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七虹の望み
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七虹がその募集広告を見たのは、二週間前だった。
大学生活最後の夏休みが始まり、七虹は人生の岐路に立たされていた。
進路がちっとも定まらない。手当り次第に企業にエントリーした就職活動も、一向にうまくいかない。
焦燥感で眠れぬ夜が何日も続いた。友達はどんどん就職先が決まっていく。大学院や、夢のために専門学校への進学を選んだ子もいた。
七虹には何も無かった。
他者に頼りっきり、任せっきりにしても、特に何も困らないまま生きてきた七虹は、『自分から動く』という能力が著しく欠けていた。だから将来に何も描けなかった。
生まれて初めて自分の無能さを知った。
いつものように両親に相談したが、
――「七虹の好きなようにしなさい。どんな道を選んでも、応援するよ」
返されたのは、それだけだった。
丸裸で荒野に放り出されたような気持ちになった。
両親をなじりそうになった。
わたしがこんなに苦しんでいるのにどうして助けてくれないの、と。
だがそれは間違いだとすぐに気づいた。
何も積み重ねてこなかったのは、他でもない、自分自身だからである。
生まれて初めて、自分を嫌いになった。
そんな自分を変えたくて、いっそぶち壊したくて必死に考えた。
その末に見つけた方法が、アダルトビデオに出演する――というものだったのは、我ながら突拍子がないとは思う。
同じ学内に、何人かいるのだ。AVに出演した経験がある女子が。聞くところによると、男子もいるらしい。
その子はバスケのサークルに所属している子で、真面目なごく普通の女子大生だった。七虹の、『そんなものに出演する女は男関係にだらしない』というありがちな偏見は瞬時に払拭された。
――「昔と違って、今はものすごくオープンだよ、AV出演なんてさ。借金を抱えて泣く泣く身を売るなんて子、全然いないし」
彼女はあっさりと言った。そんな彼女のキッカケは、
――「私、留学したいんだよね。語学留学。勉強時間確保のために、単発で入れる仕事を探したらコレがあったの」
そんなものだった。金銭目当てなのは変わらないが、悲壮さはまったく感じられなかった。
別の子にも話を聞いた。彼女は七虹の大学の、ミスコン優勝者だった。一ノ宮に負けないくらいのスタイルの持ち主で、美人だった。
――「無理強いなんてされたことないよ。むしろ現場では、お姫様待遇してもらえる。プロの人にメイクしてもらって、撮ってもらってさ。あ、あたしってこんなにキレイに映れるんだーって完パケ見たら感動しちゃった」
滔々と語って、彼女は自身の出演作のパッケージをこっそり見せてきた。
高価そうな服を着て、髪もメイクも完璧に整えられた彼女が、女優の顔で微笑んでいた。
背景はどこかのスタジオで、明るくて雰囲気のよい写真だった。
タイトルは『変身したい彼女』。ちっともいやらしくない、品のあるデザインのパッケージだった。
――「避妊とか病気とかにもちゃんと気をつけてるし、あたしの心身のコンディションにも気を配ってくれるし……確かに大きな声じゃ言えないけど、すごくいいよ。AV業界」
そう言った彼女たちは、キラキラと輝いていた――。
(……そう、言っていたのに)
疲弊しきった脳で回想する七虹に、仁藤が張りついた笑顔で急かした。
「早くしないと、大和クンが警察連れてきちゃうでしょ。俺たち、それまでに事を済ませて退散しなきゃなんないんだから、ぐずぐずしないの」
六人部と四条が部屋の中に入ってきた。
椿が弾かれたように彼らに飛びつく。
「待ってください。撮影って何のことか分かんないですけど、七虹さん疲れてるみたいですし、そっとしておいてあげてください」
「あー……君、いたんだっけか」
六人部が忌々しげに舌を鳴らした。
「悪いけどね。オレらも手段選んでる場合じゃないのよ。ちょっとココでおとなしくしといて」
六人部が椿を突き飛ばそうとした。その手を除けようとした椿の身体が後ろに傾き、背後にいる四条にぶつかった。
折悪しく、四条がカメラを持ち替えようとした時だった。木の床をえぐるほどの大きな音がして、四条のカメラが落ちる。
空気が一瞬だけ凍り、四条の怒声が引き裂いた。
「このクソガキ!」
激昂した四条が、力任せに椿を張り飛ばす。
「よくもボクのカメラを! カメラをぉ!」
四条が口から泡を吹いて、信じられないくらいに怒り狂い、倒れた椿を足で踏みつけた。
「椿ちゃん!」
「おいやめろ、カメラオタク!」
六人部が間に入る。七虹は駆け寄ろうとしたが、伍川に後ろから止められた。伍川の手は震えているが、がっちり七虹の腕をつかんでいた。
「だ、だ、だってコイツが悪いんだボクのカメラをボクのカメラを」
四条がぶつぶつ言い訳がましく呟く。
