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Theme:懇親会のご案内
第三話 それは仲良しと世間は言う
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飛び込んできた人に「背筋!」と注意され、騎士団長さんはピシッと背筋を伸ばした(素直な人だ)。
「それでお前らは結局どこの誰なんだ」
ヤトはそんな騎士団長さんたちを胡乱な目で見ながら、私の手を取ると、自分の腕に導いた。エスコートしてくれるつもりなのがわかったので、そっと、ヤトの腕をつかむ。
ヤトは『この世界の正装がこれなら……窮屈ではあるが……』と燕尾服を選んでくれた。懇親会がそれほど格式高いものではないだろうから、とネクタイや手袋の色を黒にすることでカジュアル度を上げている(というのもあるが、正直な話、ヤトは黒がめちゃくちゃ似合うのだ)が、それでも正装中の正装だ。髪は編み込んだうえで青いリボンでひとつ結びにし(青より赤のリボンが似合うという私の意見は『君の色を身に着けたい』ということで却下された)、さらにファンタジー映画でエルフなんかがつけていそうな、銀と真珠でできた髪飾りをつけている。さらに化粧もしているようで、目元に大胆に赤のラインがひかれている。
つまりヤトはこの懇親会のために、できる限りの敬意を払ってきているのだ。
(ぷちぷち文句言ってたのに、そういうところちゃんとしてて……いいなぁ……)
近くで見上げても顔がいい。
そんなヤトとピタリと寄り添うことになったことに内心ドキドキしつつ、私も騎士団長さん達を見る。彼らはコホン、と咳払いをすると、キリッとした顔をしてくれた(今更な気はするが、確かにそうしていると威厳がある感じだ)。
「では改めて自己紹介をしようか。俺はカラハルト・トワ・オルトリング・フォン・ルターニヤだ。騎士団長を務めている」
「アミュティス・セレス・ヴィオリアと申します。騎士団の秘書を務めております。先ほどは失礼いたしました……」
「キミたちは実に面白い。異世界人同士でも親しくなれる前例を見られたことは幸運だ。ぜひ俺とも仲良くしてほしい」
騎士団長さんに爽やかに手を差し出されたヤトは、少し考えたあと、素直にその手を握った。
「私は名乗らない。名乗る相手は一人と決めているからな」
「ではキミのことは何と呼べばいいんだ?」
「……この場において、『処罰』と呼ばれるのが一番わかり易いだろう」
「ショバツ? わかった。ショバツ、よろしく……そろそろ手の力を緩めてくれないか」
騎士団長さんがニコっと笑っていったことを聞いて、驚いて彼らの手を見る。ヤトの手が食い込みそうなほど力が込められていた。秘書さんが懐から何か引き抜くのが見えたので急いでヤトの腰をぶん殴った。
「やめなさい! 子どもみたいな喧嘩の売り方をしない! 懇親会なんだよ!?」
「……まあ、君がそう言うなら」
ヤトは騎士団長さんの手を離すと、秘書さんも何かを懐にしまってくれた(なんだかわからないがめちゃくちゃ怖い)。騎士団長さんはニコニコ笑顔で「力が強いな。うちの騎士団でも働けそうだね」と冗談なのか本気なのかわからないことを言っている(器が広すぎる。やはりコネクションがほしい、取引先として有能そうだから)。
ヤトは騎士団長さんを見下ろして、不審そうに片眉を上げた。
「そんなことより、お前、本当に人間か? ……妙に『美味そうな匂い』がする」
騎士団長さんは目を丸くすると、秘書さんと目を合わせた。
「……こちらの世界から俺たちの世界に迷い込んだ人がいて、少し話をした。彼らは魔法を知らないんだ。……キミもそうかな?」
