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【工藤家の怪異②】心霊写真オークションの章
李夢VS〈よみっち〉
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でもその直後、ブワッと空気が動いた。
「歩望!」
真横から伸びてきた手が、おれの手からスマホを叩き落とす。
スマホが地面に落ちると同時に、おれの膝も崩れた。
助けてくれたのは李夢だった。
「歩望。しっかりしろ。自分の手足の感覚を思い出せ!」
李夢がおれの肩を揺らす。
「ちゃんと動くな?」
「う、うん。うご、動く」
信じられないほど手の先が冷えきってる。血が通ってないみたいに。
グッパーをくりかえして確認する。
これはおれの手。おれの体。
「李夢……なんでここに」
そう訊くけど、李夢は気まずげに顔を背けた。
さっと左手を引っ込めるけど、おれの位置からは背中に隠したものがばっちり見えた。
花束だ。小さなまるっこい菊の花束を、李夢は持っていた。
「……やはりおまえ、憑依された後遺症が残ってるな」
花束のことを聞こうとしたけどに、李夢がおれに言った。
後遺症?
どう意味だろう――と思ったけど、ドヤドヤと騒がしい集団が登ってくるのが見えた。
馴染みのある声と顔に軽くビビる。
「あれー? 歩望だー?」
「ゲッ、アララギもいるじゃん」
凌牙が手をブンブン振り、絵莉衣が毛虫を見つけたようなしかめ面になる。
いやそれより、みんなの後ろにいる、引率の先生みたいな態度の大人って……
「なんでみんな、〈よみっち〉といるんだよ……?」
「やあ、また会ったね」
夜なのにサングラスをかけたままの〈よみっち〉は、人の良い悪役みたいな笑顔を向けてきた。
気持ち悪かった。
「たまたま学校の前で会ったの。〈よみっち〉がさ、心霊写真の極意、教えてくれるって」
「それをオクに出したら、きっといい値段つくって。で、塾サボって来ちゃった!」
友達がみんな楽しそうに〈よみっち〉の周りをぐるぐるする。
脳みそ混乱状態だけど、「これはダメだ」というのは理解できた。
けどおれより先に、李夢が口を開いた。
「いい加減にしろ。この歩道橋に近づくな。帰れ」
多目的室の時よりずっと凄んで叱る。
李夢の方が〈よみっち〉より大人みたいだった。
「だからぁ、アララギさんに命令される筋合いないんですけどー」
「おまえたちに言ったのではない。その男にだ」
李夢の目は、〈よみっち〉だけを見据える。
「お嬢ちゃんにはカンケーないと思うけど?」
〈よみっち〉はどこ吹く風。
李夢は自分のスマホを見せつけて脅した。
「警察に通報してほしくなければ、今すぐ解散しろ」
この切り札には〈よみっち〉もお手上げだ。
愛想笑いとテキトーな言葉で絵莉衣たちを宥めて、家に帰らせた。
みんなは不服そうに、何故かおれまで睨んでいく。
「あーあ、いい心霊写真が撮れると思ったのになー」
「貴様は一体何なのだ?」
李夢が右手首をぎゅっと握り、正面から〈よみっち〉にぶつけた。
「一度、貴様は幽霊に憑依された。憑依状態はとんでもなく苦しいと聞く。ある人は『高熱が出てるみたいに意識が朦朧として、息苦しくて気を失うことすらできない状態』と病状に喩えた。貴様は苦しんだはずだ。だが学んだはずだ、生半可な気持ちで心霊現象に関わることの恐ろしさを。違うか?」
李夢のストレートな疑問に、〈よみっち〉が肩をちょっと上げる。
「……違わないかなぁ。確かに渦中は、マジで心底後悔したよ。心霊スポットなんかに行ったせいでって。俺の中に入り込んだ霊を追い出してもらって、あの神社っぽい場所から出た時は『二度と心霊スポットになんか近づかない』って本気で誓ったんだよ」
じゃあ、どうして。
〈よみっち〉は、ヘラッと笑った。
「だって助かったじゃん。憑依されたけど、死ななくて済んだじゃん」
「は……?」
そう声が出たのはおれ。
「俺さー色々仕事やってきたけど、どれもあんま上手くいかなかったんだよね。バンドマンとか芸人とかwebディレクターとか手広く。で、ちょっとした思いつきで始めた心霊系の配信が今までにないくらい順調に進んでさ、要はお金になったんだよね」
「お金……」
「そう。おまけに俺、アラフォーなの。今さら新しいこととか始められないわけ。で、そこに今までどおり金になる心霊スポットがあったら、そりゃ山に登るでしょう。多少のリスクは覚悟の上で。それが仕事ってもんなの。分かるかなーお子様たちに」
仕事。
そうか……〈よみっち〉にとっては仕事なのか、これ。
お父さんやお母さんと一緒の……
……一緒の?
