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最終章 幕開け
第十二話 あるべき場所へ
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――ローマ。
イタリアの首都にして、最大の都市。インフラの老朽化が問題になるほど、古くから続くヨーロッパを代表する観光都市。
「本当時間通りに来ないのね……駄目だ、こりゃ」
その真ん中にある暗い地下鉄の駅で三十分待ってから、『これは駄目だ』と私は歩くことにした。
ローマは石畳が多く、歩きにくさこそあれど、都市そのものが観光地だ。観光スポットから観光スポットまで歩いていけることが多い。だから私もスニーカーを履いてきた。とはいえ……、とはいえだ。
「一日でどのぐらい回れるかな……時差ボケもきついし、……」
明日からはイタリア南部で開催されるショコライベントに向けて移動しなくてはいけない。ローマの観光ができるのは今日だけだ。そこを全部徒歩となると、さすがに回れる店は限られる。
(大人しく中心街だけにしよう)
スマホの地図アプリを取り出して、行きたい場所を選びながら、街を歩く。
(ショコラはイベントにでるお店は省こう。バイヤー仲間に聞いたお店も、日本展開しているところは省いて……)
前髪をかきあげ気合を入れ直して、最初のお店に向かった。
店頭で気になる商品を買い、店員に話しかけ、名刺を渡し、さらにお薦めを買う。イタリアの人は気さくで、こちらが求めている情報以上のことを教えてくれた。おかげで三店舗目には両手がいっぱいになってしまった。
(さすがイタリア! 夢の街、ローマ! 気になるもの多すぎる、もっと早く来ればよかった! 紫貴のことなんか気にせずに……!)
そんなことを考えている時点で気にしていることに気が付き、自分にため息が出た。
(……ちょっと休もう。……ア。休むなら『あそこ』よね!)
紫貴のことも、仕事のことも一端忘れるために、ローマの休日のロケ地として有名なスペイン広場に向かった。
スペイン広場は平日であっても賑わっている。お昼時ということもあるだろうけど、市場のような賑わいで、スリが多そうだった。
私は人の邪魔にならないように石畳の階段に腰を下ろした。買ったもので重たくなったバッグを肩から下ろし、一息つく。早速洋菓子をつまみつつ、スマホを開き、次はどこに向かおうかなと考えていると、ポン、と膝を叩かれた。
「Ciao,Cara!」
いつの間にか見知らぬ少年が隣に座っていた。
小学生と思われるその男の子は、どういうわけか私に満面の笑みを浮かべている。
(カーラ……? だれかと勘違いしているのかしら……)
首を傾げると、彼は両手で私の両手を握ってきた。子ども特有の湿ってあたたかい手に、私はさらに困惑する。
「Perché sei solo? Mi stavi aspettando? Il mio primo bacio è stato con una bella ragazza come te.」
職場の人に『フランス語が分かればイタリア語はわかる』と言われていたが、結局、嘘だったことが明確に分かった。
(子どもの発音と早口だと、単語も響きもなんにもわかんないわ……)
彼はニコっと歯を見せて笑う。
目が丸くて、まつ毛が長くて、手足が細い、そのままアイドルになりそうな可愛い子が、どういうわけか私の手を握って、ニコっと笑っている。
「困ったな、イタリア語は本当にわからないのよ……ええと、Vous parlez français?(フランス語は話せる?)」
子どもはなぜか、目を閉じて顔を寄せてきた。
「ん? 何かな?」
そのとき――背後から、甘くて苦い香りがした。
「Capisco. 」
グイっと、肩を掴まれる。
そんなことされたら足を踏みつけるぐらいのこと、今の私ならできるはずなのに、私の身体はぴくりとも動かない。
だって背後から私の身体を支えているのは、――
「È una ragazza che vuoi davvero baciare. Ma le sue labbra sono mie.」
夢で何度も聞いた、『あの』低い声。
夢で何度も思い出した、『あの』温度。
夢で何度も探した、『あの』香り。
私の肩におかれた手には、『あの』、悪魔のタトゥー。
(そんな、……まさか……だって……)
動けないでいる私を無視して、私に声をかけてくれていた子どもは何かを早口で言うと、満面の笑みで手を振って去っていった。
彼を見送ってから、息を吸い込んで、振り向く。
「久しぶりだね、みどり。元気そうで、……ウン、よかった」
木漏れ日を浴びて、月みたいに輝く銀色の髪。
グレーがかった瞳には伏せた睫毛がかかる。
そうして私を見下ろして、ただ優しく微笑む、その顔。
「……紫貴?」
「ウン」
当たり前みたいな顔で、彼は私の隣にいた。
□
この三年全く音沙汰なかった紫貴が目の前に、まさに、『そこ』に、座っていた。
石畳の階段に座るには彼の手足は長すぎて、下の段にまで投げ出されている。子ども用の椅子に座らされたみたい。彼の着ている高そうなロングコートは、土で汚れた野外の階段にひどく不釣り合いだった。
コートの下の紺色のスーツは昼間の日差しを浴びて紫色に輝いている。着ているベストの胸元には紫色のハンカチーフが挿されていて、そのままパーティーにでも出られそうな装いだ。彼の手首にはめられた高そうな腕時計や、タトゥーだらけの指にはめられた高そうな指輪、艶々の革靴、その高級品の何もかもが彼のために誂えられたかのよう。
彼は、この昼間の広場の階段に無防備に手足を投げだすことがあまりにも似合っていない。彼だけ別の世界から切り取られ、ここに貼り付けられたみたいだ。
(もしかして、夢……?)
そう疑うぐらい、彼には現実感がない。
彼は腰を少し浮かして私から拳一つ分の距離をとると、気まずそうに腕を組み、目を伏せた。
そうして距離をとられてしまうと、感じていた体温すら嘘に思えてしまう。
(……本物、だよね?)
銀色の髪に手を伸ばす。彼は驚いたのか、私から身を引いた。
「……」
「……」
言葉をかけたら消えてしまいそうで、ただ黙って彼を見上げる。彼は私の視線に負けたのか、恐る恐る、というように、自分の頭を差し出してくれた。
もう一度手を伸ばすと、サラリ、とした髪先に指が触れる。
たしかに、――触れた。
(……夢じゃない)
そっと、髪に手を差し込む。
彼のサラサラの髪の先にある頭は記憶の通り、丸みがあった。両手で彼の頭に触れる。彼は驚いたのか身体を一瞬硬直させたが、すぐに力を抜いた。だから、私は両手で彼の頭の形を確かめた。額からのライン、顎からのライン、全てが手が記憶している通り。彼の横顔の美しさを形作る頭の形。
(本当に……?)
不意に、私にされるがままだった紫貴が顔を上げる。目が合った。彼は私の目をのぞき込んだ後、目を柔らかく微笑ませる。
「……ウン」
それは全部受け入れてくれる、『ウン』だ。
(本当に、紫貴だ)
セットされた髪をぐしゃぐしゃにされても怒ることなく、咎めることさえなく、されるがままでいるこの男は、間違いなく紫貴だった。
両手で彼の頬を掴んで、まじまじと彼の顔を見る。
彼は目を丸くはするが、抵抗はない。ジッと見ていると、彼はまばたきをしてから、口を開いた。
「みどり」
少しかすれた声が、記憶の通りだ。
私が手を離すと、彼は乱れた髪をそのままに微笑んだ。
「もう、いいの?」
「……ウン、もういいの」
「そう……」
彼は開けた拳一つ分のスペースに手を置くと、姿勢を正した。記憶よりも少し身長が伸びて、少し髪が伸びて、少し痩せた彼は、けれど記憶の通り優しく笑っている。
彼は深く息を吸い、深く息を吐くと「ひどいよ。予定が狂った」とわけのわからないことを言った。
「こんなところで声をかけるつもりじゃなかった。今まで準備していたことを全部ぶち壊してしまった。馬鹿だな、本当に……ひどすぎる……」
「そうなの……?」
「そうなの」
彼は前髪を後ろに流すと、クスクスと笑った。
「君に関わると俺は馬鹿になるよ」
「何よ、その言い方。私のせいなの?」
ついムっとして言い返すと、彼は顔を上げてニヤリと笑う。
人のことを子ども扱いしているような笑顔がムカついたので、彼の額を軽く叩いた。
「何なの、その顔。自分で勝手にぶち壊したんでしょう。私は予定なんて知らないんだから、私のせいにされても困るわ」
彼は額をおさえて、ムと顔をしかめた。
「初対面の男にキスなんてされそうになっておいて偉そうに……」
「はあ? 男? キス? 何の話してるの?」
「好き勝手触られておいて……こうやって手まで繋がれてたじゃないか」
彼はそう言いながら、私の両手を両手で握った。そして真剣な目で私を見下ろす。この構図には確かに覚えがあった。
「エ、もしかしてさっきの子どものこと? 男なんていい方……」
「男扱いしないほうがどうかと思うよ。彼はしっかりみどりを口説いてた。『初めてキスするならみどりみたいな可愛い子がいい』ってね」
「あの子、そんなこと言ってたの!?」
「そうだよ。あの男は、俺の『好きな女の子』にそんなことを言っていた」
彼の手はとても冷たかった。
彼は私の両手に口を寄せて、フ、と息を吹きかける。驚いただけで嫌だったわけではないのに、勝手に肩が揺れてしまう。すると彼は名残惜しそうに、私の両手を離した。
(やだ!)
