神様に嫁入りするつもりはございません

木村

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第四話 家族への挨拶に成功はない

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 【堂々】という言葉を体現したようなタマキさんの挨拶に「あ、……はい」と返事をしたら、タマキさんが急に私に距離を詰めてきた。

「おまえ、いい目をしている。夏の空を閉じ込めたような……もっとよく見せろ」
「うわっ!? 何っ!? 触らないで!」

 急に頬を掴まれて、ついびっくりして身を引いてしまった。
 怒らせたかと思ったけれど、タマキさんはまったく体幹がぶれることもなかったし、苛立つ様子すらなく、ただ不思議そうな顔で私を見ている。どう返事をしたらいいのかわからずにいると、彼女はその顔のまま、ヤトを見上げた。
 ヤトはタマキさんの視線に真顔で頷いた。

「今のはタマキが悪い」
「悪い!? 儂が!?」
「急に人に触ることは失礼にあたる」
「し、失礼にあたる……? こんな貧弱な生き物相手に礼節を……?」

 不思議そうな顔のまま、彼女は私に視線を戻した。

「では、聞けばいいか? おまえの目、よく見たい。見せろ」
「嫌です」
「はぁ……!? 断られたのだが……!?」

 タマキさんは心底驚いた様子だったが、ヤトは真顔で頷いた。

「断られることもある」
「何故儂が断られるのだ。どう見ても儂の方が強い」
「この世界は法治国家だからだ。力がすべてではない」
「ほーちこっか……?」
「そんなことより、距離が近い。『三歩下がれ』」

 ヤトの言葉に、どういうわけか周りにいた数人が三歩下がった。タマキさんは全く動かなかったが、タマキさんについてきていたイケメンもものすごい嫌そうな顔で三歩下がってしまった。
 ヤトはその様子を見ると眉間に皺をよせ、タマキさんも同じような顔をした。

「すまん、……力を使ったつもりはなかったのだが……」
「無意識でこれか? お前、この世界にいた方が強いのではないか?」
「……如何せん今回の現象は分からないことが多すぎる……だが、世界も力もどうだっていい。今の私にとって重要なのは『彼女』だ」

 ヤトが私の隣に立つと、手を差し出してきた。その大きな手を取ると、またヤトの腕に導いてもらえた。だからヤトの腕を掴んで前を向けば、タマキさんの、きらっきらの、そりゃもうきらきっらの目と目が合った。――しかもかなりの至近距離で。

「これがショバツの番か! か弱そうだが、しかし目がいい!」

 鼻がかすりそうなほど近くにいたタマキさんの額をヤトがつかんで引き剥がしてくれた。

「だから詰め寄るな。おまえ、どうして私相手だとはしゃぐんだ……」
「はしゃいだりしておらん! おまえが無事でほっとしておるだけよ!」
「それをはしゃいでいると……もういい。……すまない、六花。挨拶だけしてもらえるだろうか」

 急に話を振られた私は、とりあえず、ずっと思っていたことをそのまま口にした。

「二人は付き合ってたことがあるの……?」

 時が止まったかのような錯覚を覚えるほどの、沈黙が、落ちた。



「いいか。儂はこんなクソジジイ相手に番うような過ちは決して犯さない。何故ならクソジジイだからだ。こんなものと番おうなどという趣味の悪い生き物はおまえ以外存在し得ない、どんな世界においてもだ。わかるか? ……こんな侮辱は受けたことがない。歓迎の宴の場でなければ首をはねておるぞ」
「ま、真顔ですごいこと言ってくる……美人の真顔は迫力が違うな……」
「私は番は生涯一人だと説明しただろう……何をとち狂ったらそんなおぞましい……!」
「そんな嫌なこと言ったつもりはなかったんだけど、いてててててっ、力が強いよ!」

 とんでもない沈黙の後、闇モード化したヤトに担ぎ上げられ締められるように抱きしめられた挙句、真っ黒なオーラを出しているタマキさんに詰め寄られる羽目になった。どうしてこうなったんだ。救いを求めて周りを見渡すと、ミハシさんとハナフサさんと目が合った。だがミハシさんは『本当に付き合ってないんですか?』の顔で、ハナフサさんは『私はここにいません』の顔だった(や、役に立たない!)。おろおろと他の人を探すと、ココノエさんたちが見えたが、二人とも『付き合ってない、だと……?』の顔だった(から、見なかったことにした)。
 どうしたものかとさらに周りを見渡すと、タマキさんに付き従っている人と目が合った。
 彼は私を見上げたまま、声を出さずに、ただ、口を動かした。

