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堕ちるように、願うように ※ドレイブン視点
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他人が何を考えているのかは目を見れば分かるものであるし、その願いを叶えることは息をするようになせてしまうものだ。それが自分だけに与えられたユニークスキル、つまり神からのギフトであることを認識する頃には、人々にとって私――ドレイブン・ロック・ルーンは現人神に成り果てていた。
私の力は強すぎて、そしてとても局所的なものだ。私を完全に信頼した民から願いを託された場合のみに、それを現実にすることができる。それはつまり、私が現実にできるものは、私が望むものではないのだ。あくまでも願いを他人に委ねる類の人間が見る、現状を少しだけ改善した未来しか、私は成し遂げられない。
(この力では世界は良くならない、むしろ……停滞し、滅びの道を……)
世界を愛すれば愛するほど、自分の存在が邪魔になる。私の力は私の意思を超えて現実と化す。ならば、私の思う世界を布教し、納得させ、それを願わせようと教団を作った。しかし教団に逃げてくる民は飢え、傷つき、戦争のない世の中などとても想像できない。
(いっそ私を仮想の敵におき……私が死ぬことで世界を良くするか……?)
そんな手段まで考えていたときに、彼女は現れた。
戦禍から逃げてきた民らしい青白い頬をした、ごく普通の女性に見えた。しかし、彼女の考えていることは明らかに他の信徒と異った。
『わー! 顔がいいー! スタイル良すぎじゃない? てか、体の七割以上、脚じゃね? ほわー、絶対細マッチョじゃん! 禁欲教祖に必要なの、その筋肉? 生きる彫刻だわ。ハンサムは目の保養、あざーす!』
何を考えているのかわからず戸惑うほどだった。
普通、人は私に救いの神を見る。なのに彼女は私を人間の男としてしか、見ていなかった。それも性的な感情を込みだ。ありえないことだ。
そして、そんなありえない考えを持つ彼女は私に言った。
「戦争がなくて、飢えが無くて、皆が皆、生きたいように生きられること」
当然のように、そう言った。
私の理想とすることを当然のように。
しかも彼女の思考の中には明確にその世界が見えていた。
(彼女を逃がしてはならない。彼女の願いを叶えることこそ、この世界の平和。私のなすべきことだ)
だが、彼女は私に願いは口にしたが、私を信用もせず、願いを託そうという気配もなかった。ただ、戦争が怖いから避難してきただけ、という打算を隠そうともしない。
このままでは彼女の願いは私に託されず、ギフトが使えない。
(なら……手段は選ばない。可哀想だが、彼女には私に屈してもらおう。その人生の何もかも全て、私に託させてやる)
彼女の額に額を合わせ、その思考を深く読み解く。
彼女の思想は、この世界においてありえないものだ。いつ殺されるかわからない、食べるものを得るために人を殺すことも厭わない、そんな世界で、彼女は『子どもはみんなかわいいよねえ、子どもは戦争のない国に避難とかできないんか、せめて』だとか『いやーまじで教祖様キャラビジュ良!』だとか『まーしばらく祈ったりしつつ、なんか趣味見つけるかー』だとか、あまりにも危機感がない。
そしてだからこそ能天気に『戦争はまじ最悪でしょ、国が悪い』と考える。楽観的で、朗らかで、他者への慈愛を持っていて、それを倫理と心得ている。普通に見えるけれど、何一つ普通ではない。
(まるで別の世界から来たかのようだな……信用できるのか? あぁ、いや、『なんでもいい』。私は彼女を信じよう。彼女の思考が、彼女の願いが、それが現実になるところが見たい)
彼女を信じ、彼女に信用されなくてはいけない。
(どうしたら、彼女の期待に応えられる……彼女の信頼を得られるだろう……)
彼女の目を覗いたとき、彼女が私に望んでいることは、ありえないことに『ロマンス』であり、それも『性的な交渉』だった。どのような形のものでも応えようとさらに覗き込めば、彼女の望みは、それはそれは、面白いものだった。
『ちょっと無理やりされるのは憧れるものがある。ハンサムからの愛のある無理矢理は最良コンテンツ。てか教祖様、まじでキャラビジュ良すぎない? このビジュアルで洗脳とか調教とかをマイルドにされてみてぇーひぃー!』
ゾクゾクと背筋に寒気が走る、その軽やかで浅はかな嗜好。
(やってみたい)
そうして、気がついたときには、好き勝手に彼女の体を暴いていた。
「や、やっ……やぁ……やめて、やめて……」
泣きながら逃げようとして、捕まったら身を強張らせ、なのに、心の中ではそれを楽しんでいる。そんな被虐嗜好を持つ彼女を見て、自分の中に加虐嗜好があることに、初めて気がついた。
(彼女の望みと、私の望みは合致している)
そうわかったら、もう止められなかった。
「ジェニーズ、私を受け入れなさい。……私もあなたを受け入れる。さあ、素直になりなさい」
そうして私が彼女に信頼されるための……はっきり言うなら、私が彼女を口説き落とすための『教育』が始まったのだ。
■
「二ヶ月か……長かったのか短かったのか……ふふ、これがあなたの本来の顔ですか……これはこれで可愛らしいな……ジェニーズ」
彼女を抱き潰した後、ギフトの力が働き、私と彼女は違う世界にいた。
彼女の姿は違う女性に変わり、私はそのままだったことを考えると、恐らく彼女は『私達の世界』に魂だけやってきて戦争の被害者の体にでも潜り込んだのだろう。そして私は、『彼女が望む通り』、肉体ごと、こちらにやってきたのだ。
(そしてもう『元の世界』には戻れない……いや、戻らない。私のギフトはあの世界で強すぎた……私がいることはあの世界で良い結果には至らないだろう……、……私は、そういう存在だった……)
眠っている彼女の顔をしばらく眺めてから、部屋の中を見渡す。
(この世界なら……私を受け入れてくれるだろうか……)
床の質感や、壁の材質、カーテンの向こう側の景色、何もかもが異なるものだ。だが何よりも、驚くべきことは――戦火が見えないことだ。
「ここは……、この世界は本当に……戦争がないことが当然、……なのでしょうか……」
ジェニーズは眠っている。
彼女はどんなときもとても穏やかに眠る。あの世界の人間ならありえないほど、深く、彼女は眠るのだ。でも、この世界ならそれはとても普通のことのように思える。何も燃えていない、この世界では。
「……、……『今度こそ』……『この世界でこそ』、上手くやろう……平和な世界を必ず……誰もが、自分のために、生き方を探索できる世界を……」
無数の明かりのある夜景を透かす窓ガラスに、自分の顔が醜く歪むのが映っている。教祖として決して浮かべてはいけない表情だ。だが止められない。……もう、止める必要もない。
「まさか今になって『人』として、生きられるなんて……思ってもみなかった。フ、……ククッ……あぁ、こんなに、面白いこと、……こんな世界、私の頭では想像すらできない。……このギフト、生まれて初めて神に感謝する。……こんな世界に来られるなんて……」
眠る彼女の顔に触れる。まだ起きない。早く起きて欲しい。話したいことも聞きたいことも無数にある。なにより、……まだ抱き足りない。
「早く起きてくれ。君の驚く顔が見たい、ジェニーズ。私の幸福の女神、可愛い人、……愛しい人……。早く起きて、……」
彼女は眠りながらむにむにと口をとがらせた。あんまりにも愛らしい、つい、笑ってしまった。
これが私がこの世界にやってきた初めての日のこと。そうして、私の異世界での『人』としての生活が幕を上げたのだ。
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