原罪神父

鳥谷綾斗(とやあやと)

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1.〈憤怒〉の境界線

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 怒りも頂点に達すると、かえって冷静になるのだと身を以て痛感した。
 その後の行動は、由仁自身も驚くほど冷徹だった。
 一度は承諾して油断させ、台所の包丁を母に突きつけた。
 何やら怒鳴っていたけれど、母親失格の女が声を荒げても、猿の発情程度にしか聞こえない。
 まずは父に電話をかけ、あの真実を告げさせた。
 字を真似て、置き手紙も偽装した。
 だが、内容は由仁の本心だった。あたしにはパパしかいない。

 そして家に訪れた金融会社の人間に、母を引き渡した。

「ママの借金なんだからあたしには関係ない。ママから全額取り立ててくださいって言ったの」
「闇金業者と交渉を? すごいですね」
「あたしもうまくいくとは思わなかった。でも、やっぱり中学生っていうのは色々問題があるみたい。二度とおうちに帰ってこれないけどいいのかっておじさんたちは言ったけど、願ってもないことだった」
「それで、お母様は今どこに?」
「知らない。でも、ママは男の人が大好きだったから。案外、楽しくやってるんじゃないかな」

 由仁は興味なさげに、適当なことを告げた。もはや彼女の中に母親への未練は無い。
 日生には、それが〈視えて〉いた。

「でも困ったことに、パパがあたしに対してよそよそしくなったのよね。悩むパパが可哀想で、神父さまに相談したら今回の素敵な計画を思いついて……うん、本当に神父さまに相談してよかった」
「お役に立てたのなら、幸いです」
 うふふ、と由仁は両頬に手を当ててほくそ笑む。
「これで心置きなく、あの人とふたりきりで暮らせる……」

 そして日生と、姿の見えない神に向かって誓いを立てた。

「時間はかかるけど、頑張ってパパの理想の『女』に育ってみせるわ。
 パパが他のどんな女より、あたしを選ぶようじっくりと仕向けてみせる」

 晴れやかな笑顔で、由仁は宣言した。
 日生は眼鏡を外して、彼女を〈視た〉。

 長い間、彼女の腹を焼き焦がしていた〈憤怒〉の焔は消え、未来への原動力と化している。

 親が子どもを育てるように、
 子どもも親をーー大人を育てる。

 どこかで小耳に挟んだ育児における名言が、ふと日生の脳裏によぎった。

「じゃね、神父さま。協力してくれてありがと」

 意気揚々とした足どりで、由仁は礼拝堂を後にした。
 それを見届けた日生は、切れ長の眼に皮肉めいた冷笑を乗せた。
 礼拝堂に、再び沈黙が戻った。
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