上 下
15 / 25

七虹の望み

しおりを挟む
 七虹がその募集広告を見たのは、二週間前だった。

 大学生活最後の夏休みが始まり、七虹は人生の岐路に立たされていた。
 進路がちっとも定まらない。手当り次第に企業にエントリーした就職活動も、一向にうまくいかない。
 焦燥感で眠れぬ夜が何日も続いた。友達はどんどん就職先が決まっていく。大学院や、夢のために専門学校への進学を選んだ子もいた。

 七虹には何も無かった。

 他者に頼りっきり、任せっきりにしても、特に何も困らないまま生きてきた七虹は、『自分から動く』という能力が著しく欠けていた。だから将来に何も描けなかった。
 生まれて初めて自分の無能さを知った。
 いつものように両親に相談したが、

 ――「七虹の好きなようにしなさい。どんな道を選んでも、応援するよ」

 返されたのは、それだけだった。
 丸裸で荒野に放り出されたような気持ちになった。

 両親をなじりそうになった。
 わたしがこんなに苦しんでいるのにどうして助けてくれないの、と。
 だがそれは間違いだとすぐに気づいた。

 何も積み重ねてこなかったのは、他でもない、自分自身だからである。

 生まれて初めて、自分を嫌いになった。
 そんな自分を変えたくて、いっそぶち壊したくて必死に考えた。
 その末に見つけた方法が、アダルトビデオに出演する――というものだったのは、我ながら突拍子がないとは思う。
 同じ学内に、何人かいるのだ。AVに出演した経験がある女子が。聞くところによると、男子もいるらしい。
 その子はバスケのサークルに所属している子で、真面目なごく普通の女子大生だった。七虹の、『そんなものに出演する女は男関係にだらしない』というありがちな偏見は瞬時に払拭された。

 ――「昔と違って、今はものすごくオープンだよ、AV出演なんてさ。借金を抱えて泣く泣く身を売るなんて子、全然いないし」
 彼女はあっさりと言った。そんな彼女のキッカケは、
 ――「私、留学したいんだよね。語学留学。勉強時間確保のために、単発で入れる仕事を探したらコレがあったの」

 そんなものだった。金銭目当てなのは変わらないが、悲壮さはまったく感じられなかった。

 別の子にも話を聞いた。彼女は七虹の大学の、ミスコン優勝者だった。一ノ宮に負けないくらいのスタイルの持ち主で、美人だった。

 ――「無理強いなんてされたことないよ。むしろ現場では、お姫様待遇してもらえる。プロの人にメイクしてもらって、撮ってもらってさ。あ、あたしってこんなにキレイに映れるんだーって完パケ見たら感動しちゃった」
 滔々と語って、彼女は自身の出演作のパッケージをこっそり見せてきた。

 高価そうな服を着て、髪もメイクも完璧に整えられた彼女が、女優の顔で微笑んでいた。
 背景はどこかのスタジオで、明るくて雰囲気のよい写真だった。
 タイトルは『変身したい彼女』。ちっともいやらしくない、品のあるデザインのパッケージだった。

 ――「避妊とか病気とかにもちゃんと気をつけてるし、あたしの心身のコンディションにも気を配ってくれるし……確かに大きな声じゃ言えないけど、すごくいいよ。AV業界」

 そう言った彼女たちは、キラキラと輝いていた――。


(……そう、言っていたのに)
 疲弊しきった脳で回想する七虹に、仁藤が張りついた笑顔で急かした。
「早くしないと、大和クンが警察連れてきちゃうでしょ。俺たち、それまでに事を済ませて退散しなきゃなんないんだから、ぐずぐずしないの」
 六人部と四条が部屋の中に入ってきた。
 椿が弾かれたように彼らに飛びつく。

「待ってください。撮影って何のことか分かんないですけど、七虹さん疲れてるみたいですし、そっとしておいてあげてください」
「あー……君、いたんだっけか」
 六人部が忌々しげに舌を鳴らした。
「悪いけどね。オレらも手段選んでる場合じゃないのよ。ちょっとココでおとなしくしといて」
 六人部が椿を突き飛ばそうとした。その手を除けようとした椿の身体が後ろに傾き、背後にいる四条にぶつかった。
 折悪しく、四条がカメラを持ち替えようとした時だった。木の床をえぐるほどの大きな音がして、四条のカメラが落ちる。
 空気が一瞬だけ凍り、四条の怒声が引き裂いた。

「このクソガキ!」

 激昂した四条が、力任せに椿を張り飛ばす。
「よくもボクのカメラを! カメラをぉ!」
 四条が口から泡を吹いて、信じられないくらいに怒り狂い、倒れた椿を足で踏みつけた。

「椿ちゃん!」
「おいやめろ、カメラオタク!」

 六人部が間に入る。七虹は駆け寄ろうとしたが、伍川に後ろから止められた。伍川の手は震えているが、がっちり七虹の腕をつかんでいた。
「だ、だ、だってコイツが悪いんだボクのカメラをボクのカメラを」
 四条がぶつぶつ言い訳がましく呟く。
 六人部が腰を折って、床に伏した椿の様子を見る。

「あ、やっべぇ。この子、死んでます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

トゴウ様

真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。 「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。 「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。 霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。 トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。 誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。 「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました! 他サイト様にも投稿しています。

コ・ワ・レ・ル

本多 真弥子
ホラー
平穏な日常。 ある日の放課後、『時友晃』は幼馴染の『琴村香織』と談笑していた。 その時、屋上から人が落ちて来て…。 それは平和な日常が壊れる序章だった。 全7話 表紙イラスト irise様 PIXIV:https://www.pixiv.net/users/22685757  Twitter:https://twitter.com/irise310 挿絵イラスト チガサキ ユウ様 X(Twitter) https://twitter.com/cgsk_3 pixiv: https://www.pixiv.net/users/17981561

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

僕とジュバック

もちもち
ホラー
大きな通りから外れた小道に、少し寂れた喫茶店が、ぽつんとある。 それが、僕がバイトしている喫茶店の『ジュバック』。 これは、僕がジュバックで体験したほんの少しおかしな物語。 ※monogatary にて投稿した作品を編集したものになります。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...