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壱.【工藤家の怪異③】オフライン除霊の章
師の教え
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最初は幻聴かと思った。
だってネットが使えなくてサブスクはもう聞けないのに。
オンライン除霊で使った、ずっと流していた、――綺麗な声音の祝詞が。
「師匠!」
「糸杉先生!」
桃吾くんと李夢ちゃんの声が重なる。
真っ暗だった桃吾くんのスマホ画面に通話中の文字が表示されていた。
『――やっと通じましたね』
音声は少しひび割れているけど、ひどく穏やかな声音だと分かった。
この人は、あの祝詞の声の主。
桃吾くんと李夢ちゃんのお師匠さんだ。
『桃吾さん、李夢さん、無事ですか。以前教えていただいた方法で電話してみたのですが、聞こえますか?』
「聞こえます!」
『映像も見られるはずなのですが、そっちはどうにも分からず設定できませんでした』
緊急事態なのに笑ってしまった。
通話を電話と言うのも、カメラの設定が分からないのも、田舎に住むうちのおじいちゃんおばあちゃんと一緒だ。
お師匠さんの落ち着いた声のおかげで、焦燥感が少し和らぐ。
桃吾くんが状況を手短に説明する。
静かに聞いていたお師匠さんは、やがて言った。
『お二人とも、大事なことを忘れていませんか』
「えっ……」
『現象そのものに目を奪われてはいけません。物事には必ず理由がある。幽霊は元々――』
そこで音声が途切れた。
画面に「ネットワークが見つかりません」の非情な一文。
幽霊は元々……?
その続きを考えていると、
「……そもそも、『ぱぱぱ』とは何なのでしょう」
李夢ちゃんがふいに言い出した。
「『あ』でも『お』でもなく、『ぱ』。意味がつかめず、気味が悪くて深く考えませんでしたが」
『ぱ』を言い続ける意味?
「そもそもと言えば、どうして歩望くんと〈よみっち〉さんは同時に取り憑かれたんだろう」
桃吾くんが唇を指先でなぞる。
「幽霊であっても魂が分裂することはない。同じ『ぱ』を言い続ける霊なのに、〈よみっち〉さんはこの家に入ろうとした」
「でも歩望は、既に家の中にいる」
「二人、同時……」
「……兄上」
「ああ。――別だったんだ」
そう言った直後、二人は目だけで会話した。
あたしを置き去りにして高速で通じ合った。
「あの男に『ちゃんと調べるべきだ』と言っておきながら、私もきちんと調べていませんでした」
「僕もだ。父と母の件ばかり気にして、全体を見るのを失念していた」
未熟な限り、――と拝み屋兄妹は言い合った。
二人は立ち上がる。
「工藤さん」
呼ばれて、彼らがやろうとすることを説明された。
「っ! 何それ、やだよそんなの!」
あたしは反射的にその提案を拒絶した。
とっさにソファでのたうつ歩望を抱き寄せる。
「この方法がもっとも成功する確率が高いんです」
「ご心情は察します。ですが、どうかお願いいたします」
真剣な二人の眼差しが、突き刺さる。
無理強いや強制もできるだろうに、それは決してしない。
何だよ、ほんとに真面目だなこの兄妹。
「……分かった」
すごく嫌だけど、あたしは承諾した。
「――信じるからね」
釘をしっかり刺しておく。
二人は短くお礼を言うと、掃き出し窓の前に立った。
右側に桃吾くん、左側に李夢ちゃん。
ガラスに額を打ちつける〈よみっち〉を挟む。
「いいな、李夢。あくまで『気付け』だぞ。興奮状態の人間に冷や水をかけるイメージで」
「承知」
そう返事するや否や、李夢ちゃんが鍵を開錠し、桃吾くんが勢いよく窓を開ける。
〈よみっち〉が転がるようにリビングの中に入った。
一目散に歩望に向かって飛び上がる。
その背後から李夢ちゃんが右手を伸ばし、〈よみっち〉の耳元で指をバチンッと弾いた。
刹那、〈よみっち〉は電流を流されたみたいに体を跳ねさせ、地面に突っ伏した。
痙攣を起こし、フローリングの床を血と涎で汚しつつも、
「ぱぱぱ、……ぱ、が、ぱぱぱた、す、ぱぱけ……る」
音飛びしたCDみたいに言い続けた。
『ぱ』以外の言葉も混ざりながら。
(なんて言ってるの……?)
