神様に嫁入りするつもりはございません

木村

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閑話 気を抜いて取り調べ

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□ ココノエ視点

九重真子ここのえ まこ、三十二歳、一人暮らし。両親は遠方で暮らしています」
夕凪ゆうなぎさんを保護されたのは?」
「一月ほど前に、会社帰りに家の近くの公園で出会いました。とても怯えた様子で……足に怪我もしていたので保護をしました。それから、……自宅で匿って……」
「……我々に知らせなかったのは我々が怪しいからですよね……」

 私――九重真子の目の前に座っている花房という男性はものすごくわかりやすく眉毛を下げた。

「……あの子、見た目が、その……可愛いじゃないですか」
「はぁ」

 花房さんはわかってなさそうな相槌を打った。伝わってないと困る私は「あの、すごく可愛いんですよ」ともう一度言う。

「獣のような耳、白目のない黒目、リスのような鼻に、ちいさな口。頭は大きくて、手足は大きい。人間と同じ二足歩行なのに、獣の特徴がある……わかります?」
「ええ、わかります。夕凪さんの身体特徴ですね」
「これ、アニメキャラクターの可愛さなんですよ」
「あぁ、そういうことですね」

 花房さんは合点がついたのか大きく頷いてくれた。

「あの子はこの世界のこと何もわかってなかったし……よくない趣味嗜好の人に捕まったらひどい目に遭うことは明らかでした。だったら、私が保護しようと。帰れる目処がつくまでは、と考えていたんです」
「たしかに日本は……正直、他先進国に比べて性犯罪は横行している。夕凪さんの身を案じてのことだったんですね」

 彼は目を閉じると、頭を深く下げた。

「信用していただけるよう、これまで以上に尽力いたします」
「あっ……いや……違うんです。その、……正直手詰まりではあって……、……信じなきゃとは思ってたんです。でも、夕凪ちゃんとの生活が楽しくて……、その、二人して現実逃避してたっていうか……」

 何度も何度も、本当に何度も、彼は私たちの家を訪ねてきた。困っていることないか、手助けはできないか、我々を信じられないまでも頼ってくれないか、……だから、どこかで甘えていたのだ。
 『何度断っても、どうせ来る』
 『本当に切羽詰まるまでは、このまま二人でこうして暮らしていたい』
 『たってこんなに楽しいから』
 『だって、私には彼女を匿う真っ当な理由があるから』
 どこかでそんな気持ちでいたのだ。雨の中、彼を締め出しても罪悪感も覚えないぐらいに。自分だって、あの子のために何かできるわけでもないのに。『楽しいから』……結局それだけの理由で。

「もっと早く、あなたを頼るべきでした。私一人では、あの子を匿うしかできないから……あの子を、……家に帰してあげられないから」

 頭を下げると、花房さんは深く息を吸った。

「信用にはリスクがある。あなたの判断は間違っていないですよ。それに、私たちはどうも怪しい闇の組織と思われてるので、……こうして今、話ができている幸運に感謝をしています」

 頭を上げて、彼の顔を見る。彼は困ったように微笑んでいた。

「九重さん、なにか、お困りごとはないですか? 私たちは、あなたの助けになりたいんです」

 そうしていつもの言葉を言ってくれた。
 本当に、もっと早く頼るべきだった。
 
「夕凪ちゃんは、……その、満月の日は血が騒ぎ、暴れてしまうといっていました……」
「今夜ですね」

 彼は「間に合ってよかった」と笑った。

「でしたら、今夜は私たちが保護しましょう。明日以降はまた九重さんがよろしければ九重さんのお宅で保護してあげてください」
「い、いんですか? 私、……」
「我々は基本、一般の方に介入はしないんです。危ないところを担当する人たち、と思っていただけると……」

 それで私は彼に深く頭を下げ、夕凪を一晩預けることになった。

□ 六花視点

「ということで、五十嵐さん、『彼』と一緒にお泊り会しませんか?」

 ミハシさんを送って戻ってきたハナフサさんはいきなりわけのわからないことを言ってきた。事情を聴くと私たちの協力(というよりもどう考えてもヤトの脅迫)によって保護できたユウナギさんという獣耳幼女が満月の夜は暴れてしまうらしい(ヤトを見たら『あれはそういう生き物だ』と返されたから、そういうことらしい)ので、今夜はМ期間で保護するそうだ。で、具体的にどのくらい暴れるのかわからないから、ヤトの力を貸してほしいらしい。
 もちろんヤトはやりたくなさそうな顔だった。
 
「お前らは犬の世話もできないのか?」
「犬の世話ならできますけど、あなたの世界の方々、想定よりみんなヤバいんですよ」
「ほう。では『私の世界ではない方の住人』は普通か?」

 ハナフサさんが眉を下げ、「本当は話しちゃいけないんですけど」と前置きをして話し出す(この人、気がついたらヤトに気を許しているような……いや、なんか『巻き込もうとしているような』……)。

「そっちはそっちでなかなか曲者が多くて……お会いします? バーがあるんですよ、『ブルームーン』っていう……」
「バー? ブルームーン? 何だそれは?」
「お酒飲むところですよ。その店のバーテンダーが言うには、もう一つの世界からっぽい人が来てるとか来てないとか……」

 ヤトが興味がありそうな顔をしやがったので、私は二人の間に入った。

「ヤトにお酒はダメ。禁止」
「あ、飲めないんですか?」
「飲めるとか飲めないとかじゃないの。禁止」

 ヤトは私の言葉に『君が言うなら』と言わんばかりに微笑む(こんなスパダリみたいな微笑み浮かべてるが、お前酒飲んだらふにゃふにゃになった挙げ句に全部忘れるの知ってんだぞ)。ハナフサさんが私とヤトの顔を見てから、わざとらしく首を傾げた。

