神様に嫁入りするつもりはございません

木村

文字の大きさ
上 下
18 / 30
Theme:懇親会のご案内

プロローグ:狂乱の宴へようこそ(挿絵付き)

しおりを挟む
 店のパソコンで仕事依頼のメールを見ていたら、新着メールが入ってきた。
 ぱっと流し見ただけでも、かなり大規模のようだ。これなら今月の売り上げはもう安泰、というぐらいの規模だし、『急ぎだから』と、さらに色もつけてくれるようだ。仕事受領メールのテンプレートを立ち上げながら、やったーと、店の表を掃き掃除してくれているヤトに声をかける。

「どうした?」
「大き目のお仕事が入った!」

 ヤトは私に合わせて、やったね、と返してくれた。こういうやり取りが職場にあるのは、本当に嬉しい。一人でやっていたときはできなかったことだ。

「どこからの仕事だい?」
「えーっとね、……役場からだ。パーティーでもやるのかな? ホールを飾る花が欲しいんだってー、えーっと……」

 メールを読み進めようとしていたら目の前が真っ暗になった。
 いきなり意識を失ったわけではない。背後に突然やってきたヤトによって視界を覆われたのだ。背後に突然ヤトが現れる程度のことには慣れているが、視界を覆われるのはさすがに困る。

「え、なに?」
「……嫌な予感がする」

 嫌そうな声だ。

「うーん、……ヤトの予感当たりそうだからなぁ……じゃあ一緒に読もうか」

 ヤトの手を掴んで、目から離す。と、ヤトは逆に私の手を捕まえてきた。するりと肌を撫でられ、ぞく、と寒気が走る。

「なにっ」

 手を払おうとしたら、ヤトは私の腰を掴み、ひょいと持ち上げてきた。

「一緒に読むんだろう?」

 私が座っていた椅子にヤトは当然のように座ると、さらに私を膝の上に乗せてしまった。ヤトの大きい身体に包まれると、私はもう抵抗のしようがない(……別に、そんなに嫌でもないから、抵抗する理由もないのだけど……)。

「そうは言ったけど、……膝に乗せてって意味じゃない……」
「でもこの方が読みやすいよ?」

 私の手を捕まえたまま、ヤトは楽しそうにわらった。

「はぁ……もう……仕方ないな。じゃあ読むよ、えーっと、……」
「……六花の手は小さいな」 
「へ? そりゃヤトに比べたら……ちょっと!」

 メールを読もうと言ったくせに、ヤトが私の手に、あろうことか唇を寄せた。ちゅ、と軽い音が鳴った。指の間がぞわぞわと総毛立つ。やめて、と言っても、ちゅ、と啄むようなキスが返ってくる。

 ヤトはふざけているだけのようだが、やられているこっちは、触れたところから、何かが全身に伝播していくようで、ぞわぞわするし、そわそわしてしまう。でも手を引いても、ヤトの指は逆に絡みついてくる。

「こらっ、ちょっと……」
「ふふ、食べるわけじゃないよ?」
「そんなこと心配してないっ……ぞわぞわするから、やだ……」
「……それはつまり、誘っているのか?」

 急に真顔になられてもこっちも困る。
 引いても駄目だったので、逆に思い切り手を押して、ヤトの高い鼻を潰してやる。が、ヤトはきゃっきゃっと笑いやがった。また、からかわれていると分かり、顔が赤くなる。

「ばかっ」

 イーと顔をしかめて、ヤトから目を逸らし、メールに視線を向ける。一人で読んでしまおうと思ったのだが――

「……六花、一緒に読もう。ね?」

 ――するり、とヤトが私の頬に頬を寄せてきた。いつもの甘くて苦い香りだ。この匂いに安心を覚えるようになったのは、一体いつからだろう。

「いいけど、もうふざけないでね……」
「ふざけてない。いつも大真面目に口説いているんだ。君がいいって言ってくれるなら今すぐ抱きたいといつも思ってる」
「やめなさい! そういうの! もう……!」

 ヤトの鼻をもう一度軽く叩いて「メール読むの!」といえば、「はいはい」と彼は笑った。

「えーっと、それで……」
「役場で懇親会をやるんだね……、……懇親会……?」

 読み進めていくうちに、私のテンションも、背後のヤトのテンションも下がっていくのが分かる。最後まで読み終えてから、私はヤトを見上げた。

「……異世界人たちと懇親会、だァ? 何考えてんだ、あいつら……」
「とりあえず仲良しになろうとしてるのかな? 異世界の人との懇親会用の花ってどういうのだろう……」
「受けるのか?」
「そりゃ受けるよ、金払いがいいもの」
「しかしな……タマキに遭遇するかもしれないし……」

 渋っているヤトを無視して添付されていたPDFファイルを開いてみると、それは想定外のものだった。

「……仕事の依頼と一緒に、招待状も来てるよ。PDFで」

 差出人はミハシさんで、私とヤトを二人ともこの懇親会に招待してくれているようだ。
 さらに、印字された文字とは別に、手書きの文字で『お二人にはぜひ来ていただきたいです! ドレスアップした五十嵐さんは綺麗だと思いますよ! 花房』というものがついていた。要するにハナフサさんはこの招待状を見た時、ヤトが嫌がること、そしてヤトはドレスアップした私を見たいであろうことを、予測している。なんならドレスアップしている私を見られるなら来るだろ、と言わんばかりだ。
 さすがにそうはならんやろと思いながら、ヤトを見上げる。

「ドレスアップ……着飾るという意味か……」

 苦虫百匹ぐらい噛み潰した顔をしていた。
 感情が読めず、「……見たくない?」と聞くと、眉間の皺がより深くなった。

「……見たい」
「ああ。見たい顔なんだ、それは」
「見たいが……見たい、クソッ、絶対に見たいっ……あの青二才の予想通りというのが、腹立たしいっ……!」
「ああ、ハナフサさんへの怒りなのね、それは……」

 どうしようねー、と言いながら、ひとまず仕事の受領メールを返信する。と、またメールが入った。ハナフサさんからだった。

『ヤトさんの正装、格好いいと思います! スーツでも、タキシードでも、袴でも! 衣装代は請求いただければ私が自腹で出しますよ! 花房』

 つい、手が止まった。

(ヤトが、……着流し以外を?)

 絶対に見たい。
 いや、それは絶対に見たい。
 しかしハナフサさんに、『ヤトさんの着飾った姿は見たいでしょう』と的確に予想されているのは、なんというか、ムカつく。というかハナフサさんの手の平で転がされている感じがムカつく。しかし、見たい。絶対に見たい。ヤトのビジュアルは、正直ド真ん中ストレートで好きなのだ。しかし、しかし――

「クッ……ハナフサさんめっ……!」

 ――そういうわけで私とヤトは二人して似たような表情をする羽目になったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい@受賞&書籍化
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

処理中です...