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【工藤家の怪異②】心霊写真オークションの章
遺族と死者
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息を飲んだ。
〈よみっち〉も大きく目を開く。
(そんな……ここで死んだ人たちが、李夢の……とーごくんの両親だなんて)
おれの足元に、李夢が持ってきた花束がある。
まるっこい菊の小さな花束。
そうか。
李夢がここに来たのは、これと、あの枯れた花束を交換するため……
……李夢はずっと、歩道橋に近づくおれたちに怒ってた。
なんでだろうって思ってた。
でも、当たり前だ。
そりゃあムカつくよな。許せないよな。
「人の親が死んだ場所を、心霊スポット扱いするな」
李夢は、〈よみっち〉のように『ぶっ殺す』だの汚い言葉を一切使わず、堂々と自分の意見を通す。
こんな時なのにそれがかっこいいと思った。
と同時に、猛烈な罪悪感で吐きそうになった。
だっておれも、楽しんでたから。
この歩道橋で人が亡くなったことも、心霊現象の怖さだって知ってたのに、……知ってたのに。
喉元過ぎれば熱さを忘れる――最近、ニュースでよく聞くことわざが浮かぶ。
「事故死した夫婦の……遺族?」
唇を噛み締める李夢に、〈よみっち〉がフラッと近づく。
その声は、新しいゲームを前にした子どもみたいだった。
「え、あのさ……どんな気持ちか、インタビューとかしていい?」
そう言って懐からスマホを取り出す〈よみっち〉は、幽霊よりも理解不能なモノだった。
李夢は一秒だけ真っ白な表情になった後、兄のとーごくんに似たその整った顔を歪ませた。
「……外道が」
――ブツン
李夢が短く吐き捨てると、李夢の右手首の紅い紐がひとりでに切れた。
紐と鈴が落ちる。地面にぶつかっても鈴が鳴らないのが奇妙だった。
やばい。
――おれの野生の勘がそう告げた。
本能的にランドセルを開けて、とーごくんからもらったものを探した。
李夢が片足を引く。野球のピッチャーが渾身の一球を投げる寸前みたいに。
その目は怒りで真っ赤だった。
とーごくんは言った。『これを使って李夢を止めてほしい』と。
そう、李夢が――ブチギレた時に!
李夢が手のひらを〈よみっち〉の腹に繰り出そうとした時、おれはその背中に、平べったいフェルト人形を湿布みたいに勢いよく貼りつけた。
「李夢ぅあああああ! ステイ!」
思わず、凶暴な大型犬のしつけ動画でよく出る言葉が出た。
李夢の体が前のめりに倒れる。ビタン! と痛そうな音がした。
おれは焦って大丈夫かと傍に寄る。
ついでに〈よみっち〉も仰向けで倒れたけど、李夢の方が先だ
「……歩望」
「あ、よかった、生きてた!」
「何故おまえが……兄上の『縛』の護符を持っている……?」
「バクノゴフ? とーごくんに、李夢がブチギレた時はこれで止めてって言われたんだけど」
李夢は体を横向きにした。
鼻を擦りむいたけど大きな怪我はなく、さっきまでのマジギレ乱心モードも解除されたみたいだ。
「さすが兄上だな。私が冷静でいられず、力を使うことまで見抜いていらっしゃったとは」
「ちから?」
李夢はふっと息を吐いて、
「簡単に言うと、私は生まれつき『気力』と呼ばれるものが人より多いんだ。拝み屋としては恵まれた素質だと言われるが、コントロールしきれずに暴走してしまうんだ……私が未熟だから」
「……ほぉん(よく分からん)」
「おまえの家の窓ガラスを割ったのもそのせいだ。本当は私が通れるだけの穴を空けようとしたのだが、失敗して粉々にしてしまった」
「あ、じゃあ多目的室の机が真っ二つになったのも?」
李夢が苦い顔で頷く。
「今だって、あの男が許せなくて叩きのめそうとした。私は愚かだ。下手をすればあの男の全身の骨が粉々になるのに。未熟なんてものじゃない。……最低な人間だ……」
李夢が両目を潤ませる。
おれは少し迷って、〈よみっち〉を見た。
腹が上下している。生きてる。
「〈よみっち〉は無事。どこも怪我してない。だから大丈夫だって、李夢」
それくらいしか言えなかった。
でも李夢は、心底ホッとしたようだった。
李夢はゴフで全身の力が抜けただけらしく、ゆっくり起き上がった。
すると後ろから声が飛んできた。
「歩望ー! いた!」
「李夢!」
お姉ちゃんととーごくんだった。
スマホ片手に全力疾走でこっちに来る。
「もうこのバカ! 死ぬほど探したんだよ! 桃吾くんまで呼び出して! GPSつけててよかった!」
お姉ちゃんに抱きつかれる。
ちょっと苦しい。ていうかおれのスマホにそんなのつけてたの?