咄嗟にその手を追いかけて、掴んでしまう。
彼は目を丸くして私を見下ろす。私も似たような顔できっと彼を見上げているだろう。
(あ……私、……手を離されるの、嫌なんだ……)
私たちはしばらく見つめ合った後、クスクスと笑い合ってしまった。
「……紫貴に関わると、私は馬鹿になる」
繋がれた手を見下ろして呟くと、彼が、コツン、と私の額に額をぶつけてきた。この距離に異性がいるのは、彼と別れて以来だ。
「みどり、嫌ではない?」
「……ウン、嫌じゃないよ」
彼の指が私の手の甲を撫でる。指でも好きだと言われているのがわかった。だから指でお返しに彼の手の甲を撫でる。
彼は嫌がることはなく、私も少しも嫌ではない。
まるで、ついさっき買い物に出かけていただけのように、私たちは手を取り合って、当たり前みたいに笑い合っている。
(ずるい人だなあ……)
彼は私の耳に口を寄せる。吐息が耳の縁に触れた。
「……俺、詳しいよ、この国。車も出すし、案内するし……俺の家なら滞在費もいらないよ?」
彼の手を離し、身を引いて、腰を上げて、距離をとる。
「あなた、何を考えているのかしら?」
彼は可愛らしく首を傾げた。
「みどりをどうやったら家に連れ込んでどうにかできるか考えているけど?」
「そんな言い方でついていく女がどこにいるのよ!」
「前はこんな言い方でついてきてくれたんだよ、君は」
思い返すと確かにそうだったかもしれない。が、私はム、と顔をしかめた。彼はニヤリと笑う。
「……ヤ、折角のローマなのに」
「それはそう。……どこに行きたいの?」
彼は私がとった距離を詰めてくると、当たり前みたいに私の左手を握る。『こんなにちょろくちゃだめだ』と思うのに、私の身体は少しも彼を警戒してくれない。
「ほら、スマホで管理しているんでしょう? 見せてよ。どんな店も開けてあげるよ、バイヤーさん?」
「当たり前みたいに私の仕事を把握しているのね……」
「そりゃマフィアだもの。のこのこ俺の縄張りに入ってきたんだから、逃げられると思わないでね」
彼は私からスマホを奪うと、教えてもいないのにパスコードを入れてマップアプリを起動する。
「ほら、デートだ。行こう、みどり」
「……イタリア男みたいね」
「ここはローマだ。ローマではローマ人がするようにせよ。先人の教えだよ」
私の左手を握ったまま自分のコートのポケットにしまうと、彼は私を見下ろす。その目は少しも怖がっていない。私が彼のことを好きだと確信している顔だった。
(……もう、しょうがないな)
私は彼の手を握り返した。
□
「シチリアの方までチェックしてるんだ。いや、世界中か、すごいな……」
「気になった店はどの国だろうとチェックするようにしてるの。でも、今はこの辺の店だけ見て回ろうかなって……」
「じゃあ、歩こう。車止めるところ探す方が手間になる」
彼は広間の横に止まっていた車に何か合図を送る。するとその高そうな黒い車が発進し、去っていった。車を見送ってから隣の彼を見上げる。
「みどり、アイス食べたい?」
「真冬に何を言っているのよ」
「ここでは旅行者はアイスを食べるんだよ」
「私はオードリーじゃないし……、ねえ、改めて見ると本当にマフィアみたいな格好ね」
「似合うでしょう? ハットでも被ろうか?」
彼はふざけてみせるが、そんなことをしたところで彼がどう見てもマフィアなのは避けられなかった。そして私はそんなマフィアの横に立つと、お気に入りのコートにデニムではあるけども、拉致される直前のツーリストにしかならない。
(こんな男連れてたらお店の人が萎縮しちゃう……仕事にならない……)
どの店から行こうか、と話している彼の手をぎゅうと握る。彼は『どうかした?』と目で尋ねてきた。だからその目を見つめながら、顔を寄せる。彼は長いまつげをまたたかせ、「ウン? 何、悪い顔して……」と疑う様子なく、私に顔を寄せる。
「付き合ってもらうときにお願いしたこと、そういえば、してもらってなかったわ」
「……何の話?」
「一度でいいから、私の好みの格好してくれる? って聞いたの。あなたはそれで頷いたでしょう? あれ、まだ有効?」
「……アァ、……言った……」
彼の顔が明らかに嫌そうなので、つい笑ってしまう。
「私の好みを疑い過ぎじゃない?」
「俺はこのあたりじゃそこそこ有名なんだよ。威厳がなくなる……ニュージャージーでやっておけばよかったな……」
「あら、そ。なら完膚なきまでに威厳消してあげる。このあたりの古着屋さん、知ってる?」
「はい……マァ、はい……」
「少しは愛想よくしてよ!」
エイ、と彼の腕をたたくと、彼は「イテ」とわざとらしく痛がった。でも私の手を握ったまま歩き出す。だから私も彼の腕に身を寄せて歩いた。
それから彼に連れて行かれた古着屋で、私は思う存分楽しんだ。
一着目のストリート系カジュアル、ニ着目のアメリカンカジュアル、三着目のミリタリー、四着目のトラッドスタイル、もちろんどれも似合っている。が、五着目のモードスタイルになると、彼は試着室の椅子から立ち上がるのも億劫になったようだ。目が死んでいる。
「モデルさん! ちゃんと立って!」
「もう、……どれでもいい、……終わって……」
「全身ハート柄にするわよ?」
「みどりが隣にいてくれるならいいよ……」
「おいてくわ、そんな人」
紫貴は顔をしかめるが、無視して次の服を差し出す。彼は私の差し出したものを見て、苦笑した。
「何これ。バック・トゥ・ザ・フューチャー?」
「そう。マーティしか似合わない赤ベスト」
「着ろって言うなら着るけどさ……」
彼は立ち上がり、私の頭に顔を寄せて、「フフ」と笑った。
「なあに?」
「俺があげた香水、まだ使ってくれてるからさ。香水店に勤めたんだから意味もわかってるのに、浮気しないでくれたんだ」
「……そんなことも知ってるの?」
「メールくれたでしょ。フランスのお店、うまくいってよかった。俺も行ったけどレイアウトが斬新だったよ、オペラ劇場みたいな配列、みどりの提案だったんでしょう? あのブランドのイメージに合ってて効果的だった、……何?」
びっくりして目を丸くしていると、何故か彼も驚いた顔をした。
「……私のメッセージ、読んでたの?」
「そりゃ送ってくれたんだから読むよ」
「じゃあ、なんで返信しないのよ! いや、ちょっと待って……」
最後に送ったメッセージを思い出す。
「……見た?」
彼は私を見たまま、目を細め、うさんくさい愛想笑いを浮かべた。
「紫貴! 見たの!?」
「……そりゃ送られてきたなら見るでしょ。俺が悪いのか?」
「わ、わわ、わるく、わるくはないけど……」
急に声を低くしてきた紫貴に、声が裏返ってしまう。彼が真顔のまま顔を寄せてくる。私が顔を背けると、彼は私の耳に口を寄せた。
「じゃあ、『見た』俺の感想が聞きたいって?」
「そ、そういうことじゃ、その、だって、み、見てないと思ったから、その、いや、あの、……」
彼は、あろうことか、私の耳にキスをした。
「あんなの見せられたら、俺はもうどうしようもない。君のしもべだ。早く抱かせてくれないか?」
「黙ってイタリア人!」
「イッ!?」
咄嗟に彼の足を踏むと、本当に痛かったのか、彼はしゃがみこんで俯いてしまった。
「ア、ごめんなさい!」
慌てて隣にしゃがんで、……気がついた。
「……何、笑ってるのよ」
「だって、……ククク………なんだよ、イタリア人って……クククッ……」
彼は必死に笑いをおさえていたが、耐えきれずに体が震えていた。むかついて横腹をつつくと、弾けたように笑い出してしまった。
「わ、……、笑い事じゃない! 見てたならスルーしないでよ、馬鹿!」
「フフフ、ごめんね? クククッ、自分で送っておいて、クッ、照れてるのか、……ヒヒッ」
「笑わないの! 返信しない紫貴が悪いんじゃないの!」
「分かった、分かった、そうだ、俺が全部悪い、………フフフフッ、クッ……ごめ、……だめだ、笑える、あははっ、はっはっはっ」
「紫貴! 高笑いしない! バック・トゥ・ザ・フューチャーのドグの格好させるわよ!」
ゲラゲラ笑う彼の腕を叩くと、彼の手が私の肩にまわり抱きしめられた。
「ちょっと……!」
そのまま抱き起こされ、まるでバレエみたいにクルリと回され、そうしてまた抱きしめられる。いきなり何をするのかと咎めようと彼を見上げて、……私はもう声が出せなくなった。
「いいよ、全部みどりの好きにして」
彼が、心底幸せそうに笑っている。
「俺はみどりの子犬なんだから」
両手で彼の頬を包むと、彼は嬉しそうに私の手に頬を擦り寄せる。私は彼のこういうところが大好きだった。
(全然、だめ、こんなの……)
今でも言葉をなくしてしまうぐらい、大好きだ。
□
「俺の服なのに、なんで君が払うんだ」
「私が友達に服を買ってあげたいの」
「友達って……」
私が紫貴に選んだ服は、オフホワイトのテラードジャケット、シルエットが綺麗なシャツ、彼のサイズにあった白パンツに、白のスニーカー、要するにオールホワイトだ。
彼は自分の格好を鏡で見てから、いつかのように首を両手でおさえた。
「なんで、こんな服選んだの?」
「紫貴は天使だから白の方が似合うわ」
「ハ?」
「私の天使だもの」
「……はぁ……君は、本当に……」
彼はいつかのように、そのタトゥーで埋まった手で自分の顔を乱暴に二度ぬぐった。
「友達なんてひどいこと言うな。俺のこと、好きなくせに」
「さて、どうでしょう。……似合ってるよ。早速日比谷までナポリタンでも食べに行く?」
彼は白いジャケットを手のひらで撫でてから、眉を下げて微笑んだ。
「ナポリタンなら俺が作るのが一番美味いよ。家に来る?」
「却下。ちゃんと誘い文句考えてください」
「Non mi stancherei mai di parlare con te......」
「イタリア語もだめ。覚えておくから、後で意味わかるからね」
「……というか、オールホワイトにするって決めてたなら、他に着せてたのはなんなの……」
「見たかったから」
「『見たかったから』……へえー……」
「超ダサいセーターでもいいのよ、私は。おいてくけどね」
「……そうして君はどんどん、俺なんかいなくても大丈夫になるんだ」
彼は唇を尖らせて分かりやすく、拗ねた。彼以外にやられたら殴ってしまうだろうけど、彼にされたら笑ってしまうぐらい可愛かった。
「さて、どうかしらね。……じゃあ、行きたいお店あるの。荷物持ってくださる?」
わざとらしく左手を差し出せば、彼はいつかのときのように両手で私の手をとり、いつかのときとは違い、騎士のように手の甲にキスをくれた。
「仰せのままに」
それから私達はスペイン広場を中心に十店舗の洋菓子店を巡った。
私がフランス語で店主と話していて、こちらの言いたいことが伝わってないと判断したときだけ、彼が通訳をしてくれた。
一人の仕事人として尊重されているのが嬉しかった。
彼はイタリア語も都度教えてくれた。バスの乗り方や電車の乗り方、タクシーを捕まえるコツなんかも教えてくれる。
それは、ニュージャージーではなかったことだった。
(やっと、紫貴とデートしてる……)
この三年が全て報われた気がした。
夕方になり店も閉まり始めたから一度ホテルに戻ろうか、と彼を見上げると、彼は『どうかした?』という優しい視線を向けてくれた。
「ホテルに戻ろうかなって……」
「送るよ」
「……いいの?」
「ホテルじゃなくて俺の家に連れ込んでいいの?」
「それもだけど、……私に色々教えてくれるから、紫貴、変わったなって……」
彼は気まずそうに視線をおろした。
「それは……俺だって、前と同じ間違いはしないよ。みどりが強くなればなるほど、俺から遠ざかるかもしれないけど、……みどりはいい女になる……ことを……、喜べるようになろうと思っている……」
「苦虫噛み砕いた顔してるじゃないの」
「これでも……嫉妬を抑えようって頑張ってるんだから、笑わないで」
彼が頑張ってくれているのが、嬉しい。彼の左腕を掴んで、体を寄せる。
「……、待って」
彼は持ってくれていたすべての荷物を右手だけで持ち直すと、私の肩をつかんで抱き寄せた。彼が私の頭にキスを落とす。
「ねえ、……この三年、……他の男に触られた事ある……?」
彼の声は重々しい。が、内容の方があまりにも重くて、いっそ笑えた。
(全然だめじゃないの、この蛇さん!)