「……もしかして、『彼』、酔ったらエッチになっちゃうとかですか?」
「げほっおえっ、うっ……ごぼっ」
「大丈夫か、六花。誤飲か!? 人間は誤飲するだけで死に至ることがあると読んだぞ! 死ぬな、六花!」

 むせる私に慌てるヤトに、ハナフサさんは「なるほど……それは飲ませられないですね……」と勝手に納得しやがった。意味がわからないので、咳が落ち着いた私は、ひとまずハナフサさんに塩をかけた(彼は『またも塩! しかも今度は抹茶塩だ! もったいないことしないでください!』と騒いでむかついたので頭からかけてやった)。そうまでもしても彼は「塩顔イケメンで元から色気あるのにさらにエッチになったら、そりゃ五十嵐さん困りますよねって共感しただけなのに!」と喚くので、一旦ビンタした。暴力は良くない。でも一旦ビンタした(良い音が鳴ったし、ヤトは爆笑していた)。

「何するんですか、五十嵐さん! 音の割には痛くないけど、ビンタは人として駄目ですよ!?」
「そうね、ごめんね! でもハナフサさん! 前から言いたかったんだけど、私とヤトの出歯亀しないで! しかも組織ぐるみで! なんなの!? 交際に進捗とかないから!」
「今更! いっ……っまさら! 何を言ってんすか!!!」
「えっ!?」

 まさかの返しである(今更も何もあんたが勝手に始めたことなのに!?)。ハナフサさんは大きく息を吸った。

「あなたがたはとっくに私の推しですから!!!」

 は?

「あ、……あんたが本当に何を言ってんだ!!!?」
「私はね!!! お二人が喧嘩しても一話で仲直りしてほしいですし!! 六花さんの元カレが今更いきなり出張ってきたら射殺しますよ!!!?」
「やめて!?!?!? 蛮族なの!?!?!?!?」
「だってどう考えても人間の男よりヤトさんのがいいでしょ!!!!!」
「おい。六花の名前も私の名前を呼ぶなと言ってるだろ、聞いてるのか、お前。何を距離縮めようとしているんだ、殺すぞ」

 ビンタしても止まらないどころか、ハナフサさんが過激派すぎる。私はもう塩をかけるしか対抗策はなかった。しかしそうしていたら、ヤトに「それ以上やると今日から全ての料理をトリュフ塩で作ることになるから」と止められたので、もう諦めるしかなかった(私は弱い……あと旅先でネタで買ったトリュフ塩、きのこ臭がすごくて、多分もう一生使いきれない……)。
 つまり私の負けである。

「……ハナフサさん、もうやだぁ……帰ってよぉ……」
「いや、ですからお泊りしましょうよ。拘置所隔離も考えたんですけどユウナギさんが可哀想じゃないですか。だから、あの、海が見えるホテルあるでしょ。あそこのスイートとったので、お泊りしましょう? ルームサービスも経費で落としますから」

 ね、と言われても、は?、である。

「謎の闇の組織、経費の使い方が馬鹿すぎません? そもそも法人……?」
「まあまあ。私はお二人と仲良くなりたいですし、いいホテル泊まりたいですし、美味しいものが食べたいです。よってこれは必要経費」
「意外と欲の塊だ……ミハシさんに怒られますよ?」
「ミハシさんももちろん呼びます。あの人、私がいないとまともな食事をしないので……」

 スイート、八人まで泊まれるらしいです、と言われ、どうしたものか、とヤトを見上げる。

「六花も行くなら行く。たしかに私がいた方があの犬は暴れない。傷ついてほしくないんだろ、六花は」
「それはそうだけど、ヤトがいたら怯えるんじゃないの?」
「あぁ。しかし『抑止力』になる。私の前で暴れてはいけないという理性が働いて、結果、自傷行為は減るだろう」
「え、暴れるって、自傷行為なの? それはちょっと……でも……ううん……」

 子どもはいつも元気でいてほしい。しかし何故お泊りなどしなければならないのか。お泊りとなると用意しなければならないものがたくさんあるのだ。私が顔を顰めると、ヤトは首をかしげる。

「こいつらがもし、万に一つでも、六花の肌を見るようなことがあれば、祖先まで遡って殺してやるぞ? 無論そんな事になる前に私が殺す」
「歴史を変えようとしないで。それに、そういうことを心配は……いや、心配するべきか。そうね、ありがとう、ヤト」
「一応我々、業務なんで、そういう……いや、そうですね、友だちとはいえ心配してください」

 闇の組織連中と友だちになる予定すらないのだが、まあ、聞かなかったことにする。スマホで予定表を見て、急ぎの仕事がないことを確認すると、断る理由がなくなってきた。渋々、ハナフサさんを見る。

「えー、あそこのホテル、シモンズ製でしたっけ?」
「ですです。あとアメニティーも充実してますし、ルームサービス日付超えても対応してくれますし、シャワーヘッドが高級らしいです」
「まじか……お泊りセットをパッキングしてきます」
「やったー! 恋バナしましょうね!」

 ハナフサさんは笑うと可愛いお兄さんだ。
 
「しーまーせーん! もう!」
「あはは、承知です」
「おい、お前、近い。首を縦に回転させてやろうか?」
「いてててててっ取れちゃう、命!」

 それで、そういうことになった。
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