神様に嫁入りするつもりはございません

木村

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閑話 気合い入れてお泊り

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□ 夕凪視点

 満月の夜はどうしても血が騒ぐ。
 それは、私――夕凪は月の加護を受けた一族の血を引いているからだ。それでも、全身を拘束すればいいだけの話だと言うのに、М機関、という組織が私を一晩保護してくださることになった。自分の血のせいで真子を傷つけない安心を得られ、それだけでありがたいというのに、わざわざ宿泊施設を借り、なおかつ――『あの方』の監視下での保護となれば――それは最上級の待遇だ。
 問題があるとすれば、私の心の底からどうして湧き上がる『恐怖』のみだ。

「やはり、怖いですか?」

 М機関の三嘴さんに声をかけられ、とっさに首を横に振る。しかし、じっと見つめられ、結局頷いた。

「……あなたが望む形を取りたいと思います、夕凪さん。私は、……『彼』を呼び出せるらしいので、私が監視をし、何かあれば呼ぶということも……」
「なりませんっ、そんな、私等の都合で『あの方』を呼びつけるなど!」

 そうだ、そんなことは絶対にできない。

「だ、いじょうぶです。『ショバツ』様がいらっしゃるなら、……私の血のことなど些末になるでしょう……」
「……無理だと思ったときはすぐ言ってくださいね」

 三嘴さんは私に声を掛けると、札の形をした鍵を扉にかざした。かち、と鍵が開く音がした。三嘴さんが扉を開く。

「あ、三嘴さん、お疲れ様です」

 出迎えに駆けつけたのはМ機関の花房さんだ。私を何度も迎えに来てくれていた人で、いい人であることはわかっている。彼は三嘴さんの荷物を受け取りながら、「日没に間に合いましたね」と微笑む。

「ええ、なんとか間に合いました。……お二人は?」
「リビングスペースでルームサービスを吟味されてます。再三『経費の上限はないのか』を確認されましたので、その、……とんでもない量になるかもしれません」
「……構いません。彼らは協力者の中でも、……相当の助けとなってくださるでしょうから」

 そんな話をしたあと、花房さんは膝をついて、私に目線を合わせた。

「夕凪さん、体調はどうですか?」
「あ、……へ、いきです……」
「辛いときはすぐに教えてください。私たちはあなたの味方ですから。ただ、その、察するほどあなたのことをまだ知らないので、……とにかく何かあれば言葉にしてください。聞きますから」

 彼の笑顔からは、本当も嘘もどちらも感じられた。だけど、敵意や悪意は見られない。だから、私は頭を下げた。

「お世話になります」
「はい、お世話します。それで、えーっと、奥にいるんですけど、……会いたくなければすぐ寝室に行かれますか?」

 誰を指しているのは明白だ。私は首を横に振る。

「ご挨拶をさせてください」
「……わかりました。では、こちらに」

 そうして、私は彼の案内に従って、扉を越える。ふわふわとした室内履きに履き替え、廊下を進み、深呼吸をしてから、扉を開ける。

「ねえ、やっぱりフライドポテト食べたくない? 人が揚げてくれた揚げ物からしか得られない栄養があるじゃん」
「誰が揚げたところで脂質は変わらないよ。……可愛い顔をしているね、六花? ふふ、わかったわかった、追加で頼もうね」

 と、『その方』はソファーに腰掛け、こちらの世界のコーヒーという飲み物を嗜みながら、こちらの世界のリモコンというカラクリを巧みに操作されていた。そうして『その方』のそばに侍る女性は、あのとき、私と真子をかばってくれたこの世界の女性だった。

「あっ、でも待って、フライドポテト頼むと、いよいよビール飲みたい……」
「飲めばよかろう?」
「だってハナフサさん達、仕事だから飲んでくれないって言ってたじゃん。一人だけ飲むのやだなぁ……でもヤトに飲ませるわけにもいかないし……」
「私は飲んでも楽しいだけだから、飲もうか? すごい顔をするな……さてと、」
 
 ふ、と『その方』の視線が、夕闇のような瞳が、ゾッとするほど美しいその瞳が、こちらを向いた。

「あ、っ……『ショバツ』さま、わたくし……」
「『怯えるな』」

 彼の名に、心の底から湧き上がっていた恐怖はそのままに、体の震えが止まる。

「私の名を、私の業を、私を語るな。処罰を与える存在を気軽に口にするものではない。それは穢れとなる。お前のような小さな者はあっという間に堕ちてしまうぞ」

 彼は歌うようにそう言いながら立ち上がり、私の前に立った。

「どうもこのあたりの教育をタマキが怠っているような……口うるさい婆婆のくせに抜けが……はぁ……」

 気だるげに前髪をかきあげた彼は、向こうの世界で見るよりもずっと小柄で、そうして比べ物にならないほど『表情があり』、まるで『生きているかのようだ』。

「お前を含め、勝手にこっちに来た存在をタマキはまだ裁いていないだろう? 裁かれてなければ処罰もない。お前のような子犬の失態など、謝罪すれば済む話だ。戻りたいなら来た道を行け。タマキも来ている、道はすぐ見つかるだろう」
「……タマキ様がこちらに……?」

