悪役令嬢は銃を握って生きていく

いろは

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「法廷で『有罪』って言葉は禁句タブーだぞ?」

「わ、わかった! わかったから、こ、殺さないで……!」

「……見てるからな?」

 トルーチュのとある街角。
 横転した馬車の横には顔を真っ青にした男と、その男の眉間に銃を突きつけるオレが居た。
 股間をビショビショに濡らした男が悲鳴と共に逃げ出して行ったのを見送る。

「コレであと一人だのぅ、馬車の同乗者は放っておいて良いのか?」

「陪審員だけを言いくるめれりゃいいさ。問題は最後の一人か……」

 ひっくり返った、というかひっくり返した馬車に座って足をブラブラさせるアウレアが問い掛けてくる。
 これだけ見れば完全にガキだな。

 そんなアウレアの言葉にオレはタバコをくわえて火を付け、紫煙を吐きながら苦い顔をしてしまった。

 陪審員三人のうち話し合い脅しでケリを付けたのが二人。
 この二人は他の犯罪組織の息のかかった人間だった、だから最近は勢いの無いべニートからの懐柔や脅しには屈しなかったのだろう。
 そこでオレが出て行って『お願い』すると『快く』快諾してくれた。
 一応、美少女のお願いなんだから、もう少し嬉しそうにしてくれてもいいのにな?

「最後の一人は末席とは言え貴族さまだ。少し面倒だぜ」

「貴族も庶民もボコれば一緒じゃろう?」

 バカっぽいと思ってはいたが、この吸血鬼もしかして脳筋なんじゃなかろうか。

「バッキャロー、アイツら身内やられるとすっげーしつこいんだぞ?」

 クメルジャの腐れ貴族共なら容赦なくぶん殴れる、というかお願いされなくてもこっちから眉間に風穴開けてタバコ吸わせてやるが、他国の貴族となると話が変わる。

 昔、帝国にたどり着いた時にオレを奴隷にしようとした貴族が居たんだが、つい勢いでそいつの前歯をへし折ったら二ヶ月ぐらい追っかけ回されるハメになったからな。
 アイツらクソしつこいし、めんどくせぇ。

 今のオレならトルーチュに居る限り追いかけ回される事は無いだろう、どこの誰でも火薬満載の倉庫に火のついた松明持って入りたくは無いからな。
 だが、間違いなく懸賞金の額が上がるだろう、それもめんどくせぇ話だ。

「ホントならファンに上手いこと繋いでもらおうと思ったんだがなぁ……」

 アイツはああ見えて顔が広いからな、そっちのコネもめちゃくちゃデカい。
 だが、本人が密造酒でベロンベロンじゃ話にならねぇ。
 つか、この酒製法の時代に密造酒作るのは珍しい話じゃねぇが、作ってる量と濃度が頭おかしいレベルだぞ。

 おっと、ここで言う酒製法ってのは酒の作り方を定めた法律なんてもんじゃない。
 『酒類の製造を制限する法律』で『酒製法』と言う。
 昔は酒は悪しき文化だ、とか各国の貴族共がのたまったせいで禁酒法なんて物が近隣諸国にあったんだが、黄金の1920年代アメリカよろしく街のゴロツキ共が酒を売って資金を稼いでマフィアやギャングになっちまった。
 何カ国か規模でそんな事になっちまったもんだから緩和されて今は酒を作るのは国営製造所のみとなっている。
 ちなみに、これは日本でも似たようなもんで酒税法により免許を持ってないのに梅酒以外の酒を作るとポリスメンにとっ捕まるので注意な。

 まぁ、法整備も警邏活動も、なんなら警察的組織自体が未成熟かつあやふやな異世界じゃ一般庶民はみんな隠れて作ってるし、マフィアやギャングみたいな非合法組織なんかは大きな施設で大量に作って資金源にしてるんだが。
 つか、国の衛兵はもちろん一部の貴族も自家製の酒を作ったりしてるしな。
 完全に有って無いような法だな。

 と、まぁ酒の話は置いといて、例の貴族だ。

 例の貴族は隣町、その町外れの屋敷に住む小物貴族だ、序列的にもケツから数えた方が早い。

「言ってても仕方ねぇか。ターゲットの屋敷に偵察と行こうぜ?」

「だが、陪審員の過半数はもう説得済みであろう? ならわざわざ最後の一人まで説得する必要はないのではないか?」

「評決は全員一致が基本だ。特別多数決はこの国じゃまずねぇよ」

 もし陪審員のうち誰か一人でも有罪と言ってしまえば、評決不能で裁判から陪審員の選任まで全部やり直しだ。
 そんな事になったら言いくるめに金を使ってるべニートはもちろん、こうやって説得して回ってるオレたちすら損をするハメになる。

「ま、目的の町に着くまでフォードでぶっ飛ばして小一時間だ。道中でいろいろと考えてみるさ」



※※※※※※



 オレたちが目的の街へ着く頃には太陽は傾き、辺り一面を夕焼け色に染めていた。
 陪審員二人の説得にずいぶんと時間をかけちまったらしい。
 あとはここまで不整地の道のせいでもある、馬車が主流の世界で舗装された道路なんてありゃしねえからな。

「パーピュア、このままでは暗くなってしまうぞ?」

「わーってるよ。もうすぐ見えてくるハズだ」

 フォードを走らせる事十数分、街の外れにそこそこ立派な屋敷が建っている。
 大きさ的には貴族の屋敷としてとても小さな屋敷だ。
 オレたちは車を近くの茂みに隠すと貴族の屋敷へと向かった。

「おかしいな? 人の気配がなさすぎやしないか? いくら序列ワーストの貴族でも屋敷に人っ子ひとり居ないって事は無いだろ」

「さてな、庭の手入れもされておるし。夜逃げと言う訳でも無かろう?」

 そう言うとアウレアの顔が途端に険しくなった。
 その視線は屋敷に注がれている。

「どうした? 便所か?」

「たわけ、気が付かんのか?」

 オレの軽口をアウレアがピシャリと跳ね除ける、いつものコイツならオーバーリアクション気味に抗議してくるハズだが。

「どうやら、先客がおったらしいの。酷く血の匂いがする」

「なるほどね。豚オヤジめ、めんどくせぇ依頼して来たもんだぜ」

 アウレアの態度に気持ちを切り替えたオレは腰からモーゼルを抜き、屋敷に向かって歩き出す。
 どこの誰だか知らねぇが、ターゲット陪審員を殺られちまったら大損だ。
 アウレアもトーラス・ジャッジを構え後に続く。

 数日前に買ったトーラスだが、何故かこの吸血鬼がとても気に入ったようでしつこくねだって来るので貸し与えている、あくまで借してるだけだ、しかも銃弾もオレしか供給できないと来てる。
 アウレアは以外と銃を使うセンスはあったようで、腕はそれなりに良いのだが、まだ練習不足だな。
 だが、さすがは吸血鬼の肉体か、.454カスール弾を撃ち出すリボルバーを片手で扱ってもビクともしねぇし、狙いも正確だ
 今度、倉庫で眠ってる象撃ち銃ラハティL-39でも使わせてみるかな。

「この匂いの濃さ。相当殺られておるな、目的の貴族がはたして生きておるだろうか……」

「生きてて貰わなきゃこっちが困る。調子に乗って撃ちまくるんじゃねぇぞ。複製元の弾が無くなりゃ終わりなんだからな」

「わかっておるわ」

 不満気なアウレアを後目に、オレは屋敷の入口の扉に手を掛けたのだった。

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