アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)

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【工藤家の怪異②】心霊写真オークションの章

突撃系配信者のその後

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 高校生のお姉ちゃんの帰宅時間に合わせて家に着くようにした。
 ただいまと言う前に、お姉ちゃんの絶叫が炸裂した。

「はぁ!? アホなの!?」

 親戚や近所のおっちゃんおばちゃんに「直歩ちゃんはしっかり者ねオホホ」と褒められることが多いお姉ちゃんだけど、実態はかなりガサツで言葉遣いが荒い。
 そして悲しみよりも怒りが先に来るタイプだ。

 四十秒以上の手洗いとうがいをしっかり済ませてリビングダイニングに行くと、お姉ちゃんはテレビの前でジタバタ暴れていた。画面に映るのは、

「あ、〈よみっち〉だ」
「歩望!?」

 お姉ちゃんが手を広げてテレビの前に立ち塞がる。
 どうやら見せないようにしているみたいだけど意味なし。

「あ、桃吾とーごくんもいる。こんちわー」
「こんにちは……歩望くん」

 黒くて四角い眼鏡の兄ちゃんが返事した。
 とーごくんはお姉ちゃんの高校のクラスメイトで、この春からちょくちょく通話する仲だけど、実際に会うのは初めてだ。
 感染症がマシになったんだなぁと実感する。

 そういや、いっぺんお姉ちゃんに「とーごくん、お姉ちゃんの彼氏になるの?」って訊いてみたっけ。
 答えは「ナシよりのアリ」だった。どっちなん。

 おれはランドセルを床に投げ捨てて、久々に〈よみっち〉を見て、驚いた。

「〈よみっち〉のチャンネル登録者数、十万人になってる! 前まで二万人とかだったのに!」
「歩望、そんなやつの動画なんか見るな!」

 リモコンを取られたけど、弾みで動画一覧が開く。

【〈よみっち〉終了?心霊スポットに行ったら取り憑かれた件~リアル憑依vlog~ 】

 っていうタイトルの再生回数は、驚異の百万回オーバー。
 他にも【ガチの心霊体験お話しします】だの【悪霊に憑依された僕のオススメスイーツ】だの……
 これって、つまり?

「こいつ全然懲りてないんだよ。こいつが比良辻の歩道橋の動画なんて上げたから、うちらえらい目に遭ったのに!」

 画面を叩き割りそうな勢いのお姉ちゃん。
 呆れ顔で視線を逸らすとーごくん。
 開いた口が塞がらないって感じのおれ。

 今年の四月。おれたちは心霊現象というものに遭遇した。

 原因は、オカルト系配信者・〈よみっち〉の心霊スポット突撃ライブ配信を観たからだ。
 場所はうちの近所の歩道橋。去年の十月に死者が何人も出る事故が起こり、いつの間にかネットで新しい心霊スポットと噂された。

 それを観ただけで、おれは幽霊に取り憑かれて白目で「ぱぱぱ」と言い続けたり謎の電話がかかってきたり怖い人影が窓に貼りついたりした。
 それを助けてくれたのがとーごくん。
 高校生拝み屋だというアニメのキャラみたいな人で、そして――

 あの心霊写真を「偽物」とイットーリョーダンした転校生、塔李夢の兄貴である。

 とーごくん発案の『オンライン除霊』とやらで追い払えたらしいんだけど、正直おれ、あんまりその時のこと覚えてないんだよね……。

 お姉ちゃんいわく、本当は最後の最後でアララギ妹に助けられたんだけど、おれは完全に寝てた。
 だから今日、アララギ妹に会っても気づかなかった。

 突然、画面が真っ黒に変わった。お姉ちゃんが動画サイト自体を消したのだ。

「……桃吾くん。この〈よみっち〉とかいうアホのおっさんさ、正気に戻った後、『もう心霊スポットに行かない』って言ったんじゃなかったっけ?」
「そのはず……なんですけど」

 青白い顔でとーごくんがため息をついた。

「バカなの? 偏差値マイナスなの? なんで学習しないの! 桃吾くん、なんとかこいつ止められないの!?」
「相談所に止める権限はありませんから……やめてほしいとお願いするくらいです」