魔法という超ファンタジーにめちゃくちゃテンションは上がったが、話しかけられてるのはヤトだったので、ヤトを見上げる。
「名前だけではなんとも。魔法とやらの定義を言え」
「魔力をもとに発動させるものだ。俺の世界では当たり前に使うから、定義を説明しろと言われても難しいな……。……例えば、『これ』はキミにはどう見えている?」
騎士団長さんが右手の人さし指で宙に何かを描くような動作をした。私には何もわからないが、何かしているようだ。ヤトは彼のその動きと、それから宙を見ている。何もないところを見つめる猫を見ている気持ちになる。
「ヤト、何か見えるの?」
「……、……、不埒だ」
「ん?」
ヤトが嫌そうに目を細め、騎士団長さんを冷たく睨む。これは嫌悪と言うか……軽蔑の顔だろう。この顔をしている人が見せつけられてるものなど、……。
「……え、もしかして、陰部見せられてる?」
「……そうだ」
「うっわ、最悪! エアドロップ痴漢じゃん! 異世界にも変態いんの!?」
ヤトの腕を掴み、私も騎士団長さんを同じ顔で見ると、彼はピタリと動きを止めた後、「えっ!?」と大きな声をあげた。
「待ってくれ、何が見えてるんだ!?」
「口に出させるつもりか、こんな……」
ヤトが自分の口を押さえ、ふるふると震えている。可哀想がすぎる。なんで懇親会でこんな目に遭わなきゃいけないのか。腕を引き、ヤトと目を合わせる。
「言わなくていいよ、ヤト……やなもん見せられたね。もう帰ろ、ね? 帰って映画観よ? 後でミハシさんに抗議しようね……」
「信じられないよ、六花。懇親するつもりがあるのか、こいつら……ひどすぎる、最悪だ……」
「ま、ま、待ってくれ! 誤解だ! 本当に何が見えて……アミュティス! 俺、そんな変なもの見せてないよな!?」
踵を返して帰ろうとした私たちの前に騎士団長さんが立ちはだかり、彼に侍っていた秘書さんが天を仰いだ。
「だから威厳……はぁ、誤解ですよ。彼は変態ではありません。ただ、魔力で猫を描いていただけですよ」
ヤトを見上げると、ヤトがふるふると首を横に振る。
「猫? そうなの、ヤト?」
「あぁ……そうともいえるか……」
「もしかして猫の不埒なやつだった?」
ヤトの顔色がいよいよ悪い。ということは本気で嫌なものを見ている。しかし、騎士団長さんはもっと顔色が悪い。つまり嘘はついていない。
ということは、文化の違いだ。
「……ひどい、あんな……恋人にしか見せないものを他人に見せるなんて……ありえない……」
「恋人……」
なんとなく、わかった。
「……騎士団長さん、猫飼ってます?」
「あ、……あぁ。さっき描いていたのも俺の猫だ。毛繕いをしているところを……」
「どういう風に?」
「いや、俺の猫はな、俺の顔を見上げながら足をあげて毛づくろいする癖があるんだよ。それが可愛いから……」
想像してみる。
多分、飼い主さんのこと大好き猫ちゃんが、かまってほしくてする可愛い癖だ。だが、……。
「……ヤトの世界って……猫に化けられる人いる?」
ヤトが頷いた。
騎士団長さんは察しが良かったらしく「あっ」と声を上げた。が、念のために確認する
「つまりヤトは……騎士団長さんの恋人の卑猥な写真を見せつけられたのね?」
「猫だ!! 普通に!! ただの猫! 恋人じゃない!!」
騎士団長さんの必死の叫びに、秘書さんは「酒も飲んでないのに……」と天を仰いだ。
それから五分ほど説明を受け、ヤトは異文化を理解できたらしい。が、それでも嫌そうな顔はしている。
「す、すまない、そんな、そんなことになるとは……俺は飼い猫の可愛らしい毛づくろいを共有したかっただけで……」
