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壱.【工藤家の怪異①】オンライン除霊の章
家族を守りたい
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翌日はお札を三十枚に増やした。
効果は遺憾なく発揮されて、電話がなくなった。
でもお札は三十枚すべて勝手にちぎれた。見えない手が苛立たしげに破ったかのように。
そうして迎えた三日目。
時刻は同じ、夕方五時。
お札は五十枚に増やした。
「歩望。眠いの?」
お札を作る歩望の手が、さっきからずっと止まって目がとろんとしている。
「いいよ。寝てな。お姉ちゃんは起きてるから」
「うん……」
歩望はソファに寝転がるとすぐに寝息を立て始めた。あとでタオルケット持ってくるか。
出来上がったお札をじっと見つめる。
決戦は今夜だ。なんとか自分を鼓舞しようとするけれど、勝手に胃が引き攣る。
ビデオ通話で桃吾くんを呼び出す。彼は歩望が寝たことを知ると、
『歩望くんは、一度〈よみっち〉さんと同じ状態になったんですよね』
白目&パパパ状態のことだ。
「うん。しばらくしたらすぐに戻って、今みたいに寝ちゃったけど」
桃吾くんはしばし思案顔で、薄い唇を指で撫でた。そして、
『工藤さん。本当に、申し訳ありません』
「えっ、突然何?」
『直接そちらに行けないことと……他にも』
他にもとは? と思ったけど、桃吾くんは言い淀んでしまった。
あたしは手をひらひらさせて、
「何言ってんの。オンラインなの承知で頼んだのに」
『すみません。……どうしても外出が不安で。電車やバスに乗って、もしも僕がウィルスを持ち帰って、師匠に感染させてしまったらと考えたら』
「ああ……」
クソ感染症の具体的な対策――ワクチンとか治療法とか――は未だに不明とされている。
とにかく今は大流行させないようにするのが最優先だ。お母さんたちも言っていた。
「桃吾くんは、本当にお師匠さんが大切なんだね」
『大切……そうですね、恩人です。身寄りがない僕と妹を引き取ってくださって、……何より拝み屋としての素質が皆無な僕を見捨てず、護符を作る技術を伸ばしてくださいました』
桃吾くんがほんのりと口元を緩ませる。
身寄りがないという個人的背景が垣間見えてドキッとした。
それに拝み屋としての素質が無いってどういうことだろう。
そういう才能みたいなものがなくても拝み屋ってなれるものなの?
ていうか素質が無いのに何故桃吾くんは拝み屋を目指したの?
たくさん尋ねたいことはある、けれど、それはなんとなく画面越しで聞いちゃいけない気がした。
だからあたしは、共感だけした。
「分かるよ、その気持ち。あたしもお父さんとお母さんと歩望がめっちゃ大事。……でも数ヶ月前まで、こんなふうに想ってなんかなかった。普通に家族なんてウゼーって思ってたし」
『反抗期ですね』
「まーね。健全な証拠よ」
気持ちが変わったのは、今年の一月から。
あのクソ感染症が誰も望んでいないのに出現してからだ。
「家とか家族とか友達とか、……当たり前だと思ってたことが、全然当たり前じゃないって……気づかされちゃったんだよね。半ば強引に」
ふと、壁際に置きっぱなしの新聞紙の束が目に入った。
連日、悲しいニュースや悔しいニュースばかりが紙面に掲載されている。
なんでこんなことになったんだろう。
中学校の卒業式あたりから何百回も浮かんだ疑問が頭をよぎる。
両親と最後に会った朝を思い出した。
せっかく咲いた桜を散らすような強い雨が降っていた。
しばらく病院に泊まり込むことになった、と二人はあたしたちに謝った。
折し悪く、テレビから医療従事者にも感染者が出始めたというニュースが流れた。
けど、二人は、
――絶対に帰ってくるからね。
そう約束して、あたしと歩望を抱きしめた。震える手で。涙声で。
「……守りたい」
あたしの手の中にあるもの。大切なもの。
それを脅かす存在がいるなら、戦ってやる。
『……はい』
桃吾くんが同感してくれた。
大丈夫。あたしは独りじゃないんだ。言葉にしたらえらい陳腐だけど、その事実はあたしを奮い立たせてくれる。
「そういえば、謝ることのもうひとつって?」
そう問うと、桃吾くんはこれ以上ないくらい苦々しい、そして気まずげな表情になった。
