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壱.【工藤家の怪異①】オンライン除霊の章
高校の同級生は拝み屋でした。
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『工藤……これは、なおほさんとお読みしていいんですか?』
「なほ、だよ。工藤直歩」
『真っ直ぐ歩く。すてきなお名前ですね。僕は、塔桃吾といいます』
事件が起こった二日後。
あたしはネットにつないだテレビの前で、ある人とビデオ通話していた。
画面が切り替わり、『塔桃吾』と明朝体の文字が表示される。
気配りのできる男子だな。音で聞いただけじゃパッと浮かばないもんね、こんな珍しい苗字。
でも、これくらい特徴的な苗字の方が『拝み屋』っぽいのかも。
そう。拝み屋。
このビデオ通話の相手、キリッとした切れ長の瞳に黒縁眼鏡をかけて、いかにも真面目一徹そうな男子は、あたしの高校のクラスメイトであり、幽霊だの祟りだの呪いだのをどうにかする拝み屋――なんだそうだ。
『工藤さんと、直接話したことはないですよね?』
「ないね。入学式の日は、教室に集まって自己紹介した後、すぐに下校したし。そこからずっとうちらオンライン授業じゃん」
――今年の一月くらいから、世界中にとある感染症が広まった。
最初にそのニュースを知った時は、たいしたことないとスルーしたけど、瞬く間に広がり、未曾有の状況に陥った。
生活は一変した。マスクがないと外出できなくなった。
あたしの中学校の卒業式は中止。高校の入学式も省略され、日本中のあらゆる学校が休校になって、入学式の日からあたしたちは登校していない。
だからこの、同じ一年七組の男子生徒、アララギくんと話したことはないし、マスクをつけてない顔を見たのも初めてだ。
「今回のこと、友達のミヤに相談したら、アララギくんがそういうのに詳しいって聞いたんだ」
『桃吾でかまいませんよ。言いづらいでしょう、アララギって』
おっと。まじめでカタそうな外見のわりに意外とフレンドリーだな。
よーく見たら育ちがよさそうっていうか、整った顔立ちしてるし、もし目の前でこんなん言われたらドキッとするかも……しかし、画面越しじゃキュンなんか生まれない。
「じゃ、あたしも直歩でいいよ。桃吾くん、おとというちの弟が〈よみっち〉の心霊スポット突撃動画のライブ配信を見たの」
その動画のアーカイブは残らなかったけど、〈よみっち〉ファンの有志が冒頭だけ録画したものをSNSに流した。
画面を共有して再生する。
『どうもー三度の飯より御百度参り! 現場系心霊配信者、〈よみっち〉でーす!
今日はココ! 最近新しくできた心霊スポット、某市某区の駅前にある、「比良辻六丁目の歩道橋」に来ていまーす!』
両手ピースの中年男性が現れる。
確か〈よみっち〉は年齢はお父さんより少し下、三十代後半だったっけ。
細身の体に革ジャンを着て、色の薄いサングラスをかけて胡散くささの権化って感じだ。
おどろおどろしく、でもハイテンションな口調と派手な字幕と効果音で、〈よみっち〉は歩道橋にまつわる怪談を語り出した。
『去年の十月末、そう、ハロウィンシーズン! 最近は若い子みぃんな盛り上がるよねぇ。
この辺りは一見すると地味~な町なんだけど、夏祭りとかハロウィンとかクリスマスのイベントシーズンには映えスポットとしてそこそこ有名になるんだ。
で、去年のハロウィンもイベントを催したら、……なんと! 渋谷ばりに人が集まっちゃったんだ。
当時はホラ、人数制限なんかなかったしさー』
当時の場面写真に切り替わる。
『まさに芋洗い』というでっかいテロップがついた写真は、満員電車並みの密度だった。
今なら「密です!」って怒られそう。
『人が増えたら事件事故も増える。酔っ払った人たちがハッスルして、殴り合いのケンカが始まったワケ。
見る見るうちにエスカレートして、頭のやべーやつが歩道橋から相手を投げ落としたんだよ。
あっ、その相手は死んでないよ?