「……理解した。文化の違いだ。ただ、私の世界のやつ相手には二度とやらないほうがいい」
「そんなにか……!? 普通の猫だっているだろ、キミの世界……。いや、しかし、助かった。他の人にやる前で……」
完全に威厳がなくなった騎士団長さんの頬が赤い。どうやら本気で慌てていたようだ。ヤトは深くため息をつくと「普通の猫は人相手にあんな顔はしない」と言い切った。
「お前は飼い猫を甘やかし過ぎなのではないか。完全に恋人と勘違いされてるぞ」
「いや、それは……まあ……、ふふ、……ふふふ……」
猫好きのデレ顔にヤトは心底ドン引き顔である。が、私もどちらかといえば猫派なので気持ちはわからないでもない。
「なんて名前の猫ちゃんなんですか?」
軽く話をふると、騎士団長さんの目が輝いた。
「シルヴィアだ。子猫の時に森で保護したんだ。その時は手のひらに乗ってしまうほど小さくて、それが今では俺の肩に飛び乗ってくる。尻尾がしなやかでな……あぁ、キミにも見せてあげたい。天使のような愛らしさなんだよ」
「こりゃ重症だわ」
私はカバンからスマホを取り出した。
「猫グッズ興味あります?」
「猫グッズ? 何だい、それは」
「こう……例えば自分の猫の写真でTシャツ作ったり……」
「どういうことだ。詳しく話を聞かせてくれ。金ならある」
「そんないきなりキリッとされてもな……」
思ってなかったところにビジネスチャンスありそうだ。私たちはそれから三世界の人間が集まって話すことかというぐらい、ひたすら猫可愛いについて話し、懇親を深めたのだった。
□
懇親会が始まる時間が近づくのに合わせ会場には多くの人が集まってきていた。
他の人とも話したいというので騎士団長さん達とは別れ、私達もココノエさんとユウナギさんに挨拶をしたり、ミハシさんに挨拶などをして、会の始まりを待っていたときだ。
「ショバツがいるではないか!」
――大きな声がした。
は、とそちらを見ると、入り口に、めちゃくちゃに美人な女性がいた。彼女は会場に入るとまっすぐにこちらに向かって歩いてきて、いきなりヤトの顔を掴んだ。両手で頬を包む、とかではなく、ガッと、ヤトの顔面を両手でつかんだのだ。
「怪我はしていないか!?」
「人の顔を掴むな。品性を疑われるぞ」
ヤトは慣れた様子で「久しいな、タマキ」と顔をつかまれたまま、彼女を見下ろした。
「あ、タマキさん?」
「そうだ。これが……」
「無事なら無事で何故連絡もよこさんのだ、お前は! しかもシジマルを無駄に煽りおって! 人の心配をなんだと思うておる!」
ヤトが私に紹介しようとしていたときに、タマキさんがわっと怒鳴った。大きい声なので、ついびっくりしてしまうが、『嫌な感じ』はしない大声だ。ヤトは彼女の手を払うとため息をついた。
「……なんだ、心配って……」
「お前のような引きこもりが急に外に出て……しかも帰ってこないのだ。心配するに決まっておろう!」
「何故お前のようなクソガキにそんなことを心配されねばならん」
「儂のことをクソガキ扱いするようなクソジジイが失踪したらな、徘徊老人と言うのだ。わかったか、ショバツ。心配される理由が……」
「『おれ』を老人扱いするな。何も問題ない」
「そうだな、顔色はむしろ良い! 少々縮んだか? まあ、ちゃんとした服まで着せてもらって……」
「やめろ、ベタベタと触るな……」
タマキさんはヤトの腕などをベタベタ触りながら、「心配かけおって」と何度も言い、それに対してヤトは「心配される筋合いなどない」などと返している。
要するに、思春期男子とお母さんみたいな会話だ。
