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Shot06

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「……んごぅぇっ!?」

 嫌な夢を見て、ゆっくりと覚醒していた意識は、腹部を襲った衝撃で即座に現実へ引き戻される。

 跳ね起きたそこは良く見知った一室。
 くたびれて弾痕の残る木製の壁にガラスなんて高級な物は入ってない隙間だらけの格子戸とよれてボロボロのカーテン。
 開けっぴろげにされて中身が漏れ出ている洋服ダンスと酒瓶、手配書、弾丸が散らばる床にこれまた大量の酒瓶と満杯の灰皿と食べカスが乗ったテーブル。
 今居るのは硬い木製ベッドの上、目の前には腹部を襲った衝撃の原因が転がっていた。

「……くかぁーー……もーぅ飲めーんぞぉー……んぅー……すぅー」

 数日前に拾って来た吸血娘の足だった。
 まったく寝相の悪い娘だ、寝返りで人様の腹に回し蹴りとは。
 と言う以前にコイツにはソファで寝ろと言っていたハズだが、どうやらまた布団に忍び込んで来たらしい、ここ数日ずっとなので慣れてしまった。

 拾って来てこの数日で如何せんこの吸血鬼を娘か妹の様に扱い出している自分に頭を抱えそうになる。
 事実、鉄火場にさえいなければこの吸血鬼の言動は手のかかる少女のそれなのだ。
 ひとたび戦闘になると凶暴性剥き出しで大暴れを始めるし、怪力と不死身の再生力は紛う事なき化け物のそれで、全く持って非現実的。
 しかし、寝顔は本当にあどけない少女だった。

 そう思っているうちに、吸血鬼の少女アウレアはオレの左手を両腕で抱き締める。

 寝ている間は無意識で力をセーブしているらしく絞め殺される事は無いようだ。
 本人いわく、かなり長生きしている吸血鬼らしく、過去には寝て起きたら辺りが悲惨な事になっていたとか。
 それ以来、寝ている間は力を出し過ぎない様に特訓したとの事だ。
 ちなみに、そのせいで寝ている間にとっ捕まって今に至る訳だが。

「ったく、しょーがねぇな」

 今日は大きな仕事がある。
 そろそろ起こすかと動きかけた時。

「……んー。はぷっ、チューーーーっ」

「いてぇっ!? 何してんだ腐れ吸血鬼コラァ!!」

 ホールドした左腕に噛み付いて血を吸いだした吸血鬼をベッドから蹴り落とした。

「ごっふぁっ!! なんだ!? 火事か!? 泥棒か!?」

「泥棒はてめぇだ! この血液泥棒!! つか、ソファで寝ろっつてんだろ!」

「あんな小汚くて狭い所で寝られるか、ベッドのひとつくらい買って欲しいもんじゃな」

「自分の食う食費を考えやがれ、ついでにウチの間取りもな」

 そう、ここはトルーチュの我が家。

 メインストリートから1本入った路地に建つ木造二階建てのオレの事務所兼自宅である。
 もとは個人商店だったこの建物は一階部分が商店スペースのがらんどうで二階部分が生活スペースである。

 一階は倉庫になっており、雑多に積まれた木箱には市場で買い集めた銃火器が詰まっている、あとは銀狐から買ったアレが置いてあり、小さな炊事場があるのも一階だ。
 そして、二階部分は応接室兼事務室が一室、寝室兼リビングが一室、銃火器の弾薬が保管されている部屋が一室だ。
 当然、この吸血鬼に与える部屋なんぞ無いのである。

「全く、寝床も無い、血も吸えんとは。血を吸ったとてせいぜい50ccくらいじゃ。我は少食なのでな」

「吸血鬼としては少食でも、普通の飯は人の三倍食うだろが! あと、血なんぞ吸われて変な病気に掛かったらどうすんだ! 家畜の血でも吸っとけ!」

「それこそ我が変な病気に掛かるであろうが!」

 ここ数日、こんな調子で生活している。

「ったく、もういい。起きたんならさっさと支度しやがれ。今日は仕事だ」

「お? よし今日は誰と戦うのだ?」

「おめぇは俺を殺し屋か何かと勘違いしてんのか?」

「違うのか?」

 俺は真面目に問い掛けてくる吸血鬼に深々とため息を付く。
 確かに最近はマフィアの事務所を襲ったり、賞金稼ぎを返り討ちにしたりと血なまぐさい事が多かったが、アレは仕事ではない。
 しかもそれ以外だとファンの酒場で酒飲んでた記憶しかない。

「オレはあくまで便利屋だ。要人の護衛、抗争の助っ人、威力偵察、活動妨害。まぁ、たまには暗殺紛いの事もするし、賞金稼ぎみたいな事もするけどな。いつもってワケじゃねぇ」

