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2.〈嫉妬〉の姿見
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「では、これで聖書のおはなしは終わりです。ご静聴、ありがとうございました」
ポモナ教会の神父さま――名前は日生と言う――が、黒い表紙の書物をパタリと閉じた。
礼拝堂には子どもと大人合わせて二十人ほど集まっていた。ありがとうございました、と誰もが熱に浮かされた面持ちで日生に礼を述べる。
黒縁眼鏡と整った顔貌、甘やかな話し方が特徴的な彼は町一番の人気者だ。姫の隣に座る愛美はもちろん、女子高生や幼稚園児を連れたママも透明なハートを放出している。
確かにこの神父は魅力的だ。けれど、姫の『本命』は違った。
ふいに、会堂の正面、講壇側のドアが開く。中から出てきたのは真っ白な服を着た少年だった。ドキッと胸が高鳴る。
(王子さま……!!)
ああ、なんてキレイなんだろう。
サラサラの蜂蜜色の髪。高貴な猫のような瞳。仕立ての良い純白のブラウスを着こなす様は、さながら宗教画の天使のよう。
けれど手に持つのは掃除道具で、おかげで童話や聖書の中の存在ではなく、現実にいるのだと分かる。
この世界で唯一、姫が見つけることができた王子さま。
「小鳥。どうかしましたか?」
日生が少年に呼びかける。
(小鳥って言うんだ、名前)
可愛い名前。キレイな名前。
王子さまにすごくすごくすごく似つかわしい――
「姫、どうかした?」
「えっ?」
「もらったプリント、ぐちゃぐちゃに握りしめてるから」
「あ……」
お話し会の前に配られた、聖書の言葉をやさしく意訳したプリントを握りつぶしていた。完全に無意識に。
適当にごまかすと、うまい具合に愛美は「好きな人に会えたからテンションが上がった」と解釈してくれた。
「……が来たよ」
小鳥が静かに告げると、彼の後ろから見知らぬ顔がひょっこり出てきた。
黒いベストにギャルソンエプロンという男っぽい格好だが、腰まである長い髪で女だと分かった。高校生くらいだろうか? 大きな紙袋を大事そうに抱えている。
「ああ、ケーキ屋さん。お疲れ様です」
日生はこちらに向き直って、
「ささやかですが、おやつを用意しました。お時間がある方は二階の集会室へどうぞ」
わぁっと感嘆が上がった。帰る者は一人もいなかった。仮に用事があったとしても彼のお誘いを優先するに決まっている。
信者が続々と出ていく中、小鳥は心なしか気鬱そうに掃除用のモップを構えた。
――姫は、勇気を振り絞った。
「あの!」
お話し会があると聞いた後、愛美から言われたのだ。
王子さまに手紙を書いてみないか、と。
いわゆるラブレターだ。姫はそんなものを書いたことがなかった。常にもらう側だった。
戸惑い迷う姫に、愛美は太鼓判を押した。
姫からラブレターをもらって、嫌な気持ちになるオトコはいない。
それを聞いて、姫は生まれて初めて恋心を綴った。友達と交換する用のレターセットで、いちばんお気に入りの便箋で。
「……何?」
小鳥が短く答える。姫は駆け寄り、手紙を差し出した。
「これ、受け取ってください!」
少し間が空いて、小鳥は手紙をつまみ上げた。すぐに背を向けられ、外に出ていく。
「姫、やったじゃん!」
ずっと見守っていた愛美が姫に抱きつく。
「今のって絶対照れ隠しだよ!」
「そ、そうかな?」
「当然だよ~~きっと今頃、誰もいないところでじっくり読んでるよ!」
愛美が自分のことのように喜ぶ。初恋が実る予感、否、確信で胸がいっぱいになった。
足取り軽く集会室に向かう。二階に上がって廊下を歩くと、集会室からは礼拝堂を見下ろせるのだと知った。
先ほどの一幕を見られただろうか。
やや心配したが、よく考えれば別に見られても構わない。
自分は姫、彼は王子だ。この組み合わせのカップルの誕生を、誰が文句を言うのか。
ガヤガヤと騒がしい集会室の観音扉を開ける。すると、思わず姫は足を止めた。
そこには姫自身がいた。
ポモナ教会の神父さま――名前は日生と言う――が、黒い表紙の書物をパタリと閉じた。
礼拝堂には子どもと大人合わせて二十人ほど集まっていた。ありがとうございました、と誰もが熱に浮かされた面持ちで日生に礼を述べる。
黒縁眼鏡と整った顔貌、甘やかな話し方が特徴的な彼は町一番の人気者だ。姫の隣に座る愛美はもちろん、女子高生や幼稚園児を連れたママも透明なハートを放出している。
確かにこの神父は魅力的だ。けれど、姫の『本命』は違った。
ふいに、会堂の正面、講壇側のドアが開く。中から出てきたのは真っ白な服を着た少年だった。ドキッと胸が高鳴る。
(王子さま……!!)