なんだコレと思いつつ、タマキさんについてきた人を見る。スラッとした手足のイケメンさんは私の視線に気がつくと、ふん、と鼻を鳴らして目を逸らした(なんだ、こいつ。性格悪そうだな)。
「無事なら無事で、なぜお前、帰ってこんのだ」
「番を見つけたからだ」
「ほー!? ついにか!? どれ、紹介せい。仲人を務めてやろう。あぁ、そうだな! 番と暮らすなら、新居がいるだろう! 沼は子育てには向いとらん! よし、カタスの一等地を開けてやる! いい、いい、気にするな、お前が所帯を持つときは世話をしてやれと先代からも言いつかっておる。何より儂がそんなめでたい席に出し惜しみをするような器の小さいものと思われるのは不愉快だ。そうだな、新居にはお前の好きな花を常に飾るようにしてやろう。子は何人もうけるのだ? 子はいいぞ、たくさんいた方がにぎやかで……」
「うるさい! 黙れ! 勝手なことばかり話すな!」
ヤトがぎゃん、と叫ぶ。が、やはりそれもそんなに怖い大声ではない。嫌そうな顔はしているが、ヤトが本気で嫌なら闇モードになって逃げるだろう。つまり――私は顎に手を当て、考える。
「え、……仲良しなんだね?」
私の言葉にヤトは嫌そうな顔をし、タマキさんは満面の笑みを見せてくれた(満面の笑みといっても、元が迫力ある美人さんなので、なんか悪役みたいな笑顔ではあった)。
「違う、仲良くなどない。こいつが昔から一人でぎゃあぎゃあとまくしたて……」
「その通り! 儂らは古い付き合いだ。こいつの『マブ』は儂ぐらいのもんよ」
「黙れ、頭痛くなってきた……紹介する隙もない……」
「あぁ、そうだったな。儂の名を知りたかろう」
彼女は堂々と仁王立ちをすると、胸を張った。
「儂はタマキ。カタスの統治を行っている。カタスの者は皆、儂の庇護のもと暮らしている。幾人かこちらで世話になったようだからな、儂直々礼を言ってやろうぞ。ありがたく受け取ると良い!」
どん、とドヤ顔で言われたが、正直、『ヤトの世界の人、軒並み顔がいいな……』ってことしか、頭のよろしくない私にはわからなかったのである。
「それでお前らは結局どこの誰なんだ」
ヤトはそんな騎士団長さんたちを胡乱な目で見ながら、私の手を取ると、自分の腕に導いた。エスコートしてくれるつもりなのがわかったので、そっと、ヤトの腕をつかむ。
ヤトは『この世界の正装がこれなら……窮屈ではあるが……』と燕尾服を選んでくれた。懇親会がそれほど格式高いものではないだろうから、とネクタイや手袋の色を黒にすることでカジュアル度を上げている(というのもあるが、正直な話、ヤトは黒がめちゃくちゃ似合うのだ)が、それでも正装中の正装だ。髪は編み込んだうえで青いリボンでひとつ結びにし(青より赤のリボンが似合うという私の意見は『君の色を身に着けたい』ということで却下された)、さらにファンタジー映画でエルフなんかがつけていそうな、銀と真珠でできた髪飾りをつけている。さらに化粧もしているようで、目元に大胆に赤のラインがひかれている。
つまりヤトはこの懇親会のために、できる限りの敬意を払ってきているのだ。
(ぷちぷち文句言ってたのに、そういうところちゃんとしてて……いいなぁ……)
近くで見上げても顔がいい。
そんなヤトとピタリと寄り添うことになったことに内心ドキドキしつつ、私も騎士団長さん達を見る。彼らはコホン、と咳払いをすると、キリッとした顔をしてくれた(今更な気はするが、確かにそうしていると威厳がある感じだ)。
「では改めて自己紹介をしようか。俺はカラハルト・トワ・オルトリング・フォン・ルターニヤだ。騎士団長を務めている」
「アミュティス・セレス・ヴィオリアと申します。騎士団の秘書を務めております。先ほどは失礼いたしました……」