でも周りの人たちが「人殺しだー!」って大混乱に陥って、階段から転落したり踏まれまくったりして何人か死んじゃったんだ。可哀想だよねー』
チーン、という効果音とフリー素材の仏壇とりんのイラストが出現する
軽っっっる。
仮にも人が亡くなった話なのに軽薄すぎる。
こういうの大っ嫌い。桃吾くんも不愉快そうに微かに眉根を寄せた。
『小さな女の子が、何人もの人間に踏み潰されて死んだんだって。
その両親である中年の夫婦も、打ちどころが悪くて亡くなった。
地元に住むシングルファーザーのお父さんとかも、我が子を残して逝くのはさぞ無念だったろうねー。
そりゃ化けて出たくもなるわ。ってことで、さっそく歩道橋に行きたいと思いまーす!』
歩道橋に上がった〈よみっち〉はしばらくの間は普通にトークしていたけど、すぐに様子がおかしくなった。
――この後は、歩望と見た動画のとおりだ。
動画を消して、改めて尋ねる。
「これを観た日以来、変なことが起こり続けてる。一昨日も昨日も夜に『ぱぱぱ』って声が電話と外から聞こえて、窓には人間みたいなのがへばりついていた。これは、心霊現象ですか」
『心霊現象ですね』
あっさりキッパリ言い切る。あまりの寸断のなさに逆に驚く。
『……少しだけ、お見せします』
桃吾くんが画面を切り替える。
エレベーターの防犯カメラのような映像が流れる。ひどく薄暗い。
画面の右端に布団を丸めたような、布を重ねた山があった。
もぞ、と布の山が動くと、――顔が現れた。
「っ!」
ソファからお尻が落ちそうになった。布の山から出てきた顔が〈よみっち〉だったからだ。
白目を剥き、空洞のような口をぽっかり開き、何か発している。
音は聞こえないけれど、ぱぱぱぱぱ……と言っていると直感した。
画面が桃吾くんに戻る。白い背景がやけにまぶしい。
『うちにいるんです。その工藤さんに起こった心霊現象のキッカケである、〈よみっち〉さんが』
「なほ、だよ。工藤直歩」
『真っ直ぐ歩く。すてきなお名前ですね。僕は、塔桃吾といいます』
事件が起こった二日後。
あたしはネットにつないだテレビの前で、ある人とビデオ通話していた。
画面が切り替わり、『塔桃吾』と明朝体の文字が表示される。
気配りのできる男子だな。音で聞いただけじゃパッと浮かばないもんね、こんな珍しい苗字。
でも、これくらい特徴的な苗字の方が『拝み屋』っぽいのかも。
そう。拝み屋。
このビデオ通話の相手、キリッとした切れ長の瞳に黒縁眼鏡をかけて、いかにも真面目一徹そうな男子は、あたしの高校のクラスメイトであり、幽霊だの祟りだの呪いだのをどうにかする拝み屋――なんだそうだ。
『工藤さんと、直接話したことはないですよね?』
「ないね。入学式の日は、教室に集まって自己紹介した後、すぐに下校したし。そこからずっとうちらオンライン授業じゃん」
――今年の一月くらいから、世界中にとある感染症が広まった。
最初にそのニュースを知った時は、たいしたことないとスルーしたけど、瞬く間に広がり、未曾有の状況に陥った。
生活は一変した。マスクがないと外出できなくなった。
あたしの中学校の卒業式は中止。高校の入学式も省略され、日本中のあらゆる学校が休校になって、入学式の日からあたしたちは登校していない。
だからこの、同じ一年七組の男子生徒、アララギくんと話したことはないし、マスクをつけてない顔を見たのも初めてだ。
「今回のこと、友達のミヤに相談したら、アララギくんがそういうのに詳しいって聞いたんだ」
『桃吾でかまいませんよ。言いづらいでしょう、アララギって』
おっと。まじめでカタそうな外見のわりに意外とフレンドリーだな。
よーく見たら育ちがよさそうっていうか、整った顔立ちしてるし、もし目の前でこんなん言われたらドキッとするかも……しかし、画面越しじゃキュンなんか生まれない。
「じゃ、あたしも直歩でいいよ。桃吾くん、おとというちの弟が〈よみっち〉の心霊スポット突撃動画のライブ配信を見たの」
その動画のアーカイブは残らなかったけど、〈よみっち〉ファンの有志が冒頭だけ録画したものをSNSに流した。
画面を共有して再生する。
『どうもー三度の飯より御百度参り! 現場系心霊配信者、〈よみっち〉でーす!