彼の胸に頬を寄せて、彼の腰を抱きしめる。
「それを聞いてどうするの?」
「……相手を殺す」
「怖いこと言うのはやめて」
「今付き合ってるやつ、いないよね? 結婚してないことは戸籍でわかってるけど……」
「あなた、本当に重たいわ」
「こんなもんじゃないよ、俺の重さは……この三年で、どれだけ君の夢を見たか……君のメッセージをどれだけ読み直して……でも、君を捕まえないように、必死だったか……」
彼が私の肩に頭を擦り寄せる。
「一通だって返信したら、もう止められなくなる。次は声が聞きたくなる。会いたくなる。そしたら……君の安全すら担保できないのに抱きたくなる、同じことの繰り返しだ。……だから、我慢してたんだ。我慢してたのに……」
顔を上げて、彼の顔を見る。
泣くのをこらえている顔だった。
頬を撫でると、彼は私の手に頬ずりをした。両手で頬を包むと、彼は目を閉じて身を引こうとする。
「まだ、だめなの? ……まだ、やっぱり、私を仕舞わなくていけないの? 私は強くなったし、紫貴だって強くなったんでしょう?」
彼は私の質問に苦笑する。
「頑張ってるけど、自由に飛び回る君を守りきれるほど、俺はまだ強くない……」
彼は荷物を右手の肘にかけると、私の両手に自分の両手を重ねた。
「ごめんね、のろまで……」
私の手の中で彼が笑う。
(……こんなの)
鼻の奥が痛くなって、息が詰まる。
「……みどり? ごめん。俺、……もっと、頑張るから、泣かないで」
彼が心配そうに眉を下げて、けれど私に触れることはなく、私の顔を覗き込む。
だから私は彼の顔をつつむのをやめて、彼の両手を取る。そして泣きそうなのをこらえながら、目を閉じて、彼の両手を自分の頬に導く。
彼の手は冷たくて大きくて、簡単に私の顔を包んでしまう。その骨ばった指に頬を寄せると、彼の指は強張った。でも、すぐに私を包んでくれる。
目を開けると、彼は私の目を見ていた。
苛立っているような、泣きそうなような、……何かをこらえている顔だ。
「……どう思う?」
「どうって……」
「この女を、自分の彼女にしたいでしょ……?」
彼は荷物を全部地面に落とした。ア、と思ったときには、彼は私を抱きしめていた。しっかりと抱きしめてくれていた。
「……ウン、好きだよ……好きだ……」
声に、万感の思いがのっていた。彼も寂しかったのだろうと嬉しくなったけれど、やっぱり泣いてしまった。
□
涙がおさまってから、ハッと気がつく。
(ここ、路上!)
それも観光地のど真ん中だ。こんなところで泣いていたら人目に付くどころではない。なのに、紫貴は私を抱きしめるだけでなく、背中を撫でたり、腰に触れたり、頭にキスしたり、徐々に『そういった雰囲気』を出していく。
「みどり……」
彼の低い声はもう『色』を帯びていた。
ここ三年全くなかった色っぽい状況に耳が耐えきれず、カアと熱くなるのがわかった。身を引こうとしても、彼は耳にキスまでしてくる。
「ヤ……」
身体が熱くなり、背筋が震え、息が漏れる。彼の手がその意図をもって私の体を撫で、その唇は勝手知ったる乱暴さで私の耳であそぶ。私の体は抵抗もできず、力が抜けてしまう。この先、どんなことがあるのかを知ってるから、彼に全て委ねてしまいたくなる。
(だめ! 外なんだってば!)
私は震える喉を開いた。
「や! やだ、やめてっ、外だよ、ここ……」
なんとか彼の胸を叩くと、彼は狼藉をやめてくれた。代わりに私の肩に両腕を預けて、甘える顔で首を傾げる。
「ここはローマだよ? そこかしこでみんな抱き合ってる」
周りを見れば、たしかにカップルたちはみんな距離が近く、私達みたいに抱き合っていても目立ってはいなかったようだ。
(だからいいって話じゃない!)
私は熱くなっている耳をおさえて、彼を睨む。彼は自分の唇をいやらしく舐めた。
「デートだけで、我慢しようと思ってたんだけどな」
彼はニンマリと笑った。
「……外だから、やなんだ? えっちだなぁ……」
ゾッとするほど色っぽい声だ。
口を戦慄かせていると、彼はゴクリと唾を飲んだ。彼の目が据わり、まるで捕食者だ。
「選ぶ権利はみどりにあげる」
彼が小さく口を開く。
白い前歯、赤い舌が、怪しく私を誘う。
「俺と、したいだろ?」
彼は目を細めて、うっそりと、色っぽく笑う。
(こんな顔、……ずるい、……)
彼は私の手を取って、親指にキスをすると、舌先を出して、見せつけるように私の指を舐める。彼の前歯が私の爪をかじってしまう。
「し、き……」
ゾワゾワと寒気が走り、目が潤んで視界が歪む。彼の色気に耐えられず、膝が震えて出した。誘われるままに彼に顔を寄せ、なんとか彼の頬にキスをする。
「も、……だめ、……お願い、……ゆるして……」
絞り出せたのは、泣き声だった。
ゴクリと紫貴が唾を飲む。彼の目は欲を孕んでいた。その目で見られるだけで頭の中で火花が咲く。
「……、欲しい……」
彼は低い声でつぶやき、しかし、深くため息をついた。
「泣かないで、……いじめすぎたね」
そうして、その顔はもういつもの穏やかな顔だ。
(また気遣い……もう、そういうところ……)
だから背伸びをして唇を奪った。前歯が当たる。でも三年ぶりのキスで、痛みなんかわからない。彼の下唇を軽く食んで、それから離れる。
彼が目を丸くして、私を見下ろしている。
「世界なんていらない、安全なんか知らない……危なくてもいい、怖くてもいい、死んだっていい、……紫貴と、したいよ」
彼の目が一瞬で色を変えた。
肩を掴まれたと思ったら姫抱きにされ、あっという間に紫貴は目の前にあったホテルに私を連れ込んだ。ホテルマンは紫貴のことを知っていたのか手続きもなく、流れるように最上階の部屋に案内される。
紫貴はホテルマンに札束のチップを渡すと、ホテルマンが部屋から出るのも待たずに、私のコートをひん剥いて私をベッドに放り投げる。
「ア、荷物……」
「後で届けさせる」
彼は白い服を乱暴に脱ぎながら、私を組み敷いてしまう。
「待って、ホテルの人が……」
「みどり、意地悪しないで」
ホテルマンが親指をたてて部屋から出ていくのが視界の隅に見えたとき、彼の手が私の頬をおさえた。
「俺に集中」
「ア、ウン……」
「気のない返事だな? 余裕じゃん」
そんなことないと否定する前に、彼が私にキスをした。
◆
キスの先にあるものが気持ちいいと身体が思い出して、勝手にとろけてしまう。彼の唇が離れた時には、私の身体は緊張をなくし、彼の下に横たわっていた。
「紫貴……キス……」
「フフ、わかった」
紫貴が服の上から私のお腹を優しく撫でると、熱い息を吐く。彼の頭を引き寄せてもう一度キスを強請れば、彼は嬉しそうにまた私の唇を舐めてくれる。
(なんでこんなに気持ちいいんだろう)
夢中になって彼の舌を追いかけている間に、気がついたらシャツのボタンはすべて外されていて、ブラのホックまで取られてしまっている。彼の器用な手がシャツの下、背筋を撫であげるだけで、猫みたいに腰を反ってしまう。
「ん、ふぁ……」
彼の手がデニムの上からお尻を撫でる。タイトなデザインとは言え厚い生地の上からじゃ、彼の手の温度がわからない。
(遠い……やだ……)
私は左手でデニムのボタンを外し、自分で下着ごと腿の下までずらした。すると、彼の意地悪な唇が私の唇から離れて、ニンマリと笑顔を浮かべる。
「……余裕そうだね、みどり」
「意地悪言わないで……触ってよ」
彼の手がお尻を撫でてくれる。その冷たさが私の記憶をまざまざと蘇らせていく。口から勝手に熱い吐息がこぼれた。
「ハ、……気持ちいいの。もっと触って……」
「みどり、お尻好きだもんね」
「そうなの……?」
彼の手がお尻をなぞるだけで、お腹の奥が飢えていく。
「知らなかったの? 俺が好きだから、君も好きになったんだよ。胸もお尻も、背中も首も……」
「ァ、……嘘、……」
たしかに彼の身体が触れるだけで、どこも気持ちがいい。
いつもは私の意思のままに動く肉に過ぎない身体が、彼に触れられるだけで違うものになってしまっていた。この三年の空白が嘘のように、私の身体は彼のためだけに女となって、開かれていく。
「かわいい、みどり」
彼の指がお尻にまでこぼれた私の蜜をすくって、広げてしまう。
(嘘、嘘……もうこんなに濡れてるの……)
恥ずかしさすら気持ちよくて、勝手に声が漏れる。自分の声が媚びていることに、また気持ちよくなってしまう。
彼の唇が私の耳に触れる。
「俺が君をこうしたんだ。……思い出した?」
悔しいぐらいに、彼は私の身体を知りつくしていた。
「……ずるいわ」
「何が?」
「上手くてずるいっ」
「アハハ、まだこれからでしょ」
彼は笑いながら私のデニムを足から引き抜いてくれた。そのまま彼は私の足を取り、足の甲にキスなんかしてくれる。
「みどりは騎乗位を習ったって聞いたよ?」
「いつの話してるのよ……忘れて、そんなの」
「忘れられないよ。それだけを楽しみにこの三年、仕事してたんだから」
「何言ってるのよ、馬鹿な人ね……」
そんな風にふざけながら、彼は足の甲から足首、ふくらはぎ、太ももと、親愛のキスを落としていく。足の付根を甘く噛んでから、彼は私を見上げて笑った。
「それで、俺のセックスは犬みたいだったけ?」
「それは私が言ったわけじゃ……ちょっと!」
しかし彼は私の両足を広げて、本当に犬のようにしゃぶりついてきた。まさかいきなりそんなことをしてくるとは思っておらず、抵抗が遅れてしまった。
(嘘でしょ! シャワーも浴びてないのに!)