「キミたちは実に面白い。異世界人同士でも親しくなれる前例を見られたことは幸運だ。ぜひ俺とも仲良くしてほしい」
騎士団長さんに爽やかに手を差し出されたヤトは、少し考えたあと、素直にその手を握った。
「私は名乗らない。名乗る相手は一人と決めているからな」
「ではキミのことは何と呼べばいいんだ?」
「……この場において、『処罰』と呼ばれるのが一番わかり易いだろう」
「ショバツ? わかった。ショバツ、よろしく……そろそろ手の力を緩めてくれないか」
騎士団長さんがニコっと笑っていったことを聞いて、驚いて彼らの手を見る。ヤトの手が食い込みそうなほど力が込められていた。秘書さんが懐から何か引き抜くのが見えたので急いでヤトの腰をぶん殴った。
「やめなさい! 子どもみたいな喧嘩の売り方をしない! 懇親会なんだよ!?」
「……まあ、君がそう言うなら」
ヤトは騎士団長さんの手を離すと、秘書さんも何かを懐にしまってくれた(なんだかわからないがめちゃくちゃ怖い)。騎士団長さんはニコニコ笑顔で「力が強いな。うちの騎士団でも働けそうだね」と冗談なのか本気なのかわからないことを言っている(器が広すぎる。やはりコネクションがほしい、取引先として有能そうだから)。
ヤトは騎士団長さんを見下ろして、不審そうに片眉を上げた。
「そんなことより、お前、本当に人間か? ……妙に『美味そうな匂い』がする」
騎士団長さんは目を丸くすると、秘書さんと目を合わせた。
「……こちらの世界から俺たちの世界に迷い込んだ人がいて、少し話をした。彼らは魔法を知らないんだ。……キミもそうかな?」
魔法という超ファンタジーにめちゃくちゃテンションは上がったが、話しかけられてるのはヤトだったので、ヤトを見上げる。
「名前だけではなんとも。魔法とやらの定義を言え」
「魔力をもとに発動させるものだ。俺の世界では当たり前に使うから、定義を説明しろと言われても難しいな……。……例えば、『これ』はキミにはどう見えている?」
騎士団長さんが右手の人さし指で宙に何かを描くような動作をした。私には何もわからないが、何かしているようだ。ヤトは彼のその動きと、それから宙を見ている。何もないところを見つめる猫を見ている気持ちになる。
「ヤト、何か見えるの?」
「……、……、不埒だ」
「ん?」
ヤトが嫌そうに目を細め、騎士団長さんを冷たく睨む。これは嫌悪と言うか……軽蔑の顔だろう。この顔をしている人が見せつけられてるものなど、……。
「……え、もしかして、陰部見せられてる?」
「……そうだ」
「うっわ、最悪! エアドロップ痴漢じゃん! 異世界にも変態いんの!?」
ヤトの腕を掴み、私も騎士団長さんを同じ顔で見ると、彼はピタリと動きを止めた後、「えっ!?」と大きな声をあげた。
「待ってくれ、何が見えてるんだ!?」
「口に出させるつもりか、こんな……」
ヤトが自分の口を押さえ、ふるふると震えている。可哀想がすぎる。なんで懇親会でこんな目に遭わなきゃいけないのか。腕を引き、ヤトと目を合わせる。
「言わなくていいよ、ヤト……やなもん見せられたね。もう帰ろ、ね? 帰って映画観よ? 後でミハシさんに抗議しようね……」
「信じられないよ、六花。懇親するつもりがあるのか、こいつら……ひどすぎる、最悪だ……」
「ま、ま、待ってくれ! 誤解だ! 本当に何が見えて……アミュティス! 俺、そんな変なもの見せてないよな!?」
踵を返して帰ろうとした私たちの前に騎士団長さんが立ちはだかり、彼に侍っていた秘書さんが天を仰いだ。