今日はココ! 最近新しくできた心霊スポット、某市某区の駅前にある、「比良辻六丁目の歩道橋」に来ていまーす!』
両手ピースの中年男性が現れる。
確か〈よみっち〉は年齢はお父さんより少し下、三十代後半だったっけ。
細身の体に革ジャンを着て、色の薄いサングラスをかけて胡散くささの権化って感じだ。
おどろおどろしく、でもハイテンションな口調と派手な字幕と効果音で、〈よみっち〉は歩道橋にまつわる怪談を語り出した。
『去年の十月末、そう、ハロウィンシーズン! 最近は若い子みぃんな盛り上がるよねぇ。
この辺りは一見すると地味~な町なんだけど、夏祭りとかハロウィンとかクリスマスのイベントシーズンには映えスポットとしてそこそこ有名になるんだ。
で、去年のハロウィンもイベントを催したら、……なんと! 渋谷ばりに人が集まっちゃったんだ。
当時はホラ、人数制限なんかなかったしさー』
当時の場面写真に切り替わる。
『まさに芋洗い』というでっかいテロップがついた写真は、満員電車並みの密度だった。
今なら「密です!」って怒られそう。
『人が増えたら事件事故も増える。酔っ払った人たちがハッスルして、殴り合いのケンカが始まったワケ。
見る見るうちにエスカレートして、頭のやべーやつが歩道橋から相手を投げ落としたんだよ。
あっ、その相手は死んでないよ?
でも周りの人たちが「人殺しだー!」って大混乱に陥って、階段から転落したり踏まれまくったりして何人か死んじゃったんだ。可哀想だよねー』
チーン、という効果音とフリー素材の仏壇とりんのイラストが出現する
軽っっっる。
仮にも人が亡くなった話なのに軽薄すぎる。
こういうの大っ嫌い。桃吾くんも不愉快そうに微かに眉根を寄せた。
『小さな女の子が、何人もの人間に踏み潰されて死んだんだって。
その両親である中年の夫婦も、打ちどころが悪くて亡くなった。
地元に住むシングルファーザーのお父さんとかも、我が子を残して逝くのはさぞ無念だったろうねー。
そりゃ化けて出たくもなるわ。ってことで、さっそく歩道橋に行きたいと思いまーす!』
歩道橋に上がった〈よみっち〉はしばらくの間は普通にトークしていたけど、すぐに様子がおかしくなった。
――この後は、歩望と見た動画のとおりだ。
動画を消して、改めて尋ねる。
「これを観た日以来、変なことが起こり続けてる。一昨日も昨日も夜に『ぱぱぱ』って声が電話と外から聞こえて、窓には人間みたいなのがへばりついていた。これは、心霊現象ですか」
『心霊現象ですね』
あっさりキッパリ言い切る。あまりの寸断のなさに逆に驚く。
『……少しだけ、お見せします』
桃吾くんが画面を切り替える。
エレベーターの防犯カメラのような映像が流れる。ひどく薄暗い。
画面の右端に布団を丸めたような、布を重ねた山があった。
もぞ、と布の山が動くと、――顔が現れた。
「っ!」
ソファからお尻が落ちそうになった。布の山から出てきた顔が〈よみっち〉だったからだ。
白目を剥き、空洞のような口をぽっかり開き、何か発している。
音は聞こえないけれど、ぱぱぱぱぱ……と言っていると直感した。
画面が桃吾くんに戻る。白い背景がやけにまぶしい。
『うちにいるんです。その工藤さんに起こった心霊現象のキッカケである、〈よみっち〉さんが』
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