彼の口が期待に濡れている私の柔らかな肉ごと内側の粘膜まで吸い上げてしまう。彼の平たい舌が入り込めば、待ち望んでいた私の身体が勝手に彼を奥へ奥へと誘ってしまう。
「あっ、紫貴、しきぃ、だ、あん! いあ、あ、あ、う……あ、んんっ……」
止めないといけないとわかっているのに、子宮にまで直に響くような性感に、止める言葉の代わりに意味のない喃語になってしまった。そうなればもう彼の独壇場だ。抵抗する気を失った私の足を押さえるのを止め、彼の指まで入り込む。私すら知らない私の中を彼の指は迷わずに進み、私の弱いところをくすぐってしまう。
「あぁっ、それ、だめぇ、気持ちいいからぁっ……」
「……だめじゃないでしょ?」
彼の舌が引き抜かれ、代わりに節ばった指が更に奥に入っていく。私の体の内側は、全て彼に触れられたがっていた。だから熱く濡れて、こぼれて、開いて、下りてしまう。彼の指はそんな私の飢えきった身体を満たすために、淫靡な音を立てながらかき混ぜてしまう。
「みどり、イッて?」
「やっ、や、私だけ、や、あぁん!」
もうとっくに限界だけど、それでも自分だけなんてと首を横に振るが、彼の指はそんな私を咎めるように追い詰める。それどころか赤く尖った陰核まで親指で撫でられてしまう。処理できない気持ちよさに、私は枕を後ろ手でつかみ、後頭部をこすりつけながら、甲高く喘ぐしかできない。
「みどり、我慢しないで」
「だってぇ……ひあっ、こんなすぐ、やっ、あぁ……ひかないで……嫌わないでっ」
「……フフ、犬に言うこと?」
彼の舌が必死に耐えていた陰核に触れる。見ると、彼は上目遣いで私をじっと見ていた。彼の目が孕む甘い愛情と激しい欲が、私を追い詰める。
(こんな……もぅ、ああ、うそ、だめ、……)
彼の作り出す大波に、私に術はなく、一気に高みにまで押し流されてしまう。
「イッ――――――!」
堪えようがなく、あっという間に達してしまった。
「ァ、……あ、……」
チカチカと頭の中で火花が散り、全身がガクガクと震える。はあ、はあ、と荒い息を吐きながらベッドに体を預ける。
「ハ、可愛い声……」
彼が私の中から指を抜くと、余韻に震えている入口にまたキスをした。それどころかペロペロと犬のように舐め始める。
「ひゃっ……やめっ、あっ! 紫貴っ、もうだめ! 粘膜を舐めないの、わんちゃん!」
「フハッ! 粘膜って……こんなところで笑わせないでよ」
「あなたがいきなりっひゃぅ……もう!」
まだ気持ちよさに震えている私の太ももを噛んでから、彼が隣まで上ってきた。隣に転がった彼を睨むと、彼は不思議そうに首まで傾げる。
「なあに? 俺は君が嫌がること、したことある?」
言外に、本気で嫌がってないでしょう、と言われ、自分のはしたなさが恥ずかしくなる。だから、照れ隠しに彼を睨む。
「薬漬けにはしたでしょ」
「……それは忘れてくれ」
「む、無茶……」
私のライフイベントランキングを作るとしたら間違いなく上位に入ってくる大事件だというのに、彼は悲しそうに眉を下げる。そんな顔をされたらこちらも悲しくなってしまう。
(ずるいなぁ……)
悲しそうな眉にキスをして、彼の頭を抱きしめる。私の胸の間にうずまった彼の顔は驚いていた。
「わかった、忘れてあげる」
彼は瞬きをした後、微笑んだ。
「何言ってるんだ。あんなひどいこと許しちゃだめだよ。死ぬまで怒らないと駄目」
「何よそれ!」
無茶苦茶な言い様にお腹から笑ってしまった。彼も私につられたのか、私の胸の間でケラケラ笑う。その吐息がくすぐったくて、また笑えてしまう。
「フフフ、あぁ、だめだ、なんでこんなおかしいんだ……みどりだなぁ……」
「何よ、それ、フフフ……私のせいなの?」
「ウン、みどりがいるとさ、おかしいんだ、……フフ、あァ、本当に、……」
彼が両手で私の頬を包んだ。彼の指に触れて、自分が泣いていたと気がついた。
「君がいるからこんなに笑える。君が俺を人にしてくれたんだ。……、みどり、ありがとう」
彼が私を呼ぶと、私は世界で一番美しいものになったようにさえ思える。彼の頬を両手で包み、キスをすると、それだけで心が満たされる。
「紫貴」
でも、それだけじゃ満たされないのが人間だ。私は彼の身体に足を絡め、引き寄せた。
「恥ずかしいこと言ってないで早く抱いてよ、ダーリン。お腹すいたわ」
「フフ、わかった。俺も腹ペコだ」
私達は笑いながらようやく三年間の空腹を癒やした。
□
「みどり、水飲む?」
「ウン、ちょうだい」
「水飲んだら、またする?」
「だめ。休みます」
「わかった。休んだらまたしよう」
「だめだってば……あなた、体力どうなってるのよ……」
彼から差し出された水を飲み、息を吐く。
(……それにしても、……すごかった……私、あんな体勢できるのね)
終わった今もふわふわと気持ちがよくて、幸せだ。体を倒して裸のまま彼と向き合い、汗ばむ彼の肌を指先で撫でる。
「くすぐったいよ、なあに」
「タトゥー、新しいのはいれてないのね」
「忙しかったからね。メンテナンスもしてないんだよな……色消えてるのあるかな?」
「無いと思うけど……背中見せて」
「ン」
彼がゴロンと転がって背中を見せてくれる。彼の背中の天使と悪魔の両翼は記憶の通りに綺麗だった。大好きなうなじに口づけると、彼はビクリと揺れた。
振り向いた彼はジトーとした目つきだ。
「休みは終わりでいいのかな?」
「だあめ。もう終わり。明日から仕事びっしり入ってるし、忙しいの。シャワー浴びたらホテル帰ります」
「ヤリ逃げにするのか、酷い女だな」
「ンフフ」
ふざけながら抱きしめ合う。明日からのことを考えると、もうホテルに戻らないといけない。だけどまだ動きたくなくて、彼の腕を枕に息をつく。
彼が私の髪をかきあげて、頬を撫でてくれた。気持ちよくて目を閉じると、コツンと彼が額を当ててきた。
「俺の家、来たら?」
「……その場合、私達の関係ってどうなるの」
「そうだな……みどりが俺の国にいるとき限定の彼氏かな……便利だよ? 衣食住提供するし、三大欲求きっちり満たしてあげるし、仕事も応援するし……」
彼が眉を下げて「どう?」と聞いてくる。大きなわんちゃんみたいだ。
「現地妻みたい」
「笑うなよ。本気だ。……せめて、この国にいるときは側にいて。他の国のことは、……諦めるから」
彼の頬を両手で包み、目を合わせる。
「嘘も隠し事もやめて。ちゃんと、全部、話して。欲しいもの全部、ちゃんと言って」
彼は私の手に手を重ねて、深く息を吸った。
「……親父の後を継いで、よくわかった。この仕事は……終わりがない。安全なんかない。マフィアという名でなくしても、法で裁ける罪でないものにしても……この仕事は恨まれて、憎まれる。……それでも、俺の国にはまだ必要な仕事だ。だから、俺はきっと死ぬまでこの仕事をする……そして最後は、ひどい死に方をする」
彼の声が震えていた。いつかの告白のように、彼は自分を痛めながら私に心を晒してくれる。
「なのに、……死ぬそのときまで、君と共に生きることを、許されたいんだ。君の人生、全部、無駄にして……後悔させる……それでもいいって……それでも俺の彼女になるって、君に言ってほしいんだ……」
彼の声は、そんな事は許されないとわかっている罪人のようだった。でも、彼は神に赦しを乞うているのではない。彼の灰色の瞳に私だけが映っている。
「……これが、俺の欲しいもの、全部、……ひどい話だろ……」
きっと彼が言う通り、ひどい話だ。きっと他の普通の男性が女性にする告白とは何もかもが違うだろう。でも、私は嬉しかった。
(やっと、彼の人生を任せてもらえた)
泣きたくなるぐらいだ。こんなに嬉しいことは他にない。
「ね、私をあなたの彼女にしてくれる?」
彼の目尻から涙が溢れた。
「……駄目だ……」
彼が首を横に振り、私の手から逃げようとする。だから彼の涙をキスで拭う。それでも、ボロボロと彼の涙がこぼれていく。何度も彼の頬にキスをしてから、彼の口にキスをする。
「逃げないで」
私の手首を握って泣く彼に、もう一度キスをした。
「……駄目だ、みどり。こんなの、許しちゃ駄目だ……」
「駄目よ、紫貴。もうあなたは私のもの。絶対手放してあげない。どんなにボロボロになっても、どんなに汚くなっても、……死んだって、私のものよ」
わざと怖い声を出して脅してみる。彼は泣きながら、息をつく。その吐息に笑いが滲んでいた
「……最高だな」
彼は涙を落としながらも幸せそうで、私の胸もじんわりと温かくなる。そっと引き寄せると、彼は私の胸に飛び込んで、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。
「ありがとう、みどり。めちゃくちゃ長生きする……」
「……あなた……図太いわね……」
悲痛に泣いたのがもう嘘みたいに、彼は笑った。
「当たり前だろ、俺はゴットファーザーだよ?」
「ふうん。じゃあゴットファーザーの彼女になった私にご要望はないのかしら?」
ふざける彼にふざけてそう聞けば、意外にも彼はハっとした様子で顔を上げた。
「俺の彼女なんだから他の男に触られないでね? デートに誘われても断ってね。二人きりの食事なんて絶対にやめて。都合をつけるからみどりの誕生日は俺に祝わせて。あと、……いきなりいなくなったりしないで。先に言って。ちゃんと見送るから。それから……」
「ンフフ、はいはい」
急に始まった長い要望に笑うと、彼はへにゃりと力の抜けた笑顔を浮かべる。
「クリスマスは一緒にいて」
「クリスマスは無理よ、稼ぎ時だもん」
「ハァ!? 彼女なのに!?」
「我慢して。その代わり、夏休みは必ず一緒にいましょう」
「……夏か」
彼が私の髪をかきあげて、頬に触れた。
「夏に一緒に過ごすの楽しみだ」
「……そうだね、夏も黒い服なの?」
「クク、どうかな。みどりの好みにして」
「今の格好が一番好きよ」
裸の彼は目を丸くしてから、歯を見せて笑った。
「えっち」
「素敵な彼女でしょ?」
「……ウン、大事にする。今度こそ、……大事にするよ」
彼が私を抱きしめてくれる。素足を絡めて、視線を合わせて、ぴったりと寄り添う。彼の温度、匂い、肌のふれあい、全てが愛おしかった。
「……一つだけ、お願い。親に挨拶してくれる? 一応ね、『日本文化』なの」
「挨拶すればいいの? こんにちはってこと?」
「ウウン、私の両親に『娘さんをください』って言って。『日本文化』だから」
「わかった。すぐに予定をつける」
彼は日本語は話せても『日本文化』はよくわかっていないから、素直に頷いた。なので嘘を続ける。
「そしたら『日本文化』として、お父さんにちゃぶ台をひっくり返されるのよ」
「ウン? ちゃぶ台って?」
「エ、んんと、ダイニングテーブルのことかな。小さめの……こう、背の低い感じの。とにかくそれを『お前に娘をやれるかー!』って叫ばれながら投げつけられるのね?」
「へ? 日本文化、すごいな……避けたらいい? キャッチした方がいい? どっちが文化的に気に入ってもらえる?」
「思い切り当たって。程々に怪我して」
「……わかった。顔面で受け止めて脳震盪起こすね」
彼は本気の顔をしていたから、私は笑いを噛み殺す。
「……で、起きたらもう一回挨拶するの」
「娘さんをくださいって?」
「そう。そしたらまた、ちゃぶ台投げられるの。そしたら?」
「俺は顔面で受け止めるんだね?」
「ウン……それで、お父さんが許してくれるまで挨拶するの。できる?」
「ウン、やる」
彼は悲痛な覚悟を決めた上で、頷いてくれた。
……実は、母にだけは『好きな人がいるんだけど、ちょっと見た目が怖い人』とだけは伝えているから、そんなことにはならないだろう。でも、このぐらいの嘘を許してもらえる自信があった。
彼はどんな意地悪をされても、もう私を寝かしたりはしない自信があった。
「他に、……みどりは彼氏にしてほしいことある?」
彼の胸に額をつけて、息をする。
「……おかえりって言って、キスして」
彼は目に涙をためて、幸せそうに笑った。
「おかえり、みどり」
彼のキスは天使のように優しい。
「ただいま、紫貴」
これでいいと確信できるキスだった。
イタリアの首都にして、最大の都市。インフラの老朽化が問題になるほど、古くから続くヨーロッパを代表する観光都市。
「本当時間通りに来ないのね……駄目だ、こりゃ」
その真ん中にある暗い地下鉄の駅で三十分待ってから、『これは駄目だ』と私は歩くことにした。
ローマは石畳が多く、歩きにくさこそあれど、都市そのものが観光地だ。観光スポットから観光スポットまで歩いていけることが多い。だから私もスニーカーを履いてきた。とはいえ……、とはいえだ。
「一日でどのぐらい回れるかな……時差ボケもきついし、……」
明日からはイタリア南部で開催されるショコライベントに向けて移動しなくてはいけない。ローマの観光ができるのは今日だけだ。そこを全部徒歩となると、さすがに回れる店は限られる。
(大人しく中心街だけにしよう)
スマホの地図アプリを取り出して、行きたい場所を選びながら、街を歩く。
(ショコラはイベントにでるお店は省こう。バイヤー仲間に聞いたお店も、日本展開しているところは省いて……)
前髪をかきあげ気合を入れ直して、最初のお店に向かった。
店頭で気になる商品を買い、店員に話しかけ、名刺を渡し、さらにお薦めを買う。イタリアの人は気さくで、こちらが求めている情報以上のことを教えてくれた。おかげで三店舗目には両手がいっぱいになってしまった。
(さすがイタリア! 夢の街、ローマ! 気になるもの多すぎる、もっと早く来ればよかった! 紫貴のことなんか気にせずに……!)
