原罪神父

鳥谷綾斗(とやあやと)

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神父さまのうつくしい瞳

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「単刀直入にお訊きしますね。お庭の花壇を踏み荒らしたのは、どなたですか?」

 麗かな陽射しが差し込む、昼下がりの礼拝堂。
 風向町かざむきちょう唯一の教会――ポモナ教会の神父は、柔和な笑みを浮かべて七名の子どもたちを見下ろした。
 日生ひなせ黒臣くろおみと言うのがこの神父の名前だ。少々無骨な黒縁眼鏡をかけているが、それでは隠しきれないほど整った容貌の年若い神父だ。
 彼は穏やかな微笑と美しい所作で、誰にでも平等に優しさを振りまく。

 人に話せぬ苦しみも、この人になら打ち明けられる――

 地域住民からそんな信頼を得る彼は、ほんの少し語気を強めた。

「もう一度お訊きします。教会の敷地内の庭園の隅にある、マーガレットの花壇がぺしゃんこになっていました。本日礼拝にいらしたあなた方の、誰がそんなひどいことを?」
「で、でも神父さま」
 女の子が口を開いた。集められた子どもはみんな小学校の低学年だ。いつも神父さまは優しいのに今日はなんだか怖いと、すっかり萎縮している。

「犬とか猫とかがやったんじゃないの?」
「いいえ。それはありえません」
「じゃあ、酔っ払いのおじさんやおばさんじゃないの?」
「いいえ。それも違います」
「なんでぼくたちの中の誰かだって決めつけるの。神父さま、ひどいよ」

 子どもたちの涙声での抗議。礼拝堂の扉から見守る保護者たちがそれに同乗する前に、

「分かるからです」

 日生はきっぱりと言い切った。
 すんなりと伸びた指の先で眼鏡をさし、彼は妖艶さえ含ませて断言した。

「私のこの眼は、『真実』が視えるんです。この眼鏡を外せば、誰が嘘をついているのか一瞬で判明します」

 ほんの少し眼鏡をずらして、日生が自らの瞳を見せる。
 色素の薄い、高純度の水晶のような、傷ひとつない硝子玉のような、『透明』を感じさせる双眸だった。
 神父は革靴の踵を鳴らして、一列に並んだ子どもたちの前を歩き、順番に顔を眺めた。

「さあ、心当たりのある方は早く名乗り出てしまいなさい。今なら神様も赦してくださいますよ」

 言いながら、日生はたった一人を見つめた。その足元、泥で汚れた白いスニーカーを。
 彼の目線の先に気づいた子どもたちがざわめき始める。すると、注目の的となった男の子が泣き出した。

「ごめんなさい、神父さま。おれ、おれがやったの!」
 追いかけっこしてて気づいたらマーガレットを踏み潰していた――男の子の必死な懺悔に、日生は微笑みを深くした。
「よく正直に話してくださいましたね。あなたはとても勇気のある方だ。神様もお赦しになるでしょう――もちろん、私もね」

 日生が悪戯っぽく声を潜ませて、男の子に向かってウィンクする。
 キョトン、と男の子は目を丸くしたが、やがてベソをかいたまま笑顔を見せた。

「すみません、神父さま!」
 扉から走り寄ってきたのは、男の子の母親だった。
「母親であるあたしの監督不行き届きのせいで、神父さまの大切なお花を台無しにしてしまって……」
 教会に来るにしては少々ハデな柄で胸元が露出したワンピースを着た母親は、息子の肩を抱きながらも日生の顔を艶っぽく見つめた。

「お詫びにあたし、花壇を修復しますわ。何日かかかるかもしれませんが、必ず元通りにしますので――」
「――どきなよ」

 母親の媚びた声音が、冷や水のような声音で遮られた。
 日生の背後から、ひょっこりと小さな人影が出てきた。いつの間にそこにいたの……と戸惑いの空気が流れる。
 蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳、日生の胸の辺りまでしかない背丈の少年だった。
 年の頃は十二、三歳。襟元にレースを重ねた白いブラウスを身につけ、西洋のアンティークドールを思わせる美貌の少年は、日生以外の人間を睨みつける。

「今から掃除するんだけど。あんたたち邪魔。さっさと帰って」

 と、少年が手に持ったホウキとハタキを見せつけると、周囲は呆気に取られた。日生だけが困ったような笑みを浮かべる。

「特にあんた。――臭い。消えて」

 日生に迫った母親に対して辛辣な言葉を投げつける。「んがっ!」と母親は豚のいななきのような声を上げて詰め寄りかけたが、少年にいっそうキツく睨みつけられ、その凄みに負けて黙った。

「こら、小鳥ことり。大変失礼いたしました」
 日生はペースを決して崩さなかった。

「それでは本日はこれでお開きにします。皆さん、また来週もいらしてくださいね」
 一方的に宣言して、てい良く信者――宗教ではなくこの神父を慕うという意味で――を追い出した。ほとんどが名残惜しそうな物言いたげな表情をしたがお構いなしだった。
 礼拝堂の扉が閉ざされる。

「――何なの、あの臭いおばさん。キモチワルイ」

 床をホウキで乱暴に掃きながら、小鳥という名の少年は毒づいた。
「あいつ、わざと息子に花壇をぐちゃぐちゃにさせたんだよ。罪滅ぼしって名目でアリアに近づくために。神父に欲情するなんて、脳みそと下半身が直結してんじゃないの」
 その物言いに日生が吹き出した。『アリア』とは、小鳥にだけ許された日生の呼び名だ。

「フツーに気づいてたんでしょ。なんでわざわざ乗ってやったの?」
「どうしてだと思いますか?」
「その口調もやめて。人工甘味料と同じにおいがする」

 不機嫌そうに顔をゆがめる小鳥に、日生は身を屈ませ、耳元で囁いた。

「……たまにゃ、小鳥のむくれた顔も見てぇなって思っただけだよ」

 粗野な口調に戻り、彼は本心を甘ったるく伝える。
 小鳥は口をへの字にして、しばし沈黙したが、すぐに日生の背中を叩いた。
 その照れ隠しに日生は満足そうに口元を釣り上げたが、すぐに『神父さま』の仮面を被った。

「小鳥。清掃は後で良いですよ」
「え?」
「まだもう一人、いらっしゃいますから」

 首を傾げる小鳥にそう言うと、日生は水晶のような眼を向けた。

 会衆席――教会に集まった人々が着く席の片隅、木製のベンチに一人の中年男性がひっそりと座っていた。
 中年男性は頭を抱え、自らの葛藤に身を投じ、二人の会話は耳にも入っていない様子だった。
 日生は悠然と彼に近づき、話しかける。
 そうして中年男性は、静かに、苦しげに、縋りつくように日生に乞うた。

「神父さま。告解を……していただけませんか」
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