「何が仕事だ。笑わせる」
うっかり〈よみっち〉の言葉を飲み込みそうになったのを、李夢の声が遮った。
「貴様はひとつ、忘れていることがある。いや、わざと考慮に入れていないのかもしれないが」
「は? どーいう意味だよ、クソガキ」
「幽霊は元々、生きている人間だということだ。私の知り合いに怪談師がいる。その方は、怪談を語ることで亡くなった方の思いを知ってほしいと、祈りのように話していた。なのに――貴様は何だ!」
李夢がいっそう声を厳しくする。
「怪談を、人の死を、ゴテゴテに盛って演出過多に飾って、ロクに調べもせず五秒で考えたような創作話ばかりではないか!」
「何だと! 取材ぐらい俺だってしてるわ! 適当なこと言ってんじゃねーよ、ぶっ殺すぞ!」
「していないだろう!」
李夢の声が一際高くなる。
その左手は、右手首を握ったままだった。紅い紐がちぎれそうなくらい強く強く。
「……ここで亡くなった方々を説明する時、貴様は『幼い女の子が何人もの人間に踏み潰されて死んだ。その両親である中年の夫婦も打ちどころが悪くて亡くなった』と言った。それが既に誤りだ。その夫婦は、亡くなった女の子の親ではない」
一呼吸置いて、李夢はその続きを絞り出した。
「――私の、両親だ」
「歩望!」
真横から伸びてきた手が、おれの手からスマホを叩き落とす。
スマホが地面に落ちると同時に、おれの膝も崩れた。
助けてくれたのは李夢だった。
「歩望。しっかりしろ。自分の手足の感覚を思い出せ!」
李夢がおれの肩を揺らす。
「ちゃんと動くな?」
「う、うん。うご、動く」
信じられないほど手の先が冷えきってる。血が通ってないみたいに。
グッパーをくりかえして確認する。
これはおれの手。おれの体。
「李夢……なんでここに」
そう訊くけど、李夢は気まずげに顔を背けた。
さっと左手を引っ込めるけど、おれの位置からは背中に隠したものがばっちり見えた。
花束だ。小さなまるっこい菊の花束を、李夢は持っていた。
「……やはりおまえ、憑依された後遺症が残ってるな」
花束のことを聞こうとしたけどに、李夢がおれに言った。
後遺症?