そんなことを考えている時点で気にしていることに気が付き、自分にため息が出た。
(……ちょっと休もう。……ア。休むなら『あそこ』よね!)
紫貴のことも、仕事のことも一端忘れるために、ローマの休日のロケ地として有名なスペイン広場に向かった。
スペイン広場は平日であっても賑わっている。お昼時ということもあるだろうけど、市場のような賑わいで、スリが多そうだった。
私は人の邪魔にならないように石畳の階段に腰を下ろした。買ったもので重たくなったバッグを肩から下ろし、一息つく。早速洋菓子をつまみつつ、スマホを開き、次はどこに向かおうかなと考えていると、ポン、と膝を叩かれた。
「Ciao,Cara!」
いつの間にか見知らぬ少年が隣に座っていた。
小学生と思われるその男の子は、どういうわけか私に満面の笑みを浮かべている。
(カーラ……? だれかと勘違いしているのかしら……)
首を傾げると、彼は両手で私の両手を握ってきた。子ども特有の湿ってあたたかい手に、私はさらに困惑する。
「Perché sei solo? Mi stavi aspettando? Il mio primo bacio è stato con una bella ragazza come te.」
職場の人に『フランス語が分かればイタリア語はわかる』と言われていたが、結局、嘘だったことが明確に分かった。
(子どもの発音と早口だと、単語も響きもなんにもわかんないわ……)
彼はニコっと歯を見せて笑う。
目が丸くて、まつ毛が長くて、手足が細い、そのままアイドルになりそうな可愛い子が、どういうわけか私の手を握って、ニコっと笑っている。
「困ったな、イタリア語は本当にわからないのよ……ええと、Vous parlez français?(フランス語は話せる?)」
子どもはなぜか、目を閉じて顔を寄せてきた。
「ん? 何かな?」
そのとき――背後から、甘くて苦い香りがした。
「Capisco. 」
グイっと、肩を掴まれる。
そんなことされたら足を踏みつけるぐらいのこと、今の私ならできるはずなのに、私の身体はぴくりとも動かない。
だって背後から私の身体を支えているのは、――
「È una ragazza che vuoi davvero baciare. Ma le sue labbra sono mie.」
夢で何度も聞いた、『あの』低い声。
夢で何度も思い出した、『あの』温度。
夢で何度も探した、『あの』香り。
私の肩におかれた手には、『あの』、悪魔のタトゥー。
(そんな、……まさか……だって……)
動けないでいる私を無視して、私に声をかけてくれていた子どもは何かを早口で言うと、満面の笑みで手を振って去っていった。
彼を見送ってから、息を吸い込んで、振り向く。
「久しぶりだね、みどり。元気そうで、……ウン、よかった」
木漏れ日を浴びて、月みたいに輝く銀色の髪。
グレーがかった瞳には伏せた睫毛がかかる。
そうして私を見下ろして、ただ優しく微笑む、その顔。
「……紫貴?」
「ウン」
当たり前みたいな顔で、彼は私の隣にいた。
□
この三年全く音沙汰なかった紫貴が目の前に、まさに、『そこ』に、座っていた。
石畳の階段に座るには彼の手足は長すぎて、下の段にまで投げ出されている。子ども用の椅子に座らされたみたい。彼の着ている高そうなロングコートは、土で汚れた野外の階段にひどく不釣り合いだった。
コートの下の紺色のスーツは昼間の日差しを浴びて紫色に輝いている。着ているベストの胸元には紫色のハンカチーフが挿されていて、そのままパーティーにでも出られそうな装いだ。彼の手首にはめられた高そうな腕時計や、タトゥーだらけの指にはめられた高そうな指輪、艶々の革靴、その高級品の何もかもが彼のために誂えられたかのよう。
彼は、この昼間の広場の階段に無防備に手足を投げだすことがあまりにも似合っていない。彼だけ別の世界から切り取られ、ここに貼り付けられたみたいだ。
(もしかして、夢……?)
そう疑うぐらい、彼には現実感がない。
彼は腰を少し浮かして私から拳一つ分の距離をとると、気まずそうに腕を組み、目を伏せた。
そうして距離をとられてしまうと、感じていた体温すら嘘に思えてしまう。
(……本物、だよね?)
銀色の髪に手を伸ばす。彼は驚いたのか、私から身を引いた。
「……」
「……」
言葉をかけたら消えてしまいそうで、ただ黙って彼を見上げる。彼は私の視線に負けたのか、恐る恐る、というように、自分の頭を差し出してくれた。
もう一度手を伸ばすと、サラリ、とした髪先に指が触れる。
たしかに、――触れた。
(……夢じゃない)
そっと、髪に手を差し込む。
彼のサラサラの髪の先にある頭は記憶の通り、丸みがあった。両手で彼の頭に触れる。彼は驚いたのか身体を一瞬硬直させたが、すぐに力を抜いた。だから、私は両手で彼の頭の形を確かめた。額からのライン、顎からのライン、全てが手が記憶している通り。彼の横顔の美しさを形作る頭の形。
(本当に……?)
不意に、私にされるがままだった紫貴が顔を上げる。目が合った。彼は私の目をのぞき込んだ後、目を柔らかく微笑ませる。
「……ウン」
それは全部受け入れてくれる、『ウン』だ。
(本当に、紫貴だ)
セットされた髪をぐしゃぐしゃにされても怒ることなく、咎めることさえなく、されるがままでいるこの男は、間違いなく紫貴だった。
両手で彼の頬を掴んで、まじまじと彼の顔を見る。
彼は目を丸くはするが、抵抗はない。ジッと見ていると、彼はまばたきをしてから、口を開いた。
「みどり」
少しかすれた声が、記憶の通りだ。
私が手を離すと、彼は乱れた髪をそのままに微笑んだ。
「もう、いいの?」
「……ウン、もういいの」
「そう……」
彼は開けた拳一つ分のスペースに手を置くと、姿勢を正した。記憶よりも少し身長が伸びて、少し髪が伸びて、少し痩せた彼は、けれど記憶の通り優しく笑っている。
彼は深く息を吸い、深く息を吐くと「ひどいよ。予定が狂った」とわけのわからないことを言った。
「こんなところで声をかけるつもりじゃなかった。今まで準備していたことを全部ぶち壊してしまった。馬鹿だな、本当に……ひどすぎる……」
「そうなの……?」
「そうなの」
彼は前髪を後ろに流すと、クスクスと笑った。
「君に関わると俺は馬鹿になるよ」
「何よ、その言い方。私のせいなの?」
ついムっとして言い返すと、彼は顔を上げてニヤリと笑う。
人のことを子ども扱いしているような笑顔がムカついたので、彼の額を軽く叩いた。
「何なの、その顔。自分で勝手にぶち壊したんでしょう。私は予定なんて知らないんだから、私のせいにされても困るわ」
彼は額をおさえて、ムと顔をしかめた。
「初対面の男にキスなんてされそうになっておいて偉そうに……」
「はあ? 男? キス? 何の話してるの?」
「好き勝手触られておいて……こうやって手まで繋がれてたじゃないか」
彼はそう言いながら、私の両手を両手で握った。そして真剣な目で私を見下ろす。この構図には確かに覚えがあった。
「エ、もしかしてさっきの子どものこと? 男なんていい方……」
「男扱いしないほうがどうかと思うよ。彼はしっかりみどりを口説いてた。『初めてキスするならみどりみたいな可愛い子がいい』ってね」
「あの子、そんなこと言ってたの!?」
「そうだよ。あの男は、俺の『好きな女の子』にそんなことを言っていた」
彼の手はとても冷たかった。
彼は私の両手に口を寄せて、フ、と息を吹きかける。驚いただけで嫌だったわけではないのに、勝手に肩が揺れてしまう。すると彼は名残惜しそうに、私の両手を離した。
(やだ!)
