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壱.【工藤家の怪異①】オンライン除霊の章
動画を見たら呪われました。
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「お姉ちゃん! 〈よみっち〉の動画見せて!」
夕陽が差し込むリビングで、高校のオンライン授業が終わった瞬間、弟の歩望がすっ飛んできた。
「カレクサ! 〈よみっちの心霊チャンネル!〉」
言うが早いか、歩望はリモコンを音声操作してテレビの画面を動画サイトにつなげる。やれやれと肩を竦めつつ、
「お姉ちゃん、晩ごはんの支度するから。今日もお父さんとお母さん帰ってこないからね」
「うん、分かったー」
「分かったーじゃないよ。たまには手伝えっての」
「やだよ。今日は〈よみっち〉、比良辻六丁目の歩道橋に行くんだもん」
「比良辻六丁目ぇ?」
教科書やノートをしまう手が止まった。
驚いたのは近所の地名が不意打ちで出てきたからじゃない。
その歩道橋は、去年の秋に死亡事故が起こった現場だからだ。
「そんなとこにわざわざ行かんでも……」
軽くボヤくけど、歩望は完全スルー。いつものことだ。
一般的な小学四年生の例に漏れず、この弟も動画サイトに夢中だ。
よくSNSで子育てママさんによる「うちのチビ、朝から晩まで動画サイトにかじりついてるの」ってつぶやきが流れてくるけど、分かる。めっちゃ分かる。うちとおんなじ。
……いやあたしまだ高校一年生なんですけど。すっかりママ役が板についちゃったなぁ。
ため息をついて、キッチンで赤いギンガムチェックのエプロンをつける。
メニューは豚の生姜焼きにしよう。これなら歩望も野菜をモリモリ食べるし。
玉ねぎに愛用の包丁を入れた時だった。
「……お姉ちゃん」
歩望が呼んだ。
「何ー?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「何ようるさいな。いま手が離せないんですけど」
「お姉ちゃん!!」
歩望が叫んだ。鼓膜が震えるほどの大声に、包丁が止まった。
「歩望……?」
弟の細い肩は震えていた。ゆっくりとこちらを向く。顔が、冷凍庫にでも入れられたみたいに青白い。
「これ……」
人差し指で画面を指した。
歩望のクラスで流行ってる動画配信者・〈よみっち〉のライブ動画だ。
心霊スポットだの事故物件だのに突撃して生中継する、いわゆるオカルト系の……え?
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』
なに、この声。
ざらざらして耳が痛くなる。
画面には、真っ黒いパンク系の服を着た〈よみっち〉。
目を大きく見開き、口をあんぐりと開けて、この言葉にならない声をずっと出して、
こっちを見ている。
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……ぱ!!』
突然〈よみっち〉の首が折れそうな勢いで右に傾き、『ぱ』を吐き出した。
画面の向こうなのに何か空気の波動みたいなものを感じた。
ブツンッ
画面がまっくらになる。暗転だ。動画が切れたのだ。
「な、何、今の……?」
「お姉ちゃん……」
歩望が不安げに腕にすがってくる。その手はとても冷たい。
――プルルッ
家の電話が鳴った。心臓が口が出そうになった。
「き、きっとお父さんかお母さんだよ……」
あたしは歩望の肩を抱いて電話に出た。もしもし、と言う前に、
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』
「!?」
反射的に電話を切る。さっき動画で聞いたあの声が、電話から聞こえた。
意味不明すぎて立ちくらみを起こしかける。
「お、お姉ちゃん……あっち」
「あっち……?」
半ベソをかく歩望が指さしたのは、リビングから庭に出られる掃き出し窓だった。
でも、おかしい。
さっきまで窓の外は夕焼けで明るかったのに、……真夜中みたいに、暗い。
時刻は夕方の五時。季節は四月の春。外がこんなに暗いわけ、ある?