 とーごくん、すごく苦しそうだ。
 幽霊に取り憑かれた〈よみっち〉を救ったのが、とーごくんがお世話になっている『心霊相談所』なんだそうだ。
 親身になって助けたのに、〈よみっち〉は嘘をついて、また怖いものに近づこうとしてる。
 しかもお金目当てで。

 そりゃあムカつくよな。

 前にお母さんが、お酒を飲んでお父さんに愚痴るのを見たことがある。
「患者さんの体を思って一生懸命関わってきたのに、患者さん自身が台無しにする」って。
 意味がよくつかめなかったけど、すごく悔しそう、だった。

 気分が悪そうなとーごくんに何か言おうとした時だ。
 家の電話が鳴った。

 おれとお姉ちゃんの全身が勝手に強ばる。怖い記憶がよみがえりそうになる。

 とーごくんが取ろうとしたけど、お姉ちゃんは首を振って受話器を持って話し出した。

「……ああ、ハイ。そうです、うちです。いま外に出ますね。――宅配の人だった。キレすぎてインターホン鳴ったの気づかなかったみたい。ちょっと行ってくる」

 お姉ちゃんが玄関に向かう。
 とーごくんと二人きりだ。
 うちに来たのは〈よみっち〉のことを話すためなのかな。
 にしても、マジで顔色が悪い。
 とーごくんがこっちをふと見て、不意打ちで微笑まれた。
 近くで見るとイケメンだからびっくりして慌てたおれは、

「今日、とーごくんの妹に会った!」

 なんて口走ってしまった。とーごくんの目が丸くなる。

「李夢に? あ、同じ小学校か。でも学年は違うよね?」
「学童で会ったんだ。なんかすげークールっぽくて、他の子とは雰囲気違うって感じ!」
「そうだね。あの子は特別だから」

 とーごくんは両目を伏せて、ぽつり、落とすようにつぶやいた。
 それが変な感じで、妙に気になった。

「何か話をした?」

 そう訊かれて、おれは多目的室の出来事を話した。

「心霊写真オークション……歩道橋の写真……」

 話が終わると、とーごくんはブツクサ言って唇を指でなぞった。
 しばらくして、何やら布を人の形に切って縫い合わせた平べったいフェルト人形みたいなものを鞄から出して、おれに渡した。

「頼みがあるんだ」
「な、何?」

 急に言われて引き気味に答える。

「もしも李夢が、――た時は、これを使ってほしい」

 とーごくんは、任せたとばかりにおれの手を強く握った。

「もう遅いし、お暇するね」

 バイバイも言えないまま、とーごくんが出ていく。
 入れ違いでお姉ちゃんが戻ってきた。
 宅配便の受け取りだけなのに時間かかったなぁと思ったら、

「さっきまでお母さんたちとラインしてたんだけど」
「へー。あ、お父さんいつ帰ってくるって? 新しい畑の相談したいんだよねー」

 ここんとこ、お父さんと一緒に島作りにハマってる。ちなみにゲームの話だ。

「お父さん、今日帰れないって」
「え!? なんで!?」
「今日さ、すごく増えたんだって。……新規感染者」

 一瞬、頭が真っ白になった。

「なんで? もう収まったって言ったじゃん!」
「収まって気が抜けたのかもね。手洗いとか距離を取るのとか忘れて、前の生活に戻して……また増え始めたのかもって言ってた。いや、それが原因かは分からないけど。お父さんたちにも、誰にも分かんないよ」
「やだ!」

 そう叫ぶと、お姉ちゃんが目を吊り上げる。

「わがまま言わないの! お父さんとお母さんの仕事なんだから。働かないとお金がもらえなくてあたしたち生活できないんだよ!」

 そう怒られて、……何も言えなくなった。
 お金なんて。
 そんなのいらない。
 おれは、おれは……

「お母さんは、明日の夕方帰ってくるから」

 うつむくおれに、お姉ちゃんが頭をポンポンして慰めてきた。
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