 彼は目を閉じると、んー、とつぶやく。まるで迷い人のような、この世界のニンゲンのような仕草だ。彼は、私の心を読んだように目を開くと、微笑んだ。

「この世界で生きていくなら、お前はその姿も変えねばならん。……あのニンゲンと暮らしたいのか? それともあのニンゲンを侵略したいのか……」
「侵略なんて、そんな、私は……マコと……友達になったんです。……か、えらなきゃいけないのは、わかってます、でも……」
「でも?」
「……二度と会えないのは嫌……なんです……」

 タマキ様はきっと、私の罪を許してくれるだろう。けれど、その結論が出るまでにかかる時間は人の感覚とはほど遠い。

「まあ、人はすぐ死ぬしな」

 彼は大きな手を私の頭に置いた。

「いずれにしろ、お前の人生だ。お前が、自分で、決めろ」
「自分で……? しかし、私はカタスの下僕、自分で決めていいことなど……」
「ここはカタスではない。お前は何者でもなく、単なるお前だ」

 彼は本当に、ただ一人の人のようだ。
 私たちに処罰を与えるために永遠に生きる闇ではなく、ただ、ここで息をしているだけの生き物のように見えた。
 ――ここはカタスではない――
 向こうの理の通じない場所。

「お前にすることに、他の誰も責任は取れない。他の誰のせいでもないのだ」
「……あなた様も?」
「そう。私も、ここでは単なる……命に過ぎない」

 するり、とその冷たい肌が、私の頬に触れる。

「わかったか」
「……はい、お手を煩わせてしまいました」
「いいさ。暇を持て余すなら、お前たちの面倒を見ろと、……元はそういう話だったのだ……」

 彼はどこか遠くを眺めてから、私の額に触れた。

「『安心して、朝まで寝てなさい』」

 その声を聞いたとき、ふ、と体の力が抜けた。気がついたら、――私は眠っていたのだ。


■ 六花視点

 夕凪さんが来たと思ったら、ヤトの腕の中で眠っていた。ヤトは彼女をソファーに寝かすと、「終わったから、飲めるぞ」と笑った。

「そんな平和的な解決できるの?」
「私はあちらの世界の住人には命令できるからね」
「え、どういうこと?」
「……あぁ、この話を聞きたかったんだろう? お前らもとっとと入ってこい」

 ヤトが声を掛けると扉の向こうからミハシさんとハナフサさんが入ってきた。彼らはいつもと違い、まるで初めて会った時のように表情がかたい。
 けれどハナフサさんは私の視線を受けて、『大丈夫ですよ』というように笑った。

「……話していただけるんですか?」

 ミハシさんの言葉にヤトは肩を竦める。

「話して損があるわけではないし、……お前らが生き残る可能性が増えるなら、六花も嬉しいだろう」
「えっ、ミハシさんたちって死ぬ可能性あるの?」

 私の言葉に彼らは苦笑した。それは『そんな可能性どころか、そうなることはとうに覚悟している』、そういう笑いだった。

「……そんなに危ない状態なの、今更だけど……」
「拮抗を保てば侵略はされないさ。が、このままではカタスの中でも『食いたがり』は好き勝手に人を食うだろう」

 ヤトは私の隣に座り、私の肩に頭を預けてきた。

「それに、拮抗を保つにはこの世界はあまりにも手札が少なすぎる。もう一つの世界の奴らと比べてもどうだ? 三つ巴の争いともなれば、ここは戦地となり、人に勝ち目はない」
「それは絶対に避けたい事態です。この世界の住人の多くは死ぬか隷属の立場になります」

 ミハシさんの言葉に、私の喉がヒュ、と鳴った。

「……そうだな。傷ついても六花は美しいけれど、悲しむ顔は見たくない」

 ヤトはそう笑ったあと、深く息を吸った。

「短くは済ませられない。食事が届くのを待とうか。お前たちは食べなければ死ぬのだし」
「私は水がありますので、お話を……」
「ミハシさん、ちょっと黙っててください」

 ハナフサさんによって、ミハシさんはきゅ、と口を閉じさせられた。「それで何を頼んだんですか?」とミハシさんに聞かれたので、私はヤトの手からリモコンを取り、注文履歴を見せながら「とりあえずミスジのステーキ四人分と……」と言っていると、ハナフサさんが「うわ、サイドメニューもめちゃくちゃ頼んでる……えっ待ってください、ステーキ頼んでいるのにラーメンも頼んだんですか!? ここにいる人、一人もフードファイターじゃないんですよ!?」とテレビを見つめ、ミハシさんが「え、今から話をするのでは……え……? このホールケーキを頼んだのは、何故……? 誕生日の方が……?」とオロオロしている。
 ヤトは、ただ、ずっと、私の手を握っていた。私もふざけながら、でも、ずっとその手を握っていた。
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