ああ、なんてキレイなんだろう。
サラサラの蜂蜜色の髪。高貴な猫のような瞳。仕立ての良い純白のブラウスを着こなす様は、さながら宗教画の天使のよう。
けれど手に持つのは掃除道具で、おかげで童話や聖書の中の存在ではなく、現実にいるのだと分かる。
この世界で唯一、姫が見つけることができた王子さま。
「小鳥。どうかしましたか?」
日生が少年に呼びかける。
(小鳥って言うんだ、名前)
可愛い名前。キレイな名前。
王子さまにすごくすごくすごく似つかわしい――
「姫、どうかした?」
「えっ?」
「もらったプリント、ぐちゃぐちゃに握りしめてるから」
「あ……」
お話し会の前に配られた、聖書の言葉をやさしく意訳したプリントを握りつぶしていた。完全に無意識に。
適当にごまかすと、うまい具合に愛美は「好きな人に会えたからテンションが上がった」と解釈してくれた。
「……が来たよ」
小鳥が静かに告げると、彼の後ろから見知らぬ顔がひょっこり出てきた。
黒いベストにギャルソンエプロンという男っぽい格好だが、腰まである長い髪で女だと分かった。高校生くらいだろうか? 大きな紙袋を大事そうに抱えている。
「ああ、ケーキ屋さん。お疲れ様です」
日生はこちらに向き直って、
「ささやかですが、おやつを用意しました。お時間がある方は二階の集会室へどうぞ」
わぁっと感嘆が上がった。帰る者は一人もいなかった。仮に用事があったとしても彼のお誘いを優先するに決まっている。
信者が続々と出ていく中、小鳥は心なしか気鬱そうに掃除用のモップを構えた。
――姫は、勇気を振り絞った。
「あの!」
お話し会があると聞いた後、愛美から言われたのだ。
王子さまに手紙を書いてみないか、と。
いわゆるラブレターだ。姫はそんなものを書いたことがなかった。常にもらう側だった。
戸惑い迷う姫に、愛美は太鼓判を押した。
姫からラブレターをもらって、嫌な気持ちになるオトコはいない。
それを聞いて、姫は生まれて初めて恋心を綴った。友達と交換する用のレターセットで、いちばんお気に入りの便箋で。
「……何?」
小鳥が短く答える。姫は駆け寄り、手紙を差し出した。
「これ、受け取ってください!」
少し間が空いて、小鳥は手紙をつまみ上げた。すぐに背を向けられ、外に出ていく。
「姫、やったじゃん!」
ずっと見守っていた愛美が姫に抱きつく。
「今のって絶対照れ隠しだよ!」
「そ、そうかな?」
「当然だよ~~きっと今頃、誰もいないところでじっくり読んでるよ!」
愛美が自分のことのように喜ぶ。初恋が実る予感、否、確信で胸がいっぱいになった。
足取り軽く集会室に向かう。二階に上がって廊下を歩くと、集会室からは礼拝堂を見下ろせるのだと知った。
先ほどの一幕を見られただろうか。
やや心配したが、よく考えれば別に見られても構わない。
自分は姫、彼は王子だ。この組み合わせのカップルの誕生を、誰が文句を言うのか。
ガヤガヤと騒がしい集会室の観音扉を開ける。すると、思わず姫は足を止めた。
そこには姫自身がいた。
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