神様に嫁入りするつもりはございません

木村

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Theme:懇親会のご案内

閑話 人間には程遠い(ヤト視点)

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□ヤト視点

 花の設営を終え六花をヘアメイクに送り出した際に、花房が不思議そうに私を見上げた。

「ヘアメイクを頼まれたんですね?」
「お前が着飾れと言ったんだろう」

 花房が『あ』と言わんばかりの顔をした(こいつはわざとらしくこういう顔をするようになった。恐らくは三嘴からの指示だろう。『警戒心を解くように、関わりやすい人間を装え』と。そのせいで、六花が心は開き始めている。口では警戒しているとは言ってくれるが、もう友人のように思っていることだろう。甚だ腹立たしいことだ。そうやって心を開かせてから見捨てる統治者の方がよほど残酷であることを自覚してやっているのだろうか。やっていないだろうか、この楽観主義者どもは……)。私はわざとらしく『あ”?』という顔を返してやった。

「あ。はい。言いました。私が確かに言いました……」
「まさかドレスコードがないとは言わないよな?」

 花房は「あ、でも」と、その後どう考えても言い訳しか出てこない言葉を吐いた。
 なので、一旦吊るした。

「うわああああっ!?」
「お前は優秀な人間だ。逆さ吊りの人間がどれほど保つか、知っているな?」

 髪の一部を影にして花房の足を掴み、持ち上げ、逆さのまま目を合わせる。

「すごい怒ってる!? ど、どうして!?」
「六花が場違いになるのを楽しみたいということであればいい趣味だ」
「あ、五十嵐さんを巻き込んだからの怒りですか!? 違いますよ! あの、島の方の世界の代表の方が騎士団なんですよ!」
「騎士団?」
「だから礼服でいらっしゃるんです! 騎士団の礼服に合わせるなら、こちらも一等級の正装じゃないと釣り合いません! だから間違ってないです! ただ一般人に正装用意は厳しいのでドレスコードを用意しなかっただけで……!」

 たしかに、六花とのデートで見た際、礼服と呼ばれる類のものはかなり高額だった。普段着とは桁が異なるうえに、オートクチュールとなれば時間も要するものだ(そのせいで六花に最善のものを用意できなかった。悔やまれる。次の機会のために作り出しておきたいが、着る機会がないと六花は『もったいないよ!』と騒ぐだろう。六花に喜んでもらうためには機会を待たねばならない。ああ、本当に腹立たしい。懇親会をやるならやるでもっと早く言えばいいものを……やはりこのまま吊るして足首腐らせてやろうか……)。

「今回はたくさんの人に来てもらうことが最優先だったので! でもお二人が浮くことは絶対にないです! 騎士団もですけど、タマキさん達もすごいので……!」

 嫌な予感がした。

「……まさかあいつが来てるのか……?」
「あいつ!?」
「衣装係だ」
「あ、はい! いらっしゃってますよ、ツキナルさんですよね!?」

 最悪だ。
 タマキの周りの奴らが次から次へと集まり始めている。ということは六花が災厄に襲われる可能性が高まるということだ。どうにかして門を閉じて向こうの世界との関わりを切れないものだろうか(向こうの世界に置いてきたものは全部断捨離したいものだ……いや、惜しむことはたくさんあるにはあるが……しかし、向こうの生物は六花にとって脅威が過ぎる)。いや、どうにかして、ではない。必ずだ。タマキにこちらの滞在を断られたら、半殺しにしてなんとかあいつだけ送り返して、門を閉じねばならない。

(ある程度の争いは避けられないだろう)

 そう考えると、あいつの側近がこちらに集まるのは面倒だ。懇親会など、こちらに来る都合を与えて、とことん厄介なことばかりしてくれる……そう考えながら、冷や汗をかいている花房のシャツのボタンを外し、首を晒す。