「李夢、無事か」
「はい。兄上……ご迷惑をおかけしました。結局、自分は何もできませんでした。やはり自分など」
「今はそんな話をしている場合じゃ――」
リンッ
鈴の音がした。地面に転がった李夢の鈴だ。
とーごくんと李夢の表情が固まる。二人は呟いた。
――いる、と。
「何が?」
お姉ちゃんが訊く。
「幽霊です。李夢の鈴は、幽霊の存在を感知する時だけ鳴ります」
「工藤さん。歩望。自分たちから離れないでください」
兄妹が全身に緊張感をみなぎらせる。ふと、李夢の顔が固まった。
その視線の先には気絶したはずの〈よみっち〉が立っていた。
でもおかしい。
〈よみっち〉の四本の手足はだらんと下がり、爪先すら触れてない。
まるで、見えない糸で吊るされてるみたいだ。
ガクン、と〈よみっち〉の首が真横に折れる。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」
喉の奥で悲鳴が絡まった。
一瞬で記憶が四ヶ月前の春の数日間に飛ぶ。
あいつだ。
あの、〈よみっち〉に取り憑いたゆう、れい……?
あれ?
「歩望!」
お姉ちゃんの呼び声がするけど変だ。
お姉ちゃんの姿が見えない。
ていうか真っ暗だ。何も見えない。目隠しされたみたいだ。
でも一番おかしいのは、
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」
これがおれ自身の声だってこと。
「歩望、しっかりして! 聞こえてる!? あんたまたっ」
お姉ちゃんの悲鳴。頬を叩かれる感触。とーごくんと李夢の声。それらが分かるのに何も返事できない。
体が動かない。でも口はひたすら、
「ぱぱぱぱたぱぱぱぱぱぱすぱぱぱけぱ」
「ぱぱたぱぱすぱぱぱけぱぱぱぱぱぱぱ」
おれの体なのにコントロールできない。
おれと〈よみっち〉は、再び取り憑かれてしまった。
〈よみっち〉も大きく目を開く。
(そんな……ここで死んだ人たちが、李夢の……とーごくんの両親だなんて)
おれの足元に、李夢が持ってきた花束がある。
まるっこい菊の小さな花束。
そうか。
李夢がここに来たのは、これと、あの枯れた花束を交換するため……
……李夢はずっと、歩道橋に近づくおれたちに怒ってた。
なんでだろうって思ってた。
でも、当たり前だ。
そりゃあムカつくよな。許せないよな。
「人の親が死んだ場所を、心霊スポット扱いするな」
李夢は、〈よみっち〉のように『ぶっ殺す』だの汚い言葉を一切使わず、堂々と自分の意見を通す。
こんな時なのにそれがかっこいいと思った。
と同時に、猛烈な罪悪感で吐きそうになった。
だっておれも、楽しんでたから。
この歩道橋で人が亡くなったことも、心霊現象の怖さだって知ってたのに、……知ってたのに。
喉元過ぎれば熱さを忘れる――最近、ニュースでよく聞くことわざが浮かぶ。
「事故死した夫婦の……遺族?」
唇を噛み締める李夢に、〈よみっち〉がフラッと近づく。
その声は、新しいゲームを前にした子どもみたいだった。
「え、あのさ……どんな気持ちか、インタビューとかしていい?」
そう言って懐からスマホを取り出す〈よみっち〉は、幽霊よりも理解不能なモノだった。
李夢は一秒だけ真っ白な表情になった後、兄のとーごくんに似たその整った顔を歪ませた。
「……外道が」
――ブツン
李夢が短く吐き捨てると、李夢の右手首の紅い紐がひとりでに切れた。
紐と鈴が落ちる。地面にぶつかっても鈴が鳴らないのが奇妙だった。
やばい。
――おれの野生の勘がそう告げた。
本能的にランドセルを開けて、とーごくんからもらったものを探した。
李夢が片足を引く。野球のピッチャーが渾身の一球を投げる寸前みたいに。
その目は怒りで真っ赤だった。
とーごくんは言った。『これを使って李夢を止めてほしい』と。
そう、李夢が――ブチギレた時に!