『あ、ほ、か』

 彼は、はん、と鼻で笑った。

「……下ろしなさい、ヤト!」

 闇モードのヤトを突き飛ばして床に下り、タマキさんを押しのけて、無礼な輩の前に立つ。
 
「あんた、さっきから何なの。初対面で嫌悪感をぶつけられる筋合いないんですけど」

 彼は絶対零度の目で私を見下ろした。

「たかだか人間が……何を勘違いしてこの私に発言をしているのだ?」
「はぁ? どんなときであろうと、どんな立場であろうと、言葉をふるう権利は認められているの。そうじゃなかったら平和は作られない」
「何を馬鹿なことを……力があるものが統治するからこそ平和があるのだ。今なら我が主に対する無礼の数々、貴様の命一つで償わせてやる」
「命……? あんた、今、私の命を脅しに使った?」
「下等生物の命一つ、指先で潰せる命に、脅す価値などあるものか」

 カチン、ときた。

「仮に私が無礼だったとしても謝るのはタマキさんでしょ! あんたじゃない! この、出しゃばりトンチキ顔だけハンサムが!」
「出しゃばりトンチキ……!? もう我慢ならん! 表に出ろ!」

 胸倉をつかみ合う――が、次の瞬間、私はヤトに、そのトンチキはタマキさんに担がれていた。

「やめろ、懇親会だぞ。お前は儂のことになると短気でよくないな」
「六花、落ち着いてくれ。確かにあいつが悪いが、君が怪我をする理由にはならないよ」

 悪いことした猫みたいに首根っこ捕まえれているそいつと、悪いことした狐みたいに小脇に抱えられた私の目が合う。そいつはものすごい嫌な顔をしたが、「申し訳ありません、タマキ様」と謝罪をしたので、私は堂々と中指を立ててやった。

「きっさまっ……!」
「へー、このフィンガーサインはわかるんだー?」
「顔で言いたいことは分かるわ! そこに直れ、首を切り落としてくれる!」
「顔で言いたいことわかるって分かってんだったら、あんたの顔をまず直せ!」

 ぺん、と頭を叩かれた。

「落ち着け、阿呆」

 タマキさんだった。

「阿呆」

 二回も言われた。怒りが消える程度には悲しい(二十歳をこえてからこんな風に叱られるのは普通にへこむ。本当に嫌だ)。

「お前も落ち着け。何を小娘相手にまともにやり合っておるのだ」
「はっ……申し訳ございません……」

 ヤトに下ろされ、自分の足で立つ。ヤトを見ると、真顔だった。

「六花、君は怪我をしたかったのか?」

 声が硬い。これは怒っている。
 言い訳したくなったけれど、振り返ると言い訳はできない程度にはやらかしているので、しぶしぶ頭を下げた。

「……すいません、やり過ぎました」
「すいませんは謝罪の言葉ではない、六花」
「あ」

 チラ、と見上げると、ヤトが真顔だ。

「六花、……わかるね?」

 ヤトにまで怒られた。
 色々言いたいことはあったが、ヤトにまで怒られたので悪いのは私である。仕方なく、同じように床に下ろされたそいつに頭を下げた。

「ごめんなさい。言い過ぎましたし、やり過ぎました」

 しばらく頭を下げても返事がない。どうしようかなと思っていたら、咳払いが聞こえた。

「……いや、……私も大人気ない、……敬意のないことをした。申し訳ない……」

 顔を上げると、頬を赤くし、眉間に皺を寄せて、彼も頭を下げてくれた。意外と素直な人なのかもしれない。
 深呼吸をして、怒りを落ち着かせてから、少し考えて、口を開く。

「……一個聞きたいんだけど」
「何だ?」
「なんで私の事、嫌いなの? 何もしてないのに嫌われるのは悲しいし、嫌だよ。顔が気に食わないとか?」

 彼は顔をしかめて、ヤトを見上げた。

「そもそも私はタマキ様の副官だ。タマキ様に対して無礼千万、傍若無人のふるまいを行う処罰に対して思うことがある。それの番など、印象が良いはずなかろう」
「どういうこと? 私は私。ヤトは関係ないでしょ」