咄嗟にその手を追いかけて、掴んでしまう。
彼は目を丸くして私を見下ろす。私も似たような顔できっと彼を見上げているだろう。
(あ……私、……手を離されるの、嫌なんだ……)
私たちはしばらく見つめ合った後、クスクスと笑い合ってしまった。
「……紫貴に関わると、私は馬鹿になる」
繋がれた手を見下ろして呟くと、彼が、コツン、と私の額に額をぶつけてきた。この距離に異性がいるのは、彼と別れて以来だ。
「みどり、嫌ではない?」
「……ウン、嫌じゃないよ」
彼の指が私の手の甲を撫でる。指でも好きだと言われているのがわかった。だから指でお返しに彼の手の甲を撫でる。
彼は嫌がることはなく、私も少しも嫌ではない。
まるで、ついさっき買い物に出かけていただけのように、私たちは手を取り合って、当たり前みたいに笑い合っている。
(ずるい人だなあ……)
彼は私の耳に口を寄せる。吐息が耳の縁に触れた。
「……俺、詳しいよ、この国。車も出すし、案内するし……俺の家なら滞在費もいらないよ?」
彼の手を離し、身を引いて、腰を上げて、距離をとる。
「あなた、何を考えているのかしら?」
彼は可愛らしく首を傾げた。
「みどりをどうやったら家に連れ込んでどうにかできるか考えているけど?」
「そんな言い方でついていく女がどこにいるのよ!」
「前はこんな言い方でついてきてくれたんだよ、君は」
思い返すと確かにそうだったかもしれない。が、私はム、と顔をしかめた。彼はニヤリと笑う。
「……ヤ、折角のローマなのに」
「それはそう。……どこに行きたいの?」
彼は私がとった距離を詰めてくると、当たり前みたいに私の左手を握る。『こんなにちょろくちゃだめだ』と思うのに、私の身体は少しも彼を警戒してくれない。
「ほら、スマホで管理しているんでしょう? 見せてよ。どんな店も開けてあげるよ、バイヤーさん?」
「当たり前みたいに私の仕事を把握しているのね……」
「そりゃマフィアだもの。のこのこ俺の縄張りに入ってきたんだから、逃げられると思わないでね」
彼は私からスマホを奪うと、教えてもいないのにパスコードを入れてマップアプリを起動する。
「ほら、デートだ。行こう、みどり」
「……イタリア男みたいね」
「ここはローマだ。ローマではローマ人がするようにせよ。先人の教えだよ」
私の左手を握ったまま自分のコートのポケットにしまうと、彼は私を見下ろす。その目は少しも怖がっていない。私が彼のことを好きだと確信している顔だった。
(……もう、しょうがないな)
私は彼の手を握り返した。
□
「シチリアの方までチェックしてるんだ。いや、世界中か、すごいな……」
「気になった店はどの国だろうとチェックするようにしてるの。でも、今はこの辺の店だけ見て回ろうかなって……」
「じゃあ、歩こう。車止めるところ探す方が手間になる」
彼は広間の横に止まっていた車に何か合図を送る。するとその高そうな黒い車が発進し、去っていった。車を見送ってから隣の彼を見上げる。
「みどり、アイス食べたい?」
「真冬に何を言っているのよ」
「ここでは旅行者はアイスを食べるんだよ」
「私はオードリーじゃないし……、ねえ、改めて見ると本当にマフィアみたいな格好ね」
「似合うでしょう? ハットでも被ろうか?」
彼はふざけてみせるが、そんなことをしたところで彼がどう見てもマフィアなのは避けられなかった。そして私はそんなマフィアの横に立つと、お気に入りのコートにデニムではあるけども、拉致される直前のツーリストにしかならない。
(こんな男連れてたらお店の人が萎縮しちゃう……仕事にならない……)
どの店から行こうか、と話している彼の手をぎゅうと握る。彼は『どうかした?』と目で尋ねてきた。だからその目を見つめながら、顔を寄せる。彼は長いまつげをまたたかせ、「ウン? 何、悪い顔して……」と疑う様子なく、私に顔を寄せる。
「付き合ってもらうときにお願いしたこと、そういえば、してもらってなかったわ」
「……何の話?」
「一度でいいから、私の好みの格好してくれる? って聞いたの。あなたはそれで頷いたでしょう? あれ、まだ有効?」
「……アァ、……言った……」
彼の顔が明らかに嫌そうなので、つい笑ってしまう。
「私の好みを疑い過ぎじゃない?」
「俺はこのあたりじゃそこそこ有名なんだよ。威厳がなくなる……ニュージャージーでやっておけばよかったな……」
「あら、そ。なら完膚なきまでに威厳消してあげる。このあたりの古着屋さん、知ってる?」
「はい……マァ、はい……」
「少しは愛想よくしてよ!」
エイ、と彼の腕をたたくと、彼は「イテ」とわざとらしく痛がった。でも私の手を握ったまま歩き出す。だから私も彼の腕に身を寄せて歩いた。
それから彼に連れて行かれた古着屋で、私は思う存分楽しんだ。
一着目のストリート系カジュアル、ニ着目のアメリカンカジュアル、三着目のミリタリー、四着目のトラッドスタイル、もちろんどれも似合っている。が、五着目のモードスタイルになると、彼は試着室の椅子から立ち上がるのも億劫になったようだ。目が死んでいる。
「モデルさん! ちゃんと立って!」
「もう、……どれでもいい、……終わって……」
「全身ハート柄にするわよ?」
「みどりが隣にいてくれるならいいよ……」
「おいてくわ、そんな人」
紫貴は顔をしかめるが、無視して次の服を差し出す。彼は私の差し出したものを見て、苦笑した。
「何これ。バック・トゥ・ザ・フューチャー?」
「そう。マーティしか似合わない赤ベスト」
「着ろって言うなら着るけどさ……」
彼は立ち上がり、私の頭に顔を寄せて、「フフ」と笑った。
「なあに?」
「俺があげた香水、まだ使ってくれてるからさ。香水店に勤めたんだから意味もわかってるのに、浮気しないでくれたんだ」
「……そんなことも知ってるの?」
「メールくれたでしょ。フランスのお店、うまくいってよかった。俺も行ったけどレイアウトが斬新だったよ、オペラ劇場みたいな配列、みどりの提案だったんでしょう? あのブランドのイメージに合ってて効果的だった、……何?」
びっくりして目を丸くしていると、何故か彼も驚いた顔をした。
「……私のメッセージ、読んでたの?」
「そりゃ送ってくれたんだから読むよ」
「じゃあ、なんで返信しないのよ! いや、ちょっと待って……」
最後に送ったメッセージを思い出す。
「……見た?」
彼は私を見たまま、目を細め、うさんくさい愛想笑いを浮かべた。
「紫貴! 見たの!?」
「……そりゃ送られてきたなら見るでしょ。俺が悪いのか?」
「わ、わわ、わるく、わるくはないけど……」
急に声を低くしてきた紫貴に、声が裏返ってしまう。彼が真顔のまま顔を寄せてくる。私が顔を背けると、彼は私の耳に口を寄せた。
「じゃあ、『見た』俺の感想が聞きたいって?」
「そ、そういうことじゃ、その、だって、み、見てないと思ったから、その、いや、あの、……」
彼は、あろうことか、私の耳にキスをした。
「あんなの見せられたら、俺はもうどうしようもない。君のしもべだ。早く抱かせてくれないか?」
「黙ってイタリア人!」
「イッ!?」
咄嗟に彼の足を踏むと、本当に痛かったのか、彼はしゃがみこんで俯いてしまった。
「ア、ごめんなさい!」
慌てて隣にしゃがんで、……気がついた。
「……何、笑ってるのよ」
「だって、……ククク………なんだよ、イタリア人って……クククッ……」
彼は必死に笑いをおさえていたが、耐えきれずに体が震えていた。むかついて横腹をつつくと、弾けたように笑い出してしまった。
「わ、……、笑い事じゃない! 見てたならスルーしないでよ、馬鹿!」
「フフフ、ごめんね? クククッ、自分で送っておいて、クッ、照れてるのか、……ヒヒッ」
「笑わないの! 返信しない紫貴が悪いんじゃないの!」
「分かった、分かった、そうだ、俺が全部悪い、………フフフフッ、クッ……ごめ、……だめだ、笑える、あははっ、はっはっはっ」
「紫貴! 高笑いしない! バック・トゥ・ザ・フューチャーのドグの格好させるわよ!」
ゲラゲラ笑う彼の腕を叩くと、彼の手が私の肩にまわり抱きしめられた。
「ちょっと……!」
そのまま抱き起こされ、まるでバレエみたいにクルリと回され、そうしてまた抱きしめられる。いきなり何をするのかと咎めようと彼を見上げて、……私はもう声が出せなくなった。
「いいよ、全部みどりの好きにして」
彼が、心底幸せそうに笑っている。
「俺はみどりの子犬なんだから」
両手で彼の頬を包むと、彼は嬉しそうに私の手に頬を擦り寄せる。私は彼のこういうところが大好きだった。
(全然、だめ、こんなの……)
今でも言葉をなくしてしまうぐらい、大好きだ。
□
「俺の服なのに、なんで君が払うんだ」
「私が友達に服を買ってあげたいの」
「友達って……」
私が紫貴に選んだ服は、オフホワイトのテラードジャケット、シルエットが綺麗なシャツ、彼のサイズにあった白パンツに、白のスニーカー、要するにオールホワイトだ。
彼は自分の格好を鏡で見てから、いつかのように首を両手でおさえた。
「なんで、こんな服選んだの?」
「紫貴は天使だから白の方が似合うわ」
「ハ?」
「私の天使だもの」
「……はぁ……君は、本当に……」
彼はいつかのように、そのタトゥーで埋まった手で自分の顔を乱暴に二度ぬぐった。
「友達なんてひどいこと言うな。俺のこと、好きなくせに」
「さて、どうでしょう。……似合ってるよ。早速日比谷までナポリタンでも食べに行く?」
彼は白いジャケットを手のひらで撫でてから、眉を下げて微笑んだ。
「ナポリタンなら俺が作るのが一番美味いよ。家に来る?」
「却下。ちゃんと誘い文句考えてください」
「Non mi stancherei mai di parlare con te......」
「イタリア語もだめ。覚えておくから、後で意味わかるからね」
「……というか、オールホワイトにするって決めてたなら、他に着せてたのはなんなの……」
「見たかったから」
「『見たかったから』……へえー……」
「超ダサいセーターでもいいのよ、私は。おいてくけどね」
「……そうして君はどんどん、俺なんかいなくても大丈夫になるんだ」
彼は唇を尖らせて分かりやすく、拗ねた。彼以外にやられたら殴ってしまうだろうけど、彼にされたら笑ってしまうぐらい可愛かった。
「さて、どうかしらね。……じゃあ、行きたいお店あるの。荷物持ってくださる?」
わざとらしく左手を差し出せば、彼はいつかのときのように両手で私の手をとり、いつかのときとは違い、騎士のように手の甲にキスをくれた。
「仰せのままに」
それから私達はスペイン広場を中心に十店舗の洋菓子店を巡った。
私がフランス語で店主と話していて、こちらの言いたいことが伝わってないと判断したときだけ、彼が通訳をしてくれた。
一人の仕事人として尊重されているのが嬉しかった。
彼はイタリア語も都度教えてくれた。バスの乗り方や電車の乗り方、タクシーを捕まえるコツなんかも教えてくれる。
それは、ニュージャージーではなかったことだった。
(やっと、紫貴とデートしてる……)
この三年が全て報われた気がした。
夕方になり店も閉まり始めたから一度ホテルに戻ろうか、と彼を見上げると、彼は『どうかした?』という優しい視線を向けてくれた。
「ホテルに戻ろうかなって……」
「送るよ」
「……いいの?」
「ホテルじゃなくて俺の家に連れ込んでいいの?」
「それもだけど、……私に色々教えてくれるから、紫貴、変わったなって……」
彼は気まずそうに視線をおろした。
「それは……俺だって、前と同じ間違いはしないよ。みどりが強くなればなるほど、俺から遠ざかるかもしれないけど、……みどりはいい女になる……ことを……、喜べるようになろうと思っている……」
「苦虫噛み砕いた顔してるじゃないの」
「これでも……嫉妬を抑えようって頑張ってるんだから、笑わないで」
彼が頑張ってくれているのが、嬉しい。彼の左腕を掴んで、体を寄せる。
「……、待って」
彼は持ってくれていたすべての荷物を右手だけで持ち直すと、私の肩をつかんで抱き寄せた。彼が私の頭にキスを落とす。
「ねえ、……この三年、……他の男に触られた事ある……?」
彼の声は重々しい。が、内容の方があまりにも重くて、いっそ笑えた。
(全然だめじゃないの、この蛇さん!)