『実は……僕は、妹と勝負をしているんです』
「勝負?」
『除霊対決です。少し前に、師匠から僕たちの今の実力を示してほしい、と言われました。あとは兄弟子との話を聞いたんです。師匠は僕か妹、どちらか一人を本弟子にするつもりのようです』
「えぇ?」
にわかには信じられなかった。
あの綺麗な祝詞を上げる人が兄妹を対立させるようなことをするなんて。
いや声しか知らないんだけど、でも桃吾くんも尊敬している風だったのに。
『だから工藤さんから相談を受けた時、絶好の機会だと思いました。オンライン除霊の効果を試せて、実力を示せる……実験台どころか勝負の道具のような扱いをして、すみませんでした』
「それは……まあ別に」
怒りなんて湧くわけがなかった。
動機はどうあれ、桃吾くんは本気で尽力してくれているのが分かるから。
「むしろギブアンドテイクっていうか。美容師のカットモデルみたいなものじゃん?」
軽口を叩くと、桃吾くんはゆるく笑った。
『オンライン除霊なんて、自分でもめちゃくちゃだなと思ったんですけどね。でも僕は妹とは違うから』
「妹さんとは違う、って?」
『妹は才能の塊なんですよ。拝み屋としての』
この話題はすぐに終わった。
桃吾くんが微笑を引っ込める。
『アレの目的は、工藤さんの家に入ることです』
「家?」
『ええ。でもうまくいかず、ひどく苛立っている。家とはそれそのものが結界で、基本的に悪いものは入れないようになっているんです』
なので、と桃吾くんが続ける。
『何があっても外に出ないでください。誰が来ても入らせてはいけない。それから』
ザザッ、と雑音が入った。桃吾くんの姿が、画面全体がゆがむ。
『心霊、ザザッ、象と……機械類は……ザッ、相性が悪い……す。この通話も……』
「桃吾くん!」
『……藤さ、気をしっかり……持っ……いざとな……ら、以前言った……法を……ザザザッ、ザッ』
画面がプリズムみたいなまだら模様になった。
音声は完全に無音。電源を切っても元に戻らない。
スマホは?
バッテリー切れ。さっきまで充電してて百パーセントだったのに。
ずっと流していたサブスクの祝詞も止まった。
ふわ、と生ぬるい風が頬を撫でた。
窓は全部閉めているのに。
――来たんだ。
効果は遺憾なく発揮されて、電話がなくなった。
でもお札は三十枚すべて勝手にちぎれた。見えない手が苛立たしげに破ったかのように。
そうして迎えた三日目。
時刻は同じ、夕方五時。
お札は五十枚に増やした。
「歩望。眠いの?」
お札を作る歩望の手が、さっきからずっと止まって目がとろんとしている。
「いいよ。寝てな。お姉ちゃんは起きてるから」
「うん……」
歩望はソファに寝転がるとすぐに寝息を立て始めた。あとでタオルケット持ってくるか。
出来上がったお札をじっと見つめる。
決戦は今夜だ。なんとか自分を鼓舞しようとするけれど、勝手に胃が引き攣る。
ビデオ通話で桃吾くんを呼び出す。彼は歩望が寝たことを知ると、
『歩望くんは、一度〈よみっち〉さんと同じ状態になったんですよね』
白目&パパパ状態のことだ。
「うん。しばらくしたらすぐに戻って、今みたいに寝ちゃったけど」
桃吾くんはしばし思案顔で、薄い唇を指で撫でた。そして、
『工藤さん。本当に、申し訳ありません』
「えっ、突然何?」
『直接そちらに行けないことと……他にも』
他にもとは? と思ったけど、桃吾くんは言い淀んでしまった。
あたしは手をひらひらさせて、
「何言ってんの。オンラインなの承知で頼んだのに」
『すみません。……どうしても外出が不安で。電車やバスに乗って、もしも僕がウィルスを持ち帰って、師匠に感染させてしまったらと考えたら』
「ああ……」
クソ感染症の具体的な対策――ワクチンとか治療法とか――は未だに不明とされている。
とにかく今は大流行させないようにするのが最優先だ。お母さんたちも言っていた。
「桃吾くんは、本当にお師匠さんが大切なんだね」
『大切……そうですね、恩人です。身寄りがない僕と妹を引き取ってくださって、……何より拝み屋としての素質が皆無な僕を見捨てず、護符を作る技術を伸ばしてくださいました』
桃吾くんがほんのりと口元を緩ませる。
身寄りがないという個人的背景が垣間見えてドキッとした。
それに拝み屋としての素質が無いってどういうことだろう。
そういう才能みたいなものがなくても拝み屋ってなれるものなの?
