさえていた。
「俺は無線でからかっただけだ。たまたまあんたが広場の階段に座ってて、こいつが階段上の近くにいたからさ、『お前の好きな子、男にナンパされてキスされそうだけど?』って言ったら、こいつが飛んだんだよ」
「飛んだの!?」
「そうだよ、こいつが上から飛んだの。俺はそれを見て思ったね。『あァ、俺の一ヶ月無駄になったな……』ってよ」
「……あのとき、車にいた?」
百々目さんが頷くので、私は頭を抱えた。
「だから再会早々浮かれポンチになってるところはバッチリ見た。こいつら、全然別れた自覚ねえなっていう……マァ、いいさ。俺等も落ち着いてきたし、あんたがいると俺も楽しいからな、少しぐらいの番狂わせは許してやる」
彼はサングラスを少しずらして、私と目を合わせる。
「歓迎するぜ、みどりちゃん。ようこそ、アンダーグラウンドへ」
バチンとウインクをした色男は、優しく私の頭を撫でる。懐かしくて笑ってしまった。
「あなたは帽子屋かしらね」
「アリス読んだか?」
「ウン」
突然、頭の上の手が払い除けられる。紫貴が百々目さんの手を掴み、私を見下ろしていた。それは彼女に向けていい視線ではない。
「他の男に触られないって言った……」
「……え、いや、百々目さんよ?」
紫貴はジトーとした目で百々目さんを見た。百々目さんはシレーっとした態度で首を擦る。
「百々目はこういう手口ですぐ女を寝取る。何度ファミリー内で揉め事を起こしてきたか……」
「DV野郎からは寝取るが信条なんでな」
「今のうちに殺しておくべきか……?」
「彼女をまた囲うつもりじゃねえだろうな?」
「それは……、……」
「やめてね、紫貴」
口を挟むと、紫貴は厶と顔をしかめて、私を抱き寄せた。
「そもそも全部、君が悪い」
「何の話よ」
「俺はちゃんとヨーロッパおさえてから君を迎えに行くつもりだった。君の安全を担保するはずだったんだ。なのに、君があんなやらしい写真送ってくるから……」
「語弊!」
「男日照りが続くと女は馬鹿なことするよな」
「うるさい! 黙れ、おっさん!」
紫貴は私をぎゅうぎゅう抱きしめる。お気に入りのおもちゃを抱きしめる子どものようにも思えて、彼がふざけているのはわかった。息を吐いて笑うと、彼は「笑うなよ」とふざける。彼の腰に手を回して、ぎゅうと抱きしめる。
「紫貴が私に会いたいって思ってくれたなら、送った甲斐はあったわ」
「……ずるいよ、君は。あんなの、勝てっこない。だから、今度は絶対逃さないようにこの屋敷でイベントやろうと思ったの。ここ、拷問部屋もあるしね」
「さらっと嫌なことを言う」
「しないよ、寝取られるから」
「取られないわよ、失礼ね。なんでおっさん相手に私が靡くと思うのよ」
「靡かなくても抱かれることはあるんだよ……やはり殺しておくべきか?」
「ともかく!」
百々目さんがそこで手を打った。
「来たなら手伝え。コネクションもほしいんだろ。バイヤーとしてどれだけ仕事できるのか見せてもらおう」
「人件費ケチろうとしてる?」
「このイベントは仮にもボスの家でやるんだぜ? イベントの切り盛りは女主人のすべきことだよなあ?」
わかりやすい挑発だ。けれど、それは、私としても助かる仕事の申し出だった。
「……いいわよ、やってあげようじゃないの」
「は? みどり、仕事する気?」
「当たり前でしょ。私は仕事をしに来たのよ。休みじゃないの」
「俺の家に彼女いるのにいちゃつけないってこと? は? 百々目、てめぇ……」
紫貴が百々目さんに詰め寄ろうとしたが、その前に百々目さんが私にタブレットを差し出した。画面に表示されているのはイベント主催側のタイムスケジュールとメンバー一覧だ。
「何語できるようになった?」
「英語とフランス語なら大丈夫よ」
「なら、こいつに電話してくれ。いつ電話しても何言ってんのかよくわからん」
「わかった」
渡されたスマホを使って電話をかける。呼び出し音を聞いていたら、後ろから紫貴が私を抱き上げ、そのままソファーに腰掛けた。
「せめて、ここで仕事して」
可愛い私の彼氏の要望だ。私は彼の膝の上で仕事を始めた。
□
イベントが終わるまで修羅場になった。
だから紫貴のベッドで寝られたのは、結局、帰国前夜になってしまった。彼のベッドはキングサイズで、木枠は古いものらしいけれどマットレスは一級品。新旧がうまく合わさった素敵なものだった。
そこに彼と二人で横になって天井を見上げる。この部屋の天井のフラスコ画は天使と悪魔が描かれていた。
「ありがとう、紫貴。今年からうちの百貨店のチョコレートはさらに最高になる……」
「みどりが頑張ったからだよ」
「紫貴が、普通ボスはこんなことしないってことまでしてくれたからでしょ?」
「肩書は彼女のために使うものだからね」
くたくたの私を紫貴はいじめるつもりはないらしく、優しいキスをくれた。
「近々みどりのご両親に『日本文化』しに行くね。……墓参りもあるから……桃子の話も、そのときさせて」
「ウン」
コロンと彼の方に転がって、彼の胸に耳をつける。彼の鼓動を聞きながら目を閉じていると「あのね」と彼が気まずそうに話しだした。
目を開けると、彼がスーッと目を逸らした。
「また隠し事?」
「隠し事というか……このイベントの招待状持ってきてる?」
「ええ、あるわ。ちょっと待って」
立ち上がり、荷物をあけて、会社で渡された招待状を取り出す。結局主催側になったから使わなかったのだ。招待状を持って、もう一度ベッドに腰掛ける。
「これ?」
「ウン」
紫貴は私を後ろから抱きしめて、招待状を封筒から取り出した。
「これがどうかしたの?」
「……みどりのチケットは特別性なんだよ」
彼はチケットの最後を指さした。そこにはこのイベントの主催者の名前が刻まれている。彼はその名前を指先で擦ってから、笑った。
「これが、生まれたときに親父がつけてくれた名前。今は使ってない。……でも、俺の名前だ」
彼が私の手を握る。
「みどりはこの名前を知っていて。でも、紫貴と呼んで」
彼の手を握り返し、「紫貴」と世界で一番大好きな人を呼ぶ。彼は嬉しそうに微笑んだ。
「みどり、これからまた会えない日が続くけど……」
「『浮気しないでね』?」
私が笑うと、彼も息を吐いて笑う。
「それもあるけど、電話していい?」
「紫貴から!?」
私の驚きに彼は苦笑した。
「したことないから加減できる気がしないんだよ。十二時間ぐらいつないでていいの?」
私が思わずふきだすと、紫貴は眉間に皺を寄せて、拗ねた。
(これは大変かもしれないわよ……市村みどり)
いつか思ったことをまた思いながら、私は可愛い彼氏にキスをした。
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