「だから威厳……はぁ、誤解ですよ。彼は変態ではありません。ただ、魔力で猫を描いていただけですよ」
ヤトを見上げると、ヤトがふるふると首を横に振る。
「猫? そうなの、ヤト?」
「あぁ……そうともいえるか……」
「もしかして猫の不埒なやつだった?」
ヤトの顔色がいよいよ悪い。ということは本気で嫌なものを見ている。しかし、騎士団長さんはもっと顔色が悪い。つまり嘘はついていない。
ということは、文化の違いだ。
「……ひどい、あんな……恋人にしか見せないものを他人に見せるなんて……ありえない……」
「恋人……」
なんとなく、わかった。
「……騎士団長さん、猫飼ってます?」
「あ、……あぁ。さっき描いていたのも俺の猫だ。毛繕いをしているところを……」
「どういう風に?」
「いや、俺の猫はな、俺の顔を見上げながら足をあげて毛づくろいする癖があるんだよ。それが可愛いから……」
想像してみる。
多分、飼い主さんのこと大好き猫ちゃんが、かまってほしくてする可愛い癖だ。だが、……。
「……ヤトの世界って……猫に化けられる人いる?」
ヤトが頷いた。
騎士団長さんは察しが良かったらしく「あっ」と声を上げた。が、念のために確認する
「つまりヤトは……騎士団長さんの恋人の卑猥な写真を見せつけられたのね?」
「猫だ!! 普通に!! ただの猫! 恋人じゃない!!」
騎士団長さんの必死の叫びに、秘書さんは「酒も飲んでないのに……」と天を仰いだ。
それから五分ほど説明を受け、ヤトは異文化を理解できたらしい。が、それでも嫌そうな顔はしている。
「す、すまない、そんな、そんなことになるとは……俺は飼い猫の可愛らしい毛づくろいを共有したかっただけで……」
「……理解した。文化の違いだ。ただ、私の世界のやつ相手には二度とやらないほうがいい」
「そんなにか……!? 普通の猫だっているだろ、キミの世界……。いや、しかし、助かった。他の人にやる前で……」
完全に威厳がなくなった騎士団長さんの頬が赤い。どうやら本気で慌てていたようだ。ヤトは深くため息をつくと「普通の猫は人相手にあんな顔はしない」と言い切った。
「お前は飼い猫を甘やかし過ぎなのではないか。完全に恋人と勘違いされてるぞ」
「いや、それは……まあ……、ふふ、……ふふふ……」
猫好きのデレ顔にヤトは心底ドン引き顔である。が、私もどちらかといえば猫派なので気持ちはわからないでもない。
「なんて名前の猫ちゃんなんですか?」
軽く話をふると、騎士団長さんの目が輝いた。
「シルヴィアだ。子猫の時に森で保護したんだ。その時は手のひらに乗ってしまうほど小さくて、それが今では俺の肩に飛び乗ってくる。尻尾がしなやかでな……あぁ、キミにも見せてあげたい。天使のような愛らしさなんだよ」
「こりゃ重症だわ」
私はカバンからスマホを取り出した。
「猫グッズ興味あります?」
「猫グッズ? 何だい、それは」
「こう……例えば自分の猫の写真でTシャツ作ったり……」
「どういうことだ。詳しく話を聞かせてくれ。金ならある」
「そんないきなりキリッとされてもな……」
思ってなかったところにビジネスチャンスありそうだ。私たちはそれから三世界の人間が集まって話すことかというぐらい、ひたすら猫可愛いについて話し、懇親を深めたのだった。
□
懇親会が始まる時間が近づくのに合わせ会場には多くの人が集まってきていた。
他の人とも話したいというので騎士団長さん達とは別れ、私達もココノエさんとユウナギさんに挨拶をしたり、ミハシさんに挨拶などをして、会の始まりを待っていたときだ。
「ショバツがいるではないか!」
――大きな声がした。
