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第三話 恋
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CHAPTER 03 SWEETHEART
次の日、アランが目を覚ますとアランの体はクリーチャーの触手に包まれたままだった。アランはくしゃみをしてから上体を起こし、ネチャリ、と音を立てながら触手から抜け出す。
アランの足元にはおぞましく恐ろしいクリーチャーが蠢いている。
アランはそれを見て『とてもよく眠った』とまず思った。
触手の寝心地はさながらウォーターベッドのようだった。匂いはたしかによくないが、そんなことが気にならないぐらいには柔らかくあたたかいベッドだったのだ。だからアランは『感謝の意をこめて』その触手を撫でる。
「ありがとう、よく眠れました」
クリーチャーは眠っているらしく、そのすべての目は閉じて、その大きな口もギュと閉じられていた。ヒューヒューという呼吸のような音は触手一本一本から聞こえ、どうやらその触手は呼吸もすることができるようだ。
眠ったことで思考力の戻ったアランはそんな作りからして人智の及ばないクリーチャーを見て、しかし『寝顔もかわいい』などと考えていた。積み重なった疲労というものは一晩の睡眠では取りきれないものだ。
アランは、そのクリーチャーの頭部を撫でて、それから母が子どもにするような優しいキスを頬にした(といってもそのクリーチャーの頭部には鼻も口もないし、頬らしいところも頬なのかはわからないのだが)。
「……かわいい」
アランは人生で一度も恋人がいたことがなかった。一度もこんな風に誰かの隣で目覚めたことがなかった。だからかアランには、キスをしても眠り続けるそのクリーチャーがとても愛らしく思えた。かわいくてかわいくて仕方がない、とさえ思えた(何度も言うが彼は寝起きで、そうしてやはり疲れていた)。
彼は小鳥のように親愛のキスをクリーチャーの無数の目蓋一つ一つに落としてから、『コーヒーを淹れよう』と思い立った。彼が見たトレンディードラマでは、男は朝、彼女のためにコーヒーを淹れ、オムレツを焼き、キスをするものだからだ。
だから彼はいそいそと音を立てないように動き、軽くシャワーを浴び、下着だけ履くと、そんなテレビの中でしか通用しないことをし始めた。アランがそうしていると、匂いにつられたのかクリーチャーもまた、テレビの中でしか通用しないようなタイミングで目を覚ました。--つまりちょうど朝食が用意されたタイミングで、ヒロインのように微睡みから目を覚ましたのだ。
クリーチャーは玄関に自分一人(この生き物を一人と数えるべきなのかは甚だ疑問ではあるが)しかいないことに気がつくと、グチャグチャと触手を蠢かせた。
「……、……アラン?」
クリーチャーの低い声に、キッチンにいたアランは嬉しくなり、少し飛び跳ねた。
「エラ? 起きましたか?」
クリーチャーもまた、アランの声にすべての触手を震わせ、すべての節足で自分の体を抱き締め、すべての目でキッチンの方を見た。
「起きた……どこ?」
「こちらです、コーヒーとオムレツを……あなたのために作っていたんですよ。今持っていきますよ」
「……うん」
クリーチャーはこのとき、とても困っていた。
次の日、アランが目を覚ますとアランの体はクリーチャーの触手に包まれたままだった。アランはくしゃみをしてから上体を起こし、ネチャリ、と音を立てながら触手から抜け出す。
アランの足元にはおぞましく恐ろしいクリーチャーが蠢いている。
アランはそれを見て『とてもよく眠った』とまず思った。
触手の寝心地はさながらウォーターベッドのようだった。匂いはたしかによくないが、そんなことが気にならないぐらいには柔らかくあたたかいベッドだったのだ。だからアランは『感謝の意をこめて』その触手を撫でる。
「ありがとう、よく眠れました」
クリーチャーは眠っているらしく、そのすべての目は閉じて、その大きな口もギュと閉じられていた。ヒューヒューという呼吸のような音は触手一本一本から聞こえ、どうやらその触手は呼吸もすることができるようだ。
眠ったことで思考力の戻ったアランはそんな作りからして人智の及ばないクリーチャーを見て、しかし『寝顔もかわいい』などと考えていた。積み重なった疲労というものは一晩の睡眠では取りきれないものだ。
アランは、そのクリーチャーの頭部を撫でて、それから母が子どもにするような優しいキスを頬にした(といってもそのクリーチャーの頭部には鼻も口もないし、頬らしいところも頬なのかはわからないのだが)。
「……かわいい」
アランは人生で一度も恋人がいたことがなかった。一度もこんな風に誰かの隣で目覚めたことがなかった。だからかアランには、キスをしても眠り続けるそのクリーチャーがとても愛らしく思えた。かわいくてかわいくて仕方がない、とさえ思えた(何度も言うが彼は寝起きで、そうしてやはり疲れていた)。
彼は小鳥のように親愛のキスをクリーチャーの無数の目蓋一つ一つに落としてから、『コーヒーを淹れよう』と思い立った。彼が見たトレンディードラマでは、男は朝、彼女のためにコーヒーを淹れ、オムレツを焼き、キスをするものだからだ。
だから彼はいそいそと音を立てないように動き、軽くシャワーを浴び、下着だけ履くと、そんなテレビの中でしか通用しないことをし始めた。アランがそうしていると、匂いにつられたのかクリーチャーもまた、テレビの中でしか通用しないようなタイミングで目を覚ました。--つまりちょうど朝食が用意されたタイミングで、ヒロインのように微睡みから目を覚ましたのだ。
クリーチャーは玄関に自分一人(この生き物を一人と数えるべきなのかは甚だ疑問ではあるが)しかいないことに気がつくと、グチャグチャと触手を蠢かせた。
「……、……アラン?」
クリーチャーの低い声に、キッチンにいたアランは嬉しくなり、少し飛び跳ねた。
「エラ? 起きましたか?」
クリーチャーもまた、アランの声にすべての触手を震わせ、すべての節足で自分の体を抱き締め、すべての目でキッチンの方を見た。
「起きた……どこ?」
「こちらです、コーヒーとオムレツを……あなたのために作っていたんですよ。今持っていきますよ」
「……うん」
クリーチャーはこのとき、とても困っていた。
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