どう意味だろう――と思ったけど、ドヤドヤと騒がしい集団が登ってくるのが見えた。
馴染みのある声と顔に軽くビビる。
「あれー? 歩望だー?」
「ゲッ、アララギもいるじゃん」
凌牙が手をブンブン振り、絵莉衣が毛虫を見つけたようなしかめ面になる。
いやそれより、みんなの後ろにいる、引率の先生みたいな態度の大人って……
「なんでみんな、〈よみっち〉といるんだよ……?」
「やあ、また会ったね」
夜なのにサングラスをかけたままの〈よみっち〉は、人の良い悪役みたいな笑顔を向けてきた。
気持ち悪かった。
「たまたま学校の前で会ったの。〈よみっち〉がさ、心霊写真の極意、教えてくれるって」
「それをオクに出したら、きっといい値段つくって。で、塾サボって来ちゃった!」
友達がみんな楽しそうに〈よみっち〉の周りをぐるぐるする。
脳みそ混乱状態だけど、「これはダメだ」というのは理解できた。
けどおれより先に、李夢が口を開いた。
「いい加減にしろ。この歩道橋に近づくな。帰れ」
多目的室の時よりずっと凄んで叱る。
李夢の方が〈よみっち〉より大人みたいだった。
「だからぁ、アララギさんに命令される筋合いないんですけどー」
「おまえたちに言ったのではない。その男にだ」
李夢の目は、〈よみっち〉だけを見据える。
「お嬢ちゃんにはカンケーないと思うけど?」
〈よみっち〉はどこ吹く風。
李夢は自分のスマホを見せつけて脅した。
「警察に通報してほしくなければ、今すぐ解散しろ」
この切り札には〈よみっち〉もお手上げだ。
愛想笑いとテキトーな言葉で絵莉衣たちを宥めて、家に帰らせた。
みんなは不服そうに、何故かおれまで睨んでいく。
「あーあ、いい心霊写真が撮れると思ったのになー」
「貴様は一体何なのだ?」
李夢が右手首をぎゅっと握り、正面から〈よみっち〉にぶつけた。
「一度、貴様は幽霊に憑依された。憑依状態はとんでもなく苦しいと聞く。ある人は『高熱が出てるみたいに意識が朦朧として、息苦しくて気を失うことすらできない状態』と病状に喩えた。貴様は苦しんだはずだ。だが学んだはずだ、生半可な気持ちで心霊現象に関わることの恐ろしさを。違うか?」
李夢のストレートな疑問に、〈よみっち〉が肩をちょっと上げる。
「……違わないかなぁ。確かに渦中は、マジで心底後悔したよ。心霊スポットなんかに行ったせいでって。俺の中に入り込んだ霊を追い出してもらって、あの神社っぽい場所から出た時は『二度と心霊スポットになんか近づかない』って本気で誓ったんだよ」
じゃあ、どうして。
〈よみっち〉は、ヘラッと笑った。
「だって助かったじゃん。憑依されたけど、死ななくて済んだじゃん」
「は……?」
そう声が出たのはおれ。
「俺さー色々仕事やってきたけど、どれもあんま上手くいかなかったんだよね。バンドマンとか芸人とかwebディレクターとか手広く。で、ちょっとした思いつきで始めた心霊系の配信が今までにないくらい順調に進んでさ、要はお金になったんだよね」
「お金……」
「そう。おまけに俺、アラフォーなの。今さら新しいこととか始められないわけ。で、そこに今までどおり金になる心霊スポットがあったら、そりゃ山に登るでしょう。多少のリスクは覚悟の上で。それが仕事ってもんなの。分かるかなーお子様たちに」
仕事。
そうか……〈よみっち〉にとっては仕事なのか、これ。
お父さんやお母さんと一緒の……
……一緒の?
「何が仕事だ。笑わせる」
うっかり〈よみっち〉の言葉を飲み込みそうになったのを、李夢の声が遮った。
「貴様はひとつ、忘れていることがある。いや、わざと考慮に入れていないのかもしれないが」
「は? どーいう意味だよ、クソガキ」
「幽霊は元々、生きている人間だということだ。私の知り合いに怪談師がいる。その方は、怪談を語ることで亡くなった方の思いを知ってほしいと、祈りのように話していた。なのに――貴様は何だ!」
李夢がいっそう声を厳しくする。
「怪談を、人の死を、ゴテゴテに盛って演出過多に飾って、ロクに調べもせず五秒で考えたような創作話ばかりではないか!」
「何だと! 取材ぐらい俺だってしてるわ! 適当なこと言ってんじゃねーよ、ぶっ殺すぞ!」
「していないだろう!」
李夢の声が一際高くなる。
その左手は、右手首を握ったままだった。紅い紐がちぎれそうなくらい強く強く。
「……ここで亡くなった方々を説明する時、貴様は『幼い女の子が何人もの人間に踏み潰されて死んだ。その両親である中年の夫婦も打ちどころが悪くて亡くなった』と言った。それが既に誤りだ。その夫婦は、亡くなった女の子の親ではない」
一呼吸置いて、李夢はその続きを絞り出した。
「――私の、両親だ」
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