桃吾くんが膝をつき、どこか悲しげに尋ねた。
「あなたは、『パパが助ける』とずっと言っていたんですね」
そして歩望の方に目をやって、
「歩望くんの中にいる、娘さんを助けたかったんですね。気づいて差し上げられなくて申し訳ありませんでした」
だってネットが使えなくてサブスクはもう聞けないのに。
オンライン除霊で使った、ずっと流していた、――綺麗な声音の祝詞が。
「師匠!」
「糸杉先生!」
桃吾くんと李夢ちゃんの声が重なる。
真っ暗だった桃吾くんのスマホ画面に通話中の文字が表示されていた。
『――やっと通じましたね』
音声は少しひび割れているけど、ひどく穏やかな声音だと分かった。
この人は、あの祝詞の声の主。
桃吾くんと李夢ちゃんのお師匠さんだ。
『桃吾さん、李夢さん、無事ですか。以前教えていただいた方法で電話してみたのですが、聞こえますか?』
「聞こえます!」
『映像も見られるはずなのですが、そっちはどうにも分からず設定できませんでした』
緊急事態なのに笑ってしまった。
通話を電話と言うのも、カメラの設定が分からないのも、田舎に住むうちのおじいちゃんおばあちゃんと一緒だ。
お師匠さんの落ち着いた声のおかげで、焦燥感が少し和らぐ。
桃吾くんが状況を手短に説明する。
静かに聞いていたお師匠さんは、やがて言った。
『お二人とも、大事なことを忘れていませんか』
「えっ……」
『現象そのものに目を奪われてはいけません。物事には必ず理由がある。幽霊は元々――』
そこで音声が途切れた。
画面に「ネットワークが見つかりません」の非情な一文。
幽霊は元々……?
その続きを考えていると、
「……そもそも、『ぱぱぱ』とは何なのでしょう」
李夢ちゃんがふいに言い出した。
「『あ』でも『お』でもなく、『ぱ』。意味がつかめず、気味が悪くて深く考えませんでしたが」
『ぱ』を言い続ける意味?
「そもそもと言えば、どうして歩望くんと〈よみっち〉さんは同時に取り憑かれたんだろう」
桃吾くんが唇を指先でなぞる。
「幽霊であっても魂が分裂することはない。同じ『ぱ』を言い続ける霊なのに、〈よみっち〉さんはこの家に入ろうとした」
「でも歩望は、既に家の中にいる」
「二人、同時……」
「……兄上」
「ああ。――別だったんだ」
そう言った直後、二人は目だけで会話した。
あたしを置き去りにして高速で通じ合った。
「あの男に『ちゃんと調べるべきだ』と言っておきながら、私もきちんと調べていませんでした」
「僕もだ。父と母の件ばかり気にして、全体を見るのを失念していた」
未熟な限り、――と拝み屋兄妹は言い合った。
二人は立ち上がる。
「工藤さん」
呼ばれて、彼らがやろうとすることを説明された。
「っ! 何それ、やだよそんなの!」
あたしは反射的にその提案を拒絶した。
とっさにソファでのたうつ歩望を抱き寄せる。
「この方法がもっとも成功する確率が高いんです」
「ご心情は察します。ですが、どうかお願いいたします」
真剣な二人の眼差しが、突き刺さる。
無理強いや強制もできるだろうに、それは決してしない。
何だよ、ほんとに真面目だなこの兄妹。
「……分かった」
すごく嫌だけど、あたしは承諾した。
「――信じるからね」
釘をしっかり刺しておく。
二人は短くお礼を言うと、掃き出し窓の前に立った。
右側に桃吾くん、左側に李夢ちゃん。
ガラスに額を打ちつける〈よみっち〉を挟む。
「いいな、李夢。あくまで『気付け』だぞ。興奮状態の人間に冷や水をかけるイメージで」
「承知」
そう返事するや否や、李夢ちゃんが鍵を開錠し、桃吾くんが勢いよく窓を開ける。
〈よみっち〉が転がるようにリビングの中に入った。
一目散に歩望に向かって飛び上がる。
その背後から李夢ちゃんが右手を伸ばし、〈よみっち〉の耳元で指をバチンッと弾いた。
刹那、〈よみっち〉は電流を流されたみたいに体を跳ねさせ、地面に突っ伏した。
痙攣を起こし、フローリングの床を血と涎で汚しつつも、
「ぱぱぱ、……ぱ、が、ぱぱぱた、す、ぱぱけ……る」
音飛びしたCDみたいに言い続けた。
『ぱ』以外の言葉も混ざりながら。
(なんて言ってるの……?)
桃吾くんが膝をつき、どこか悲しげに尋ねた。
「あなたは、『パパが助ける』とずっと言っていたんですね」
そして歩望の方に目をやって、
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