は、とそちらを見ると、入り口に、めちゃくちゃに美人な女性がいた。彼女は会場に入るとまっすぐにこちらに向かって歩いてきて、いきなりヤトの顔を掴んだ。両手で頬を包む、とかではなく、ガッと、ヤトの顔面を両手でつかんだのだ。
「怪我はしていないか!?」
「人の顔を掴むな。品性を疑われるぞ」
ヤトは慣れた様子で「久しいな、タマキ」と顔をつかまれたまま、彼女を見下ろした。
「あ、タマキさん?」
「そうだ。これが……」
「無事なら無事で何故連絡もよこさんのだ、お前は! しかもシジマルを無駄に煽りおって! 人の心配をなんだと思うておる!」
ヤトが私に紹介しようとしていたときに、タマキさんがわっと怒鳴った。大きい声なので、ついびっくりしてしまうが、『嫌な感じ』はしない大声だ。ヤトは彼女の手を払うとため息をついた。
「……なんだ、心配って……」
「お前のような引きこもりが急に外に出て……しかも帰ってこないのだ。心配するに決まっておろう!」
「何故お前のようなクソガキにそんなことを心配されねばならん」
「儂のことをクソガキ扱いするようなクソジジイが失踪したらな、徘徊老人と言うのだ。わかったか、ショバツ。心配される理由が……」
「『おれ』を老人扱いするな。何も問題ない」
「そうだな、顔色はむしろ良い! 少々縮んだか? まあ、ちゃんとした服まで着せてもらって……」
「やめろ、ベタベタと触るな……」
タマキさんはヤトの腕などをベタベタ触りながら、「心配かけおって」と何度も言い、それに対してヤトは「心配される筋合いなどない」などと返している。
要するに、思春期男子とお母さんみたいな会話だ。
なんだコレと思いつつ、タマキさんについてきた人を見る。スラッとした手足のイケメンさんは私の視線に気がつくと、ふん、と鼻を鳴らして目を逸らした(なんだ、こいつ。性格悪そうだな)。
「無事なら無事で、なぜお前、帰ってこんのだ」
「番を見つけたからだ」
「ほー!? ついにか!? どれ、紹介せい。仲人を務めてやろう。あぁ、そうだな! 番と暮らすなら、新居がいるだろう! 沼は子育てには向いとらん! よし、カタスの一等地を開けてやる! いい、いい、気にするな、お前が所帯を持つときは世話をしてやれと先代からも言いつかっておる。何より儂がそんなめでたい席に出し惜しみをするような器の小さいものと思われるのは不愉快だ。そうだな、新居にはお前の好きな花を常に飾るようにしてやろう。子は何人もうけるのだ? 子はいいぞ、たくさんいた方がにぎやかで……」
「うるさい! 黙れ! 勝手なことばかり話すな!」
ヤトがぎゃん、と叫ぶ。が、やはりそれもそんなに怖い大声ではない。嫌そうな顔はしているが、ヤトが本気で嫌なら闇モードになって逃げるだろう。つまり――私は顎に手を当て、考える。
「え、……仲良しなんだね?」
私の言葉にヤトは嫌そうな顔をし、タマキさんは満面の笑みを見せてくれた(満面の笑みといっても、元が迫力ある美人さんなので、なんか悪役みたいな笑顔ではあった)。
「違う、仲良くなどない。こいつが昔から一人でぎゃあぎゃあとまくしたて……」
「その通り! 儂らは古い付き合いだ。こいつの『マブ』は儂ぐらいのもんよ」
「黙れ、頭痛くなってきた……紹介する隙もない……」
「あぁ、そうだったな。儂の名を知りたかろう」
彼女は堂々と仁王立ちをすると、胸を張った。
「儂はタマキ。カタスの統治を行っている。カタスの者は皆、儂の庇護のもと暮らしている。幾人かこちらで世話になったようだからな、儂直々礼を言ってやろうぞ。ありがたく受け取ると良い!」
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