李夢が手のひらを〈よみっち〉の腹に繰り出そうとした時、おれはその背中に、平べったいフェルト人形を湿布みたいに勢いよく貼りつけた。
「李夢ぅあああああ! ステイ!」
思わず、凶暴な大型犬のしつけ動画でよく出る言葉が出た。
李夢の体が前のめりに倒れる。ビタン! と痛そうな音がした。
おれは焦って大丈夫かと傍に寄る。
ついでに〈よみっち〉も仰向けで倒れたけど、李夢の方が先だ
「……歩望」
「あ、よかった、生きてた!」
「何故おまえが……兄上の『縛』の護符を持っている……?」
「バクノゴフ? とーごくんに、李夢がブチギレた時はこれで止めてって言われたんだけど」
李夢は体を横向きにした。
鼻を擦りむいたけど大きな怪我はなく、さっきまでのマジギレ乱心モードも解除されたみたいだ。
「さすが兄上だな。私が冷静でいられず、力を使うことまで見抜いていらっしゃったとは」
「ちから?」
李夢はふっと息を吐いて、
「簡単に言うと、私は生まれつき『気力』と呼ばれるものが人より多いんだ。拝み屋としては恵まれた素質だと言われるが、コントロールしきれずに暴走してしまうんだ……私が未熟だから」
「……ほぉん(よく分からん)」
「おまえの家の窓ガラスを割ったのもそのせいだ。本当は私が通れるだけの穴を空けようとしたのだが、失敗して粉々にしてしまった」
「あ、じゃあ多目的室の机が真っ二つになったのも?」
李夢が苦い顔で頷く。
「今だって、あの男が許せなくて叩きのめそうとした。私は愚かだ。下手をすればあの男の全身の骨が粉々になるのに。未熟なんてものじゃない。……最低な人間だ……」
李夢が両目を潤ませる。
おれは少し迷って、〈よみっち〉を見た。
腹が上下している。生きてる。
「〈よみっち〉は無事。どこも怪我してない。だから大丈夫だって、李夢」
それくらいしか言えなかった。
でも李夢は、心底ホッとしたようだった。
李夢はゴフで全身の力が抜けただけらしく、ゆっくり起き上がった。
すると後ろから声が飛んできた。
「歩望ー! いた!」
「李夢!」
お姉ちゃんととーごくんだった。
スマホ片手に全力疾走でこっちに来る。
「もうこのバカ! 死ぬほど探したんだよ! 桃吾くんまで呼び出して! GPSつけててよかった!」
お姉ちゃんに抱きつかれる。
ちょっと苦しい。ていうかおれのスマホにそんなのつけてたの?
「李夢、無事か」
「はい。兄上……ご迷惑をおかけしました。結局、自分は何もできませんでした。やはり自分など」
「今はそんな話をしている場合じゃ――」
リンッ
鈴の音がした。地面に転がった李夢の鈴だ。
とーごくんと李夢の表情が固まる。二人は呟いた。
――いる、と。
「何が?」
お姉ちゃんが訊く。
「幽霊です。李夢の鈴は、幽霊の存在を感知する時だけ鳴ります」
「工藤さん。歩望。自分たちから離れないでください」
兄妹が全身に緊張感をみなぎらせる。ふと、李夢の顔が固まった。
その視線の先には気絶したはずの〈よみっち〉が立っていた。
でもおかしい。
〈よみっち〉の四本の手足はだらんと下がり、爪先すら触れてない。
まるで、見えない糸で吊るされてるみたいだ。
ガクン、と〈よみっち〉の首が真横に折れる。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」
喉の奥で悲鳴が絡まった。
一瞬で記憶が四ヶ月前の春の数日間に飛ぶ。
あいつだ。
あの、〈よみっち〉に取り憑いたゆう、れい……?
あれ?
「歩望!」
お姉ちゃんの呼び声がするけど変だ。
お姉ちゃんの姿が見えない。
ていうか真っ暗だ。何も見えない。目隠しされたみたいだ。
でも一番おかしいのは、
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」
これがおれ自身の声だってこと。
「歩望、しっかりして! 聞こえてる!? あんたまたっ」
お姉ちゃんの悲鳴。頬を叩かれる感触。とーごくんと李夢の声。それらが分かるのに何も返事できない。
体が動かない。でも口はひたすら、
「ぱぱぱぱたぱぱぱぱぱぱすぱぱぱけぱ」
「ぱぱたぱぱすぱぱぱけぱぱぱぱぱぱぱ」
おれの体なのにコントロールできない。
おれと〈よみっち〉は、再び取り憑かれてしまった。
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