「すいません、もう気持ち悪くなってきているんですけど……!」
「お前の心臓なら一日は保つ。その後、臓腑は使い物にならないだろうがな」

 爪で頸動脈をつまむと、ぎゅ、と彼は唾を飲んだ。

「いよいよ血がたまってきたらここから抜いてやる」
「死にます! それはさすがに死にます!」
「寿命は二秒伸びる」
「それは伸びたって言いませんっ……!」

 しばらくこのまま遊んでやろうかと考えていたら「何やってるんですかー!!!」と後ろから飛びつかれた。

「誰だったか……」
「折部です!」
「折部……ああ、そうか、いたな……ああ、面倒くさい。どうして六花の前に現れるんだ? 六花は知り合いが死んだら悲しむ、本当に優しい人なんだぞ? 何故いつ死ぬか分からないのに知り合うんだ……」

 花房を床に下ろし(落とし、ともいう)、腰にしがみついている、その新しいM機関の人間の首根っこを掴んで持ち上げる。

「しかも女だ」
「女だと何か問題が!? 花房先輩にひどいことしないでください!」
「女だと六花がより同情する……」

 そして姦しい。女を下ろし、頭痛いと呻いている花房の傍にしゃがみ、その首の後ろに触れる。

「うえっ」
「大人しくしていろ。人間の身体は不安定で複雑なんだ。うっかりすると殺す」
「吊るしておいて……、……あれ、気持ち悪さが取れた……え、ツボ押しまでマスターされている……!?」
「はぁ……」

 ため息を吐き、立ち上がる。

「……要するに、どちらの世界も重鎮が来るのか」
「あ、……ええ、そうです」
「ならば、やはり、門を開けたのはどの世界のものであれ、代表の意見ではない。第三者がいるな……」

 花房が瞬時に腰を上げ、私を見上げる。その目には『警戒』がある。

(六花にもこの警戒心を持ってもらいたいようにも思うし、それがないからこそ、六花らしいようにも……)

 前髪を指でかきあげ、装いを変える。六花の前でははしゃいでみせた花房は、今はただ、出会ったときのように無表情で警戒を顕にしたまま、私を見ている。

「どこの誰だか知らないが、面白いことをしてくれた。おかげで私は六花に出逢えたのだ。礼を言わねばなるまい」
「……まだ、何も分かっていない状態です。どちらかの代表者が嘘をついている可能性もありますし、第三者がいたとして、その目的は分かりません」
「はっきり言ったらどうだ。『私が嘘をついているのではないか』。お前はもともと、何故私がこの世界に来たのかを疑っている」
「……私は」

 花房は、何故かそこで言葉をとめ、眉を下げ、微笑んだ。

「私はヤトさんのこと信じてますよ。立場上、絶対だめなんですけど、貴方のことを信じています」

 汗から、嘘の匂いがしない。

「五十嵐さんといる以上、貴方はこの世界を愛さなきゃならない。私たちと立場は違えど、心持ちは同じだ。貴方に話しちゃいけないって言われていることもあるんですけど、でも、『俺』は貴方に全部話したっていいと思っているんです。だって、同じ機関で働いている仲間じゃないですか」

 目の奥で、何かが痛む。
 ――これは動揺だ。

「だから、今日は来ていただいて嬉しいですよ。こちらの世界の正装で来ていただけるなんて、こんなに嬉しいことはない。貴方がここにいることを、俺は歓迎しています」

 この男を信用してはいけない。
 この男、――ひいてはM機関の目的はこの事態の収束だ。収束に伴う被害の大きさは、彼らにとって最重要で考慮される事項ではない。だから――なのに、目の前で立ち上がり、こちらを見ているこの男は何だろうか。
 異世界から来た『事態の象徴』のような私に対して、友人のように振舞う。
 でも、この男は、嘘を吐いていないのだ。
 
「……気色悪い」
「辛らつ過ぎません!?」

 手を伸ばし、彼の頬を軽く叩く。

「それで結局、設営はこれでいいのか?」
「あ、そうでした。折部、どうだった?」
「問題ありません。格好良かったですー! ホール中央のアートなんて、もう龍みたいな感じで!」
「花で龍を作られたんですか……!? え……!? 花屋葦船町、思ってないことしますね……!?」

 彼は、くしゃりと笑った。
 その笑顔で無防備で、眉間の奥が痛んだ。


 燕尾服、というものはこちらの世界の正装らしい。私が似合うかで言えば似合っていないのではないかと思うところがある。もっと細身の人間の方が似合うだろうと思わないでもないが、私がこれを着ているときは六花が楽しそうであったし、他者に対して敬意を示せるなら正装をする目的は達成している。
 というのに――だ。