彼の胸に頬を寄せて、彼の腰を抱きしめる。
「それを聞いてどうするの?」
「……相手を殺す」
「怖いこと言うのはやめて」
「今付き合ってるやつ、いないよね? 結婚してないことは戸籍でわかってるけど……」
「あなた、本当に重たいわ」
「こんなもんじゃないよ、俺の重さは……この三年で、どれだけ君の夢を見たか……君のメッセージをどれだけ読み直して……でも、君を捕まえないように、必死だったか……」
彼が私の肩に頭を擦り寄せる。
「一通だって返信したら、もう止められなくなる。次は声が聞きたくなる。会いたくなる。そしたら……君の安全すら担保できないのに抱きたくなる、同じことの繰り返しだ。……だから、我慢してたんだ。我慢してたのに……」
顔を上げて、彼の顔を見る。
泣くのをこらえている顔だった。
頬を撫でると、彼は私の手に頬ずりをした。両手で頬を包むと、彼は目を閉じて身を引こうとする。
「まだ、だめなの? ……まだ、やっぱり、私を仕舞わなくていけないの? 私は強くなったし、紫貴だって強くなったんでしょう?」
彼は私の質問に苦笑する。
「頑張ってるけど、自由に飛び回る君を守りきれるほど、俺はまだ強くない……」
彼は荷物を右手の肘にかけると、私の両手に自分の両手を重ねた。
「ごめんね、のろまで……」
私の手の中で彼が笑う。
(……こんなの)
鼻の奥が痛くなって、息が詰まる。
「……みどり? ごめん。俺、……もっと、頑張るから、泣かないで」
彼が心配そうに眉を下げて、けれど私に触れることはなく、私の顔を覗き込む。
だから私は彼の顔をつつむのをやめて、彼の両手を取る。そして泣きそうなのをこらえながら、目を閉じて、彼の両手を自分の頬に導く。
彼の手は冷たくて大きくて、簡単に私の顔を包んでしまう。その骨ばった指に頬を寄せると、彼の指は強張った。でも、すぐに私を包んでくれる。
目を開けると、彼は私の目を見ていた。
苛立っているような、泣きそうなような、……何かをこらえている顔だ。
「……どう思う?」
「どうって……」
「この女を、自分の彼女にしたいでしょ……?」
彼は荷物を全部地面に落とした。ア、と思ったときには、彼は私を抱きしめていた。しっかりと抱きしめてくれていた。
「……ウン、好きだよ……好きだ……」
声に、万感の思いがのっていた。彼も寂しかったのだろうと嬉しくなったけれど、やっぱり泣いてしまった。
□
涙がおさまってから、ハッと気がつく。
(ここ、路上!)
それも観光地のど真ん中だ。こんなところで泣いていたら人目に付くどころではない。なのに、紫貴は私を抱きしめるだけでなく、背中を撫でたり、腰に触れたり、頭にキスしたり、徐々に『そういった雰囲気』を出していく。
「みどり……」
彼の低い声はもう『色』を帯びていた。
ここ三年全くなかった色っぽい状況に耳が耐えきれず、カアと熱くなるのがわかった。身を引こうとしても、彼は耳にキスまでしてくる。
「ヤ……」
身体が熱くなり、背筋が震え、息が漏れる。彼の手がその意図をもって私の体を撫で、その唇は勝手知ったる乱暴さで私の耳であそぶ。私の体は抵抗もできず、力が抜けてしまう。この先、どんなことがあるのかを知ってるから、彼に全て委ねてしまいたくなる。
(だめ! 外なんだってば!)
私は震える喉を開いた。
「や! やだ、やめてっ、外だよ、ここ……」
なんとか彼の胸を叩くと、彼は狼藉をやめてくれた。代わりに私の肩に両腕を預けて、甘える顔で首を傾げる。
「ここはローマだよ? そこかしこでみんな抱き合ってる」
周りを見れば、たしかにカップルたちはみんな距離が近く、私達みたいに抱き合っていても目立ってはいなかったようだ。
(だからいいって話じゃない!)
私は熱くなっている耳をおさえて、彼を睨む。彼は自分の唇をいやらしく舐めた。
「デートだけで、我慢しようと思ってたんだけどな」
彼はニンマリと笑った。
「……外だから、やなんだ? えっちだなぁ……」
ゾッとするほど色っぽい声だ。
口を戦慄かせていると、彼はゴクリと唾を飲んだ。彼の目が据わり、まるで捕食者だ。
「選ぶ権利はみどりにあげる」
彼が小さく口を開く。
白い前歯、赤い舌が、怪しく私を誘う。
「俺と、したいだろ?」
彼は目を細めて、うっそりと、色っぽく笑う。
(こんな顔、……ずるい、……)
彼は私の手を取って、親指にキスをすると、舌先を出して、見せつけるように私の指を舐める。彼の前歯が私の爪をかじってしまう。
「し、き……」
ゾワゾワと寒気が走り、目が潤んで視界が歪む。彼の色気に耐えられず、膝が震えて出した。誘われるままに彼に顔を寄せ、なんとか彼の頬にキスをする。
「も、……だめ、……お願い、……ゆるして……」
絞り出せたのは、泣き声だった。
ゴクリと紫貴が唾を飲む。彼の目は欲を孕んでいた。その目で見られるだけで頭の中で火花が咲く。
「……、欲しい……」
彼は低い声でつぶやき、しかし、深くため息をついた。
「泣かないで、……いじめすぎたね」
そうして、その顔はもういつもの穏やかな顔だ。
(また気遣い……もう、そういうところ……)
だから背伸びをして唇を奪った。前歯が当たる。でも三年ぶりのキスで、痛みなんかわからない。彼の下唇を軽く食んで、それから離れる。
彼が目を丸くして、私を見下ろしている。
「世界なんていらない、安全なんか知らない……危なくてもいい、怖くてもいい、死んだっていい、……紫貴と、したいよ」
彼の目が一瞬で色を変えた。
肩を掴まれたと思ったら姫抱きにされ、あっという間に紫貴は目の前にあったホテルに私を連れ込んだ。ホテルマンは紫貴のことを知っていたのか手続きもなく、流れるように最上階の部屋に案内される。
紫貴はホテルマンに札束のチップを渡すと、ホテルマンが部屋から出るのも待たずに、私のコートをひん剥いて私をベッドに放り投げる。
「ア、荷物……」
「後で届けさせる」
彼は白い服を乱暴に脱ぎながら、私を組み敷いてしまう。
「待って、ホテルの人が……」
「みどり、意地悪しないで」
ホテルマンが親指をたてて部屋から出ていくのが視界の隅に見えたとき、彼の手が私の頬をおさえた。
「俺に集中」
「ア、ウン……」
「気のない返事だな? 余裕じゃん」
そんなことないと否定する前に、彼が私にキスをした。
◆
キスの先にあるものが気持ちいいと身体が思い出して、勝手にとろけてしまう。彼の唇が離れた時には、私の身体は緊張をなくし、彼の下に横たわっていた。
「紫貴……キス……」
「フフ、わかった」
紫貴が服の上から私のお腹を優しく撫でると、熱い息を吐く。彼の頭を引き寄せてもう一度キスを強請れば、彼は嬉しそうにまた私の唇を舐めてくれる。
(なんでこんなに気持ちいいんだろう)
夢中になって彼の舌を追いかけている間に、気がついたらシャツのボタンはすべて外されていて、ブラのホックまで取られてしまっている。彼の器用な手がシャツの下、背筋を撫であげるだけで、猫みたいに腰を反ってしまう。
「ん、ふぁ……」
彼の手がデニムの上からお尻を撫でる。タイトなデザインとは言え厚い生地の上からじゃ、彼の手の温度がわからない。
(遠い……やだ……)
私は左手でデニムのボタンを外し、自分で下着ごと腿の下までずらした。すると、彼の意地悪な唇が私の唇から離れて、ニンマリと笑顔を浮かべる。
「……余裕そうだね、みどり」
「意地悪言わないで……触ってよ」
彼の手がお尻を撫でてくれる。その冷たさが私の記憶をまざまざと蘇らせていく。口から勝手に熱い吐息がこぼれた。
「ハ、……気持ちいいの。もっと触って……」
「みどり、お尻好きだもんね」
「そうなの……?」
彼の手がお尻をなぞるだけで、お腹の奥が飢えていく。
「知らなかったの? 俺が好きだから、君も好きになったんだよ。胸もお尻も、背中も首も……」
「ァ、……嘘、……」
たしかに彼の身体が触れるだけで、どこも気持ちがいい。
いつもは私の意思のままに動く肉に過ぎない身体が、彼に触れられるだけで違うものになってしまっていた。この三年の空白が嘘のように、私の身体は彼のためだけに女となって、開かれていく。
「かわいい、みどり」
彼の指がお尻にまでこぼれた私の蜜をすくって、広げてしまう。
(嘘、嘘……もうこんなに濡れてるの……)
恥ずかしさすら気持ちよくて、勝手に声が漏れる。自分の声が媚びていることに、また気持ちよくなってしまう。
彼の唇が私の耳に触れる。
「俺が君をこうしたんだ。……思い出した?」
悔しいぐらいに、彼は私の身体を知りつくしていた。
「……ずるいわ」
「何が?」
「上手くてずるいっ」
「アハハ、まだこれからでしょ」
彼は笑いながら私のデニムを足から引き抜いてくれた。そのまま彼は私の足を取り、足の甲にキスなんかしてくれる。
「みどりは騎乗位を習ったって聞いたよ?」
「いつの話してるのよ……忘れて、そんなの」
「忘れられないよ。それだけを楽しみにこの三年、仕事してたんだから」
「何言ってるのよ、馬鹿な人ね……」
そんな風にふざけながら、彼は足の甲から足首、ふくらはぎ、太ももと、親愛のキスを落としていく。足の付根を甘く噛んでから、彼は私を見上げて笑った。
「それで、俺のセックスは犬みたいだったけ?」
「それは私が言ったわけじゃ……ちょっと!」
しかし彼は私の両足を広げて、本当に犬のようにしゃぶりついてきた。まさかいきなりそんなことをしてくるとは思っておらず、抵抗が遅れてしまった。
(嘘でしょ! シャワーも浴びてないのに!)
