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58.【十秒怪談】糸くず

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 今日はタカシとの最後のデート。
 今日が終われば、彼は別の女の所へ行ってしまう。

 思い出深い場所を回るつもりだったけど、タカシはスマホをチラ見しながら生返事ばかり。
 結局、カフェやブティックが並ぶ街を会話もなくウロウロしていた。

「タカシ、肩に糸くず出てるわよ」

 そう言うや否や、ワタシは小さなハサミを取り出す。

 ああ、我ながらなんて気の利く女だろう。
 なのにこの男は、若い女の方がいいってさ。

 世話を焼いてもタカシは礼すら言わない。
 新しい女との旅行計画に夢中だ。
 なんて虚しいんだろう。周囲のカップルや家族づれはあんなに幸せそうなのに。

 どうしてワタシだけ……
 普通に真面目に一生懸命生きてきたのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの。

 苛立ちまぎれに、糸くずを切った。

 ブ ツ ッ

 糸くずのくせに妙に固くて手ごたえがあるなと思った次の瞬間、

 グ シ ャ ッ

 目と耳を疑うような光景と轟音がワタシを襲った。
 タカシが、ワタシの足元で脳漿を撒き散らして倒れている。

 頭上からビルの看板が落下したのだ。
『急な事故に安心の生命保険』と書かれた看板は割れた。タカシの頭よりは原型をとどめているけれど。

 悲鳴を上げる前に、指先の糸くずがボッと燃え上がった。ガスコンロめいた青い炎はちっとも熱くない。
 むしろ冷たかった。

 直感した。
 あの糸くずを切ったから、タカシは死んだのだ。

 それ以来、ワタシは誰かの肩に糸くずを見つけるたび、積極的に切るようにしている。
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