マイ・ラブリー・プリンセス

木村

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第二話 名

03

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 先に口を開いたのはアランだ。

「六秒」
「……六秒?」
「六秒見つめあったら、それはもう恋だそうです」

 これはハイスクール時代に彼をからかった女性が笑いながら告げたもので、よい意味はなかった(そのときアランは彼女に踏みつけられ、つぶれた虫と目を合わせされられていたのだから)。

 しかしかといって、アランはこの言葉をからかいのつもりで言ったわけではなかった。アランも他者と長く目を合わせたのが初めてで、だからこそ、ふとそんなことを思い出しただけだ。そこに深い意図はなかった。

 しかしクリーチャーはそうは思わなかった。

 グチャグチャと触手を動かして、アランの体をクチャクチャと撫でる。アランは自分の柔いところにまで入ってきた触手に、さすがに「くすぐったいですよ」と微笑む。クリーチャーはそんなアランの態度にさらにグチャグチャと触手を蠢かせた。

 その動作は人でいうところの『照れ』のようにアランには思えて、やはりかわいく見えた。

 クリーチャーはアランが穏やかに微笑むものだから、さらに動揺した。クリーチャーは恐る恐る、といったように、その大きな口を開く。

「……お前、は、……怖がらない。何故? ……恋だから?」

 その地を這うようなおぞましく忌まわしい声は、しかし、期待に満ちているようだった。ギョロギョロとその目がアランをとらえる。グチャグチャと触手がアランの体を絞めていく。その大きな口からのびた紫の舌がアランの足先をなめる。--まるで、味見をするように。

「恋なら、食べない。恋を食べる、と、……腹壊す、……らしい、から、……。でも、……そうじゃないなら、食べる。……だから、……お前、……食べる……」
「アランですよ」

 アランはクリーチャーに舐められてもものともせず、クスクスと笑った。

「俺のことはアランと呼んで」
「…………お前、食べられる、だろ?」
「恋はお腹を壊すのに?」
「恋なのか!」

 その恐ろしい声は部屋中のガラスを震わせ、そうして、アランを笑わせた。

「エラ」

 今更になるがアランはこの日とても疲れていたし寝ていなかった。彼の体力も思考力も限界だったのだ。

 アランはくったりと触手に体を預け、目の前の大量の複眼のついた化け物の頭部を見て、微笑んだ。

「俺を呼んで……他のからかいの言葉じゃなく、俺の名前で、……」

 その呼び掛けにクリーチャーは身もだえした後、「アラン」と頷いた。

 その反応を見て、アランはまた『かわいい』と思った。そうしてその思考を最後に彼は眠りについた。何故なら彼は疲れていて、触手はとてもあたたかく柔らかかったからだ。
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