 彼は不思議そうに首を傾げた。上手く伝わってなさそうなので、頭の中で言葉を整理してから口を開く。

「……だからさ、私は私なの。何があろうと、私は五十嵐六花。誰かの何かじゃないのよ」
「どういう意味だ?」
「だから、私はヤトがいようがいまいが、五十嵐六花なの。ヤトは私がいてもいなくてもヤトなのよ。それにあんただってそうでしょ。タマキさんがいてもいなくても、あんたはあんたでしょうよ」
「私はタマキ様のものだ。他の何にもなりはしない。タマキ様なくして、私は此処にいない」
「……ん?」
「おまえと話が通じてる気がしないな……?」

 言っている意味が分からず首を傾げると、彼も私の言っていることが分からなかったのか首を傾げた。お互いに首を傾げ合っていると、するり、と背後から抱きしめられる。甘くて苦い香り、ヤトだ。

「私が六花のものだ。そこを勘違いされては困るな」
「おん!? それはそれで勘違いを呼ぶ発言なんだけど……!」
「ということで、タマキ。私の帰る世界はこちらだ。この六花の手がある場所が私の家。……処罰の任は他に与えろ」

 ヤトがさらりと用件を言い切った瞬間――空気が凍ったのがわかった。

「……なんだと?」

 タマキさんの手から、なんか黒い物が出ている。そして、それがヤトの足にへばりついていた。しかし、ヤトは気にする様子はなく、それを踏みつけた。踏みつけられた瞬間に黒いものが飛散する、が、空気は凍り続けている。

「それはやすやすとは通せぬ話だ、ショバツ」
「この件は押し通す。私は番に出会い、あるべき姿に戻った。他の名で縛ることはできない」
「お前らの種族にとっての番の意味は理解している。それでも、この儂相手に『押し通す』とは……随分と……穏やかではないな」

 タマキさんの額に青筋が立っている。

「愚行と分かっておろう?」

 それこそ、まさに、脅迫に違いなかった。
 けれど、ヤトは静かにタマキさんを見ていた。

「そうだな……、わかってる」

 タマキさんは驚いたようだった。まるで、急に親から見捨てられたかのような、そんな驚き方だ。
 ヤトは深く息を吸い、長く息を吐きだした。

「お前がカタスの統治者として、私の意見を拒否しなければならないのはわかってる。だが、そうなると、私は命を懸けて、お前を殺さねばならん。命を永らえさせることより、どこで使うかの方が遥かに重大な問題だからだ」

 タマキさんの手に力が入る。

「……、本気で言っているのか?」
「争いは、望まぬところから生まれる。いついかなる時代もそうだ。お前が引かぬなら、そうなるだろう。……仕方ないことだ。争いは生き物の文化だからな」

 ヤトが眉を下げて笑う。そのヤトの笑顔にタマキさんも同じように眉を下げて笑った。何かをあきらめるように笑顔を交わす彼らの背後で、タマキさんの副官は覚悟を決めたガンギマリの顔をしているし、ミハシさんとハナフサさんも怖い顔をしているし、なんならココノエさんとユウナギさんは天に祈りを捧げていた。

「私はカタスには戻らない」
「……そうか、では……儂はカタス統治者として命じねばならない……おまえを……」

 とりあえず私は手をあげた。

「今、かなり大事な話をしておるのだが……お前の番は何を考えているのだ」
「六花は何を考えていても世界で一番可愛いのだ、彼女が話す時は黙って聞け」
「ほ? お前、頭悪くなったのではないか?」
「お前ほど悪くなることはない、安心しろ」

 頭いい人たちが失礼なことを話してる気配はしたが、それでも二人とも律儀に私を見てくれたので、口を開く。

「よくわかんないけど、私が引っ越せばいい話?」

 私の意見に、ヤトとタマキさんがきょとんとした。
 
「いやだからさ、私とヤトがカタスってところに引っ越せばよくない?」

 ヤトはきょとんとした顔のままなので、「車で二十分ぐらいでしょ?」と聞くと、彼はよろよろと私の前に歩いてきた。

「……カタスに、引っ越す……といったのか?」
「うん? 何か問題あるの?」
「だ、って、そんな……君のこれまでの人生、全部無駄になる。あちらは何もかも違うんだぞ? 君からしたら野蛮だろうし、娯楽も少ないし、そもそも人間じゃないし……」
「ヤトだってこっちでなんとかやってるし、私はどこにいたって私だよ。だから何も無駄にはならない」
「なんで……そんな……だって……き、みの大事な店は?」
「店は大事だけど、ヤトより大事ではないよ」