彼の口が期待に濡れている私の柔らかな肉ごと内側の粘膜まで吸い上げてしまう。彼の平たい舌が入り込めば、待ち望んでいた私の身体が勝手に彼を奥へ奥へと誘ってしまう。
「あっ、紫貴、しきぃ、だ、あん! いあ、あ、あ、う……あ、んんっ……」
止めないといけないとわかっているのに、子宮にまで直に響くような性感に、止める言葉の代わりに意味のない喃語になってしまった。そうなればもう彼の独壇場だ。抵抗する気を失った私の足を押さえるのを止め、彼の指まで入り込む。私すら知らない私の中を彼の指は迷わずに進み、私の弱いところをくすぐってしまう。
「あぁっ、それ、だめぇ、気持ちいいからぁっ……」
「……だめじゃないでしょ?」
彼の舌が引き抜かれ、代わりに節ばった指が更に奥に入っていく。私の体の内側は、全て彼に触れられたがっていた。だから熱く濡れて、こぼれて、開いて、下りてしまう。彼の指はそんな私の飢えきった身体を満たすために、淫靡な音を立てながらかき混ぜてしまう。
「みどり、イッて?」
「やっ、や、私だけ、や、あぁん!」
もうとっくに限界だけど、それでも自分だけなんてと首を横に振るが、彼の指はそんな私を咎めるように追い詰める。それどころか赤く尖った陰核まで親指で撫でられてしまう。処理できない気持ちよさに、私は枕を後ろ手でつかみ、後頭部をこすりつけながら、甲高く喘ぐしかできない。
「みどり、我慢しないで」
「だってぇ……ひあっ、こんなすぐ、やっ、あぁ……ひかないで……嫌わないでっ」
「……フフ、犬に言うこと?」
彼の舌が必死に耐えていた陰核に触れる。見ると、彼は上目遣いで私をじっと見ていた。彼の目が孕む甘い愛情と激しい欲が、私を追い詰める。
(こんな……もぅ、ああ、うそ、だめ、……)
彼の作り出す大波に、私に術はなく、一気に高みにまで押し流されてしまう。
「イッ――――――!」
堪えようがなく、あっという間に達してしまった。
「ァ、……あ、……」
チカチカと頭の中で火花が散り、全身がガクガクと震える。はあ、はあ、と荒い息を吐きながらベッドに体を預ける。
「ハ、可愛い声……」
彼が私の中から指を抜くと、余韻に震えている入口にまたキスをした。それどころかペロペロと犬のように舐め始める。
「ひゃっ……やめっ、あっ! 紫貴っ、もうだめ! 粘膜を舐めないの、わんちゃん!」
「フハッ! 粘膜って……こんなところで笑わせないでよ」
「あなたがいきなりっひゃぅ……もう!」
まだ気持ちよさに震えている私の太ももを噛んでから、彼が隣まで上ってきた。隣に転がった彼を睨むと、彼は不思議そうに首まで傾げる。
「なあに? 俺は君が嫌がること、したことある?」
言外に、本気で嫌がってないでしょう、と言われ、自分のはしたなさが恥ずかしくなる。だから、照れ隠しに彼を睨む。
「薬漬けにはしたでしょ」
「……それは忘れてくれ」
「む、無茶……」
私のライフイベントランキングを作るとしたら間違いなく上位に入ってくる大事件だというのに、彼は悲しそうに眉を下げる。そんな顔をされたらこちらも悲しくなってしまう。
(ずるいなぁ……)
悲しそうな眉にキスをして、彼の頭を抱きしめる。私の胸の間にうずまった彼の顔は驚いていた。
「わかった、忘れてあげる」
彼は瞬きをした後、微笑んだ。
「何言ってるんだ。あんなひどいこと許しちゃだめだよ。死ぬまで怒らないと駄目」
「何よそれ!」
無茶苦茶な言い様にお腹から笑ってしまった。彼も私につられたのか、私の胸の間でケラケラ笑う。その吐息がくすぐったくて、また笑えてしまう。
「フフフ、あぁ、だめだ、なんでこんなおかしいんだ……みどりだなぁ……」
「何よ、それ、フフフ……私のせいなの?」
「ウン、みどりがいるとさ、おかしいんだ、……フフ、あァ、本当に、……」
彼が両手で私の頬を包んだ。彼の指に触れて、自分が泣いていたと気がついた。
「君がいるからこんなに笑える。君が俺を人にしてくれたんだ。……、みどり、ありがとう」
彼が私を呼ぶと、私は世界で一番美しいものになったようにさえ思える。彼の頬を両手で包み、キスをすると、それだけで心が満たされる。
「紫貴」
でも、それだけじゃ満たされないのが人間だ。私は彼の身体に足を絡め、引き寄せた。
「恥ずかしいこと言ってないで早く抱いてよ、ダーリン。お腹すいたわ」
「フフ、わかった。俺も腹ペコだ」
私達は笑いながらようやく三年間の空腹を癒やした。
□
「みどり、水飲む?」
「ウン、ちょうだい」
「水飲んだら、またする?」
「だめ。休みます」
「わかった。休んだらまたしよう」
「だめだってば……あなた、体力どうなってるのよ……」
彼から差し出された水を飲み、息を吐く。
(……それにしても、……すごかった……私、あんな体勢できるのね)
終わった今もふわふわと気持ちがよくて、幸せだ。体を倒して裸のまま彼と向き合い、汗ばむ彼の肌を指先で撫でる。
「くすぐったいよ、なあに」
「タトゥー、新しいのはいれてないのね」
「忙しかったからね。メンテナンスもしてないんだよな……色消えてるのあるかな?」
「無いと思うけど……背中見せて」
「ン」
彼がゴロンと転がって背中を見せてくれる。彼の背中の天使と悪魔の両翼は記憶の通りに綺麗だった。大好きなうなじに口づけると、彼はビクリと揺れた。
振り向いた彼はジトーとした目つきだ。
「休みは終わりでいいのかな?」
「だあめ。もう終わり。明日から仕事びっしり入ってるし、忙しいの。シャワー浴びたらホテル帰ります」
「ヤリ逃げにするのか、酷い女だな」
「ンフフ」
ふざけながら抱きしめ合う。明日からのことを考えると、もうホテルに戻らないといけない。だけどまだ動きたくなくて、彼の腕を枕に息をつく。
彼が私の髪をかきあげて、頬を撫でてくれた。気持ちよくて目を閉じると、コツンと彼が額を当ててきた。
「俺の家、来たら?」
「……その場合、私達の関係ってどうなるの」
「そうだな……みどりが俺の国にいるとき限定の彼氏かな……便利だよ? 衣食住提供するし、三大欲求きっちり満たしてあげるし、仕事も応援するし……」
彼が眉を下げて「どう?」と聞いてくる。大きなわんちゃんみたいだ。
「現地妻みたい」
「笑うなよ。本気だ。……せめて、この国にいるときは側にいて。他の国のことは、……諦めるから」
彼の頬を両手で包み、目を合わせる。
「嘘も隠し事もやめて。ちゃんと、全部、話して。欲しいもの全部、ちゃんと言って」
彼は私の手に手を重ねて、深く息を吸った。
「……親父の後を継いで、よくわかった。この仕事は……終わりがない。安全なんかない。マフィアという名でなくしても、法で裁ける罪でないものにしても……この仕事は恨まれて、憎まれる。……それでも、俺の国にはまだ必要な仕事だ。だから、俺はきっと死ぬまでこの仕事をする……そして最後は、ひどい死に方をする」
彼の声が震えていた。いつかの告白のように、彼は自分を痛めながら私に心を晒してくれる。
「なのに、……死ぬそのときまで、君と共に生きることを、許されたいんだ。君の人生、全部、無駄にして……後悔させる……それでもいいって……それでも俺の彼女になるって、君に言ってほしいんだ……」
彼の声は、そんな事は許されないとわかっている罪人のようだった。でも、彼は神に赦しを乞うているのではない。彼の灰色の瞳に私だけが映っている。
「……これが、俺の欲しいもの、全部、……ひどい話だろ……」
きっと彼が言う通り、ひどい話だ。きっと他の普通の男性が女性にする告白とは何もかもが違うだろう。でも、私は嬉しかった。
(やっと、彼の人生を任せてもらえた)
泣きたくなるぐらいだ。こんなに嬉しいことは他にない。
「ね、私をあなたの彼女にしてくれる?」
彼の目尻から涙が溢れた。
「……駄目だ……」
彼が首を横に振り、私の手から逃げようとする。だから彼の涙をキスで拭う。それでも、ボロボロと彼の涙がこぼれていく。何度も彼の頬にキスをしてから、彼の口にキスをする。
「逃げないで」
私の手首を握って泣く彼に、もう一度キスをした。
「……駄目だ、みどり。こんなの、許しちゃ駄目だ……」
「駄目よ、紫貴。もうあなたは私のもの。絶対手放してあげない。どんなにボロボロになっても、どんなに汚くなっても、……死んだって、私のものよ」
わざと怖い声を出して脅してみる。彼は泣きながら、息をつく。その吐息に笑いが滲んでいた
「……最高だな」
彼は涙を落としながらも幸せそうで、私の胸もじんわりと温かくなる。そっと引き寄せると、彼は私の胸に飛び込んで、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。
「ありがとう、みどり。めちゃくちゃ長生きする……」
「……あなた……図太いわね……」
悲痛に泣いたのがもう嘘みたいに、彼は笑った。
「当たり前だろ、俺はゴットファーザーだよ?」
「ふうん。じゃあゴットファーザーの彼女になった私にご要望はないのかしら?」
ふざける彼にふざけてそう聞けば、意外にも彼はハっとした様子で顔を上げた。
「俺の彼女なんだから他の男に触られないでね? デートに誘われても断ってね。二人きりの食事なんて絶対にやめて。都合をつけるからみどりの誕生日は俺に祝わせて。あと、……いきなりいなくなったりしないで。先に言って。ちゃんと見送るから。それから……」
「ンフフ、はいはい」
急に始まった長い要望に笑うと、彼はへにゃりと力の抜けた笑顔を浮かべる。
「クリスマスは一緒にいて」
「クリスマスは無理よ、稼ぎ時だもん」
「ハァ!? 彼女なのに!?」
「我慢して。その代わり、夏休みは必ず一緒にいましょう」
「……夏か」
彼が私の髪をかきあげて、頬に触れた。
「夏に一緒に過ごすの楽しみだ」
「……そうだね、夏も黒い服なの?」
「クク、どうかな。みどりの好みにして」
「今の格好が一番好きよ」
裸の彼は目を丸くしてから、歯を見せて笑った。
「えっち」
「素敵な彼女でしょ?」
「……ウン、大事にする。今度こそ、……大事にするよ」
彼が私を抱きしめてくれる。素足を絡めて、視線を合わせて、ぴったりと寄り添う。彼の温度、匂い、肌のふれあい、全てが愛おしかった。
「……一つだけ、お願い。親に挨拶してくれる? 一応ね、『日本文化』なの」
「挨拶すればいいの? こんにちはってこと?」
「ウウン、私の両親に『娘さんをください』って言って。『日本文化』だから」
「わかった。すぐに予定をつける」
彼は日本語は話せても『日本文化』はよくわかっていないから、素直に頷いた。なので嘘を続ける。
「そしたら『日本文化』として、お父さんにちゃぶ台をひっくり返されるのよ」
「ウン? ちゃぶ台って?」
「エ、んんと、ダイニングテーブルのことかな。小さめの……こう、背の低い感じの。とにかくそれを『お前に娘をやれるかー!』って叫ばれながら投げつけられるのね?」
「へ? 日本文化、すごいな……避けたらいい? キャッチした方がいい? どっちが文化的に気に入ってもらえる?」
「思い切り当たって。程々に怪我して」
「……わかった。顔面で受け止めて脳震盪起こすね」
彼は本気の顔をしていたから、私は笑いを噛み殺す。
「……で、起きたらもう一回挨拶するの」
「娘さんをくださいって?」
「そう。そしたらまた、ちゃぶ台投げられるの。そしたら?」
「俺は顔面で受け止めるんだね?」
「ウン……それで、お父さんが許してくれるまで挨拶するの。できる?」
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彼は悲痛な覚悟を決めた上で、頷いてくれた。
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「他に、……みどりは彼氏にしてほしいことある?」
彼の胸に額をつけて、息をする。
「……おかえりって言って、キスして」
彼は目に涙をためて、幸せそうに笑った。
「おかえり、みどり」
彼のキスは天使のように優しい。
「ただいま、紫貴」
これでいいと確信できるキスだった。
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