……何か聞こえてくる。
小さな、かすかな声。
何か見える。黒いシルエット。大の字になった人間みたいな形の。
……ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……
まっくらな外で窓ガラスにへばりついたモノが、間断なく鳴いている。
夕陽が差し込むリビングで、高校のオンライン授業が終わった瞬間、弟の歩望がすっ飛んできた。
「カレクサ! 〈よみっちの心霊チャンネル!〉」
言うが早いか、歩望はリモコンを音声操作してテレビの画面を動画サイトにつなげる。やれやれと肩を竦めつつ、
「お姉ちゃん、晩ごはんの支度するから。今日もお父さんとお母さん帰ってこないからね」
「うん、分かったー」
「分かったーじゃないよ。たまには手伝えっての」
「やだよ。今日は〈よみっち〉、比良辻六丁目の歩道橋に行くんだもん」
「比良辻六丁目ぇ?」
教科書やノートをしまう手が止まった。
驚いたのは近所の地名が不意打ちで出てきたからじゃない。
その歩道橋は、去年の秋に死亡事故が起こった現場だからだ。
「そんなとこにわざわざ行かんでも……」
軽くボヤくけど、歩望は完全スルー。いつものことだ。
一般的な小学四年生の例に漏れず、この弟も動画サイトに夢中だ。
よくSNSで子育てママさんによる「うちのチビ、朝から晩まで動画サイトにかじりついてるの」ってつぶやきが流れてくるけど、分かる。めっちゃ分かる。うちとおんなじ。
……いやあたしまだ高校一年生なんですけど。すっかりママ役が板についちゃったなぁ。
ため息をついて、キッチンで赤いギンガムチェックのエプロンをつける。
メニューは豚の生姜焼きにしよう。これなら歩望も野菜をモリモリ食べるし。
玉ねぎに愛用の包丁を入れた時だった。
「……お姉ちゃん」
歩望が呼んだ。
「何ー?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「何ようるさいな。いま手が離せないんですけど」
「お姉ちゃん!!」
歩望が叫んだ。鼓膜が震えるほどの大声に、包丁が止まった。
「歩望……?」
弟の細い肩は震えていた。ゆっくりとこちらを向く。顔が、冷凍庫にでも入れられたみたいに青白い。
「これ……」
人差し指で画面を指した。
歩望のクラスで流行ってる動画配信者・〈よみっち〉のライブ動画だ。
心霊スポットだの事故物件だのに突撃して生中継する、いわゆるオカルト系の……え?
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』
なに、この声。
ざらざらして耳が痛くなる。
画面には、真っ黒いパンク系の服を着た〈よみっち〉。
目を大きく見開き、口をあんぐりと開けて、この言葉にならない声をずっと出して、
こっちを見ている。
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……ぱ!!』
突然〈よみっち〉の首が折れそうな勢いで右に傾き、『ぱ』を吐き出した。
画面の向こうなのに何か空気の波動みたいなものを感じた。
ブツンッ
画面がまっくらになる。暗転だ。動画が切れたのだ。
「な、何、今の……?」
「お姉ちゃん……」
歩望が不安げに腕にすがってくる。その手はとても冷たい。
――プルルッ
家の電話が鳴った。心臓が口が出そうになった。
「き、きっとお父さんかお母さんだよ……」
あたしは歩望の肩を抱いて電話に出た。もしもし、と言う前に、
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』
「!?」
反射的に電話を切る。さっき動画で聞いたあの声が、電話から聞こえた。
意味不明すぎて立ちくらみを起こしかける。
「お、お姉ちゃん……あっち」
「あっち……?」
半ベソをかく歩望が指さしたのは、リビングから庭に出られる掃き出し窓だった。
でも、おかしい。
さっきまで窓の外は夕焼けで明るかったのに、……真夜中みたいに、暗い。
時刻は夕方の五時。季節は四月の春。外がこんなに暗いわけ、ある?
……何か聞こえてくる。
小さな、かすかな声。
何か見える。黒いシルエット。大の字になった人間みたいな形の。
……ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……
まっくらな外で窓ガラスにへばりついたモノが、間断なく鳴いている。
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