 ヤトの目が泳ぎ、潤み、赤くなっていく。その顔をあまり人に見せたくなくて、手を伸ばして抱き寄せる。彼は私の肩に顔をうずめると、「君がそんなことしなくていい」と震える声で言った。

「私のせいで君に苦労なんかかけたくない、君が必要なのは私なんだ……だから、……私がなんとかする、から……そんな事言わないでくれ」
「うん……たしかにね、番がなんでそんなに大事なのか、私にはわかんない。でも、ヤトはもう私を選んだから私のそばにいないとだめでしょ? で、カタスにヤトがいないとタマキさんと揉めるんでしょ?」
「そんなの、全部、私の、都合だ」

 まるでとんでもない罪を犯したみたいに、ヤトが言う。ヤトは何も悪いことはしていないのに。

「大した都合じゃないよ。神社の裏でしょ? 車だったら二十分で往復できる。何なら、こっちの仕事も続けられる」
「違う。そんな簡単には……なぜ繋がってるのかもわからない。行ったらもう、戻れないかもしれないんだぞ……」
「そうだね。でも、今まではヤトが合わせてくれたんだから、そのぐらい大したことじゃないの。争うよりずっといい」
「なんで、そんな……君は……」

 なんでかは、明白だ。だけど、ヤトは「優しすぎる、だめだ、そんなの」と泣きそうな声で、全然違うことを言う。

(ヤトはいつも、さらっと言えてすごいな……)

 私は息を吸って、飛び出そうな心臓の鼓動を感じながら覚悟を決めた。
 
「ヤトとなら、楽しめるよ。この先色々あっても、一緒になんとかしていけばいいじゃん。……好きなんだもん。苦労してもさ、一緒にいたいでしょ」

 言い切ってから、ぎゅう、とヤトにしがみつく。ヤトの身体は完全に固まっていて、何の反応もない。私はダラダラと冷や汗をかき始めているのに、ヤトは、最早呼吸すらしていない気がする。

「……、……ねえ、聞いてるの?」

 かなり頑張って言ったのにどういうことだ、と逆ギレしそうなぐらい恥ずかしくなっていると、不意に足に何か触れた。その違和感に視線を落とすと、足元で『花が揺れた』。

「へ」

 気がついたら足元に真っ白な花が無数に咲いている。ホールの床が全て、『花畑』と化していた。

「え、これってどういう……」

 状況を確認しようとしたら、ぎゅう、と背中をつかまれた。ヤトが深く息を吸い、顔を上げた。

「か、える……」
「……なんて? うわぁ!?」

 なんて言ったのか聞き返した瞬間、抱きしめていたヤトの姿がいきなり真っ暗な闇になった。と思ったら、気がついたら私は真っ黒な龍に担がれ、ホールの天井近くまで飛ばされていた。

「イヤイヤイヤイヤ!!!! なになになになになに!!! 高いんですけど!!!!!」
「タマキ、詳しい話は後だ。『おれ』には今、やるべきことがある」
「下ろして!!!!! 死んでしまう!!!!」

 必死にヤトと思われる龍にしがみついている私たちを見上げる人たちの顔は、軒並み『呆れている』。どうして! なんかとんでもない頭の良い人たちの争いを止めたと言うのに! 呆れられる筋合いがない(はずだ)!

「告白を見るのは初めてです。お祝いの品を選びましょう」
「推し……末永く仲良くあれ……」

 ミハシさんとハナフサさんの声が聞こえて、私は顔をヤトに押し付けて隠れるしかできなくなった(ちくしょう!)。

「お、おお……そうか……、そんなか弱い生き物相手に無茶してやるなよ、……トウゲン! 窓開けろ!」
「はっ! ……大窓を開けたぞ! ここから出ろ!」

 ヤトがグルグル唸りながら窓に向かって飛ぼうとしているのがわかる。

「え、待ってよ!? 懇親会は!?」
「私が今懇親を深める相手は君しかいない。いい加減焦らすのはやめてくれ。帰るぞ!」
「あ、え、は? え、うわっやだやだやだやだなんでスピードを上げるの、高さを出すなぁああア!!! ぎいいいいいいい!?」   

 こうして私が数ヶ月前の取り調べと同じように、役場から強制退場させられたのは、奇しくも懇親会が始まる予定時間だった。なので、その後ミハシさんたちは予定通り懇親会を行ったらしいのだが、私がその様子を知るのは随分後の話だった。
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