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わたしが守ります

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 這々の体(てい)で七虹たちはログハウスに戻った。一番最後だった椿が扉を閉め、鍵をすべてかける。
 なおも喚き続ける三井に、大和が救急セットを用いて応急処置を施した。

「こんな立派な救急箱、荷物にあったか?」
「私用です」

 仁藤が訝しむと、大和があっさり答える。何故そんなものを持ってきているのか……と無言の疑問がわいた。
 さすがに声が枯れたのか、三井の哭声は啜り泣きに変わった。
 包帯が巻かれた右手を見ては、ソファに突っ伏して身も世もなく嗚咽を漏らす。

「いい加減、うるせーよ三井サン。ちったぁ我慢しろって」
 六人部が舌打ちして、非道に命じる。
 三井はマスカラが落ちて周りが真っ黒になった目で、ギロリと睨んだ。
「うるせー! 死ね!」
 左手でローテーブルの上にあった陶器の灰皿を六人部に投げつける。彼が避けると、それは背後の壁に当たり、ガシャンと割れる。
 三井はいっそう甲高く罵り、顔を手で覆いながら二階へと上がった。
 ドアが乱暴に閉まる音が響いた。
「果蘭ちゃんは、ナルシストっていうか自分の身体大好きっ子だからねぇ……転んで膝をすりむいただけでもギャン泣きするのに、手があんな風になっちゃ……」

 はぁ、と仁藤が嘆息した。
 伍川は自分の二の腕を激しくさすり、

「あんな風に、って、マジで何があったんスかね?」
「オレ、三井の傷をモロに見たケド、切ったとかじゃなさそうだったぜ。ぶっといハムを齧った痕みたいな……だからピラニアでもいるのかって言ったんだけど」
「ピラニアって……」

 六人部の言葉に失笑がわいた。しかし力のないものだった。
 一ノ宮が消え、三井が負傷した。
 もしかしたらそれらは大したことではないーーのかもしれない。だが。
 一ノ宮の部屋に残された不気味さ。
 三井の傷口からあふれる血の色。
 それらが七虹の頭から離れず、能天気に笑い飛ばす気力を奪う。
 きっと他の面々も同様だろう。

「とにかく、三井さんを病院に連れていかないと。警察にも報せた方がいい」
 そんな中で、妙に冷静なのが大和だった。
 椿も口を噤んでいるが、落ち着いて見えた。七虹よりもずっと。
 いけない。七虹は頬を軽く叩いた。
 年下の子たちが動揺を表に出すまいと努めているのに、大人である自分がオロオロするわけにはいかない。
 仁藤たちも同じことを思ったのか、深呼吸をすると、状況を整理しはじめる。

「病院に行くにしろ警察に駆け込むにしろ、今日の予定もあることだし、いったんスタッフ内で話し合ってみるよ。悪いけど七虹ちゃんたち、待っててくれる?」
 七虹が返事をする前に、仁藤が四条、伍川、六人部を連れてリビングダイニングから出て行った。
 待機を命じられた七虹は、やるせなくなりソファに座った。

「七虹さん。朝食、どうされますか」
 椿が訊いた。
 目玉焼きもコーヒーもすっかり冷めきっている。食欲などなかったが、せっかく用意してくれたものなので七虹は重い腰を上げた。
 しかし、冷たい目玉焼きは口に重くて、パンは乾ききっており、ひとくち食べただけでえずきそうになった。
「ごめんなさい……やっぱり無理みたい」
 プラスチックの使い捨てフォークを皿に置く。
 椿が淹れ直してくれた熱々のコーヒーを飲んだが、これも口に合わなかった。薄っぺらい味で深みもコクもない。家のコーヒーと全然違う。父親がこだわり抜いた深煎りのコーヒーが恋しかった。
 重苦しいため息が落ちた。
「片づけ、手伝うね」
 七虹が手つかずの目玉焼きを、一枚の紙皿に集め出した。パンもかじりかけのものはゴミ箱に捨てた。椿は見るからにしょんぼりしている。
 七虹が最後のワンセットに手を伸ばそうとするのを、大和が止めた。
「……これはオレがもらう」
 そう言って、立ったままロールパンと目玉焼きをもくもくと食べた。その様子を見て、椿が微かな笑みを浮かべる。

「いったい、これからどうなるのかな……」
 二人のやりとりにあたたかいものを感じながらも、拭いきれない不安が、七虹にそんな台詞を吐かせた。
 冷たいコーヒーを呷る大和の代わりに、椿がぎこちなくも笑顔を作る。

「だいじょぶですよ。何が起こってたとしても、安心してください」

 そして七虹の目をまっすぐに見据えて、きっぱりと言った。

「七虹さんは、わたしが守ります」
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