「ほとんど法に触れる物ばかりだのぉ。護衛なんぞ大陸冒険者組合か傭兵派遣組合に登録してないと犯罪じゃぞ」

「この街でそんなこまけぇ事気にする奴居ねぇよ。今日は大事な仕事だ、遅れねぇ様に準備しねぇと」

「暗殺か?」

 アウレアがそう問い掛けてくるが、今日はドンパチやるヤツじゃない。

「とある大物のパーティーに招待されてる。港の船の上で立食パーティーだと」

「パーティー!!!」

 パーティーと聞いて今にも飛び出しそうな勢いで目をキラキラと輝かせるアウレア。
 まるで遊園地に遊びに行く子供のようだ。

「それはアレか? 飲み放題食べ放題なのか!?」

「……まぁ、そう言うパーティーじゃ見栄張って食い切れない量の料理を並べるからな。飲み食いしても良いが、マナーはしっかりと守りやがれ。あと、コレは仕事だ。オレは仕事の話をするから大人しくしてろ」

「当然じゃ! イヤッホーゥ! たっべ放題! のっみ放題!」

「不安要素しかねぇぞ、腐れ吸血鬼」

 有頂天ではしゃぎ回る吸血鬼を眺めて、また溜め息を着きそうになるが、重大な問題を発見してしまった。
 アウレアの服装である。

 アウレアが今着ているのは、ある程度仕立ては良いと言っても平凡極まりない白シャツと茶色のズボン、さらに外出時にはボロいマントを羽織る。
 大物のパーティーに出るには貧相すぎる服装だ。
 ドレスコードは無いが、一応ちゃんとした服装で行かなければ上手くいく交渉も決裂しちまう。

「待て待て待て、お前のその格好じゃダメだ。買い出しぐらいなら良いが、そんなチャチなパーティーじゃねぇ」

「何じゃ? 別に汚れてなどおらんぞ? それにお主の服装はどうなのだ?」

「オレは普段からちゃんとしたスリーピース・スーツだ。何にも問題無い。ラフィーの服屋に寄ってから行くぞ。ほら、顔ぐらい洗ってこい」

「……うーい」

 一階の炊事場に降りて行くアウレアを見送ってオレも準備を始めた。



※※※※※※



 ラフィーの服屋はこの最悪の街において数少ないマトモな店だ。
 腕も良いし、仕事も早い、さらに生地も良いときてる。
 少々値は張るが、高い品質と他の店なら更に
ぼったくられる事を考えると当然の値段だと思う。

 ただ、オレはここの店主が苦手だ。

「いっやぁ~ん、パピーちゃ~ん。久しぶりじゃな~い?」

「お、おう。久しぶりだな、ラフィー。あと変な呼び方で呼ぶな」

 生地が並べられた店内、その奥から腰をくねらせながら現れたはドギツいピンクの改造レオタードを身にまとった、ケツアゴ青ひげ筋肉隆々のゴツいオッサン、しかも金髪ツインテールの見間違い無いほどの変態。
 初対面なら間違いなく発砲してたであろうこの変質者がこの店の店主、ラフィーだ。

 しかも、何を気に入ったのかずっと『パピー』と呼ばれている。
 これが子犬を意味するのか青二才を意味するのか。
 返答次第では股間のモッコリを蹴り付けるのもやぶさかではないが、コレでもラフィーはオレを『青二才』扱いするだけの実力と場数を踏んだ猛者だ。

「んもぅ! またスーツなんて着て! せっかくの素材が台無しよ? 新作スカートが有るから着てみない?」

「お断りだ。それに今日はオレの服じゃなくて、コイツの服だ」

 オレに続いて入って来たアウレアを見たラフィーは目を丸くして驚いていた。

「まぁ、可愛らしいお嬢さんだこと。あなた、人攫いまで始めたの? 手が広いわねぇ」

「勝手に転がり込んで来ただけだ」

「……ふぅん。ま、そう言う事にしとくわ。で? どんな服をお望み?」

「引っ掛かる言い方だが、まぁ良いだろ。マルティネス商会の立食パーティーにご招待頂いててな、コイツの格好じゃ貧相に過ぎる」

「マルティネス? あのマルティネス商会? ならデカい山じゃない。任せといてバッチリとキメてあげるから」

「な、なんか不安しか無いんじゃが!?」

「……大丈夫だよ。仕事はキッチリやるヤツだ」

「今の間はなんだ!?」

 嫌がるアウレアだったが、最終的に渋々とラフィーに連れられて奥へと消えて行った。

 約一時間後。

「お待ったせ~!」

 やけにテンションの高いラフィーが奥から現れる。

「んもぅ! アウレアちゃん、早く出てらっしゃいな!」

「……うぅー」

 唸りながら現れたアウレアは、黒地に金の刺繍をあしらったワンピースを纏い、その金髪には髪飾りをあしらった姿だった。

「馬子にも衣装……か」

「……悔しいが、悪くない気がする。しかし、貴様の感想は最悪じゃな」

「ヤダもぅ、馬子なんて言ってあげないで? 素材はとっても良いんだから」

「素材は、な?」

「ほんっと、貴様は性格が悪いのだ」

「ところでマントは無いのか?」

 ひとつ疑問をぶつけてみた。
 アウレアは基本的に外に出る時はマントを着用している。
 吸血鬼ゆえに太陽が弱点かと思ったのだが。

「アレはただ日焼けが嫌なだけじゃ。太陽なぞ
、ちょっと嫌いなだけだわい」

 こうして服を調達したオレたちはラフィーに見送られながら店を後にした。
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