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43.四十三人の親戚
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【録音開始】
……あ、これもう話していいんでしょうか。
あ、はい、分かりました。
どこから話せばいいかな……
ええっと、私はS県の地方都市の外れで育ちました。
駅前や大型ショッピングモールの周辺はそこそこ栄えているけれど、車で五分も走れば田んぼだらけ……みたいなところです。
私は就職と同時に上京したんですけどね、年末年始が憂鬱でたまりませんでした。
実家に親戚が一堂に会するんです。一週間ほど、四十人以上……いえ、四十三人の大所帯になるんです。
私は長女なので、毎日ひたすらおさんどんをしなきゃいけない。
年に数度しか会わない、顔はなんとなく知っていても名前があやふやな親戚の世話を、朝から晩までしなくちゃいけない。
それで……二十代半ばの頃の話です。
例年どおり、私は帰省しました。
『ヨーコちゃん、もう二十代後半だっけ? 早く結婚しなさいよ』
『何ならおじさんがもらってやろうか?』
……なんて、くだらない野次を飛ばす酒臭いおじさんおばさんたちに、うんざりしていた時でした。
四十三個の御膳が並ぶ、大広間。
片隅に、一人の男性が座っていたんです。
お酒も飲まず食事もとらず、ただ膝に手を置いて正座していました。
口元は、うっすら笑っているようでした。
誰だっけ?
って思いました。
年の頃は四十代。少しハゲた頭に地味な服装。どこにでもいそうな普通のおじさんです。
お母さん。あそこの人、誰だっけ?
母に尋ねても、分からないと返されました。
親戚が多いから、見覚えのない人がいても不思議じゃない。
その時はそう考えて、すぐに気にしなくなりました。
その翌年。年末年始にまた帰省しました。
毎年変わらない顔ぶれでしたが、いとこの女の子が欠席しました。仲が良かったから寂しいなぁと思っていたら、ふと気づいたんです。
用意された御膳が、四十三人分あったんです。
従妹が欠席なのに。
母親に確認したら、「でも四十三人いるわよ。ほら」って指さされました。
もうすぐ宴会が始まる頃で、大広間には大人も子どもも全員集まっていました。
指をさして数えて、台所にいる女たちも合わせると確かに四十三人でした。
それでね、気づいたんです。
縁側の近くに、見覚えのない人がいることに。
五十代くらいのおばさんでした。誰とも話をせずに、ただ座って微笑んでいる。
あれは誰? ……って、母に訊けませんでした。
たぶん『知らない』って答えるだろうから。
何故かそう確信できました。
その翌年、伯父が海外赴任になりました。
その翌年、叔母が離婚しました。
その翌年、従兄が結婚して子供が生まれました。
人が増えても減っても、年末年始に集まった親戚は、四十三人以上にも以下にもなりませんでした。
そうして毎年、見知らぬ顔の『親戚』を見つけるんです。
私自身が結婚や出産を経て家族が増えても、四十三歳になる今まで――十八年間、変わりませんでした。
それで……、
……去年の春。
私は、家族旅行の最中に、交通事故に遭いました。
夫とふたりの娘を亡くしました。
この年末年始に帰省したら、やっぱり実家には四十三人いて、見知らぬ顔の親戚は、三人いました。
……。
……どうせなら、
いないはずのものがそこにいるのなら、夫と娘たちであればよかったのに……
【録音終了】
……あ、これもう話していいんでしょうか。
あ、はい、分かりました。
どこから話せばいいかな……
ええっと、私はS県の地方都市の外れで育ちました。
駅前や大型ショッピングモールの周辺はそこそこ栄えているけれど、車で五分も走れば田んぼだらけ……みたいなところです。
私は就職と同時に上京したんですけどね、年末年始が憂鬱でたまりませんでした。
実家に親戚が一堂に会するんです。一週間ほど、四十人以上……いえ、四十三人の大所帯になるんです。
私は長女なので、毎日ひたすらおさんどんをしなきゃいけない。
年に数度しか会わない、顔はなんとなく知っていても名前があやふやな親戚の世話を、朝から晩までしなくちゃいけない。
それで……二十代半ばの頃の話です。
例年どおり、私は帰省しました。
『ヨーコちゃん、もう二十代後半だっけ? 早く結婚しなさいよ』
『何ならおじさんがもらってやろうか?』
……なんて、くだらない野次を飛ばす酒臭いおじさんおばさんたちに、うんざりしていた時でした。
四十三個の御膳が並ぶ、大広間。
片隅に、一人の男性が座っていたんです。
お酒も飲まず食事もとらず、ただ膝に手を置いて正座していました。
口元は、うっすら笑っているようでした。
誰だっけ?
って思いました。
年の頃は四十代。少しハゲた頭に地味な服装。どこにでもいそうな普通のおじさんです。
お母さん。あそこの人、誰だっけ?
母に尋ねても、分からないと返されました。
親戚が多いから、見覚えのない人がいても不思議じゃない。
その時はそう考えて、すぐに気にしなくなりました。
その翌年。年末年始にまた帰省しました。
毎年変わらない顔ぶれでしたが、いとこの女の子が欠席しました。仲が良かったから寂しいなぁと思っていたら、ふと気づいたんです。
用意された御膳が、四十三人分あったんです。
従妹が欠席なのに。
母親に確認したら、「でも四十三人いるわよ。ほら」って指さされました。
もうすぐ宴会が始まる頃で、大広間には大人も子どもも全員集まっていました。
指をさして数えて、台所にいる女たちも合わせると確かに四十三人でした。
それでね、気づいたんです。
縁側の近くに、見覚えのない人がいることに。
五十代くらいのおばさんでした。誰とも話をせずに、ただ座って微笑んでいる。
あれは誰? ……って、母に訊けませんでした。
たぶん『知らない』って答えるだろうから。
何故かそう確信できました。
その翌年、伯父が海外赴任になりました。
その翌年、叔母が離婚しました。
その翌年、従兄が結婚して子供が生まれました。
人が増えても減っても、年末年始に集まった親戚は、四十三人以上にも以下にもなりませんでした。
そうして毎年、見知らぬ顔の『親戚』を見つけるんです。
私自身が結婚や出産を経て家族が増えても、四十三歳になる今まで――十八年間、変わりませんでした。
それで……、
……去年の春。
私は、家族旅行の最中に、交通事故に遭いました。
夫とふたりの娘を亡くしました。
この年末年始に帰省したら、やっぱり実家には四十三人いて、見知らぬ顔の親戚は、三人いました。
……。
……どうせなら、
いないはずのものがそこにいるのなら、夫と娘たちであればよかったのに……
【録音終了】
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