「中途半端どすなァ。なんでそれでええ思われたんどす?」

 懇親会会場に入ろうとしたところで、面倒な奴――タマキの側近であり、勝手に衣装係を名乗っている外交役のツキナルに見つかってしまった。六花に早く会いたいと言うのに、面倒くさすぎる。が、こいつを連れて六花のところに行くのはもっと面倒だ。仕方なく足を止め、「何だ」と返してやる。

「いつものゴミ箱の中のクズみたいな恰好よりはずっとえぇどすけどぉ……」
「燃やすぞ、お前」
「飾り付けが足らんのや」
「はぁ……?」

 本当に燃やしてゴミ箱に捨ておいてやろうかと悩むところだが、懇親会の場だ。一旦話を聞いてやることにすると、ツキナルは帯に挟んでいた扇を抜いた。

「旦那がこっち来てらっしゃるとは聞いとりませんわ」
「告げる仲でもあるまい」
「まぁそれはそうどすけど……タマキ様からも聞いておりまへんでしたさかい、はぁ、旦那がそげな恰好しはるんなら、ちゃんとしたものを用意したかったわぁ」

 ツキナルが扇をひらひらと動かすと、ツキナルの術が働きだす。
 この男は扇一つで亜空間を作り出すことができる、今現存している術師の中ではかなり有能だ。しかし、こいつはその亜空間をすべて服飾で埋めている。ある意味では平和の象徴のような男なのだが……ツキナルは亜空間に手を突っ込むと、じゃらり、と髪飾りを取り出した。

「ほな、つけましょか」
「……いるか、そんなもの?」
「いりますさかい! お口チャックしはれ!」

 む、と口を閉じると、ツキナルは私の髪を梳かし始めた。

「このリボンのお色味はこれがえぇんどす?」
「ああ」
「ほな、これに合わせましょかね」

 ツキナルの信頼できることは、おそらくこの点だけだ。無理をさせることはない、ということだけ。ふと、気が付く。

「お前、チャックなんて言葉を知っているのか?」
「うちは迷い人と交流したことありますさかい、こちらの言葉もよう知っとりますよ」
「ふうん……」
「迷い人はうちらにはない『ファッション』を持っとりますさかい、お衣装係としてはなかようしたいですわ」

 髪が編み込まれながら髪飾りをつけられていく。痛みはない。

(六花も着飾ってほしいと言っていたしな……)

 きっと褒めてくれるだろうと思いながら、目を閉じ、我慢して完成を待つ。

「だからぁ、もしこちらと戦争なんぞしはるのなら、旦那が止めてくれたらいいわ、思います」

 目を開ける。

「……過去に何度もやった。状況が改善した試しがない。虐殺を止めてみても、虐殺は続くしな……」
「過去何度やっても未来じゃまだ一度も試してへんやろ?」

 リボンが結ばれ、ツキナルは正面に回ってきた。その手には紅があった。

「挑戦せな。老けますよ、旦那」

 目の下に、戦化粧のように紅を塗られる。不愉快な感触ではあったが、文句を言うには、言われた言葉が辛らつだった。

「ほな、うちはこれで。タマキ様のお支度をお手伝いせな」
「……タマキには俺が来ていることは言わなくていい。どうせ後で会う」
「承知いたしました。失礼いたしますぅ」

 うさんくさすぎる笑顔と、見ているだけで苛つくお辞儀をしてツキナルは去っていった。その背中を見送ってから、懇親会会場に向かう。廊下の鏡に映る自分は、ここ二百年はしていない程度には着飾っているようだ。

(六花に会いたい)

 ほんの二時間だって離れているのが嫌だ。眠っているときだって傍にいてほしい。何億年、この孤独に耐えてきたのに、どうしても、もう耐えられない。懇親会会場の扉を開け、六花を見た。

 ――男に触れそうなほど近く、顔を寄せていた。

 ぶつん、と頭の奥で何か切れる音がした。それが怒りの感情だと気が付いたのは体が闇に溶けた後だった。
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