ていうか素質が無いのに何故桃吾くんは拝み屋を目指したの?
たくさん尋ねたいことはある、けれど、それはなんとなく画面越しで聞いちゃいけない気がした。
だからあたしは、共感だけした。
「分かるよ、その気持ち。あたしもお父さんとお母さんと歩望がめっちゃ大事。……でも数ヶ月前まで、こんなふうに想ってなんかなかった。普通に家族なんてウゼーって思ってたし」
『反抗期ですね』
「まーね。健全な証拠よ」
気持ちが変わったのは、今年の一月から。
あのクソ感染症が誰も望んでいないのに出現してからだ。
「家とか家族とか友達とか、……当たり前だと思ってたことが、全然当たり前じゃないって……気づかされちゃったんだよね。半ば強引に」
ふと、壁際に置きっぱなしの新聞紙の束が目に入った。
連日、悲しいニュースや悔しいニュースばかりが紙面に掲載されている。
なんでこんなことになったんだろう。
中学校の卒業式あたりから何百回も浮かんだ疑問が頭をよぎる。
両親と最後に会った朝を思い出した。
せっかく咲いた桜を散らすような強い雨が降っていた。
しばらく病院に泊まり込むことになった、と二人はあたしたちに謝った。
折し悪く、テレビから医療従事者にも感染者が出始めたというニュースが流れた。
けど、二人は、
――絶対に帰ってくるからね。
そう約束して、あたしと歩望を抱きしめた。震える手で。涙声で。
「……守りたい」
あたしの手の中にあるもの。大切なもの。
それを脅かす存在がいるなら、戦ってやる。
『……はい』
桃吾くんが同感してくれた。
大丈夫。あたしは独りじゃないんだ。言葉にしたらえらい陳腐だけど、その事実はあたしを奮い立たせてくれる。
「そういえば、謝ることのもうひとつって?」
そう問うと、桃吾くんはこれ以上ないくらい苦々しい、そして気まずげな表情になった。
『実は……僕は、妹と勝負をしているんです』
「勝負?」
『除霊対決です。少し前に、師匠から僕たちの今の実力を示してほしい、と言われました。あとは兄弟子との話を聞いたんです。師匠は僕か妹、どちらか一人を本弟子にするつもりのようです』
「えぇ?」
にわかには信じられなかった。
あの綺麗な祝詞を上げる人が兄妹を対立させるようなことをするなんて。
いや声しか知らないんだけど、でも桃吾くんも尊敬している風だったのに。
『だから工藤さんから相談を受けた時、絶好の機会だと思いました。オンライン除霊の効果を試せて、実力を示せる……実験台どころか勝負の道具のような扱いをして、すみませんでした』
「それは……まあ別に」
怒りなんて湧くわけがなかった。
動機はどうあれ、桃吾くんは本気で尽力してくれているのが分かるから。
「むしろギブアンドテイクっていうか。美容師のカットモデルみたいなものじゃん?」
軽口を叩くと、桃吾くんはゆるく笑った。
『オンライン除霊なんて、自分でもめちゃくちゃだなと思ったんですけどね。でも僕は妹とは違うから』
「妹さんとは違う、って?」
『妹は才能の塊なんですよ。拝み屋としての』
この話題はすぐに終わった。
桃吾くんが微笑を引っ込める。
『アレの目的は、工藤さんの家に入ることです』
「家?」
『ええ。でもうまくいかず、ひどく苛立っている。家とはそれそのものが結界で、基本的に悪いものは入れないようになっているんです』
なので、と桃吾くんが続ける。
『何があっても外に出ないでください。誰が来ても入らせてはいけない。それから』
ザザッ、と雑音が入った。桃吾くんの姿が、画面全体がゆがむ。
『心霊、ザザッ、象と……機械類は……ザッ、相性が悪い……す。この通話も……』
「桃吾くん!」
『……藤さ、気をしっかり……持っ……いざとな……ら、以前言った……法を……ザザザッ、ザッ』
画面がプリズムみたいなまだら模様になった。
音声は完全に無音。電源を切っても元に戻らない。
スマホは?
バッテリー切れ。さっきまで充電してて百パーセントだったのに。
ずっと流していたサブスクの祝詞も止まった。
ふわ、と生ぬるい風が頬を撫でた。
窓は全部閉めているのに。
――来たんだ。
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