六人部が腰を折って、床に伏した椿の様子を見る。
「あ、やっべぇ。この子、死んでます」
大学生活最後の夏休みが始まり、七虹は人生の岐路に立たされていた。
進路がちっとも定まらない。手当り次第に企業にエントリーした就職活動も、一向にうまくいかない。
焦燥感で眠れぬ夜が何日も続いた。友達はどんどん就職先が決まっていく。大学院や、夢のために専門学校への進学を選んだ子もいた。
七虹には何も無かった。
他者に頼りっきり、任せっきりにしても、特に何も困らないまま生きてきた七虹は、『自分から動く』という能力が著しく欠けていた。だから将来に何も描けなかった。
生まれて初めて自分の無能さを知った。
いつものように両親に相談したが、
――「七虹の好きなようにしなさい。どんな道を選んでも、応援するよ」
返されたのは、それだけだった。
丸裸で荒野に放り出されたような気持ちになった。
両親をなじりそうになった。
わたしがこんなに苦しんでいるのにどうして助けてくれないの、と。
だがそれは間違いだとすぐに気づいた。
何も積み重ねてこなかったのは、他でもない、自分自身だからである。
生まれて初めて、自分を嫌いになった。
そんな自分を変えたくて、いっそぶち壊したくて必死に考えた。
その末に見つけた方法が、アダルトビデオに出演する――というものだったのは、我ながら突拍子がないとは思う。
同じ学内に、何人かいるのだ。AVに出演した経験がある女子が。聞くところによると、男子もいるらしい。
その子はバスケのサークルに所属している子で、真面目なごく普通の女子大生だった。七虹の、『そんなものに出演する女は男関係にだらしない』というありがちな偏見は瞬時に払拭された。
――「昔と違って、今はものすごくオープンだよ、AV出演なんてさ。借金を抱えて泣く泣く身を売るなんて子、全然いないし」
彼女はあっさりと言った。そんな彼女のキッカケは、
――「私、留学したいんだよね。語学留学。勉強時間確保のために、単発で入れる仕事を探したらコレがあったの」
そんなものだった。金銭目当てなのは変わらないが、悲壮さはまったく感じられなかった。
別の子にも話を聞いた。彼女は七虹の大学の、ミスコン優勝者だった。一ノ宮に負けないくらいのスタイルの持ち主で、美人だった。
――「無理強いなんてされたことないよ。むしろ現場では、お姫様待遇してもらえる。プロの人にメイクしてもらって、撮ってもらってさ。あ、あたしってこんなにキレイに映れるんだーって完パケ見たら感動しちゃった」
滔々と語って、彼女は自身の出演作のパッケージをこっそり見せてきた。
高価そうな服を着て、髪もメイクも完璧に整えられた彼女が、女優の顔で微笑んでいた。
背景はどこかのスタジオで、明るくて雰囲気のよい写真だった。
タイトルは『変身したい彼女』。ちっともいやらしくない、品のあるデザインのパッケージだった。
――「避妊とか病気とかにもちゃんと気をつけてるし、あたしの心身のコンディションにも気を配ってくれるし……確かに大きな声じゃ言えないけど、すごくいいよ。AV業界」
そう言った彼女たちは、キラキラと輝いていた――。
(……そう、言っていたのに)
疲弊しきった脳で回想する七虹に、仁藤が張りついた笑顔で急かした。
「早くしないと、大和クンが警察連れてきちゃうでしょ。俺たち、それまでに事を済ませて退散しなきゃなんないんだから、ぐずぐずしないの」
六人部と四条が部屋の中に入ってきた。
椿が弾かれたように彼らに飛びつく。
「待ってください。撮影って何のことか分かんないですけど、七虹さん疲れてるみたいですし、そっとしておいてあげてください」
「あー……君、いたんだっけか」
六人部が忌々しげに舌を鳴らした。
「悪いけどね。オレらも手段選んでる場合じゃないのよ。ちょっとココでおとなしくしといて」
六人部が椿を突き飛ばそうとした。その手を除けようとした椿の身体が後ろに傾き、背後にいる四条にぶつかった。
折悪しく、四条がカメラを持ち替えようとした時だった。木の床をえぐるほどの大きな音がして、四条のカメラが落ちる。
空気が一瞬だけ凍り、四条の怒声が引き裂いた。
「このクソガキ!」
激昂した四条が、力任せに椿を張り飛ばす。
「よくもボクのカメラを! カメラをぉ!」
四条が口から泡を吹いて、信じられないくらいに怒り狂い、倒れた椿を足で踏みつけた。
「椿ちゃん!」
「おいやめろ、カメラオタク!」
六人部が間に入る。七虹は駆け寄ろうとしたが、伍川に後ろから止められた。伍川の手は震えているが、がっちり七虹の腕をつかんでいた。
「だ、だ、だってコイツが悪いんだボクのカメラをボクのカメラを」
四条がぶつぶつ言い訳がましく呟く。
六人部が腰を折って、床に伏した椿の様子を見る。
「あ、やっべぇ。この子、死んでます」
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